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過去と過去〈16〉


 工房の金属扉を開いた瞬間、ブレーザーが駆け寄ってきた。


「クオウ! 聞いてくれ! いくつか成果が……っとと」


 リルが居ることに気づき、彼は慌てて口を閉じた。


「外で話そう。待ってて」

「ああ、分かった」


 ブレーザーが一足先に外へ向かった。


「さて……フェイナ。約束は忘れてないよね」

「そっちこそ忘れてないよね?」


 一瞬にやりとしたあと、彼女はマジな表情に変わってリルを招いた。

 あとは二人がどういう話をするか次第だ。


「じゃあ、ブレーザーと話してくるから」


 扉を閉じて、僕は外へと登った。



- - -



 残された二人が、テーブル越しに向かい合っている。

 フェイナが用意してあった紅茶をカップに注いだ。


「砂糖は?」

「……いらないのです」


 会話に空く気まずい間を、鍛冶場から聞こえてくる金属音が埋めている。

 正確なリズムで刻まれる槌の音は、まるで時計の秒針のようだ。


「あれ? 意外だね」

「何入ってるか知れたもんじゃない飲み物は結構なのです」

「ああ、そっか」


 フェイナは自分のカップに角砂糖をたくさん入れる。

 口をつけて毒味したあと、「何も入ってないよ」とリルの方に滑らせた。

 が、カップは元の位置に押し戻される。


「何も入ってないってば」

「でも砂糖は入ってるのです」

「いやいや……」

「甘いものを勧めてわたしの心を柔らかくしようったって、そうはいかないのですよ」

「そんな穿った見方しなくたっていいじゃんよー」

「違うのですか?」

「……まあ、その通りだったりしてー」


 ポケットの中から出そうとしていた紙包装のお菓子を、彼女はそっと戻す。


「あなたがクオウさんとした約束は、わたしを小細工で籠絡することなのですか?」


 フェイナは内心で舌打ちした。

 安直な小細工は効きそうにない。

 ……心を開いて、素直に話をするほかないのだ。


「ごめんごめん。悪かったって。だから話を聞いて、ね?」

「ええ。聞いているのです。どうぞ」

「や、やりにくい……」


 フェイナは苦く笑った。


「そうだなあ……えっと。要するに、あたしが命で遊んでるのが気に入らないんだよね」

「自覚があったのですか?」

「そう見えることは知ってるよ。散々さ、邪教の徒だなんだと言われてきたもん」


 彼女はソファに座り直した。


「あたしの故郷の話をしようかな。羽蛇の森……コドウィグ・イ・ウィバー。あれは魔力溢れる土地で、迷宮都市が出来る以前から魔法の薬草が取れる土地だった。妖精(フェイ)と伝承の森、豊かなる命のゆりかご。そこに、あたしは医者の一族の娘として生まれた」


 リルは無言で耳を傾けている。


「医者とは言っても、ろくに検証もされてない民間医療でね。効果のある治療と何の効果もない治療が入り交ざった、儀式的なやつ。ま、現代から見ると笑っちゃうようなやつもあったよ。動物の糞を乾かして薬にするとか、そういうやつ。シャーマンみたいな?」

「……似たような薬は故郷にもあったのです」

「でも、魔法の薬草があったから、総じて医療の効果は出てた。だから医者の権力も強かった。葬式の儀式を執り行うのは医者の一族だったし。それで……」


 フェイナは時間をかけて、昔の記憶を思い出した。


「ある時から”凶兆”が出るようになった。動物が死んだり、森が枯れたり。すぐに人間も死にはじめた。魔法の薬草があってもまったく治せない謎の病でね」

「あなたが解決した、という話なのですか」

「……いや。違う。わたしは治せなかった。ただ……わたしはね、葬式の風習に原因があるんじゃないかと疑ってたんだ。死人が出たあとの三日間、医者の家に死体を寝かせ、周囲に炎を焚いて魂が次の世に行けるよう見守る風習。これが病気の原因じゃないかって」

「衛生的にどうかと思える風習なのです……」

「だよね。でも、当時はまだまだそのへんがね……とにかく、わたしは辞めるように言ったんだけど、死者へ敬意を払わない気か、なんて言われちゃったりして」

「なるほど」

「全然ダメだった。結局、その風習を辞めようってなったころには、もう村は壊滅しちゃって。生き残った人たちはほとんど森を離れたんだけど、わたしは残った。残って、死体を掘り起こして切り開いた……原因を調べるために」

「死体を?」


 リルが嫌悪の表情を浮かべる。


「そう。死体を。土から。……まあ、死人を弄んでる、って言われてもしょうがないような、最大限の侮辱だよね。でも必要だと思った。それに……ほら。わたしはさ、”死者への敬意”が村の全滅した原因だと思ってたんだよね。葬式の儀式を辞めればいいだけなのに、て思ってて。死者を侮辱することでみんなが生き残れるなら、そうするべきじゃない?」

「……」


 リルは自らの膝を見つめている。

 その表情はいつにも増して真剣だ。


「分からなくは……ないのです」

「伝わって良かった。……でさ。あたしが死体を切り開いたら、内蔵やら脳味噌やら、あっちこっちにでっかい石が生えてたんだよ」

「うわ。石、ですか」

「そう。切除して調べたら魔石の一種だった。それで原因が分かった。魔力過剰で、魔力への適応力が低い人間から死んでいったんだ。あたしみたいに、適性のある人間だけが生き残った」

「あ……クラスを刻まずに大量の魔力を流すと、病気になると聞いたことがあるのです」

「そう、それ。まさに。でもね、あたしたちの村にも”魔石病”の症状はきっちり言い伝えられてたんだ。本当なら分かるはずのものが分からなかった。というのは、ものすごく急激に症状が進んでいて、言い伝えと全然違う症状を示してたからでね……」


 フェイナは空のカップに再び紅茶を注ぎ、リルに勧めた。

 ……彼女はカップを受け取り、角砂糖を四つほど入れてから口をつける。


「後になって調べたら、川の上流に鉱山が出来てたんだ。銅鉱山なんだけど、一緒に”魔泥”っていう……黒くてドロドロの、魔力が沢山混ざった泥炭みたいなやつも掘れてたみたいなんだよね。見たことある?」

「黒くてドロドロ? あ……この前の〈ゴブリンズトレイル〉でゴブリンがトロッコに乗せて押してたやつが、その魔泥なのですか?」

「ん? あそこ魔泥の鉱山あったの? あー。周囲の地形も一緒に現実に戻ってきたってことは、鉱山も一緒についてくるよね。どーりで魔力の為替レートが変動してるわけだ」


 おカネ借りまくって魔力と貴金属のトレードで稼ぐ大チャンスだったのになー、とフェイナが惜しそうに言った。

 証券取引所に噂が届くよりも早く、クオウは経済的に重要な情報を掴んでいたのだ。

 ……もちろん、知らなかったのだから生かすことはできない。

 冒険者稼業はチャンスの多い仕事だが、チャンスを掴む難易度は高いのである。


「とにかく。その魔泥、当時の人間は魔法なんてぜんぜん使えなかったから単なる有害物質で、鉱山の外の川に全部捨ててたんだよね」

「はあ」

「それで川の魔力が滅茶苦茶に高くなって、すごい速度で魔石病が進行したんだ。……死体の一つでも切り開いて確かめれば、原因は一瞬で分かってたはずなのに。あたしたちが死体へ払った敬意のせいで、百人以上が死んだ」

「でも……あなたは間違っていたのですよね? 葬式の風習が原因だと考えていたのに、実際は魔力が原因だったから」

「そうだね」


 フェイナは頷いた。


「有無を言わさずさっさと死体をバラしてれば、原因はすぐに分かってたのに。遠慮してたから……伝統に敬意を払ってたから、なるべく波風立てないようにしたんだ。そのせいで、あたしの対策は遅れた」


 フェイナが自嘲じみた薄笑いを浮かべ、紅茶のカップを傾ける。 


「風習にこだわる村の皆をバカだと思ってたけど、自分も同じ失敗をしてたんだ。そんなものに囚われるべきじゃなかった」

「極端すぎるのです。例えば……周囲にちゃんと説明するとか……そういう態度なら、周りの人が協力してくれて、解決してたかもしれないのです」

「リルちゃん。いいかい。人間ってね、理屈や思想はみんな都合よく使い分けるけどね、習慣や態度は使い分けられないんだ。その習慣や態度こそが人間の行動を決めるものでさ……だから、そういうところで妥協なんかしちゃいけないんだ」


 彼女は懐から一本の葉巻を取り出して、詠唱なしに炎を生み出して火を点けた。

 見るものが見れば、その仕草だけで魔法を長く扱ってきたことが分かるだろう。


「物事は自分で見てみなきゃわからない。常識や慣習なんて、真実を直視できない人間のためにぬるま湯でふやかした粥にすぎない。敬意もまた同じ。真実を妨げる色眼鏡の一つにすぎない。あたしは二度と、敬意に目を曇らせて同じ失敗をしない。そう決めた」


 彼女は葉巻を咥えて、にへらっ、とした笑みを浮かべる。


「だから、あたしはやりたいようにやる! あー、こんなマジ話したの久々だよ! ちかれた。吸う?」

「いえ」

「そう? ならいいけど。ま、ほら。仲良くなれるかどうかはともかく、あたしのことは多少分かったよね」

「……はい。ふざけてるだけの邪悪な人間ではない。真面目なところもある邪悪な女なのですね」

「そうかな? そうかも」


 少しだけ柔らかくなったリルの敵意を受けて、フェイナが笑みを深めた。


「なるほどねえ。リルちゃんの尊敬してるクオウがそんな”邪悪な”女を庇ったのがショックだったんだねえ。うんうん。助けてくれた人だもんねえ。あれー、もしかして恋敵?」

「うるさい。そんなんじゃないのです。お前のダーリン呼びも本気じゃないでしょう」

「どうかな。うへへ」


 フェイナが吐いた葉巻の煙が、ちかちかと青く輝きながら螺旋を描いて渦巻いた。


「その煙……」

「これね。煙が螺旋(ヘリクス)を描くから、ヘリクスマギオオクサって言うんだけど」

「ええと……あれ?」

「昔から宗教的儀式なんかに使われててね……魔女狩り時代に悪い魔女の草だってことになって、コレ焼いて処分するのが流行ったりもして。昔さ、あっちこっちから刈ってきたコレを一箇所に集めて焼いた街があってね。煙の螺旋が街中に広がって、みんなが宇宙の真理について語りだしちゃった面白い事件が……」

「それって麻薬ですよね?」

「まあ、そうだけど。あたしはこういうの耐性あるし、それにさ」


 ぷかっと吐かれた煙がぐるぐる回る。


「リルちゃんがいたとこも使ってたでしょ? もっとヤバい薬」




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