過去と過去〈13〉
翌朝。
軽めの運動で体調を整えたあと、僕は再び〈クラスブースター〉を試した。
薬剤が入ってきた瞬間にかなりの痛みが来たが、昨日に比べれば遥かに軽い。
変な幻覚を見ることもなかった。いたって正常だ。
「……さて、今回は」
フェイナが手中の巻物をチェックし、僕の瞳に強力な光を当てた。
何かを確かめて、軽く頷く。
「異常はなさそうだね。よし。とりあえず、〈アイテムボックス〉を開いてみて」
「分かった」
無意識に魔力を右手へ集める。
その瞬間、不思議な感覚があった。まるで砂浜が腕の中を流れているような。
曖昧にしか掴めない魔力の所在が、無数の粒としてハッキリと分かる。
頭痛が襲いかかってきた。頭が酷使され、ひどく熱い。
「どうしたの?」
「魔力への感覚が鋭い……痛みがある」
「……なるほど。問題ない。続けて」
右手へ魔力を注ぐ。魔力の粒が、まるで体の中に敷かれたレールを辿るかのように半自動的に導かれていき、複雑な紋様を形作るのがよく分かる。
これが体に刻んだ〈クラス〉の魔力回路によるアシストなんだろう。
〈クラス〉がない状態で人間が魔法を使えない理由がよくわかった。
アシストがなければ、ろくに形を作れずバラバラになってしまうんだ。
例えるなら、水もバケツもなしに砂の城を作るようなもの。無茶もいいところ。
複雑な紋様の”魔法陣”が揃った瞬間、魔力が虚空に吸われはじめ、〈アイテムボックス〉へ繋がる空間の裂け目が現出する。
「滑らかな魔力操作だなあ……羨ましい」
「で、アイテムボックスの方は普段どおりだけど」
中を確かめて、僕は言った。
「うん。リミッターを解除しただけで、無理はしてないよね。じゃ、無理してみて」
「無理って言われても」
アイテムボックスを閉じ、もう一回開く動作をする。変わらない。
魔力の量を増やせば良いんだろうか? 全身から右手へと魔力を集める。
自然な動きに任せず、強引にポンプで押し出すようなイメージで。
「これでどうだろう」
右手の手前で止まっていた高圧の魔力を一気に解放する。
殺到した魔力が好き勝手に暴れた。
目前に空間の裂け目が走り、乱れて消える。
「……駄目か」
「偏らせてるだけで、無理は出来てない。もっと体の底から絞り出すようなイメージで。右手だけに集めるんじゃなく、全身の魔力それ自体を増やすように試してみて」
僕の体にトラッキング用の薬を仕込んで監視しているだけに、アドバイスは正確だ。
間違いなく、独学よりも遥かに効率がいい。
「底から絞り出す、ね」
イメージする。魔力の操作にはまずイメージだ。
……僕の体はスポンジだ。潰せば潰すだけ中から液体が出てくる。
体に圧力をかかれば、内側から外側へと奥底の魔力が浮かび上がってくるんだ。
そう思い込む。そして実際に、内側から外側へ魔力が押し出されてくる。
激しく心臓が脈を打ち、激しい頭痛がした。
「つっ」
「……すごいね、ダーリン。いくらか前兆があった。方向性は合ってるよ」
自分で自分を痛めつけるような真似だ。やりたくない、という気持ちを抑え込む。
再び想像する。体の奥から。
体が苦痛に苛まれ、悪寒に包まれる。嫌な汗が浮かび上がる。
獣のような唸り声をあげながら、それでも更に限界を追っていく。
まだ……もう少し……あとちょっと。
どろり。濃密な液体が、わずかに表へ染み出したような手応えがあった。
染み出したものを全身に行き渡らせる。開け、〈アイテムボックス〉……!
「……あ、まずい! 止めて!」
空間が裂ける。異空間への入り口は開かない。
かわりに空間の裂け目だけが、雷のように別れながら走る。
全身の魔力が異常な速度で右手に吸い込まれた。
魔法が暴走した……それを把握した時には既に遅い。
僕の意識が暗転する。こんな失敗は、いつ以来のことだろう。
逆にワクワクしてきた。
- - -
「……のですか!? 昨日は変な幻に囚われる! 今日は気絶する……!」
「そりゃ、〈クラス〉絡みの新薬なんだよ? 気絶する程度で済んで御の字じゃん!」
「いい加減にするのです! 命はあんたが弄ぶためにあるオモチャじゃないのですよ!」
「でも、遊んで成果がゲットできるなら一石二鳥だよね!?」
「二人とも……僕の頭に響くから、大声はちょっと……」
二日酔いみたいに頭がズキズキするのをこらえて、ベッドから体を起こす。
魔力を暴走させたのにその程度で済んでるのは、フェイナのおかげだろうな。
「リル。自分だって頭から倒れるぐらいまで模擬戦やってたよね……君だって、リスクのある鍛え方をしてると思うんだけど……」
「それとこれとは別の話なのです! ……命を危険に晒すのは、仕方がないとしても! せめて命への敬意ぐらいは払うべきでしょう! 態度の問題です!」
「なに!? じゃ、あたしに命を救われるより、敬虔な無能に医療ミスで殺される方が上等だって言いたいの!?」
「もういいのです! クオウさん、絶対にこいつは蹴り出すべきなのです! 今は良くても、こんな遊んでるだけの人を仲間に入れてたら後で大変なのです!」
「僕はそう思わない」
「何故! あの態度を見てわからないのですか!?」
「表面的な態度なんて、どうでもいいんだ……」
「何故ですか?」
彼女の瞳が涙で潤む。
やばい。何かしらリルの地雷を踏んだらしい。
「見ず知らずのわたしを助けるような人が、何故そんなことを言えるのですか。同じだって……思ってたのに!」
最近のリルが普通の精神状態じゃないのは予測できたことなのに。
僕が起きる前から口論してて、相当キレてるのは推測できたのに。
結局、リルはまだまだ子供なのに。うかつだ!
言葉を継ぐより早く、彼女が外へ飛び出していく。
玄関の金属扉が開く音がする。閉じる音はしない。
……リルのことだ。一度飛び出した彼女がすぐ帰ってくるとは思えない……。
「あ、あたしのせいじゃないよね? ね?」
半分ぐらいはお前のせいだろ。……でも、もう半分は僕のせいだ。
言葉の選び方がまずかった。
生き残れるように鍛える、って約束したばかりなのにな。
「フェイナ。お前、リルのことをどう思ってるわけ」
「え、えっと……あたしとは正反対だけど……いい娘だと思うよ? よすぎるぐらい」
「仲間だとは思ってるの?」
「……えっと、ダーリンと二人きりになれてうれしいな!」
彼女の笑みは人工的だった。
……昨日僕がぶっ倒れたとき、フェイナについて分かったことがある。
こいつは100%天然の狂人じゃない。わざとやってる節がある。
「嘘をつくな」
「う……」
「どうしてわざと嫌われるような真似をするんだ」
彼女は目を閉じて、深くため息をついた。
「だって……」
「リルはさ。お前のことを、遊んでるだけの才能に頼って生きてる天才だと思ってるよ。でも、違うでしょ? 君がやってることが、生まれついての才能だけで可能だとは思えない。試行錯誤して知識を積んできたはずだ。絶対に」
「いや、でも……あたしは怠け者だから……」
「怠け者が早起きして料理作ったりする?」
「……」
彼女は僕に背を向けて、逃げるように薬の材料をいじりはじめた。
「……フェイナ。たぶん、君も何かしら事情を抱えてるんだろう。それは分かるけれど……でも、お願いだ。リルに心を開いて、本音で話してみてくれないか」
表面的な態度なんてどうでもいいんだ。
彼女の身につけた技を見れば、そこには明確に努力の痕跡がある。
僕はそう言おうとした。
それはもしかすると、彼女にとって”遊び”だったのかもしれない。
でも、いいんだ。たとえ遊びだとしても、何かに向き合って得た経験は尊い。
僕の言葉がまずくて、リルには伝えられなかったけど……。
きっと分かってくれるはずだ。
「……なんか、いきなり熱血バカみたいなこと言い出すね。そういうタイプだっけ」
「ポーターの身で一流冒険者を目指してるんだから、熱血バカに決まってる……まあ、ちょっと考えが変わりつつあるのかも」
昨日の夜。街中へリルの情報を調べに行ったブレーザーの背中を見てから、僕はしばらく考え込んでいた。
確かに、僕は自分にとって重要な勝負を控えてるけれど……でも、その勝負で敗北して傷つくのは僕の心だけだ。
リルの方は命が関わるんだ。自分のことばっかり考えてて、本当にいいのか?
カエイと勝負を付けるのは何のためだ? 過去に区切りを付けて、冒険者として新たに歩みだすためじゃないか。
僕が目指してる冒険者の形は、仲間をろくに気遣いもしないようなヤツなのか?
違う。今のままじゃダメだ。僕はそう確信した。
……あの幻の中の過去の僕だって、きっと同じことを言うはずだ。
英雄を目指せって。
「そ……なら、家出娘を追いかけてきなよ。あたしは……もう少し〈クラスブースター〉の副作用を減らせないか、試してみるから」
「約束してくれ。リルと仲直りする努力をするって。仲間として。頼む」
「……じゃ、キスと引き換えね!」
彼女は狂気の仮面を被って言った。
そういう行動をする、って分かっていれば、けっこうバレバレだ。
本気で頭がおかしくなっているときの、目が合うだけでくらくらする混沌が無い。
「分かった。約束だ。頼むよ」
「えっ」
僕は部屋を飛び出して、開いたままの金属扉を潜り抜ける。




