過去と過去〈2〉
「ランクAのポーションを自作って、本当なのか!?」
一番ありふれたポーションを基準のランクGとして、最高レベルのものをランクSとするのが表記法だ。
ランクAともなれば、その効果は尋常ではない。
例えばランクAの防御力向上ポーションがあれば、中堅冒険者が放つ全力の一撃を素肌で弾くことすら可能になるだろう。
そして、ランクが上がれば上がるほど価格は爆発的に上昇していく。
ランクAは、それこそ危険度や宝のレアリティが”A”と判定されるような高難度迷宮からしか入手できないような代物だ。
一瓶で億単位の値がつくことすらある。
「そんなもの作れるんなら、売れば大金持ちになれるんじゃ!?」
「そうもいかなくて」
彼女は二つの液体を新たな容器に注ぎ、いくつか魔法的な操作をして炎にかけた。
しばらくするとポーションが突沸し、瞬間的に濃密な魔力が放出される。
それきり魔力の気配はなくなった。
「あたしのポーションって、効果時間が短いだけじゃなくて。作ってから時間が経つとどんどん効果が減ってくんだよね。わざと不安定にして性能を上げてるから。で、全力で効力を上げたらホントに作った直後の一瞬しか使えなくなっちゃって」
「……突沸して魔力が放たれた一瞬だけランクAのポーションってこと?」
「そういうこと。一瞬とはいえランクAポーションを製造できる天才薬師のフェイナちゃんスゴいでしょ!? ね!?」
「確かに凄いんだろうけど」
どんなに腕のいい錬金術師でも、普通の材料から製造できるのは低ランクが限界だ。
とても貴重な材料からランクCぐらいのポーションを作れる者もいるが、基本的に迷宮産の高ランクポーションには及ばない。
そのへんは魔剣と同じだ。純粋なパワーなら魔剣鍛冶の作よりドロップ品の方が強い。
だから、ランクAポーションの人造なんて世界がひっくり返るレベルの出来事のはずなんだけど……。
「でも、使えないよな……」
「ちぇっ、ものすっごい成果なのにテンション低いなー、もー。実用性って言うなら、ランクDぐらいまで落とせばちょうどかな。効果時間は五秒ぐらいで、作ってから数十分ぐらいは保つ感じになるよ」
「数十分って、それ実用的なの?」
「あたしも迷宮についてって、中でポーション作ればいいでしょ?」
うげっ。
「そんな顔しないでよー」
フェイナが僕の頬をぷにぷに引っ張った。
「非ふぇんとう員が……非戦闘ふぃんが……ちょっと!」
「柔らかいねえー。うへへー」
「怒るよ」
「あ、ダメだった? じゃ、ほら、あたしの頬もぷにぷにしていいから」
「しない。とにかく、非戦闘員を増やすと守るのが大変だからダメ。ただでさえブレーザーが取材で付いてきてるってのに」
「でも、あたしを連れてくのってポーター連れてくのと変わらないよね? ほら、アイテムボックスから薬が出てくるか、調合して薬を渡すかの違いだけだよ?」
ん……意外と鋭い意見だ。
「少なくともポーターは、お前と違って人の頬をいきなりぷにぷにしたりしない」
「いないの? みんな人生を損してるよ!」
「お前の人生なんなんだよ」
「わかんない」
フェイナは小首を傾げた。
黙っていればかわいらしい顔が、わずかに憂いを帯びる。
「あたし、人生わかんない。ダーリンと居たら分かるかも。だから……ね?」
「いきなりマジなこと言われても困るし、そんな顔してもダメ」
「……ぶーっ。なんで? リルちゃんぐらい幼くないとだめなの? わたしも実年齢に比べればロリだぞ!」
「どうしてそうなるんだよ!?」
「これはもう見た目の好みかなって」
「違うよ! お前は見た目とか以前にまず頭のネジを締めてこいよ!」
「あたしがネジ程度で止まると思ったら大間違いだ!」
「だろうな!」
話がどんどん逸れていく……。迷宮内でもこんな調子が続くことだろう。
一緒に潜るのは絶対ムリだ。
「とにかく、ついてくるのはダメだから!」
「ケーチー」
「ケチな男がマイザにポンと億を出すかっての。で、他に役立ちそうなポーション類は作れそう?」
「あーあった気がするんだけどなあー連れてってくれたら思い出すかもなあー」
「フェイナ。僕は人間をクビにするとき躊躇しないほうだよ。損の方が大きければ容赦なく蹴り出す。そして、だんだん僕の中で損のほうが大きくなりつつある」
「イイね! そういう冷たい合理的な面も好きだよ! 素直じゃないとこもね!」
何故かフェイナは笑顔になった。
「ダーリン。あのね、だんだん本気で運命の人かもって思えてきたよ」
錬金机に腰掛けて、僕の顔をじろじろと眺めてくる。
「……そう」
「うん。面白いな。退屈じゃない。やっぱりさ、人間ちょっと頭がおかしいぐらいが美味しいんだよね。バネも人間も、歪みにこそエネルギーが溜まるんだ。ダーリン、自分にべた惚れしてそうな素振りの女の子を本気で捨ててでもダンジョン潜りたいんだもんね。歪んでるぜ! そうでなきゃ!」
舌なめずりしたフェイナはしなやかに机から降りて、棚から厳重に封のされた瓶を取り出した。
やっぱりこいつは不気味だ。けれど、だからこそ妙な薬を作る能力があるんだろう。
いっそふざけるのを辞めて、ずっと不気味でいてくれるほうがありがたいんだが。
「ね、ダーリン。基礎的な〈クラス〉以外が流行らない理由、知ってる?」
いきなりだな。
「あれは迷宮都市を作ったエルフの用意した〈クラス〉だから完成度が高いんだろ?」
独自の〈クラス〉を試作する魔術師はけっこう居る。
ただ、回路の効率では誰もエルフの用意した元祖の〈クラス〉には勝てていない。
「そう。特殊用途はともかく、戦闘なら〈ナイト〉とか〈メイジ〉とか既存クラスを使うほうが強いんだよね。既存のクラスは完成度が高すぎて、ヘタに改造すると一気に能力落ちるし」
「……で、クラスの話とその瓶の関係は?」
「それはね。既存の〈クラス〉を改造して性能を上げることは出来ないけれど、改造せずに性能を上げることは可能なんだ、実は。方法は簡単、この液体を血管に打つだけ! 名付けて〈クラスブースター〉!」
彼女は血泥みたいな赤黒い色の瓶を掲げた。
粘度が極めて高いらしく、動かしても液面に波一つ立たない。
「どの〈クラス〉も魔力回路にリミッターがあって、母体の人間が焼けたり干からびたりしないようになってるんだけど。この〈クラスブースター〉は飲んだ人間の魔力に混ざって、クラスのリミッター回路へ繋がってるマジックレセプターだけをピンポイントにブロックする魔法薬学的作用機序でもってリミッターを解除するのだ! すごい! フェイナちゃん天才!」
「……何言ってるのか分からないけど、つまり命を削ってクラスのステータスを上げるって感じ?」
「そういうこと!」
「具体的な副作用は?」
「えー、フェイナばかだからよくわかんなーい」
「嘘つけ」
命を削ってステータスを上げる、か。
……ポーターの身で、少しでも戦闘力を上げられるんなら……使ってもいい。
「まあ、最悪だと致命傷みたいな?」
「いや致命傷って」
「あたしが強力回復薬作れること忘れちゃった? 致命傷なら戦闘続行できるよ? イェーイやったねー!」
「……そうか」
「あと、魔剣なんかの大きい魔力を使ってる魔力回路と〈クラス〉の魔力回路を直結させて干渉するようなことも理論的には出来るね。実行したら頭が爆発して死にそうだけど」
「さっきから僕の体に優しくない話が続くな……」
「大丈夫だよ……爆発してもあたしが継ぎ接ぎしてあげるから……ふふふ」
大丈夫な要素が欠片もねえ……。
間違いなく〈クラスブースター〉を使えば寿命が縮むだろう。
死ぬ可能性もかなり高い。
「……それで、カエイ戦のときに〈クラスブースター〉を投入するためにはどうすればいい? あらかじめ訓練する必要はある?」
「乗ってくるんだ!? ああダーリン、あたしの運命の人! ポーターの身で戦う狂人だけあるよ!」
「お前にだけは狂人呼ばわりされたくない」
……カエイの存在は、僕の人生の中で重い割合を占め過ぎている。
村八分にされて迎えた故郷での冬、二人で共に生き残るため罪を犯した瞬間からずっと。
いや、追放という結末を考えれば、僕が一方的にそう思っていただけかもしれない。
けれど僕にとってはそれが真実だ。
半身を失も同然の、巨大な傷跡に封をするためには、それなりの重みがいる。
僕が本当の意味で前を向くためには、彼女との決着が必要だ。
決着させなくては。させる。何としてでも。
「オー、狂気じみた表情をしてらっしゃる」
「頭おかしいやつからすれば、普通の人間が頭おかしく見えるんでしょ」
「そういうことにしておこっか。さて〈クラスブースター〉だけど。リミッター解除した上で上限突破した流量の魔力を扱うわけだから、もちろん訓練は必要だよ。訓練プログラムを用意して慣らしていかないとね」
「なるほど。やらなきゃいけないことが増えたな、時間が足りるといいけど」
〈ミストチェイサー〉とゲインズ商会の関係を突き止めるのが一つ。
どうにかカエイ対策を編み出すのが二つ。
その上で更に剣術を磨くのが三つ。
加えて〈クラスブースター〉の訓練か。
「で、その訓練プログラムって?」
「よくぞ聞いてくれました!」
彼女は意味深に微笑んで頷いた。
「その訓練プログラムとは……」
「とは?」
「とは……とは……とはぁ……」
「……とは?」
「だらららららー」
空中でエアドラムロールを演奏したあと、彼女はパッと両手を広げた。
「まだありません!」
「くたばれ」
無意識に罵倒が出た。
もはや脳みそを使うまでもない。脊髄から自然に反射的な罵倒が出てくる。
「まさか乗ってくるとは思わなかったんだもん! いやもうフェイナ感激ーみたいな! 惚れ直しちゃった! ね、いつでも夜中に寝室まで来ていいから、全裸で待つから!」
「おいてめーこら! お前が寝てんのあたしの部屋だろーが! 他所でやれや!」
マイザがたまらずに文句を言いに来た。
「見てもいいよ?」
「誰が見るかバカ!」
「じゃ参加する?」
「あたしの秘密基地は乱パ会場じゃねーッ! そういう迷宮都市特有の汚いやつは持ち込み厳禁なの! この秘密基地は下ネタ厳禁の少年少女に優しい空間なの!」
「純情だなあー」
赤く染まったマイザの頬をフェイナが触った。
「やめっ触るな! 純情とかそういう問題じゃねえって!」
「心配しなくても。僕は”頭のおかしい女をハメるな”っていう格言を心に刻んでるから」
「んな格言あるかよ!」
「実在するんだなあこれが。頭のおかしい男女といえば迷宮都市の名産だもんね!」
「実例が言ってると説得力が違うよ」
「ハイやめ! この話題はやめ! セクハラ反対!」
無駄話はそれで終わった。
今日ここで済ませる用事は終わっている。
これ以上ここに滞在する意味はない。
「……じゃ、僕はこのへんで」
「えー、もう帰るの? ちょっとカードで遊んでかない? マイザ相手じゃ退屈でさ」
「悪かったな」
「史上例を見ないぐらい心理戦ちょろちょろ太郎なんだよこの人。ババ抜きでババ引いたら叫んでくれるぐらいちょろ太郎だし。面白いけどつまんないよ」
「いや……二人でババ抜きしてるなら関係ないんじゃ。……普通、やる? 二人で」
「フェイナがしつこく”二人ババ抜きは青春の華”とか言ってくるからよ……」
青春か。いや二人ババ抜きが青春なのかどうかはともかく……。
確かになんか、この秘密基地のリビング部分からそういう空気が感じられる。
責務も何もないお気楽な若者が、バカ騒ぎするためのバカ騒ぎを繰り返すような。
……カエイとはそういう騒ぎ方しなかったなあ。
僕たちはずっと迷宮の奥だけを見てきた。
「ね、ダーリン、どう?」
「やめておくよ」
僕は無意味で楽しい時間つぶしの誘惑をはねのけた。
「遊びよりも優先することがあるから」
「……カタいなあ」
「仕方ないことだよ。僕が冒険者として強くなるためには、代償を捧げないと」
「そこまで必死にやっても、若いやつらにあっさり抜かれてくんでしょ。虚しくない?」
うっ。確かにスノウみたいな天才は、大して経験もないのに僕より強かったけど。
「僕にはまだ可能性がある。そう信じてる」
「そっか」
彼女は肩をすくめた。
「ま、ニンゲンは頭おかしいぐらいがちょうどいい。命短し、ってね。明日までに訓練プログラムを用意しておくから、また来てねダーリン! できれば今夜にベッドまで!」
「やーめろっての!」
マイザが本気で嫌そうな顔をしている。
「ふふっ、純情。よくまあ迷宮都市なんてセックス・アンド・バイオレンス・アンド・マネーな街にいて鈍くならないもんだよ、自分の少女性を誇っていいよ」
「だれが少女だよ! あたしは完全に魅力あふれる大人の女性なんだが!?」
「そういうとこが子供っぽいんだってー」
キャーキャーやってる二人を背に、僕は工房を後にした。
さて、やるべき仕事は多い。何から取り掛かるべきか。
「あ、ちょっと待ってー! コレ!」
地上に出た僕をフェイナが追いかけてきて、一枚の紙を渡した。
「ダーリン、怪しい薬の卸商と付き合いがあるって言ってたよね? この材料リスト渡してみて」
「ああ。分かった」
そういうことなら、まずはピルスキーの店に行くか。




