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過去と過去〈8〉

 複数のパーティーが入り乱れる乱戦模様へ飛び込んだ僕たちは、意外なほど優位に戦いを進めた。

 僕のほうがステータスでは負けているはずなのに、なぜか先手を取るのは僕だ。

 いくら高速で動けたとしても、判断が遅ければ後手に回る。

 常に状況が流動的に入れ替わる乱戦だけに、経験の違いが大きく出ているようだ。


 手負いのパーティーから一つ一つ丁寧に仕留めていく。

 各種ポーションでステータス差を埋めさえすれば、斬りあいで負けはしない。

 リルの方も、殲滅速度でこそ僕に負けているが安定感ある立ち回りだ。


 格の違いを見せるパーティーが、僕たちの他にもうひとついた。

 向こうも二人組。長いカタナを振り回して、凶暴な笑みを浮かべながら暴れている。

 彼らの狂戦士じみた瞳と目があった。狙いを変えて、二人が突っ込んでくる。


 戦術をかなぐり捨てているかわり、個人技に特化したタイプの冒険者だ。

 腕試しにはちょうどいい。

 僕は一通りの強化ポーションを自分に使った上で、”居合”のタイミングを計る。


「らあああアアアアアっ!」

「行かせないのです!」


 雄叫びをあげて突っ込んでくる二人組……めがけてリルがシールドバッシュを放つ。

 片方が吹き飛ばされて地面に転がった。ナイスだ。


「……」

「アアアアアイッ!」

「このへんで……」


 奇怪な叫び声をあげるカタナ狂戦士めがけ、〈アイテムボックス〉から居合を放つ。

 わずかに間合いの外だ。空振る距離。

 僕は握ったサーベルの柄を離し、投擲で間合いの不足を補う。


「貰ったアアッ!」


 大上段のカタナが電撃的な勢いで振り下ろされ、投げたサーベルを打ち落とす。

 それから”武器を投げて無防備な”僕を斬ろうとした彼が驚愕に目を見開く。

 青白い刃文の浮いた美しい剣を握った僕が、既に二撃目の姿勢に入っていたせいだ。

 僕らは交錯し、離れる。倒れたのは彼の方だ。


「……チィィ!」


 倒れた彼の懐から、鮮血のように赤い液体の入った小瓶が転がり出る。

 それは〈レッド〉だ。……危険な薬による能力のブースト。

 珍しい話でもない。僕のポーションだって、一種の薬剤なんだ。


「妖しい剣をォォォ……つかうゥゥ……!」

「それはどうも」


 彼の姿が光に包まれて消え、装備だけが残る。

 ……さっきのは、落ちているサーベルを拾った瞬間に思いついたものだ。

 当然ながら、普通の居合は一回しか使えない。剣を抜いたらそれまで。

 けれどアイテムボックスから剣を抜けば複数回の抜き打ちが可能だ。

 投げた剣に意識が向けば二撃目は防げない。初見で対応するのは難しいだろう。


 僕はすぐさまリルに加勢し、残った一人も斬り倒す。

 その時点で大勢は決した。腕の差を悟り、残った冒険者パーティが降参を選択する。

 もろもろの処理を終えると、ドームに立っているのは僕たち二人だけになった。

 最初の降参パーティと合わせて、稼ぎは百万以上。

 ……冷静に考えて、普通はこんな短時間で稼げないような大金だ。

 今更だけど、金銭感覚が狂うよな……。


 僕たちの他に誰も居なくなった瞬間、ドームの中央が輝きを放ちはじめる。

 平らだった地面に階段と宝箱が現れた。


「本当に、全員倒したら道が開けたのです……宝箱まで……」

「迷宮だなあ」


 軽く調査を済ませ、罠がないことを確認して宝箱を開く。

 中身は魔法の杖だった。あいにく使い手がいない。

 とりあえずアイテムボックスへ放り込む。後で売り払ってカネに変えよう。


「この調子なら、僕たち二人が死んでも余裕で黒字だね。無茶できる」


 身代金での稼ぎは多いし、拾ったドロップ品の杖もある。

 〈アイテムボックス〉は迷宮内で死亡しても問題なく中身を保持するから、装備を失う心配もあまりない。


「あの。さっき倒した人たちって、どれぐらいの強さなのですか」

「うーん? Eランクの上ぐらいが平均で、あの剣士二人はDランクに入るぐらい?」

「戦闘のプロを倒そうと思ったら、どのぐらいのランク相当まで強くなれば……?」

「プロ? 〈クラス〉を刻んでない相手なら、もう撃退できるとは思うけどね」


 実際、迷宮の外で数十年間鍛錬したクラスを刻んでいない戦士より、数年迷宮に潜った若者のほうが強い。

 もしリルを狙ってる暗殺者が純粋に毒や暗器での暗殺専門なら、戦闘力では上のはず。


「おそらくクラスは刻んでいるのですが、迷宮に潜った経験はないはずなのです」

「なるほど。やや苦しいかな。迷宮内の方がクラスの成長速度は早いけど……」


 何にせよ、出来ることは一つしかない。

 迷宮に潜り続けて経験を積むことだ。

 僕たちは階段を降りはじめた。


 点々と無機質な魔術の照明が並ぶ、狭い階段だった。

 肌に張り付いてくるような、じめじめした不愉快な空気で満ちている。

 降りれば降りるほど空気が淀む。

 照明があるはずなのに暗闇の先が見通せなくなってきた。

 まるで階段に黒い靄が満ちているかのようだ。


「瘴気だ」


 もともと多量の魔力は魔物を生むものだけれど、汚染された魔力……瘴気は特に凶暴な魔物を生み出すことが多い。

 迷宮内でもそれは同じだ。


「ここから先が本番だ、ってことか」

「この迷宮、危険度はFランクでしたよね」

「あれは目安だから。最初が安全で奥がヤバい場合とか、危険度はズレがちなんだよね。あれ書いてる迷宮ギルドの調査員って、そんな奥まで潜らないし……」


 長い階段が終わる。突き当りにひたすら暗闇が広がっている。

 アイテムボックスから出した光源を近づけてみると、壁が透明の材質で作られていることが分かった。


「このガラスの向こう側……深海なのですね」

「そこまで深くは潜ってない。瘴気のせいで光が届かないんじゃ……うわっ!」


 バンッ、と壁に巨大な半漁人が体当たりをかけた。

 ぬめぬめと不気味な光を放つ体に、生気を感じられない魚の頭。


「サハギンだ!」


 水場に棲む魔物だ。陸で戦う分には”海に棲むゴブリン”ぐらいのものだが、水中となると並の冒険者では太刀打ちできない強敵になる。

 奇妙な変異を起こしているのか、パーツが不揃いでグロテスクな外見をしていた。

 ……ひとまず光を消してみると、こちらに興味を失って泳ぎ去っていった。


「あ、危なかったのです。このガラスが割れたら……」

「どうなんだろうね? そういうこと考えたほうがいい迷宮なのかどうか」

「いや……常識的に考えて、ここでガラスが割れたら大変なのです……」

「常識的に考えるんなら、いきなり階段が現れたりするのはおかしいけど」

「むー」


 透明壁の張られた突き当りから左へと、海に面した通路が下っている。

 薄暗い赤色の照明が不気味だ。


 色濃い暗闇の向こう側から、くぐもった物音が聞こえてきた。

 先客が居るようだ。


「待て……! 強いのは分かった! 降参する!」


 聞き覚えのある声だ。ソブランがこの先にいる。


「ソブランさん! 加勢しまっ……」


 走り出したリルが、何かに躓いて派手に転んだ。

 薄暗い地面にロープが張られている。罠か。

 ひとまずリルを置いて先行する。


「降参だ! 聞こえてないのか! ……殺すために潜ってるのか、悪趣味だな!」


 剣戟が火花を散らし、ほのかに状況を照らし出す。

 床に落ちた死人の装備が二組。分岐している通路へ続く血痕が一つ。

 最後に残ったソブランへ、フードの人影が襲いかかっている。

 回転しながらの一撃。かろうじて受け流したソブランの態勢が整うよりも早く、更に一回転したフードの人影が次撃を加える。

 その回転軸を狙い、ソブランが蹴りを放った。

 フードの人影が高く跳ぶ。壁を足場に、三角形の軌道を描きソブランの頭上へ。

 速い。そして、優美だ。

 指先の所作までピンと張り詰めた、一流ダンサーに匹敵するしなやかさ。


 咄嗟にアイテムボックスを……いや、ポーション投擲じゃ遅い!

 僕は右手の指先を空中へ向けて魔力を注ぐ。

 〈風撃の指輪〉が風を打ち出し、空中軌道をソブランから逸らした。


「た……助かった! 良いところに! 力を貸してくれ!」

「今回は敵同士だ、じゃなかったっけ? ああ、いや、それどころじゃない」


 僕は振り返り、リルの居るであろう暗闇へ叫ぶ。


「姿を見せるな! 返事もするな!」


 フードの人影を睨みつける。

 こいつはリルが言っていた相手の戦闘スタイルとそっくりだ。

 その正体が暗殺者の可能性は高い。

 そして、強い。リルを合わせた三人で勝てるかどうか。

 もしリルが迷宮内で殺されてしまったなら、その後に幻痛でろくに動けない状態のリルを暗殺することぐらい容易いはずだ。

 出会わせてはいけない。本当なら今すぐリルを〈リターン〉で逃がしたい。


 だけど同時に、情報を仕入れるための貴重な機会でもある。

 どの程度の強さなのか。弱点や癖はないか。

 相手を知った上で前準備を行えば、実力に差があっても勝てる……はずだ。


 曲刀をくるくると回しながら、”暗殺者”が僕のことを値踏みしている。

 視線は僕の右手に向いている。何も武器が見えないのだから注意して当然だ。

 いきなり肌に鳥肌が立つ。僕を観察する瞳に確かな殺意が宿った。来る。


「ソブラン。僕のサポートに回ってくれ」

「……ああ。仲間の仇を打てるなら、喜んで協力するよ」

「仇? ちょっと大げさじゃない」

「苦痛は本物だ。それに、あいつは降参してる仲間を容赦なく斬った。許せない」


 フードの暗殺者が曲刀を握りなおし、踏み込む。

 壁を蹴り、天井を数歩ばかり歩いてからの回転斬撃。

 そこへ速度低下の〈スロウ〉ポーションを投げる。

 わずかに回転が乱れた。けれど大きな効果はない。


「……!」


 なお鋭い斬撃が、僕を真っ二つにせんと襲いかかる。

 居合を合わせにかかった瞬間、その回転速度は更に加速した。


「な」


 間に合わない。斬られる。

 放出するアドレナリンが時間感覚を捻じ曲げ、僕の思考が加速する。

 右手に魔力を通し〈アイテムボックス〉を開き、美しい無銘の剣を掴む。

 刃は目前。僕の抜き打ちでは間に合わない。かわすのも時間が足りない。


 打てる手は。探す。速度、軌道、足さばき。

 思考がぶつぶつと切り替わり、一つのシーンに行き着いた。

 ……ああ、つい最近に手本を見たばかりだ。


 指先へありったけの魔力を集中させる。

 〈風撃の指輪〉が最大威力で風を打ち出し、その反動が僕の腕にかかった。

 まさに弾丸の打ち出されるような急加速。

 あの〈開都十哲〉たる老人が見せた居合に比べれば遅くとも、十分に速い。


 反動で体ごと持っていかれながら、超高速の居合で脅威を迎撃する。

 火花が盛大に散った。フードの影は空中でなお体をしなやかに回転させ姿勢を保つ。

 そして、縦の回転運動を横の回転に変換しながら滑るように着地した。

 僕の方は完全に姿勢が乱れている。次撃が来る。防ぎようがない。


 だが、影はこちらに襲いかからず、ソブランを攻撃対象に選んだ。

 ソブランの実直な剣が曲刀とぶつかる。一撃目は防いだ、が。

 くるりと回っての二撃目が、防御の隙間を縫って脇の動脈を深く斬った。


「ぐ!」


 僕はようやく姿勢を戻したが、こっちから斬りかかることはできそうにない。

 剣の切っ先を敵に向けながら、ソブランに叫ぶ。


「逃げろ!」


 そしてアイテムボックスを開き、常備している煙玉を投げる。

 ここまでだ。これ以上は危険すぎる。得るべき情報は得た。


 通路に煙を満たした上で後退する。僕が殿だ。

 ソブランを先に帰らせれば、リルに〈リターン〉を使って帰還するよう説得してくれるだろう……と思いたい。


 同時に分析する。あの敵は速い……確かに速いが、力はない。

 ステータスが全部Gの、バフがない僕でも攻撃を弾くことはできた。

 向こうもきっと〈攻撃力〉はFやEだ。威力はない。

 踊るように華麗な足さばきでの回転攻撃は脅威だが、リルの鉄鎧を斬り裂けるか?

 そうは思えない。実際に、ソブランの革防具すら避けて動脈だけを斬っている。

 重装相手に攻撃を通せる箇所は限られるはずだ。


 リルに全身鎧を着せたらどうだ。回転攻撃で鎧の隙間を突くのは難しいはず。

 いや、現実的じゃない。普段から全身鎧を着て生活するのは無理だ。

 ……他のアイデアが浮かぶよりも早く、煙の中から黒い影が音もなく現れた。


「ち。追ってくるか!」


 後退を止めて、剣を〈アイテムボックス〉に収納し居合の構えを取った。

 影が壁へ跳ぶ……ようなフェイントを見せ、地面で回転し勢いをつける。

 僕はサーベルの方を掴み、居合と見せかけての投擲を放つ。

 当然のように弾かれた。が、向こうの勢いは止まった。

 〈風撃の指輪〉を使った全力の居合を警戒したのだろう。時間を稼げた。


 その瞬間に〈敏捷性低下(スロー)〉ポーションをぶつけ、背を向けて再び走り出す。

 わずかに距離が開いたが、すぐにまた縮まっていく。

 もう使えるカードは使い切っている。次の攻防は凌げない。

 逃げ切るのは無理だ。諦めて迎撃の態勢に切り替える。

 勝てないだろうが、二人が逃げるだけの時間を稼がなければ。


「止まるのです!」

「お、おい!?」


 リルの声だ。逃げろよ!


「止まらないと、この壁を割るのです! 互いに死ぬだけなのです!」


 何かを目の当たりにして、フードの影が足を止めた。

 僕はゆっくりと振り返った。リルの手の中で白い光が輝いている。

 それは魔力で輝く緊急用光源の〈光石〉だ。リルが持ち歩いているアイテムの一つ。

 その強い光に吸い寄せられて、無数のサハギンがガラス壁に張り付いている。

 そして……ヒビの入った壁へ体当たりを繰り返している。


 フードの影が驚いたように身じろぎしたあと、巨大な殺意をリルに向ける。

 確かにあいつはリルを殺す気でいる、と間違いなく確信できるような反応だった。


「クオウさん! こっちに!」

「分かってる」


 警戒しながらリルの元まで行ったところで、ビシィ、と巨大なヒビが壁に走る。

 暗殺者は曲刀の切っ先をリルに向けて宣戦布告すると、踵を返して闇の中に消えた。


「……ふう。っと、安心してる場合じゃないのです! 階段まで行って帰りましょう!」


 リルと共に走って逃げる。

 後ろから暗殺者が寄ってくる気配はない。

 代わりに、ガラスが盛大にガシャッと崩れる音がした。

 瞬く間に足元へと水が押し寄せてくる。


「うわっ!? マジ!?」


 全速力で駆ける。

 階段へたどり着いた瞬間、すぐ背の通路に荒れ狂う水が満ちた。


「む、無茶がすぎるだろ! 素直に逃げといてくれって! 僕が時間を稼いでたのに!」


 階段を駆け上がりながら、思わず悪態をつく。

 足元になにかの液体がついていて滑りそうになった。ソブランの血だ。


「わたしを守ろうとして他人が死ぬのはもう嫌なのです!」

「それで自分が死んだら元も子もないだろ!」


 背後を振り返る。水が上がってくる様子はない。

 これならもう大丈夫だろう。


「分かってますよ! ……でも……わたしは守られるだけの小娘に戻りたくない!」

「なら、まずは生き残ることだよ! 強くなれば他人を守る余裕も出る!」

「余裕があるとかないとか、そういう自分の事情で助けるかどうか決めるような人間にはなりたくありません!」


 良くも悪くも子供みたいな考え方だ。けれど行動が伴っている。

 現実の脅威を前にしても、彼女は躊躇なく命を投げ出すだろう。

 そういう生き方をすると決めているなら、僕に言えることはない。

 どんな過去があったんだか知らないけれど、損なやつだ。


 ……羨ましいな。

 そこらで野垂れ死ぬ一山いくらの若者みたいな生き方だけど、英雄の生き方でもある。

 大成するか、死ぬか。その二択だ。


「なら、さっさと強くなってみせろよ。僕より弱いんじゃ、そんな生き方できないぞ」

「……はい。その通りなのです」


 階段を登りきって、ドームの地面に座り込む。

 〈リターン〉の光に包まれ帰還中のソブランが、消える寸前に僕らへ一礼した。

 後でメシの一つでも奢ってもらわないとな。僕らも帰るとしよう。


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