過去と過去〈15〉
テュラク帝国の皇女を自称するザーラ・サルタナオウル。
彼女はひたすら他愛もない話を続けていた。
無害な世間話と愚痴がほとんどだ。
僕が話したことは軽い自己紹介ぐらいで、あとは聞き役に回っている。
彼女の話はあまり面白くなかった――とはいえ、妙にガラの悪いお嬢様口調は面白かった――ものの、お菓子と一緒に淹れたコーヒーの方は面白い一品だった。
いわゆるテュラク・コーヒーというやつで、煎ったコーヒー豆を手で挽いて水に投入し、煮詰めて作る古式のコーヒーだ。
いかにも貴族風の細やかな装飾がついた専用器材を慣れた調子で扱っている。
洗濯すら出来ないお嬢様ですらコーヒーの入れ方を知っているのは妙に思えるが、そもそもコーヒーは彼女の生まれた地方で千年以上前から飲まれている飲料だ。
文化である。お嬢様だからこそ、コーヒーに詳しいのは当然だと言えた。
「砂糖は?」
「いや、いい」
「趣味がすっげー合いますわね」
それからしばらく、僕らはコーヒーについての話をしていた。
豆の煎り方や挽き方がひとつ違うだけで違う顔を見せる奥深い飲料だ。
話題は尽きない。その最中にもザーラが火を消したり点けたりしている。
しばらくすると、手間暇のかかったコーヒーを煮詰める工程が終わった。
それを小さなカップに注がれても、まだしばらくは飲めない。
コーヒー豆の粉が沈むのを待ってようやく飲める状態になる。
「ん……なるほど。ドリップ式のコーヒーより、豆の味が濃いんだな……」
普段飲むドリップ式に比べると、良くも悪くもコーヒーの味が濃い。
なんだか濃度が高すぎてドロドロしている感じすらある。
カップが小さいのも納得できる。なかなか強烈な苦味だ。
とはいえ、まずいというわけではない……欠点と魅力が同時に増幅されたような味。
これリルは絶対飲めないだろうな。
「ド当然ですわ。あんなもの、コーヒーの味が分からない西の連中が手抜きのために作った仕掛けですもの。これが正式、本家本物の味なのですわ!」
「なるほど。確かに元祖らしい奥深い味だよね」
「でしょう! 話がめっちゃ分かりますわね!」
魅力はあるけれど、ものすごく手間が掛かる。
毎朝の目覚ましに飲むようなことはできないだろう。
ちょっと器材を揃えてみたくはなるけれど、二の足を踏むなあ……。
「ドリップコーヒーが日常の傍らにある飲料なら、これは一杯と向き合って飲むためのもの、というか……」
「その通りですわね。ま、アレも手軽にカフェインをぶち込む用途としては認めてやらんこともありませんわ」
「だけど、ドリップ式のいい店もあるよ? このへんだと、〈日陰通り〉と〈銀羊毛通り〉の交点に凝った店があって……」
「ほほう。このわたくしの舌に適うかどうか、是非とも試さねばいけないですわね」
そんな調子でコーヒー談義に花が咲いてしまい、だいぶ時間が過ぎていった。
リルを探しに行かなければいけないのに。
僕を無理やり連行してきた変人だけど、共通の趣味のおかげで会話が途切れない。
なんか一気に仲良くなってしまった気がする。
また知り合いの変人率が高くなってしまった。
「ところで。こう、君の事情について聞いても良いのかな」
「……仕方ないですわね。ま、どうしても話してほしいというのなら、話してやらないこともありませんわ! わたくしの母にまつわるゴタゴタがありましてね」
聞いた瞬間ものすごい早口で語りはじめた。
話したかったんだな……。
「あなたもご存知の通りでしょうけど、ウィレム帝国の皇帝はいわゆるハレムの主だわ。そして、ハレムというものは大して血統を重視しないのよ。中には奴隷から皇帝の母にまで成り上がったような女性もおりましてね……まあ、わたくしの母はド貴族の血筋らしいのですけれど! この話をしたのは自慢への布石なのですけれど!」
「う、うん……」
「しかしまあわたくしのお母様ときたら問題ばかり起こす人なのよ。特に言葉遣いがクソ汚いと評判なのですわ」
「うん……そうだろうね」
そう言いながらも、ザーラは誇らしげだ。きっと母が大好きなんだろう。
「けれどね、誰にも負けない芯のある女性でしたのよ……どの派閥にも与せず、社交界を単身で渡り歩く胆力を持っていて。そのせいでわたくしは孤立気味でしたけれど、お母様一人が与えてくれる愛だけで十分にわたくしは幸せでしたもの」
貴族の子供ともなると、友人関係も派閥で決まってしまうのか……。
「まあメチャクソ問題児でしたけれど! あのクソお母様ときたら、なんと皇帝が留守の間に隠し子を産んでたあげく、そっちにもサルタナオウル姓で名付けてやがったのですわ! やってられませんわよ! わたくしの死ぬほど優雅な生活が台無しなのですわ!」
うわドロドロ宮廷恋愛劇だ。こわ。
「おかげでわたくしもう冷や飯しか食わされない立場なのですわ! これはもう自らの手でケリをつけてやるしかあるまいと! わたくしに冷や飯食わせてくる元凶をこの両手でぶっ殺してやるしかあるまいという話なのですわよー!!!」
「た、大変だね……」
その隠し子は迷宮都市に逃げてったんだろうか。
割とよくある話だ。故郷に居られなくなった人間はたいてい迷宮都市に向かう。
ただし、辿り着けるかはまた別の問題だ。
海路で迷宮都市の港へ来るのも陸路でアリル大荒野を渡って来るのも、それなりに難しい。
「そうなのよ! 大変なのですわ! ド大変なのですわ!」
彼女は思いっきり叫んだあと、いきなり優雅になってコーヒーカップを傾けた。
「ふう、怒ったあとのコーヒーは格別……ってもう空じゃありませんこと!? バカ!」
ザーラは再び手間暇のかかるテュラク・コーヒーを作りはじめた。
何気なく窓の外を見る。もうとっくに周囲は暗くなっている。
「あ、えっと……流石にちょっと時間が遅くなってきた。そろそろ帰らないと、僕の用事がこなせなくなるから」
彼女は外を見て、小声で”もういいかしら”と呟いた。
……? 僕を引き留める理由でもあったのか?
「ずいぶん付き合わせてしまいましたわね」
「気にしないで。お釣りが来るぐらい美味いコーヒーだったから」
「……代金は発生してるんですわね」
「そりゃ……そうでしょ。でも、悪くない時間だった。僕の方も問題を抱えてる最中なんだけど、少し冷静になれた気がするよ」
「何よりですわ。そうだ、クオウさん……あなた、よければテュラク・コーヒー用の器具を貰ってくれませんこと? クッソ沢山あって邪魔なのですわ」
「え、いいの!? そんなに沢山あるなら、貰っちゃおうかな」
ザーラが応接間の戸棚を開ける。中に大量の細長い鍋がギッシリ詰まっていた。
ホントに邪魔なぐらい沢山ある。
「つまらないものですけれど」
「いやいやそんな。こんな良い器具は中々見ないよ」
取っ手付きの鍋の中に、金属のカップが重なって入っている。
どれも細やかな装飾の凹凸があり、贈答用らしく華やかだ。
「ほんとに貰って良いのかなこれ」
「もちろんですわ。代わりと言ってはなんですけれど、よければまた尋ねてきてくださる? わたくし、今日は超楽しかったですわ」
「うん。僕も楽しかった。……今は忙しいんだけど、機会があればまた来るよ。来月くらいかな」
「来月。その頃まで居るかわかりませんけれど、わたくしの居る間ならいつでも歓迎しますわよ」
コーヒーセットを〈アイテムボックス〉に収め、僕は邸宅を後にした。
なんか変な奴だったけど、趣味の話ができる貴重な友達だ。
カエイと決着をつけた後にでも、また遊びに来るとしよう。居るか分からんけど。
「え」
邸宅の門をくぐってすぐに、聞き覚えのある声がした。
「クオウさん? こんなところで何やってるのですか?」
「……そういうリルこそ何してるんだ?」
どういうわけか、リルとばったり出会ってしまった。
「そ、その……行くところがないので、そのへんをぶらぶらと……」
見るからに嘘をついている感じがあった。バレバレだ。
このへんに何か用事でもあったんだろうか?
しかも服装は飛び出したときのまま、鎧と剣を帯びたフル武装だ。
いくら迷宮都市とはいえ、それで貴族街に入ってよく呼び止められなかったな……。
「リル。とりあえず、帰らないか?」
「……嫌なのです」
「あのとき僕が言いたかったことは……いや。フェイナと約束したんだ。君と本音で話す機会を持ってくれ、って。だから、彼女の話を聞いてくれないか?」
「どうしてあんなやつの肩を持つのですか」
「君こそ、どうしてそんなにフェイナを嫌うんだ?」
「嫌いなものは嫌いなのです」
「理由があるはずだろ」
彼女はしばらく逡巡したあと、答えた。
「……雰囲気が似てるのです。わたしの知っている、周囲を困らせてばかりの悪女と」
「雰囲気ね」
僕は少しかがんで、リルと視線を合わせた。
「僕が倒れてるとき、幻の中で彼女の芯に少しだけ触れたんだ。少なくともフェイナは芯から邪悪ってわけじゃない。行動を見てても、それは分かるだろ?」
「けれど」
「表面的なところを見てれば、たしかにろくでもないかもしれない。けれど、それだけじゃないんだ。……僕を信じてくれ。話してみる価値は絶対にある」
「……そこまで言うなら、仕方ないのです。話すだけ話してみるとするのです」




