過去と過去〈19〉
それからの数日、僕は全ての時間を使って徹底的にリルを鍛えた。
フェイナの力を借りて、僕の敏捷性を向上させ、リルの敏捷性を低下させた状態での模擬戦を繰り返した。言うなれば”ザーラ代理”だ。
アイテムボックスを封印した状態で、回転攻撃を織り交ぜつつ手数でリルを押す。
初日の朝、リルはすぐに焦れて無謀な反撃を試みた。
何回も同じ失敗を繰り返す彼女を何回も咎める。
そのうちに彼女はすっかり防戦一方の戦い方になり、僕はただ連続して攻撃を繰り返すだけで楽に勝てるようになった。
「リル。君が失敗してるのは、捨て身でかかるせいだね」
昼食を食べながら、彼女に問題点を伝えた。
「君は簡単に自分の命を捨てすぎる。それじゃ〈ナイト〉失格だよ」
「でも……守るだけに専念しても負けていたのです」
「防御しながら攻撃するんだ。そのために盾がある」
そう伝えてから数時間後、リルはシールドバッシュをすっかり使いこなしていた。
僕の攻撃を弾いたり逸らしたり、リズムを崩して隙を作ろうとしてくる。
シールドバッシュが有効になるよう、僕が攻撃パターンを選んでいるからだ。
「よし」
戦い方をわずかに変える。弾かれても隙が出来ないような小技中心に。
リルは意図を見抜き、すぐに大胆な攻めで僕へ反撃した。
小技なら当たっても致命傷にはならないから、一気に踏み込んでしまえばいい。
「それでいい」
最後に、僕は一つ一つ教え込んだパターンを組み合わせて戦った。
テンポを変え、攻撃の重さを変えながら。リルは的確に対応してみせた。
相手の狙いに対して臨機応変に対応する、お手本通りの防御的な戦い方だ。
「はい、もうそろそろ終了! 続きは明日ね!」
僕たちの状況をモニタリングしていたフェイナが、適切なところでストップをかける。
彼女はリルをソファに座らせて、魔力をモニタリングしている巻物の情報を元に細かなアドバイスを出しはじめた。
……フェイナの目元には、寝不足でクマが出来ている。
夜遅くまで〈クラスブースター〉の副作用軽減のために研究をやっているらしい。
「しかし、凄えなあ」
今日の鍛冶を終えてから、ずっと僕らを見学していたマイザが呟いた。
「物事ってのは、こういう風に教えればいいのか……勉強になるぜ」
「そうでもないよ。前に大手クランの教官から教わる機会があったんだけど、一言で視界がパッと開けるぐらい凄いアドバイスがポンポン飛んできたし。僕はまだまだ」
例えば、〈天秤理論〉というものがある。
理論とはいっても、ものすごく単純だ。
左翼が押したら、右翼は引く。左翼が引いたら、右翼は押す。
要するに、”反対側と逆の行動をする”ってだけだ。
それだけの単純な理論でも、生み出される戦術は実用的だ。
負けている場所は防御に徹し、勝っている場所で攻撃することができる。
この〈天秤理論〉の熟練度が上がってくると、その単純さからは想像もできないほどの多様な戦術が生まれる。
あえて左右対象ではなく、あえて右や左に多く配置して陣形の重心を偏らせ、コマのように回転しながら戦う形を作ったり。
後衛が自由に左右へと動き、瞬間的に攻撃と防御の側を入れ替えたり。
そういう複雑な動き方をしていても、背後にある理屈はものすごく単純なのだ。
「戦術の天才は、一で十を表すような美しい教え方をするものだからね」
……僕は天才じゃない。
無いのは〈クラス〉の才能だけじゃない。僕は別に戦術の天才でもない。
一つ一つ、苦し紛れの足掻きにも似た努力で技を身につけてきた。
「でも、教えるのが上手いのは事実だろ?」
「まあね」
だから、僕の技は他人に教えることができる。
唯一〈アイテムボックス〉が絡むことだけは別だけれど。
そんなもの才能とは呼ばないだろうし。
- - -
翌日。
僕らはデバフ・バフポーションの効力を強め、更にリルが背負うハンデを増やす。
加えて、武器を木剣から刃のない鉄の剣へ切り替えた。
僕の方はザーラの曲刀のレプリカだ。マイザが一日で打ってくれた。
昨日のパターンに加えて、僕はリルを誘うような動きを増やした。
特に、わざと背中を見せる形を。
”回転しながらの剣術”は、”相手に背中を見せながらの剣術”と同義だ。
ということは、必ず背中を見せた状態からのカウンター技が存在する。
身近なところの実例だと、〈ミストチェイサー〉五軍のバリスがよくやっていた。
短槍を回転させながら背中を見せ、誘って逆襲する型だ。
……今の僕なら万全のバリスに勝てるだろうか? まだ厳しいかな。
リルは面白いように誘いへ乗ってきた。
焦っているせいだろう。そういう心理状態なのはしょうがない。
焦りをどうにかするより、焦っていても誘いへ乗らなくなるまで体に叩き込む。
そう方針を決めて、誘いからのカウンターを繰り返す。
一日も経たないうちに、リルはすっかり誘いを看破するようになった。
まるでスポンジだ。教えたら教えた分だけ吸収してしまう。
「はああっ!」
「うおっ!?」
挙句の果てには、僕にバフを・リルにデバフを積んだ状態で二連勝してみせた。
いくら慣れない曲刀もどきと回転剣術もどきとはいえ……。
「……こんなところだろうね」
まさか、こんなに早く仕上がるとは。
予想外もいいところだ。何だか……僕の心の準備が出来ていない。
「ありがとうございました、クオウさん。おかげで戦えそうなのです……!」
「リル。今更かもしれないけれど、殺し合いじゃなきゃ駄目なのか?」
「……どちらかが死ぬまで終わらないのですよ。分かるでしょう」
「まあ……」
リルの事情もザーラの事情も、かなり重いものだ。
他人が横から口を出して説得できるほど軽くない。
けれど……それでも、殺し合わずに済む道がありそうな気がする。
「準備が出来たのですし、明日にでも決闘の申し込みを……」
「いや、まだだ」
それはそれとして……持てる限りを尽くして、リルが勝てるようにしなければ。
「必殺技についての話をしよう」
例えるなら、カエイの〈夜霧一閃〉のようなものだ。
技能と装備と使い手の全てが相乗効果を生むような技。
……天才だけに許された、”分かっていても防げない”技。
それを、冒険者たちは”必殺技”と呼ぶ。
リルは天才だ。いずれ彼女なりの必殺技を見つけるだろう。
けれど、練習するべきはそっちじゃない。
重要なのは、相手の必殺技を防ぐことだ。
自分の必殺技で相手を圧倒するのは強者の戦い方だ。
相手の必殺技への準備と対策を重ね、弱みをつくのが弱者の戦い方だ。
たとえ実力で負けていても、戦いに勝つことはできる。
僕はそう信じている。
- - -
そして数日後。
僕は一人で、ザーラ・サルタナオウルの住む邸宅へと向かった。
玄関の鍵は掛かっていない。
かわりに季節外れの乾いた枯れ葉が庭を埋め尽くしていた。
どこから侵入してもがさがさと物音が鳴るような仕掛けだ。
ざくざく落ち葉を踏み鳴らして庭へ侵入する。
二階の窓でカーテンが揺れた。僕が玄関前に来たところで、ちょうど内から扉が開く。
「クオウさん! 待っていたのですわ! どうぞ靴でも服でも脱ぎ散らかして寛いでくださいな!」
「あいにくだけど、今日は寛げそうにないかな……もちろん脱ぎ散らかしもしない」
僕の様子を見て何かを察したのか、ザーラは笑顔を引っ込める。
「すっげえ残念ですわ。どうぞ、応接間へ」
相変わらず、豪華だけれど埃っぽい応接間だ。
……机の上に”かんたん! はじめて友達を作る心理学”という雑誌が置いてあった。
「あ゛」
ザーラが疾風のような動きで雑誌を掴み、背中に隠す。
やめてくれよ。そういう人間みたいな隙を見せるのは。
僕は、お前を殺すための技をリルに教えたんだぞ……。
「きょ、今日はドチャクソ良い天気ですわね!」
「うん」
「んん゛! 天気が良すぎて暑いですわ! なんだか汗までダラッダラですわ!」
「別に、そこまで恥ずかしがることでもないと思うけど……」
「ああ、うちわ代わりの雑誌があって良かったですわ! そのへんで拾った別に読んでないうちわ系の雑誌が! 誰がこんなもの読むのでしょうねうふふ!」
友達いない人が読んでそうな薄い雑誌に扇がれて、彼女の縦ロールが揺れている。
「そ、それで。今日は遊びにきたというわけでもないのでしょう? ご用件は?」
「君が迷宮都市に来た理由は、リルを殺すためなの?」
雑誌の動きがピタッと止まる。彼女は口元を隠したまま僕を見つめた。
口のところにちょうど”ぼっちでも安心のフローチャートつき!”という文言がなければ、多少は貴族らしい凄みを感じられたかもしれない。
「……ええ。わたくしはラーレを殺すために来たのですわ」
「でもさ、ザーラ。この家の様子からしても、君はもう帝国から見捨てられてるように見える。なのにまだ帝国のための……皇帝のための仕事を続けるの?」
リルはザーラを殺す気だ。
そして、実際に殺せるはずだ。僕はここ数日で更にリルを鍛えた。
……けれど、きっとまだ和解の道がある。
リルが求めている決着は、別に合意の上での決闘だって構わないはずだ。
動機は復讐じゃない。ただ過去にケリをつけたいだけなんだから。
誰かが死ぬ必要はない。
「皇帝のためだけではありませんもの」
彼女は雑誌を放り捨てた。
「帝国が暗殺教団を潰せたのは、あれが迷宮産の装備を持たない時代遅れの組織だったからですわ。仮に暗殺者たちが迷宮の装備で身を固めていたなら……」
不安を隠すように腕を組み、肘をさすっている。
誰でも分かるほどにザーラは恐怖している。
「ただの一人で、国を潰すことすら出来るかもしれないのですわ。生き残りを見逃すことなど、絶対にしてはいけない……けれど、相手はあれだけの虐殺を生き延びた首魁の娘。暗殺者の語源にすらなった伝説の暗殺教団〈アシン〉最後の一人。奴に殺されることを防ぐ手立てがあるとすれば、せめて装備が整う前に仕掛けることだけですわ」
「けれど、リルは暗殺の技を継いでない」
どう見ても彼女は暗殺者の動き方をしていない。
あいつが暗殺なんてやろうとしたらすっ転んでバレるのがオチだ。
唯一の例外が投げナイフだけど、なんかダーツはナイフ投げてやるもんだと思ってたって言ってたし、あれは暗殺用じゃなくて教団内の遊びで覚えた技なんだろう。
「どうしてそう言えますの? まさか本人がそう言っていたとでもおっしゃるつもり?」
「ああ。その通りだね。話してみれば分かるはずだよ、ザーラ」
「笑えますわね。伝説の暗殺教団の一人娘が、まさか話術を修めていないとでも?」
僕は返答に詰まった。そう言われてしまうと説得するのは難しい。
「クオウさんは惑わされているのですわ。どう考えても利用されているのですわよ、考えてごらんなさい。あなたを使って、彼女は着々と力を蓄えているのだわ」
「それは違う。……だいたい、リルは世間知らずで純粋で頭の硬いやつなんだ。騙されて人身売買の被害者になるところだったんだぞ。僕が助けに入っていなければ……」
「はっ」
ザーラは鼻で笑った。
「自ら事件を仕立て上げ、狂言で信頼度を上げたのですわね。手口がバレバレですわ」
「そんなことはない!」
「耳の穴かっぽじってよく聞きなさいな。暗殺教団〈アシン〉のやり口は汚いのよ。平気で騙し、殺し、裏から国を操る連中なのよ。あなたも用済みになれば始末される」
リルもザーラも、相手が殺しにかかってくると思っている。
相手が邪悪だと。それはきっと違うんだ。
……暗殺教団とテュラク帝国は、どちらも汚いのかもしれないけれど。
僕の知っているリルとザーラという人間は、どちらも邪悪なんかじゃないんだ。
「違う! 僕の話を聞いてくれ!」
「あなたこそ、わたくしの話を聞きなさいな! わたくしは良心から忠告しているのですわ! ……奴らは邪悪なのよ! わたくしのお母様も奴らに殺されたのだわ!」
「それは違……」
僕は言いかけて、止めた。
リルは彼女の母のことを魔女だと言っていた。人間ではないと。
争いを巻き起こして愉しむ邪悪な半神だと。
そして、僕はリルを信じている。きっと本当のことだ。
”魔女”はきっとテュラク帝国に飽き、自らの死を偽装して旅立ったのだろう。
それが事実だと思う。
だとしても……殺された母を魔女呼ばわりされたら、ザーラは僕のことをどう思う?
きっと激高して、僕が何を言っても聞かなくなるだろう。
「わたくしはラーレを殺さなければならないのだわ! それが異父姉妹としての責務! ヤータルガナ流師範から剣術を継いだ者としての責務、貴族としての責務なのですわ!」
止める手立てが見つからない。
間違いなくリルもザーラもすれ違っているのに、それを気付かせる方法がない。
どうすればいいんだ。
「ハッキリ言えば、テュラク帝国なんてクソどうでもいいのですわ。どうせ斜陽の大国なのですから。わたくしはただ、母の仇を取りたいだけ」
「リルは君の仇じゃない」
「そうかもしれないわね。でも、同じことだわ」
彼女の瞳には殺意の炎が灯っている。
何を言っても、それを吹き消すことはできそうにない。
「……残念ですわ。クオウさん。あなたをラーレから救ってさしあげたかったのに」
「救う、か。そのために、僕を狙ってわざとぶつかって因縁つけてきたわけ?」
「ええ、その通りですわよ。別に友達が欲しかったとかいうわけではまったく無いのですわ、友達とか千人ぐらい居て困っちゃうぐらいなのですわマジで!」
「……ぶつかってきて洗濯代で脅すとか、それチンピラのやり口じゃないか」
「そ……それは……」
彼女の視線が、ちらりと地面に落ちた雑誌へ向かう。
「とにかく強引に家に連れ込んだら勝ちって書いてあったんですもの……」
「いやいや」
「洗濯は友達作りのチャンスみたいなことも……」
「無理があるでしょ……っていうかそれ井戸とかの共同洗濯場の話だよ多分……」
……死ぬほど適当なアドバイスなのに、でも確かに仲良くなっちゃったんだよな。
嫌えたら楽だったのに。
「あと、夜になっても引き止めてたら下心を疑われるから、夕方に帰せと……」
「そんなアドバイスよく信じたね……」
まいったな。
ザーラにもリルと似たようなところが見えてしまう。
どっちも世間知らずで、ズレた方向に全力疾走したりするようなやつだ。
リルだって”とにかく家に連れ込めばいいって聞いたのです!”とか言いながらバカ力で引きずったり……いや、リルはそこまでバカじゃないな……。
こいつ、リルよりバカだな……百倍バカだな……。
しかも、友達を作るのに変な雑誌に頼っちゃうぐらい不器用で……。
あと、面白いコーヒーを飲ませてくれたし……。
……一応だけど間違いなく、僕の少ない友達の一人だ。
スウ。ハア。
大きく呼吸して、僕はリルから頼まれていた伝言を口に出した。
「伝えなきゃいけないリルからの伝言があるんだ。”明日の夜明け頃、アリル大荒野にて待つ”」
詳細な場所の描かれた紙を滑らせる。
ぺらりと空中に舞い上がったそれを、ザーラが二本の指で掴んだ。
「明日の夜明け。ええ。望むところですわ」
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考えても考えても、止める手立ては浮かばない。
僕は一縷の望みをかけて〈開都十哲〉の老人のもとへ向かったが、センセイは留守だ。
こんな時に限って。……いや、ピルスキーが「まだか」という伝言を伝えていたっけ。
何かやっている最中だったんだろうけど……にしたってタイミングが悪い。
どうにかならないか。コーヒーを頭に叩き込んでフル回転させても策は浮かばない。
そこでようやく、僕は自分の間違いに気づいた。
一人で考えるから駄目なんだ。
仲間を頼ろう。




