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過去と過去〈12〉


 午後、僕とリルはひたすら模擬戦に明け暮れた。

 お互いに木の武器を使っての、寸止めしないガチ勝負だ。

 全身が痣だらけになるほど激しい打ち合いを繰り返し、時折フェイナから治療を受けて、また訓練に戻る。

 僕の側の主目的は、”居合”を実戦レベルにまで鍛え上げることだ。

 アイテムボックスに複数本の木剣を入れて、これを持ち替えながら戦っていく。


 ……最初はあまり上手く行かなかった。

 掴みそこねたり剣を収納しそこねたりミスが多い。

 加えてリルの身体能力が伸びているせいで、まっとうに当たれば一瞬で押し負ける。


 何が悪いのかは分かっている。結局、バフとデバフを併用しないと力負けするのだ。

 ……もしも僕があの暗殺者と殺し合ったなら、今のままでは負けるだろう。

 もっとだ。もっと繰り返して技を磨く必要がある。もう一度。


「甘いのです!」


 僕の放った一撃が、リルの木盾に弾き飛ばされる。

 まるで巨人のような力強さだ。姿勢が崩れ、追撃を防げない。


「そこまで! これでダーリンの十敗目だ! 負けてばっかだぞー、がんばれー!」

「……まだ足りない。クオウさん、もう一本お願いするのです」

「望むところだよ。ぶっ倒れるまで続けよう」


 それからも負け越しだ。

 けれど練度が上がってきてミスは減り、〈風撃の指輪〉による反動加速を使っても剣筋は乱れにくくなってきた。

 戦術面でも徐々に何が強くて何が弱いのか分かってくる。

 ポーション投擲の癖でつい剣を投げてしまうのだけど、これは効果が薄い。

 相手が慣れるまでしか使えない奇襲だ。


「ふっ! はあっ!」

「このっ!」


 バカ力を受け流しながら、何とか技術で打ち合いを成立させる。

 絡んだ剣先だけを掠めさせるように狙ったが、わずかに届かない。見切られている。

 僕はわずかに間合いを取り、剣を自分の体の背後へ持っていった。

 隠した状態で〈アイテムボックス〉を開き、少しだけ長い剣に持ち変える。


「やあッ!」


 圧縮された空気が打ち出され、ドンッと腹に響く低音が耳を打つ。

 反動加速による高初速を制御して斬りかかると、再び剣と剣がぶつかり合った。

 そこで滑らせた剣の先が、リルの首筋を掠めた。

 よし!


「えっ!?」

「そこまで! いいぞー! ヒュー! ベテランって感じ! カッコいー!」

「もう少し中立な感じで応援してくれよ! レフェリーだろ!」


 かなりの手応えがあった。

 ……反動加速という大技を使ってさえ、真正面からの打ち合いは僕が不利だ。

 ならば、大技を使いながら小技を繰り出せばいい。それがシンプルな答えだろう。

 アイテムボックスに剣が隠れているのだから、間合いを巡る駆け引きは圧倒的有利だ。

 大技じゃなく、そういう細かいところで勝負すればいい。

 僕の目指す方向性はこれで正しいはずだ。このままどんどん行こう。


「よっ」


 次の一戦。剣の投擲で相手を防御に回らせ、短めの剣で一撃。

 その剣を体の背後まで振り切って、隠しながら入れ替え。

 間合いの長い剣に持ち替え、防御の横側から迂回するようにして一撃を加える。

 届かないはずの剣が届き、リルの首に剣先が当たった。


「お……今の勝ちで勝率が五分五分になったよー! ノってるねー!」


 運用はすごく繊細だ。けれど、強い。

 木剣の複数本でもハッキリ強いんだから、魔剣を使えば更に効果は上がる。

 ポーション類を投擲してステータスを補いつつ、〈マギ・インバーター〉との組み合わせで効果を変えたり〈ブラックマッチ〉で罠にかけたり。

 マジックアイテムの投擲も織り交ぜられる。


 決まりさえすれば破壊的な戦術だ。何もさせず一方的にハメて殺せる。

 やればやるだけ技が磨かれていく。僕の勝ちが積み重なっていく。


「あー、今の一本で勝率六割だ! やるゥー」


 その一方で、決まらなかった場合の結末もまた破壊的だ。

 僕の”防御力”は皆無に近い。一つでもミスがあれば反撃を貰い即死する。

 勝ちへと至るための道筋は、猫の額ほどに狭い。

 切り立った崖に囲まれた細い尾根を全速力で駆けるような、そういう戦い方だ。


 リルとの模擬戦を通じて、これが曲芸であることはハッキリと分かった。

 けれど、決まればきっとトップクラスにも通じる曲芸だ。

 「やれるかもしれない」という期待が、「やれる」という確信に変わってくる。

 僕は強くなっている。今までの人生の中でも一番のペースで。急速に。


「そこまで!」


 リルの首筋に木剣を打ち込み、僕は更に勝ち星を積み上げる。


「……十七連勝! リルちゃん動きが硬いぞー! マッサージしてあげよっかーぐへへ」


 リルが彼女を無視してすぐさま剣と盾を構え直す。

 ボロボロだ。至るところにアザと小傷がある。

 倉庫に置かれた柱時計の時刻を確かめた。六時半。

 もう六時間近くぶっ通しで戦っている。疲れた、としか言えないほどに疲れた。

 でも止めたくない。

 強くなっていく楽しみが、限界ギリギリの疲労よりも勝っている。


「これじゃ……」


 リルが一歩を踏み出した。距離を測ることだけに集中し、軽く牽制する。


「届かない……まだ……まだ足りない……ッ!」


 ここに至ってなお強烈な一撃が襲いかかってくる。

 僕の握った剣はあっけなく吹き飛ばされた。

 ……構わない。元から間合いを外した空振りの牽制だ。

 その場でアイテムボックスから短い剣を掴み、手首のスナップでカウンターを入れる。


「そこまでー!」

「ハアッ、ハアッ……!」


 前に倒れ込みそうなリルの体を支える。

 鬼気迫る表情だった。


「……あれ? リル、大丈夫……?」


 自分のことばかり気にしていて、リルの様子に気づけなかった。

 焦っていて当然だ。

 僕と同じかそれ以上に、彼女もまた強くなる必要があるんだから。

 ……今は……僕のことより、彼女のことを優先するべきだったかもしれない。


「やめよう。ここまでだ」


 本当はまだ続けたいけれど。こんな状態で続けたら、僕もリルも悪い癖がつく。


「もう一回だけ!」

「……分かった。本当に最後の一回だよ」


 リルが剣と盾を構える。僕も剣を取り出して斬りかかれるよう構える。

 じりじりとした展開になった。間合いのわずかに外で立ち止まり、互いの隙を伺う。

 リルが盾を前に突き出すようにして突撃……しようとして、前のめりに倒れた。


「ちょっと!? 大丈夫!?」

「……怪我はないみたい。純粋に、体力を使いすぎて気絶してる……」


 フェイナが巻物を見ながら言った。

 なんだそれ。訓練でそこまで追い込むか、普通。


「治療の必要はなさそうだよ。休ませておけば大丈夫」


 にしたって大変だ。体調を崩してもおかしくない。

 二人でリルを運び、簡易ベッドの上に寝かせてやる。

 ぐう、と大きく腹が鳴った。


「晩飯にしよっか」

「リルが起きるまで待たない?」

「……無理して倒れたんだから、自業自得じゃない?」

「いや、それはそうかもしれないけど」

「自分が気絶してる側の立場だったら、先に食ってよって思うでしょ? ほらほら」


 フェイナが倉庫のスライドドアを開く。

 鍛冶場の方から、金属を繰り返し叩く音が聞こえてきた。

 彼女も朝から晩まで作業に明け暮れているらしい。

 魔剣の修復に加えて、リルの装備の新調も頼まれたそうだから、忙しくて当然だ。

 身が引き締まる思いがする。

 僕やリルが立つ戦場は一人だけのものだけど、そこへ登れるのは皆のおかげだ。

 ……さっきの模擬戦の最中も、リルにもっとアドバイスをするべきだったろうか。


「お、出来てる出来てる。こっちこっちー」


 リビングの机の上に、大きめの鍋が置かれていた。

 迷宮から出土する魔石の一種〈火石〉がその下にあり、炎を放っている。


「今日の晩飯は鶏肉のクリームシチューだよ。体に良いもの食べないとね!」

「おお。あ、リルの分は残しておかないと」


 鍋の蓋が開き、シチューの甘い匂いが部屋中に広がっていく。

 鍛冶の音が止まり、汗と黒い煤にまみれたマイザが出てきた。


「おいおい、ずいぶん豪華な食事だな! ありがたいぜ!」

「……ねえ。マイザって、普段何食べてるの? 食料庫にパスタしか無かったんだけど」

「ん? パスタだが」

「毎日?」

「毎日」

「……これからもあたしが作るね。料理」


 ……是非そうしてほしい。

 シチューを皿によそって一口。様々な旨味がギュッと詰まった濃厚な口当たりだ。

 なのに、しつこいところがない。

 一気に風味が広まったあと、後を引かず爽やかに胃へ消えていく。

 体の痛みも忘れてしまいそうなぐらいの、華麗な美味さだ。


「料理上手いなあ……」

「魔法薬の調合も料理も同じことってね。何なら毎日ダーリンの朝飯作ってやるぞー?」

「勘弁……いや、この料理を毎日食えるのか……それはちょっと魅力的だね……」


 どんどん木匙が進む。あっという間に食べきってしまった。おかわり。


「くっそ美味いなこれ……あたしの知ってるシチューと違うぜ……」

「良かった。味覚はまともなんだ。これでマズいって言われたらどうしようかと」

「うま……うま……」


 普通、味が濃い料理って食べてるうちに飽きるけど、これは全然飽きがこない。

 じっくり煮込んで出汁を作ったおかげだろうか。


「おーっす! いい匂いしてんじゃん! シチューか! うひょー!」


 玄関の金属扉が開いて、ブレーザーも合流した。


「おっ、通気口の主じゃん!」

「あんなとこ寝かされてまだ来るかよ? めげないヤツだなあお前」

「なんだよー! もう少しな、友達と一緒の時間を過ごせる有り難みを噛み締めろよなー! 俺も忙しいんだぞ! 仕事のネタ探しと執筆とで!」


 いつの間にか、ブレーザーと他の皆はけっこう仲良くなってるみたいだ。

 僕の向かいに座った彼が「うわ」と声を漏らした。


「ボロボロじゃんか。どんだけハードな訓練してんだ? おっそろしい」


 それから、フェイナに差し出された皿を受け取り、一口目で「うおっ」と叫んだ。

 顔だけでも結構うるさいのに、声が合わさると二倍うるさい。


「これは……! 高級料理店の味……! めっちゃ仕込んでる味……!」

「こういう味で安い店も結構あるよ? 食べ歩きが足りないとみたね、ブレーザーくん」

「うっす! パイセンの言う通りっす! 後でうまい店教えて!」

「ふふふ……あたしのグルメガイドはすごいぞ。雑誌記事にしてお金取れちゃうぞー」

「マジ!? うわー最高かよ! 一生ついてくわ! 毎日俺の朝飯作って!」

「やだ」

「即答! はやい! ヘコむわ! ははは」


 笑っていたブレーザーが、何かに気づいてそわそわ左右を見回した。

 ころころ顔の変わる忙しないやつだな……。


「リルちゃんは?」

「さっき僕と模擬戦の最中に気絶した。向こうで寝てる」

「き、気絶……それ模擬戦ってかもう実戦じゃんか、キツさで言ったら」


 彼は自分の食事を中断して、わざわざ倉庫のほうに様子を見に行った。

 なんか結局いいヤツなんだよなあ。

 チャラい雑誌記者とかいう邪悪な人間の代表格みたいな雰囲気してるくせに。

 っていうか、実はそんなにチャラくもない……?


「うるせえヤツだなー、ったくもう」


 マイザも二杯目を食べ始めた。体力を使ってるのは彼女も同じか。


「そういえばマイザ。魔剣の修復はどうなってる?」

「〈マギ・インバーター〉の方はあらかた終わったぜ。ただ、〈ブラックマッチ〉は相当時間が掛かるな。何だよあのボロボロ具合、巨人にでも踏まれたのか?」

「うん。巨人に踏まれた」

「……そういう使い方する剣だから、文句は言わねえけどさあ……」

「ああ、見た見た! 大爆発してたねアレ! すごかったよ!」


 それからしばらく、僕の武勇伝が話題になった。

 魔剣の鍛冶師が使い手の話を聞きたがらないわけもない。

 僕の話へとマイザが熱心にうなずいて、時折フェイナが笑いを取りに来る。

 次は逆にマイザが魔剣のことを情熱的に語り始め、僕は興味深く話を聞いて、やっぱりフェイナは変なネタで笑いを狙う。温かい食事の場だ。


 今にして思えば、〈ミストチェイサー〉は食事のときも冷たかったな。

 たまに笑い合ってもすぐに冷めちゃう感じで。

 仲が悪いわけじゃないんだけど、プロ同士の仕事上の付き合い、みたいな。

 悪いことじゃないんだけど、こういう雰囲気は出ない。

 仲間との仲が良いって、いいな……。


 ……リルもこういう場に加わってくれたら良いのにな。

 本人は毛嫌いしてるけど、一番こういう会話を必要としてるのは彼女のはずだ。

 まだ子供なんだし。

 フェイナを嫌ってる理由は分からなくもないけど。だいぶ分かるけど。

 仲直りさせられないものかな……でも、勝手にお節介焼かれても迷惑かな……。


「あれ? ブレーザーどこいった? トイレ?」

「長すぎんだろ」

「……さっき倉庫に行ってたよね」


 僕は様子を見に行った。

 倉庫の奥で二人が何かの話をしている。


「お? 盗み聞きか?」

「今来たばっかりだし。内容は聞こえなかったよ。何の話?」

「いやね、クオウちゃんが挑もうとしてる戦いはさ、決闘だけど殺し合いじゃないだろ? こっちは殺し合いになりそうだから……考え直してもいいんじゃないか、って話をさ」

「余計なお世話なのです。この話は終わりにしましょう」


 リルはリビングへと飯を食べに来た。

 ……確かにそうだ。どういう事情があるんだか知らないけど、殺し合いだよな。

 ”暗殺者がリルを暗殺しにくる”って話じゃないんなら、止めたほうがいい。


「ふう……頑固な娘じゃんな、マジ」

「ブレーザー、事情はどこまで知ってるんだ?」

「さあ。昨日本人から聞いた分だけで全然知らねーけど。まだまだ調べてる最中でさ」


 彼は肩をすくめた。


「とにかく、あんな子供に殺し合いをさせるのは気が引けるって思わないか? そりゃ迷宮都市だし、迷宮の中で殺し合うのは仕方ないし、そこで決闘すんのはアリだろうけどさ……現実のほうで、ホントに命をかけて殺し合うってのは……」

「……止められるほど、彼女の事情を知らない。けれど、重い過去がありそうなのは確かだ。よく知りもしない他人が、横から口を出していいことなのかな」

「でもよ、仲間だろ? 仲間が止めてやらなきゃ、誰が止めれるっていうんだ?」

「っ……けれど、よく知らないんだ。本人にも事情を言う気はない。仲間の隠してることを詮索するのは……」

「そうか。ま、そういう考え方もあるよな。俺は詮索する。……今から、もう一度だ」


 ブレーザーは僕のそばを通り過ぎた。シチューを残したまま地下工房を後にする。

 格好のいい背中だった。お節介だろ、なんて、とてもじゃないが言えない。


「待って。僕に何か手伝えることは?」

「そうだなあ……せいぜい、あの娘を鍛えて生き残れるようにしといてくれ」

「ああ。任せて」

「冒険者は冒険者なりに、記者は記者なりに、ってな。お互い頑張ろうぜ。じゃな」



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