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ポーターの可能性〈4〉


 ポーション。

 それは魔法の液体薬だ。

 迷宮都市が作られる以前から、「エルフの霊薬」や「密林のドライアドが作り上げた秘薬」、「古代魔法帝国の遺産」といったような形で存在し、高値で取引されていた。

 かつては王侯貴族のみが手にできた魔法薬だが、今ではありふれた日用品だ。

 取り扱う店も街中にある。


「おや、クオウ君。ちょうどいい所に来たものだ」


 馴染みのポーション店へ入ったとたん、店主が僕の名を呼んだ。


「ちょうど頼まれていた品が入ったところだ。〈リターナー〉と〈トレーサー〉」

「あ……」


 すっかり忘れてた。

 どちらも希少なポーションだ。対象を迷宮から現実に帰還させる〈リターナー〉は対人用に、対象の位置を追跡する〈トレーサー〉は逃げる魔物の対策用に頼んでいた。


「ええと。僕、昨日〈ミストチェイサー〉をクビになったので。そのポーション、〈ミストチェイサー〉名義で買ってましたよね」

「はて、そうだったかな」


 店長は首を傾げた。

 普段から胡散臭い雰囲気の、骨董品屋の店長でもやっていそうな男だけに、それがとぼけていると更に胡散臭い。

 店内が妙に薄暗く、全ての棚が空のままで品物がまったく表に出されていないことも合わさって、店主の胡散臭さはもう新興宗教の教主にだって負けないレベルだ。

 妙にパリッとしたスーツでキメているのが、さらに胡散臭さを加速させている。


「さて取引履歴を当たってもいいのだが、私は信頼できる相手としか取引をしないのでね。記憶を頼るならば、これは君が自腹で注文した商品ではないかと思うが」

「……ありがとうございます」


 カウンターの上に、二つの瓶が置かれる。

 見る角度で濃淡を変える不思議な青の〈リターナー〉と、鮮烈な黄色の〈トレーサー〉だ。

 どちらも丸く、パイナップル風の特徴的な形をしている。

 投げて扱うための〈スプラッシュ・ポーション〉へ加工されている証だ。


「さて、今日は素敵なお嬢さんを連れているようだ。察するに、普段より低価格帯の薬をお求めかね」

「す、素敵なお嬢さん……!」


 渋い声で囁かれて、リルが頬を染めた。


「そ、そんなこと……あるのかもしれないのです」

「いいや。まるで雪原に芽吹く若芽のようだよ。白く滑らかな肌のなかに、確かな生命の躍動が息づいているのを感じる。君の将来が楽しみだよ、私は」

「はい、楽しみにしておくのがいいのです!」

「なあ、リル。いくら褒められても、こいつみたいな不審者についてったらダメだぞ」


 ちょろすぎないか。見てる分には可愛いけど。


「で。低ランクで足の早い薬を、各数本ほど。あとは一番安い回復薬。それと、小さい収納ラックも」

「ふむ……低ランクか。在庫があるかどうか。ポーションの廃液処理場に行けば、樽単位で見つかるかもしれないが……」


 店主が右手を突き出す。

 その前に黒い点が現れ、ゆっくりと這うような速度で人間大の広さまで広がった。

 店主がその中に踏み入って見えなくなる。

 彼は商人だが冒険者としての免許を持ち、〈ポーター〉のクラスを刻んでいるのだ。

 商品は全て〈アイテムボックス〉の中である。

 なのでこの店は狭い上に薄暗く、一切の商品が置かれていない。

 商売っ気もまったくない。……まあ、趣味でやってる店なんだろう。

 

「効果時間四秒のランクE防御力向上薬、四秒のランクF攻撃力向上薬、コンマ七秒のランクE敏捷性向上薬と敏捷性低下薬。今日のところは、こんなところで我慢してもらうほかない」


 虚空から再び現れた店長が、瓶がいくつも固定された木製の収納ラックを置いた。

 それぞれのポーションが四つぐらいづつ入っている。

 おまけ程度に安めの回復薬もあった。

 コンマ七秒か。流石に厳しいけれど、使えないことはない。

 にしたって、価値の低いポーションの中でも相当に低価値な部類だ。


「ありがとうございます、十分です。しかし、何故そんなポーションが在庫に?」

「君の真似をしてみたくなった時に入手したものだ。値段のつかないクズポーションで試してみたが、人間業ではないと改めて思い知ったよ」


 ラックごとポーションを受け取り、僕の〈アイテムボックス〉内に収納する。

 そこまで難しいかな、効果が一瞬のポーション。慣れればいけると思うんだけど。


「代金は?」

「結構。これを商品として売ったのでは、名がすたるというものだ」

「……今日はやけに気前がいいんですね」

「うむ。つきあう相手が陰気者と陰謀家ばかりで嫌気がさしていたものでね。素敵なお嬢さんへお目にかかれて、さわやかな春風で気が晴れたような気分なのだよ」


 陰気者って、自分が一番胡散臭くて影に潜んでそうなやつのくせに……。


「ふふふ。聞きましたかクオウさん。紳士は乙女の価値を見抜くものなのです」

「こんなやつ紳士の風上に置いたら紳士がかわいそうだよ」

「口の悪さは相変わらずなのだね、クオウくん」

「おや。怪しげな薬を商売敵の水道に混ぜて潰したのは誰でしたっけ。僕は口だけで留まってる分マシですよ」

「む……あれはな、客を騙した暴利で奴隷を買うのが趣味のクズだぞ。私が行動を起こした相手は悪人だが、君は私のような善人を捕まえて暴言を吐いているのだ」

「そうですよ! この人はいい人ですよ、クオウさん!」

「……分かった。そういうことにしておくよ」


 リルが気分を悪くしても困る。

 冒険者関係の奴らはどいつもキツい性格してるから、このぐらい日常会話だけど。

 まだリルはそういう悪習に影響されてないしな。

 

「じゃあ、今日はこれで」

「うむ。また来たまえ。再び希少品の取引が出来る日を楽しみにしている」

「ええ」


 これからも冒険者を続けるなら、続けて世話になるだろう。

 雰囲気は怪しいが、取引に関しては信頼できる男だ。

 ……それ以外についてはまったく信頼できない。


「そうだ、一つ聞いておきたいのだが」


 扉の前で、店長から呼び止められる。


「さっきの魔剣、どこで手に入れたものだね?」


 ん? 何故それを?

 ……ああ、ポーションの収納時に僕が開いた〈アイテムボックス〉の中を見られたのか。

 あの一瞬で気づくなんてな。やっぱり油断できない男だ。


「いえ。僕ではなく、この娘の持ち物なので」

「ふむ? 意外だ。いかにも君が好みそうな剣だと思ったのだが」

「何か知ってるんですか?」

「その剣を打った人間に心当たりがあるものでね」

「……打った人間!? 人造魔剣!?」


 人造魔剣。迷宮から産出される魔剣を参考にして、人間が打った剣のことだ。

 魔剣を打てるのは、選ばれた少人数で構成された魔剣鍛冶ギルドが独占する独自のクラス〈魔剣鍛冶〉を刻んだ人間のみ。ゆえに魔剣鍛冶の数は極めて少ない。

 人造魔剣はどれも注文者のために調整された特注品で、値段が付かない類の代物だ。

 もっとも、純粋な質だけで言えば迷宮から産出される魔剣の方が高いけれど。


「高級品にしては、異常に質が低いですけど……試作品か何かですか」

「知らないほうがいい事情もある。だが、値打ちが非常に安いのは確かだ」

「はあ……」


 半端に教えられると、かえって気になる。


「その、おじさん! わたしにだけこっそり教えてもいいのですよ?」


 それはリルも同じらしく、小首を傾げてそう言った。

 ”おじさん”じゃなきゃ成功したかもな。


「お、おじ!? ……いいや、教えない。お兄さんの秘密だ」

「ケチだな、おじさん」

「うるさいわクオウ! 話は終わった、さっさと帰りたまえ!」

「はいはい、さようならーっと」

「また来ますねー、おじ……お兄さーん!」


 狭い店から外に出る。広い場所に出たにも関わらず、人混みなので特に開放感がない。

 とりあえず、今日の買い物はこれで終了だ。

 どうするかな。リルは全然街を歩いた経験がないみたいだし、観光案内でもしようか?

 いや、その前に。


「リル。あの魔剣、どういう効果なの?」

「へ? 効果? いえ、特殊な効果があるとは一言も聞いていないのですが……」

「ん? あいつ適当な与太話しやがったか」


 僕が好みそうな、ってことは、ギミック的な発動効果のあるタイプのはずなのに。

 あの野郎はけっこう適当な話するやつだからな。

 やっぱり信頼できない。


「まあいいか。買い物は終わったことだし、どうする?」

「わたし、〈防具通り〉に行きたいのです! 何回見ても飽きないので」

「ウィンドウショッピングか。確かに陳列品を見るのは面白いよね」


 僕も冒険者になる前は、毎日のように装備品の店に通って眺めていたものだ。

 安価ながらに製作者の工夫が凝らされた初心者向けの装備にしろ、迷宮から産出された品にしろ、それぞれ違った良さがあって飽きない。

 たまーに魔剣だとか、魔法効果のついた装備が目玉として展示されていることもある。

 見物人の人だかりをかき分けて、魔剣を自分の目で初めて見たときなんか、ものすごくワクワクしたな。


「しばらく見て回ったあと、飯を食べて帰ろうか。あんまりはしゃぎすぎないで、夜のために体力を残しておくんだよ」

「はい、分かってますとも!」

「……その元気いっぱいな返事だって、体力を使うんだからね?」


 元気なことはいい事だけれど、遊び疲れた子供みたいになっても困る。


「よし、行こうか」

「はいっ!」

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