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ポーターの可能性〈3〉


 ここ迷宮都市〈エルフィンゲート〉は制御不能なほど急速に発展してきた。

 ゆえにその街並みは乱雑を極める。

 規制のキの字すらなく好き勝手に建てられた建物が森林のごとく生い茂り、昼間であっても陽の光を遮っている。

 商店の並ぶ大通りといえど例外ではない。

 道の左右から伸びる建物は、世界中の建築様式を地層のように積み上げながら複雑にねじれている。

 それを空中でつなぐ回廊も、地上と同じく露店と客で溢れているのが見える。


「うわあ……なんだか、生きてるみたいな街なのですね!」


 僕の買い物についてきたリルが、首をあちこち向けながら言った。


「あまり気を抜かない方がいい。スリが多いから」


 特に〈ローグ〉の新人冒険者には要注意だ。

 クラスの効果ですばやく手先の器用な連中だけに、迷宮へ潜る資金を手っ取り早く貯めようとして犯罪に手を出す輩が多い。


「心配ご無用ですよ。わたしは防御が硬いのです! 〈ナイト〉なのですから!」

「……ほんとに大丈夫? ちゃんと財布は握りしめておきなよ」

「常に心がけてるのです」


 妙に誇らしげな顔でリルが胸を張った。

 へへーん、みたいな声が聞こえてきそうだ。

 年齢とかは抜きにしても、大丈夫なんだろうか。


 僕はリルを連れて、まず迷宮ギルドの支部に向かった。

 ギルドの管理する僕の口座からお金を下ろすためだ。

 なにしろ裸で追い出されて一文無しだ。カエイめ。


 興味津々にふらふらしているリルの手を引きながら、窓口で手続きをする。

 身分証を持ってないせいで、サインやら書類確認やらで無駄に待たされた。

 規制皆無なこの迷宮都市の気風と裏腹に、迷宮ギルドだけは書類大好きな官僚気質だ。


「ああっ、あの光ってる掲示板! 内容がひとりでに切り替わったのです!?」

「転写石版だね。水晶だとか他の転写石版なんかとペアリングしてやると、色々なものを映しだせるんだ。危険度Fの迷宮でも結構ドロップするよ、あれ」


 単に〈石版(タブレット)〉とだけ呼ばれることも多い、ありふれた物品だ。

 供給量は多いが、世界中で需要があるので買取価格は中々下がらない。

 小さいやつでも一つ十万イェンぐらいで売れる、とリルに伝えた。

 初心者なら拾えば黒字確定だろう。

 よく転写石版も知らないレベルで冒険者になれたな。逆にすごい。


「十万イェン……大金なのです……」

「そうだね」


 僕にもそんな時期があった。懐かしい。

 今のリルみたいに全てが新鮮で、毎日のように目をキラキラさせてたよな。


「ちなみに、今も君が持ってるその魔剣、数千万イェンしておかしくないけど」

「うぇっ!?」

「何人か、盗もうとしてたやつらも居たよ。睨んだら逃げたけど」


 並の〈ローグ〉がこそこそしたぐらいで、僕の目からは逃げられない。

 なにせ、ずっとトップクラスのローグと一緒に居たんだから。


「数千……ひえぇ……お、置いてくればよかったのです……」


 元気いっぱいだった少女が、一転して身を縮める。

 両手で剣の柄を握りしめているけれど、今更だぞ。


「それはそれで、空き巣に狙われるから。なんなら僕が預かっておこうか?」


 リルがカクカクと首を縦に振る。

 差し出された魔剣を受け取って、僕は〈アイテムボックス〉を開く。

 収納棚以外の中身を全て置いてきたから、そこにあるのはまっさらな棚だけだ。

 長物の入るラック部分に魔剣を置き、閉じる。


「……僕が悪人だったら、この瞬間に逃げてるけどね」

「あっ。……”前衛はポーターを守る”ものなのに、わたしが守られてるような……」

「それは戦闘中だけの話だし……まあ、最初は失敗するものだからさ。そうやって経験を重ねていくうち、色々なことが分かってくるよ」


 迷宮ギルドの玄関を抜け、大通りの人混みに混ざる。

 次の目的地はポーション屋だ。


「僕だって、最初は失敗続きだったし。聞いてくれたら何でも教えるよ?」

「……クオウさんは、ベテランなのですか?」

「まあ、そうだね。それなりに経験豊富な部類に入ると思う」

「ただのかわいそうな人ではなかったのですね……てっきり、守ってあげなきゃいけない系の人かと」


 失礼な。いくら裸で放り出されてたからって。

 いやでも、裸で放り出されてる男を道で見かけたら、僕だってかわいそうな人扱いするかな。


「えっと、あの……不安なことがあるんです」

「うん?」


 第一印象だと、何があっても能天気そうな娘だったけど。

 誰だって、一皮剥けば不安ぐらい抱えてるか。


「わたし、本当に〈ナイト〉がやれるのかどうか……その、小さくて力も弱くて……たまに、向いてないんじゃないか、と思ってしまうのです」


 お……重い質問だな。

 それに、あまり他人事とも思えない。

 こんな相談をしてくれるなら、もう僕のことを信頼してくれてるんだろうか。

 本気で答えてあげなきゃ。


「やりたいから選んだんだろう?」


 僕は立ち止まり、彼女と目線を合わせる。


「向いてるとか向いてないとか、そんなことは関係ないんだ。自分がやりたいんなら、たとえ才能が皆無だったとしても、諦めずにやり続けるしかない」


 もっとも……〈ナイト〉のクラスを取れてる時点で、才能は皆無じゃないな。


「僕だって、まったく向いてないことをやろうとしてきたよ。そのことに後悔はない」

「……! クオウさんも、わたしと同じで……夢のある人なのですね!」


 落ち込んでいたリルが、元気を取り戻す。


「夢?」

「はい! わたし、今までずっと守られてばかりだったので。恩を受けてばっかりで、それを返せなかったので。だから他人を守って、少しでも世界に恩を返したいのです」


 彼女のキラキラした瞳が、昼時の日差しを受けて眩しく光る。

 ああ、何だか後ろめたいな。


「僕は……夢を追ってここまで来たわけじゃないよ。確かに最初は、夢があったけど」


 会ったばかりの少女に、僕はどうしてこんなことを言っているんだろう。

 自分でも不思議だ。彼女の若さに当てられたのかな。


「はじめて大金を稼いだ時かな……それともクランを拡大した時か……。夢の反対側に乗っかってる現実が重くなってきてさ。どこかで僕の天秤が逆転したんだ」


 いきなりこんな事を言いだしたから、リルが困惑している。

 分かっていても、言葉は止まらなかった。

 どうしてだろう。……僕は、弱ってるんだろうか?


「夢を追うよりも、むしろ現実に追われる側になった。”強くなりたい”よりは、”強くならなくちゃいけない”っていうか……うん。そうやって追い立てられて、見えている終わりから必死に遠ざかろうとしたんだ」

「クオウさん……?」

「どうなんだろうな。よく分からない。まだ冒険者をやろうとするのだって、また……周囲の現実に振り回されてるだけで、本当は引退した方が良いのかも」


 カエイに蹴り出された時は、頭に血が登っていたけれど。

 実際、僕に何ができる? ただのポーターだ。

 貯金は二億イェンもあるんだぞ? 遊んで暮せばいいじゃないか。

 意地を張って冒険者にこだわる意味はあるのか?

 僕に残された可能性なんて、何がある?


「いや、ごめん。こんな事を君に言うべきじゃなかったね」

「いえ。わたし、嬉しいのです。心を開いてもらえた、ってことなのですよね」


 彼女は自分の胸元を、拳でどんと叩いた。


「なんだって受け止めますよ! わたし、ナイトですから!」

「……そっか。じゃ、頼りにさせてもらうよ」

「はい。わたしも、クオウさんを頼りにするのです」


 僕たちは軽く微笑みあって、再び歩きだした。



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