過去と過去〈1〉
敵を知り己を知れば百戦殆うからず。
古代の軍師が残した原則は、今になっても変わらない。
カエイ対策をするためには、まずカエイの知識が必要だ。
彼女が夢幻迷宮へ出発した日に、僕はまず知っていることを書き出した。
名前や所属や年齢とかは省略して、武器や戦闘スタイルだけを箇条書きしていく。
・武器は短剣と魔剣〈ミストチェイサー〉。
・敏捷性に優れ、正面切っての長い剣戟より優位からの短い交戦を好む。
・タイミングや注意を外すのが得意だ。奇襲やフェイント合戦に強い。
・技能枠には、常時発動系の〈奇襲〉か〈電光〉を入れていることが多い。それぞれ背後からのダメージ増加効果と攻撃ヒット時の敏捷性増加効果を持つ技能だ。
・彼女は〈夜霧〉の技能を使い続け、技能枠の補助を借りず自分の魔力で再現できるほど完全に習得している。魔剣とのシナジーはもちろん、強制的に仕切り直されるのが厄介だ。苦しくなるたびに〈夜霧〉を放って逃げるから、口さがないやつに”タコ墨オンナ”なんてあだ名を……これ関係ないな?
僕は筆を止めて、少し考えた。
〈奇襲〉も〈電光〉も僕に有効な技能ではない。
どうせ当たった時点で致命傷だ。
だから行動を妨害するタイプの技能を持ってこられると僕は即死するんだけど、幸い〈ローグ〉のクラスには行動妨害技能がほとんどない。
そこだけは僕に有利な点だと言えるだろう。
知っていたことだけど、改めて書き出してみると完成された戦闘スタイルだ。
一瞬の攻防で有利を作り、長い交戦に引きずりこまれそうになったら〈夜霧〉で引く。
それを繰り返せば大抵の場合カエイの勝ちだ。
派手な大火力と裏腹に、細かい押し引きを繰り返す〈ローグ〉らしい戦い方をする。
〈ローグ〉相手には、防御重視のクラスを刻んだ冒険者や良い防具を持っている者をぶつけるのがセオリーだ。
攻撃を弾きながらゴリゴリ行くようなタイプには弱い。
しかし、僕は体がペラッペラで切られれば即死するポーターだから、これは無理だ。
あとは〈シャーマン〉のような、行動妨害に特化したクラスで足止めすれば〈ローグ〉は手も足も出ないけれど……。
僕ができる行動妨害というと速度低下ポーションぐらいだし、当てるのは相当難しい。
「うーん……」
解決策は浮かばなかった。
決闘の日まで、あと数週間。
- - -
なんやかんやで数日が過ぎ。
僕は一人でマイザの工房に向かった。リルも誘ったが用事があるらしい。
〈マギ・インバーター〉にしろ〈ブラックマッチ〉にしろ、僕はかなり手荒い扱い方をしているから、けっこうダメージが蓄積している。
その修理状況を知るため、というのが目的の一つ目だ。
そしてもう一つの目的が、フェイナが勝手に空き部屋を改装して作ったという錬金術用の工房の様子を確かめること。
設備次第では、もしかするとデバフ・バフ用ポーションを彼女の作ったものに切り替えられるかもしれない。
ただ、何を作ってもらうにしろ材料費とフェイナへの報酬は必要だ。
僕が使っている”効果時間が短くて使い道のないゴミポーション”よりコストは増加するだろう。あれは捨て値だ。
工房のある暗渠へと向かう途中、大勢の人々が工場の門をくぐっている様が見えた。
確か、この暗渠の左右にあるのは魔力の篭もった養液で作物を育てている工場だ。
屋内だけに季節と関係なく植え付けや収穫が可能だから、年中たくさんの労働者が必要なんだろうな。
……よく見ると首に黒い筋の入った奴隷が多い。
あの労働者の中に夢破れた冒険者はどれぐらい混ざっているのだろう?
僕だって運が悪ければ奴隷身分に落ちていた可能性もある。
現実の冷たさをすぐそばに感じながら、僕は暗渠を進み、ハッチから下へ降りる。
金庫みたいな扉を開くと、すぐに怒鳴り声が聞こえてきた。
「だーかーらー! そのチャンバーは魔剣の効果検証用だっての! 配線変えるな!」
「だって全然使ってないんだもん! だったらこっちに魔力ケーブル引っ張ったっていいじゃん!」
「良い訳あるか!」
「魔剣作ったときだけこっち経由で繋げばいいよね!? ね!?」
「お前の工房なんか通るだけでも魔力が汚染されるってんだよ!」
「ええと、二人とも親交を深めてるようで何より……」
「どこがだ!」
ケーブルを前に言い合っていたマイザが僕へ振り返る。
「へっへー、隙あり!」
その瞬間にフェイナがケーブルを引ったくり、黒い瘴気の靄が染み出しているドアの奥に消えていった。
……あの瘴気、人間が吸い込んでも大丈夫なやつなんだろうか。
「あーっ!? おい!? ……ったくクソガキが」
やれやれ、とばかりに首を振って、彼女はソファに座った。
……あれ? いつの間にやら入り口の先に快適なリビングスペースが出来ている。
石レンガむき出しで机一つない殺風景な場所だったのに、床には柔らかなラグが敷かれているし、ちょっとボロいソファも置かれている。
「ま、座れよ」
ちょっと間を開けて座る。
目の前にある机の上に、遊びかけの状態でトランプが放置されていた。
……一対一でトランプって、仲良くないとなかなか気まずいよな……。
「あいつ勝手に中古家具買ってきてリフォームしやがった。許せねえ」
許せなさを欠片も感じられないリラックスした様子だ。
「まあ……ただでさえ窓のない地下なのに、家具も何もない場所に住んでたら精神にも悪いだろうし」
「そのほうがカッコイイだろ! 地下の秘密基地なのにソファとか置いて生活感出してどうするってんだよ! 自分の秘密基地は自分好みに仕上げたいだろうが!」
「好みって。僕の金が君の趣味に消えてるような気がするんだけど、気のせいだよね?」
「あ。も、もちろん気のせいだぜ。ほら、色々なものを〈下水通り〉の廃墟から拝借して流用してるぐらいだし。出入り口に金庫の扉使ったりとか」
「なるほど……」
でも、やっぱり金を無駄遣いされてるような感じは否めない。
その分だけマイザがやる気を出してると考えれば、まあいいか……?
「それで、魔剣の修理のほうは?」
「ああ。状態を見たが、なかなかに酷い使い方してるなお前。〈ブラックマッチ〉なんか、芯材と魔石を繋いでる魔力回路がちょっと焼けてたぞ」
「ん? あの魔剣って魔石を使ってるの?」
「オリハルコンみたいな高級品を芯に使えるならまだしも、材料ケチると魔剣に籠もる魔力の容量が少ないからな。その分をカバーするために、繰り返し魔力を充填できる高級魔石を仕込んでるのさ。〈マギ・インバーター〉も〈ブラックマッチ〉も、容量百万イェンの魔石を使ってるぜ」
魔力が百万イェン近く入る容量があって、かつ繰り返し充填できる魔石か……。
それ単体でもかなりの値段だな。
「バラして売るとか言うなよ。分解不能だ。魔石にヒビでも入ったらスクラップだぜ」
「え? 魔石を柄に嵌めるとか、交換できる作りに出来なかったの!?」
「あれは効率が悪化する上に柄の剛性が犠牲になる。その構造で打ってる魔剣鍛冶も居るが、ありゃ素人騙しのボッタクリだ。すぐ壊れるだけさ」
彼女は早口で愚痴りはじめた。
「そういうやつを魔剣鍛冶ギルド認定の鍛冶師が打つ人造魔剣だなんだ言って数十億近い値段で売ってるが、ありゃ粗悪品も良いところで……云々……カスタムメイドでこそ意味がある人造魔剣をオークションに……かんぬん……魔剣鍛冶ギルドは滅ぶべき……」
「あの」
「ああすまねえ。勝手に盛り上がっちまった」
「要するに、魔剣は治るけど無茶すると修復不能になるってことでいいのかな」
「その通りだ。あと、当然だが、魔力の再充填にもカネが掛かる。なにせ魔力がカネの街だけにな」
「……で、修理と再充填の合計費用は?」
「合計して百五十万イェン程度だ」
「うげっ」
払えない額ではない。〈ゴブリンズトレイル〉の事件を解決したことで、ブレーザー教授からの報酬が二百万イェン入っている。
リルに八十万、ブレーザーに四十万を分配して僕の手元に残ったのが八十万イェン。
解決前の所持金が約四百万イェンだから、今の所持金は五百万近い。
とはいえ……カエイと決闘するために色々と道具を揃えたいわけで……。
「……後で銀行に行ってくるよ。ところで、作ってる魔剣の状況は?」
「ああ。〈原初の魔剣〉な。あれはまだ」
「ええッ!? 〈原初の魔剣〉ッ!?」
ドアを蹴り開いてフェイナが叫ぶ。
「それってアレでしょ!? 人間の体に魔力回路を刻んで魔剣の芯材にするやつ!」
「え……?」
それってつまり、人体を材料にするっていうことだよな……?
「マイザ……?」
「……見ての通り、あたしの右手はちょっと問題があるからな」
生まれつき上手く動かない右手を、彼女はぎこちなく動かした。
「魔力接続式の義手に変えた方が便利だろうと思ってよ。だから、この手に魔力回路を刻んだ上でぶった切っても問題はないのさ」
なんて口では言ってても、自分の体を切り落とすなんて大事だ。
あの”失敗作”を取り返そうとする覚悟の現れだろう。
普通に良い剣なのにな……あれで失敗扱いなんだから、気難しいというか。
変なやつだよな、こいつも……。
「ねえ、ちょっと指一本貰ってもいいかな!? ばあちゃん家で見た古い魔女宗の儀式魔法とか、けっこう人体の供物を要求してくるやつがあって……」
「やらねえよ! あたしの手を変な儀式に使うな!」
「〈原初の魔剣〉の製法なんて変な儀式そのものじゃん! ね! ほら、供物の魔力を増加させるお薬とか作って渡してあげるから! ね、ね!」
「というか二人とも、まずそれ以前にほら……人体を材料にして作った闇っぽい剣とか、僕としては使いたくないかなあって……」
「ああ!? 闇だろうが何だろうが良い魔剣は良い魔剣なんだよ! あたしが全力で作る剣を使いたくないってのか!?」
「いや……他に魔剣を作る方法とか、ないの……?」
「カネがありゃな! だいたいお前、カエイとかいう強い冒険者と決闘するってのに、製法に文句なんか言ってる場合かよ!?」
そ、それはその通りだ。
ちょっと気味の悪い剣だとしても、武器が増えるのはありがたい。
「……それに、闇属性の武器って格好いいだろ!」
「えっ!? その厨二病発言が本音!?」
普通に目がキラキラしてるんだけど……やりたいだけだなこいつ……。
「闇属性がカッコいいとか引くわー、ドン引きだーわあー」
「自分の工房から瘴気が溢れ出てる奴に言われたくねえよ!」
「あれは綺麗な光属性の瘴気だよ」
「あるか! そんなもん!」
フェイナの工房、中はどうなってるんだろうな。
見てみたいような、見たくないような……。
「そうだ! ねえダーリン、あたしの工房を見ていかない?」
フェイナは僕の腕に頬を載せて、上目遣いでこっちを見てくる。
やってることは好きな男への猛烈アタックそのものだけど。
「そうだね。どんな薬を作れるのか知っておきたい」
「えー、さらっと流されちゃった。つまんないの」
彼女は不満げな様子で僕を工房まで引っ張った。
「まいっか。じゃーん! どう!?」
「どうって言われても」
誇らしげに両手を広げる彼女の背後には、上半身裸で山羊頭のどう見ても悪魔っぽい像が鎮座している。
床も壁も乱雑に描かれた赤い魔法円でいっぱいだ。
机の上には錬金器具が放り出されていて、瓶の一つから黒い液体が吹きこぼれている。
「……うーん……正気じゃなさを感じる?」
「正気なんてものはいちばん多数派な狂気のかたちでしかないよ、ダーリン」
彼女は意味深に微笑んだ。そっか。
「そこの瓶から吹きこぼれてる黒い液体は?」
「浄化用のアロマオイル」
「ええ……」
「オシャレな容器に入ってても、ガラスの実験器具に入ってても、効果は同じでしょ?」
「いや吹きこぼれてるけど効果あるのあれ」
「うん。ちょっと呪力が強くて浄化しきれなかったみたい」
「そりゃ……」
僕は禍々しい悪魔像に近づいてみた。
「それ、ただの土産物だから呪われてないよ?」
「どこで売ってるのさこんな土産物」
「実はこの街、魔女しか入れないよう隠された店がけっこうあって」
「魔女って……」
マジで言ってんのかどうなんだか分からないな。多分テキトーだろ。
とにかくうさんくさい店が出どころらしい悪魔像を手にとってみる。
下にプレートがあり、”汝、何者をも崇拝すべからず”と刻まれていた。
言いたいことはなんとなく分かるけれど、やっぱ趣味の悪い土産物だな。
誰が買うんだ? ああそうか、フェイナみたいなやつが。
「こんな環境でちゃんとポーション作れるの?」
にやり、としたフェイナが、ガラクタを漁って二つの瓶を拾い上げる。
「ばっちり試作してるよ。これ、ランクA相当のデバフポーション」
「ランクA!?」




