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過去と過去〈9〉

 迷宮から帰った僕らは、そのままマイザの地下工房へと向かった。

 人手の少ない道を通り、わざと曲がって尾行の有無を確認する。

 気配はない……けれど相手は手練だ。用心するにこしたことはない。


「戦ってみて、どうだったのですか?」

「けっこう強い。一回り格上だ。でも、策を練れば勝てない相手じゃない」

「なるほど、なのです」

「仮に〈絡網(レーテ)〉みたいな手段で足を奪って殴り合えばリルが勝つだろうね」


 網を射出する銃が売っているのを見た覚えがある。あれはどうだろう?


「全身鎧とかで防御を固めれば、あの回転攻撃の脅威は半減すると思う。ただ、相手が暗殺者だから、フル装備で戦うのは難しいだろうけど。〈ナイト〉のクラスに〈大盾(ワイドガード)〉っていう技能(スキル)があって、あれで大きな魔法の盾を生み出せば……」

「……暗殺者?」


 リルが首を傾げた。


「暗殺者って、何の話なのですか?」

「え? 暗殺者が云々って噂だったよね?」

「あ……ええと、いや。わたしを狙ってるのは、暗殺者ではないと思うのですが……」

「そうか? 戦った感じ、あの戦闘スタイル……は……」


 くるくる回転しながらの踊るような動作だった。

 闇に潜んで致命の一撃を狙うような戦い方じゃない。

 やたら壁を跳ね回ってるくせに、後ろを取るような動きはしてこなかった。

 確かに。敏捷性に優れてるだけで、暗殺者の戦法じゃない……。

 う。恥ずかしい。戦った瞬間に気付いてしかるべきだった。


「……リル。僕がこれ以上なにか思い違いをする前に、事情を教えてくれないかな」

「うう、それは……約束が」

「約束?」

「死人と交わした約束を違えるのは気が引けるのです」

「約束に反しない範囲で教えられることはないの?」

「まあ、それなら……」


 少し考え込んでから、彼女が言う。


「ある一族に仕える集団が、時代遅れになって邪魔になった。それだけなのです」

「……」


 貴族社会は詳しくないけど、特権を取り合う狭い社会のはずだ。

 一部の人々が代々ずっと同じ権益を独占するようなことは珍しくない。

 そういう権益を巡る抗争が起きて、リルと彼女の親族をまるごと消そうとした奴がいた、とか?

 で、唯一生き残ったリルは迷宮都市に逃げたけど、まだ狙われてる、と。


「そういう規模の話なら、僕のツテで襲撃者を探せるかもしれない」


 あの〈開都十哲〉たる老人は、何らかの手段で街の隅々にまで耳目を届かせている。

 土産物を持って丁寧に尋ねれば教えてくれるだろう。

 あるいは、あの老人と関係があるらしいピルスキーにも噂が届いているかも。


「あの……できれば、これはわたし一人で決着を付けたいのですが」

「手伝うぐらいはさせてくれないかな。仲間なんだし」

「でも……カエイさんとの因縁は、クオウさんのものでしょう? それと同じように、これはわたしの因縁なのです。どれほど親しい相手だろうと、立ち入らせるわけにはいかない……そういう領域があることを分かってほしいのです」


 出来るなら一緒に戦いたいのですが、とリルは続けた。

 そこには苦悩と誇りが同居している。

 ああ。僕だって、カエイと決闘する場にリルを連れて行くつもりはない。分かるとも。


「わたしたちはまだ……二人とも、過去に決着がついていないと思いませんか」

「……そうだね。でも、仲間としてそれぞれが決着をつける手助けはできる」

「はい」


 わずかな沈黙を、道沿いにある工場や工房からの騒音が覆った。

 リルが言っている通りだ。僕らはまだ、”冒険者パーティとして成り上がる”だとか、そういう未来の話ができるところにいない。


「なんだか、僕たちはまだまだ助走の最中だよね。そう思わない?」

「はい。助走にしては、ずいぶんハードなのです」

「そうかな? けっこう訓練の強度には余裕があると思う」


 僕たちはだいたい毎日訓練をしているけれど、だいぶ余裕を持たせている。

 体力を使い切って一日中フラフラになるような訓練は避けてきた。

 けれど、もうそろそろ追い込みはじめる時期かもしれない。


「リル。明日から……いや、今日から特訓を始めない?」

「! 望むところなのです!」

「ただ、安全上の懸念がある。体力使い切ってフラフラの状態で宿に寝泊まりしてたら、暗殺者どころかそのへんの泥棒に殺される可能性もある。そこで」


 一つ角を曲がると、大きな魔法溶液栽培の農業工場が二つ見えてきた。

 その隙間にある空き地に建った地下工房なら、きっと安全だ。


「まずはマイザの工房に泊めてもらえないか交渉しよう」



- - -



「はー!? 一人泊めてるだけでもうるさいってのに、更に二人も追加すんのかよ!」

「仕方ないだろ。ここなら安全だし。それに、金を払ったのは僕だぞ?」

「わーってるっての!」


 相変わらずトゲトゲで奇抜な服装のマイザが、だいぶ嫌そうな顔をしている。


「なになに? お泊り会? パジャマパーティーでもやる? いいね!」


 ソファの背もたれに乗り出したフェイナは、マイザと正反対に楽しげだ。


「訓練後の安全確保のためなのです。遊びじゃないのです」

「え、じゃあお前ら全員ここに泊まるの? じゃオレも泊まる!」


 チェス盤を挟んでフェイナと対戦していたブレーザーが便乗してきた。

 盤面をちらりと見たかぎり、フェイナの方は意外なことに数百年前から指されているオーソドックスな定跡を辿っている。

 一方のブレーザーは最新っぽい形だ。けれど負けている。


「場所がねえよ! あんた結構いいアパート住んでんだろ! 自分の家で寝ろっての!」


 マイザが叫んだ。


「あれ学生時代にホムパ見込んで借りた家だから、一人だと広くて寂しいんだよ! 別にいいじゃん、鍛冶場に簡易ベッドでも置いて寝るからさ!」

「あたしはいいと思う!」

「よくねー! 鍛冶場はあたしの聖地なんだよ! チャラ男が寝床にしていい場所じゃねーの! ソファで寝ろ!」

「ソファはあたしの聖地だ! こいつを寝かすとソファ叙任権闘争が勃発するぞ!」

「うるせえ! 何だよそれ!」

「フェイナ、知っているのか!? 幾多の記者が闇に葬られてきたというソファ教皇の暗部を……!」


 ブレーザーがすぐさま乗っかった。


「ソファ教皇って何だよ!? フェイナと遊びすぎてお前まで頭おかしくなったか!?」

「ソファ教皇フェイナとして命ずる! ソファ司教ブレーザーは通気口で寝るべし!」

「通気口……!? 横暴ですぞ教皇!」

「うるさいのです!」


 バカ騒ぎを見かねて、リルが怒鳴りつける。

 ……まあ、こういうの好きじゃなさそうだよな。


「わたしたちは特訓のために寝泊まりしたいだけなのです! 少しぐらい真面目に話を聞くのです!」

「なにぃ!? どこで寝るかを巡る闘争が真面目じゃないだとぉ!?」

「どこからどうみても遊んでるだけなのです!」

「フッ……おこちゃまには分からぬ高度な駆け引きがあるのだよ……」

「いい加減にするのですー! 寝るとこなんか床でもいいのですー!」

「なあお前ら。真面目に寝るスペースの話してるんなら、原材料用の倉庫あるぜ」


 あっちだ、とマイザが指差した方向に大きなスライド式の扉があった。

 開いてみる。隅にばらばらと資材があるだけの、がらんとした空間だ。


「まだベッドはないがな。今日は下に毛布でも敷けば、まあ寝れんだろ」

「いいじゃん! みんな倉庫で寝ようよ! あたし無駄に徹夜して無駄にお話したい!」

「あんた自分の工房にベッド置いてんだろうが。あたしの部屋だったものをお前の部屋にしやがったろうが」

「……っていうかフェイナ。暇そうだけど、僕のための〈クラスブースター〉訓練プログラムとやらはもう作ったの?」

「ばっちりだよ! まずは魔法薬の分量を決めるために正確な身体計測からね。フフフ隅々までじっくりと舐りつくしてくれるわフフフ……」


 ……やることは正しい手順なのに、ぜんぜん正しくなさそうに聞こえる……。



- - -



 それから。宿に戻って荷物を取ってきた頃には、もう夜だ。

 晩飯はマイザが作った一人暮らし感溢れるスパゲティ。まあ不味くはない。

 倉庫でリルと軽く体力トレーニングと模擬戦を終えれば、既に夜も遅い時間だった。


「よし! 夜ふかしの時間だ! お菓子は持ったな!? 行くぞーッ!」

「いやいや……自分の部屋で寝なよ」

「遊びじゃないのです」


 無駄にふりふりとした可愛いパジャマ姿のフェイナを、半目のリルが追い返す。


「んー。オレ思うんだけどさ。あんまり思い詰めすぎるのはよくないぞ? 多少はリラックスして、気分を切り替えながらさ……こう、遊ぶのも大事じゃん? だから」

「はいそうですね。おやすみなのです」


 ブレーザーが話してる途中にリルが扉を閉じた。

 ようやく静かになった。


「クオウさん。鍛冶師のマイザさんはともかく……あの人たち、本当に必要なのですか」

「必要だ」


 僕は即答する。


「フェイナは間違いなく天才だよ。変人だけど。変だから天才なんだよ多分」


 〈クラスブースター〉なんて、そういう薬があるって噂すら聞いたことがない。

 大資金を提供されてる研究者ならともかく、そこらの元学生が新しい薬なんか作るか?

 ……っていうか、アイツは本当にただの元学生なのか?

 見た目は若いけど、あいつの無邪気さは……たまにリルが見せるそれと違う。


「でも、ふざけてばかりで遊ぶ以外のことをやる気がゼロなのです」

「まあ……重要な場面でふざけなければ、別にいいんじゃないかな」

「むう」


 既に毛布へ入っているリルが、拗ねたように頭まで毛布を引き上げる。

 ……しばらくすると、スッと毛布からリルが頭を出した。


「ブレーザーさんの方は役に立ってなくないですか?」


 こいつけっこう失礼だよな。


「冒険者パーティに広報担当は必要だよ。それに、普段からネタを探し回ってる記者なんだ。あいつが仲間に居れば噂や情報が早く入ってくる」

「広報? それ本当に必要なのですか」

「……新聞やら雑誌やらで散々ボコボコにお荷物扱いされた僕が言うんだ。間違いない」


 評判が高ければ良い仕事が入ってくるし、良い人材が集まるし資金調達も楽になる。

 同時にトラブルも寄ってくるけれど、基本的には良いことだ。

 

「それに、ブレーザーの言ってたことには一理あると思うよ。事情は分かるけど、今のリルはちょっと張り詰めすぎてるような……」

「鉄の意思と不断の努力だけが成功へのレシピなのです」


 なんつー子供だ。どういう育てられ方すればこんなんなるんだよ。


「……間違っちゃいないけど……ま、いいか……おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 長かった一日が終わる。

 僕は瞳を閉じて、明日からの特訓に備えた。


 ……ちなみに、結局ブレーザーは通気口で寝たらしい。かわいそうに。

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