過去と過去〈6〉
翌朝。
部屋の扉をドコドコ叩かれ、すぐに扉を開く。
リルがバランスを崩してつんのめった。
「っとと……今日は早いのですね! ついにクオウさんも健康的な生活を!」
「いや。寝不足だよ。だけど気になることがあってね」
リルを招き入れて、コーヒーを胃に流し込む。
「”暗殺者がどこかのお姫様を探している”って噂を聞いたんだ」
「……」
「リル、僕になにか手助けできることは?」
「……クオウさんと同じように、わたしにも倒すべき相手がいる。それだけなのです」
彼女の口元は硬く結ばれている。
まったく話す気はなさそうだ。なら、無理に聞き出すこともない。
「そうか。分かった。で、今日も用事があるのかな」
「いえ」
「なら、迷宮に潜ろう。人の多そうなところを狙って」
「……! はい、お供するのです!」
結局のところ、僕もリルも強くならなければいけない事情があるというだけだ。
なら一緒に強くなればいい。
- - -
朝食後、僕らは近くのギルド支部に向かい、転移門のスケジュールを見た。
……〈海底にかかる虹〉という名前のついた迷宮がある。
ギルドの先行調査要員がわざわざ命名するということは特殊な迷宮の証だ。
実際、”推定される宝”の欄に〈虹の杖〉と記されている。
そもそも迷宮というのは、異次元に存在する魔法の品々が生み出す空間だ。
最奥に眠る”迷宮の源泉”たる魔法の品がユニークならば、迷宮の性質も必然的にユニークなものになる。
先行調査を行う熟練の冒険者なら、迷宮の構成から宝を見抜くこともある。
この〈虹の杖〉という魔法の杖は自在に光を操る能力を持つ。
僕らが使えるものではないけれど、強力な魔法の品だけに高価だ。
億単位で取引されているはず。
「クオウさん、良い迷宮はあるのですか?」
「ああ。そこの〈海底にかかる虹〉で行こう」
西門1から一時間ごとに転移できるスケジュールだ。
危険度F。宝は〈虹の杖〉。備考欄には「海底だが空気の層がある」旨が記されている。
「西門なのですか? 今までずっと南門の迷宮でしたが」
「ああ。人気の高そうな迷宮は西の転移門に振り分けられるんだ。合同作戦のときも街の西側から西門へ向かってたろ? 西がいちばん規模の大きい設備なんだよ」
「……そういえば、南は初心者向けの場所なのでしたっけ」
「そう。もう僕らは初心者卒業だよ」
ギリギリだったとはいえ、ゴブリンの群れに護衛されたサイクロプスに勝ったんだ。
まだ中堅と言うには及ばないとしても、いっぱしの冒険者とみて間違いない。
そろそろ本格的な迷宮へ挑む時期だ。
「とはいえ、この程度で満足してちゃ……なんて言う必要ないか、きみに」
「当然なのです。半端なところで立ち止まる気などないのです」
リルが胸を張った。
がちゃり、と彼女の装備が物音をたてる。
どれも新調されていて、主な材料が革から鉄へとグレードアップしている。
ああ、昨日の用事は装備の調達だったのか。
そりゃそうだ、サイクロプス戦で全部壊れたものな……。
- - -
大勢の人で賑わう大通りを巨大な凱旋門が塞いでいる。
鎖で封鎖されたその先は、凱旋門の手前と比べて人が少ない。
というのも、転移門の周辺は冒険者だけが入れる場所だからだ。
僕は一種だけ立ち止まって、凱旋門を一瞥した。
普段は閉鎖されている。下をくぐれるのは合同作戦の参加者だけだ。
そして、あの門から帰ってくることが出来るのは合同作戦の生還者だけだ。
「……僕もいつか……!」
決意を新たに、凱旋門の隣に建つ冒険者ギルド西門支部へと歩みを進める。
手続きと利用料の支払い――リルの料金も実績を積んだことで五万イェン近くに値上げされている――を済ませて中に入り、帰還部屋に荷物を置いて時を待つ。
「……多いのです」
リルが呟いた。
〈海底にかかる虹〉へ通じる門の周辺が数百名の冒険者でごった返している。
一目で強いとわかる者もいれば、まだ素人に毛の生えたような者もいる。
だが、纏う熱気は確かだ。
誰もが数億イェン近い価値の宝を勝ち取ってやろうと本気で挑んでくるだろう。
「お! 君たちも来てたんだ!」
「ソブランさん! 奇遇なのです!」
見知った四人パーティの姿もあった。
「今回は敵同士だ。もし戦うようなことがあれば遠慮なしで行かせてもらうよ」
「望むところなのです」
「まあ……この人数だから、僕たちとソブランのとこが出会う可能性は低いけど」
「あはは、それはそうだね……じゃ、準備に戻るよ。互いにがんばろう!」
「うん。じゃあね」
相変わらず、いいヤツだ。
まあ……ソブランたちは厳しいだろう。
一流どころの冒険者こそいないが、高ランクになりかけの二流冒険者パーティがけっこう多い。それに装備を揃えた大手クランの軍勢もいる。
それでもこの迷宮を狙ってくるあたり、ソブランたちも経験を積む目的だろう。
あいつらも強くなるかもな。
「さて……」
僕は〈アイテムボックス〉を開いた。
武器のラック部分には無銘の美しい剣が一本だけ収まっている。他は修理中だ。
その左右にある棚はポーションがぎっしり。
この〈アイテムボックス〉、”どの方向から開くか”に決まりはない。
〈アイテムボックス〉へ繋がる空間の裂け目をどうやって開くかにも決まりはない。
やろうと思えば上下逆さに開いて中身をドサドサ地面へ落とすこともできる。
僕はいったんアイテムボックスを閉じて、九十度回転させた状態で開いてみた。
ポーションが棚の壁に”落下”して、ガラス瓶のぶつかりあう物音が鳴る。
けれど割れた様子はない。元からぎっしり詰まっているおかげだ。
回転させた上で、普段は上になっている方向から手を入れられるように開く。
すると、ラックに収まった剣の柄がポータル状の開口部からすぐそこに来る。
つまり、アイテムボックスを開いてすぐに柄を掴める。
僕は居合の構えを取って、右手で〈アイテムボックス〉を開いてみた。
剣を掴む。このラックはそこまで固定していないから、そのまま抜ける。
「クオウさん、それは……?」
「居合もどき。戦闘スタイルに取り入れようと思ってさ」
誰も居ない方向へ向けて、〈アイテムボックス〉から抜きざまに剣を振ってみる。
鞘が無いから、普段の斬撃とたいして変わりはない。
すでに実用レベルだ。
……けれど、振り終わったあとに剣を〈アイテムボックス〉へ戻すほうは難しい。
手間取らずに剣を持ち変えるためには、剣を振った勢いのまま剣が〈アイテムボックス〉に入っていくような場所に出入り口を開く必要がある。
つまり手からやや離れた遠距離に開く必要がある。
これは熟練の〈ポーター〉でも難しい曲芸だ。
承知の上で試してみる。僕のポーション投擲だって曲芸なんだ。
まずは普通に剣をラックへ戻し、居合の構えから剣を抜いて一撃。
その最中に〈アイテムボックス〉を閉じ、体の右側へ開く。
剣を振り切った勢いのまま、新しく開いた〈アイテムボックス〉へ。
ガンッ、と剣先がラックにぶつかった。
「……おっと」
でも、出入り口それ自体はあっさり遠距離に開けた。もう一回。
〈アイテムボックス〉を開いて、抜刀して閉じて。
剣を振った勢いのままラックへ剣を放り込む。
「出来た……」
僕は手をポケットに突っ込んだまま目前に〈アイテムボックス〉を開いてみた。
普段に比べて開閉の速度は遅いし、集中は必要だけれど、問題なく開閉できる。
「……試してなかったな、そういえば」
ポーション投擲のために瞬時の開閉を繰り返したおかげで、気づかぬうちに上達していたんだろう。
もう一回。
開き、握り、抜き放ちながら閉じ開き、放り込む。
「行ける……!」
普通に斬撃を放つのと変わらない速度だ。
更に数回繰り返し……ていたら、剣がすっぽ抜けて飛んでいった。
「あ!」
よそ見をしていたリルが瞬時に振り返り、重そうな鉄の盾を軽々と構え加速する。
彼女は横っ飛びしながら剣を弾き、地面に叩き落とした。
そうしていなければ、他の冒険者に当たっていたかもしれない……。
「危ないのです!」
「……ごめん。ちょっと調子に乗った」
「まあ……このぐらいならわたしが守れるので、大丈夫なのですけどね!」
「君もだいぶ調子に乗ってるね……」
しかし、良い反応だった。調子に乗るだけはある。
盾だけじゃなく、鎧の胴体部分も金属になっていて、それなりに重量があるはずだ。
それであの反応速度と敏捷性。
激しい戦闘を繰り返したことで〈クラス〉が本格的に成長してきたな。
リルはそろそろ魔法的な〈ステータス〉の補正が乗って人外の域だ。
一方の僕は〈ステータス〉なんか全部ゼロに等しいポーターだ。
必死に頭を使って努力することでしか強さは伸びない。
けれど糸口はつかめた。アイテムボックスを使った居合は実用的だ。
あとは、迷宮の戦闘を通じて習熟度を高めていけば……。
唐突に魔力の気配が色濃くなった。
不思議な物音をさせながら、巨大な転移門の中に光が充満する。
時間だ。冒険者たちが続々と光の中へ飛び込んでいく。
「行こうか、リル」
「はい! 行きましょう!」
僕らも光に飛び込み、〈海底にかかる虹〉という名の迷宮へと転移した。




