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過去と過去〈17〉


 農業工場の敷地に挟まれた狭い空間で、ブレーザーがメモ帳をめくっている。

 リルを連れ戻せたのはいいが、彼女が狙われているらしい状況は変わらない。

 できるだけ早く状況を把握して手を打つ必要がある。

 ……もしリルとフェイナの仲が修復できなかったら、それも厳しくなるけれど。

 フェイナを信じるほかない。


「今の所、はっきりした成果は三つだわ」

「うん」

「まずは一つ目。”暗殺者が姫を探してるらしい”みたいな噂あったろ。出処が分かった」

「出処? そんなことよく調べられるね」

「誰から聞いたか探ってくだけっしょ。単純だよ、手間かかるだけでさ……噂の出処はバレド・ウィーター、通称〈最高の情報屋〉って呼ばれてる男だ。何でこういう呼ばれ方してるかってーとな、よく酔っ払って無料で情報を漏らしてくれるんだよ。最高の情報屋だろ?」


 彼は皮肉っぽく言った。


「まー酔っぱらいだから、情報自体の精度が分からねえんだわ、これ。何かしら間違ってる可能性は十分にあるって感じ?」

「……なるほど。確かにリルが、暗殺者って何の話ですか、みたいなこと言ってたよ」

「あとな、過程で興味深いことが分かったぜ。”暗殺者が姫様を探してる”って噂とは別に、”誰かが暗殺者を探してる”って噂も立ってるのよ。こっちは目撃者が沢山いて、自然発生したものらしい。最終的には両方混ざって一つの噂になったみたいだけどな」

「暗殺者を探してる? ……お互いに相手を探してたのか? なるほど……」

「で、二つ目。リルが迷宮都市に来た経路の確証が取れた。あいつはテュラク帝国から発って、沿岸沿いをぐるっと回り迷宮都市の港まで来る船に乗ってたみたいだ。船上で冒険者資格を取ったみたいだな。たぶん出身地もテュラク帝国だわ」

「テュラク帝国……」


 聞いたばかりの名前だ。


「ちなみに、この情報はどうやって?」

「悪いけど、隠しておきたい取材源なんだ。仲間でも、ちょっとな」

「そう」

「三つ目。迷宮ギルドがリルに要注意タグを付けてるんだと」

「要注意タグ?」


 聞いたことはあるけれど、詳しいことはあまり知らない。


「そう。冒険者の名簿にあるんだよ、要注意人物だってマークするための欄が。要注意タグの付いてるやつは、迷宮ギルドが周辺を調査した上で資料を作るんだ。でなきゃ、怪しいやつらが好き放題に動けるっしょ」

「……要注意タグが付くってことは、迷宮ギルド側がリルのことを知ってたってこと?」

「いや。そうとも限らんわ。盗みを働いたとか、偽名を使ったとか、喧嘩したとか。その程度のしょぼいことでも、要注意タグはホイホイ付くぞあれ。最近は冒険者として登録するときに嘘を見抜く機械みたいなやつを使うらしいしさ」

「……!」


 僕の中で、一つの可能性がハッキリと浮かび上がった。

 もしかすると、とは思っていたけれど。

 確かめることができれば、根本的な解決に繋がるかもしれない。


「その調査資料、なんとかして見れないかな」

「いや無理だろ」

「これ、けっこう大きな事件かもしれないんだ。それこそ国家レベルの。放っておくと迷宮ギルドにとっても美味しくない、みたいな方向でなんとか説得できないかな」

「……あいつら官僚気質で規則通りに動いてるだけのヤツ多いからな。厳しいわ」


 ……だよなあ。迷宮ギルドを説得するのは無理か。

 なら、誰か情報を握ってそうな人間……。

 〈開都十哲〉の”センセイ”なら確実に知っているだろうけど、もうあの人が満足するような土産物を入手できる店は閉じる時間だし。


「よし。ピルスキーのやつに聞いてみよう」

「誰それ」

「僕もよく知らない。なんか怪しい変なやつ」

「なんだそりゃ」



- - -



 ボロい〈薬九堂〉の扉は閉まっていた。

 休業中の札が掛かっている。

 僕は構わずに扉を開いた。鍵は掛かっていない。


「おい……? 大丈夫なんコレ?」

「いいんだ。勝手に入れって言われてるし。どうせこの店の中は何もないから」

「店なのに……?」


 当然ながら、〈薬九堂〉の中には誰も居ない。

 カウンターの奥側にある休憩室ももぬけの殻だ。


「こんなとこ入っていいのかよ……? 俺たち空き巣みたいじゃんか」

「どうせ盗むもんなんて無いし」


 僕は板張りの壁の一点を押し、ひねるように力を加えた。

 小さな隠し扉の中に水晶が入っている。

 これも迷宮からの出土品だ。〈遠見の水晶〉。

 〈転写石版〉と似ていることから〈転写水晶〉と呼ばれることもある。

 彼がこの店を留守にしているときでも連絡がつくよう常備されている備品だ。


「あるじゃん盗むもの」

「いや、これ盗んだら遠見で場所バレバレだよ。盗めないって」


 隣のスイッチを押す。水晶がわずかに輝き震え、通信先のざわめく物音を伝えてくる。

 水晶の真ん中に怪しい男が立っている。周囲の景色はきらびやかだ。

 赤基調の絨毯に大理石の壁、天井にはシャンデリア。

 だが、その小綺麗な装いはまやかしにすぎない。

 ここはゲインズ商会が運営するカジノ〈ドリームズ〉の内部。

 金を塗り込めて作った薄皮を一皮剥げば、そこは怪物の胃袋だ。


「なんだ。君かクオウ。私はいま忙しいのだ。見て分かるだろうが」

「なに、金を損するのに忙しいってわけですか?」

「……黙りたまえ。もう少しで勝てるところなのだ」

「やっぱりまたカモられてるんですね。弱いんだから辞めとけばいいのに……」

「むっ」


 ピルスキーが水晶を懐に隠し、映る景色が真っ黒になった。


「シャンパンはいかがですか?」

「うむ……君のような美女から酒を頂けるとは、なんとも光栄なことだ。ああ、君の姿を見ているだけで酔いが回ってしまいそうだよ。まさに天上の美酒……どうだね。もしよければ、後で私の部屋へ」


 バシッ、という音だけ聞こえてきた。

 隣のブレーザーが「下手くそ……」と呟いたのが耳に入る。


「次に触ったら用心棒を呼びますからね」

「……これは失敬」


 水晶が懐から表に出て、再びカジノの景色を映しはじめた。

 よく見るとピルスキーの顔が少しだけ赤らんでいる。

 ビンタされた跡……だけじゃなく、酒に酔っているらしい。

 ブレーザーが”大丈夫かこいつ?”とばかりに僕を横目で見ている。


「あのさ……」

「なんだね」

「……いや、いい。とにかく聞きたいことがあるんですよ」

「手早く済ませたまえ。私には戻るべき勝負があるのだ」

「迷宮ギルドが作ったリルの調査資料が見たいんです」

「調査資料? ふむ? あの娘は要注意人物だったか。さすがにそれを私に聞くのは的外れというものだな」


 駄目か……。


「なら、サルタナオウル家のザーラについて何か知らないですか?」

「知らん。さらばだ」


 水晶が暗転した。


「サルタナ……? しかし、いかにもアテにならねーやつだったな」

「うん。これはちょっと僕の間違いだった」


 スイッチを切ろうとした瞬間、水晶に再びピルスキーの顔が映った。


「思い出した。テュラク帝国のサルタナオウルだな。それを家と表現するのは正しくない。”サルタナオウル”というのは、皇后(サルタナ)(オウル)という意味だ。そもそもあの国は受け継がれる名字というものがなく、名乗っている名字は一代限りの称号に近いのだ。そのサルタナオウルとやらは皇族だが、皇帝(スルタノ)(オウル)を名乗っていないということは、皇帝からの庇護を受けていないのだろう……君、ちょっと水を」

「お水は有料となっておりますが、よろしいですか? お酒なら無料ですが」


 ピルスキーに呼び止められたバニースーツの娘がそう答えた。

 ……すごいな。酔っ払わせて客の判断能力を失わせたいのは分かるけど。

 水が有料で酒が無料って、そこまでやるんだ。

 ……カジノ・ドリームズの権益を持ってるのはゲインズ商会だったっけ。

 あくどい商売するやつらだ。


「構わん。水をいただこう」


 ピルスキーが水のグラスを呷った。


「サルタナオウルといえば。皇后(サルタナ)が不倫のスキャンダルを起こしたそうだな。まあ、貴族が愛人を持つのは珍しいことではないが……私の耳にした噂によれば、相手が暗殺教団の首魁だったそうでな。これが〈ニヤームの虐殺〉の遠因だとか」

「……暗殺教団?」

「知らないのか? いわゆる暗殺者ギルドの先駆者だ。暗殺を請け負う代わりに金銭を得るような。虐殺の前から既に滅びかけだったのだがな、この不倫がきっかけになり本拠地ニヤームを丸ごと焼かれて全滅した組織だ」


 ……もしかして。


皇后(サルタナ)と暗殺教団の首魁が作った子供が生き延びてる可能性って、ある?」

「バカを言うな。包囲してから魔法で焼き尽くしたのだぞ。生存者はゼロだ」


 ピルスキーが水を飲み干した。


「……ただ、そういう噂はテュラク帝国の宮廷に流れているそうだ。唯一これを生き延びた子供が、復讐の鬼となって皇帝の一族を皆殺しに帰ってくる……というような噂がな。虐殺した当事者がありもしない復讐に怯えるなど、まったく滑稽な話だ」

「なるほど」


 全体像が見えてきたような気がする。


「ザーラ・サルタナオウル当人については何か知ってる?」

「いや。知らんな。君が聞いてくるということは、この街に居るのかね?」

「そんなところ」

「ふむ。そのご令嬢は美しいのかね」

「……まあ、一応?」

「ほう。彼女に私を紹介してくれるのならば、この情報の借りは無しにしてもいいぞ」

「落ち着いた頃にね。情報どうも。助かったよ」

「うむ。紹介だぞ。忘れるなよ……深窓の令嬢だぞ……!」


 僕は〈遠見の水晶〉のスイッチを切った。

 深窓の令嬢、ってガラの女じゃないけど、ピルスキーの妄想を壊してやる必要もない。

 ……さて。何から手を付けるべきか。


「なあクオウ。ザーラ・サルタナオウルって、誰よ?」

「今日、僕に”偶然”ぶつかってきたド嬢様だよ。でさ、彼女の邸宅から出た瞬間、また”偶然”リルと出会って連れ帰ってきたんだよね」

「ありえねー偶然してんな」

「偶然じゃないと思うんだ」

「……あー。そういうことな」


 ブレーザーはパタンとメモ帳を閉じる。

 同じ推理に行きついたらしい。


「ただ、まだ推理の段階だから。事実を確かめる必要がある」

「確かめるたって、どうするよ?」

「ザーラ・サルタナオウルに聞く。仕掛けてるのはあいつだ。直接行って問いただす」

「いや……いやいやいや。落ち着きなよクオウちゃん、そりゃ無謀すぎるっしょ」

「もし僕らの推測が正しければ、リルに過去を聞くのはどうかと思わない?」

「にしたって……聞くしかないだろ。そりゃ掘り返されたくないだろうけど、現実の脅威があるんだからさ。命が掛かってる状況だろ。ビビらず踏み込めよ」

「別にビビってるわけじゃない」

「ビビってるだろ。もっと距離を詰めろよ。それがリルのためにもなるじゃんか」

「にしたって……」

「あーっ、たくもう」


 ブレーザーが苛立たしげに頭を抱えた。


「お前さあ! そりゃ、何十年と一緒にいた幼馴染に裏切られたばっかりなんだから、他人と距離を詰めるのが怖いのは分かるけどさ! リルはお前がグイグイ来る分には別に嫌がらねえって!」

「な……そ、そんなんじゃない! 何でカエイの話が出てくるんだよ!」

「まだ引きずってるだろうが! 違うか!? ……なあ、今のお前はもうカエイのサポート役じゃないんだ! リーダーなんだよ! 俺たちを”仲間”にしたのもお前だ! お前が積極的にいかなくてどうするっての!」

「分かってるよ! そんなことは!」


 僕は声を振り絞って叫んだ。


「自分でもそう思ってる! もっと物語の中に出てくる冒険者の英雄みたいに振る舞いたいよ! けれど、今までこういう生き方をしてきたんだ!」


 叫びが寂れた〈薬九堂〉の小部屋にこだました。

 跳ね返ってきた言葉を自分で聞くと、頭が冷えた。

 こんなもの、ただの言い訳だ。


「なら、変わるチャンスがあるってことだろ」


 ……他人を尊重するのは大事なことだけど、リルは”他人”じゃない。

 あの娘が抱えている痛みを共有して二人で背負うぐらいの心意気もなしに、何が仲間だ。このパーティを作ったのは半ば損得勘定だけれど、それだけで終わらせたくはない。


「そうだね。その通りだ。ありがとう」


 彼のおかげで目が覚めた。

 少しづつだけど、良い方向に進めている気がする。


「直接、リルに聞いてみることにするよ」

「よし。これで話は終わり、後腐れなしって感じだよな。帰るか、クオウちゃん」


 僕らは〈薬九堂〉を後にして、工房への帰路についた。


「……なんかさ。地下工房に寝泊まりしはじめたばっかりなのに、”帰る”って表現がしっくり来るって思わない?」

「それな。もう俺の家より家って感じするわ」


 日が落ちてからも賑わう西側の大通りを抜けて、工業地帯へ。


「いやさあ……なんか恥ずかしくなってきた。いい歳して十代の青春かよって会話だったよな。ウケるわ。だいたい人の店の裏側で何してんだっつー話っしょ」

「でも、大人らしく口出しせずに静観されるより嬉しかったよ」

「そこで嬉しいって言えるお前、なかなかすごいよな。あんなん大喧嘩になってもおかしくねーのに。ま、そういうとこがクオウちゃんの良いとこだよな……」


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