飛躍の時〈エピローグ上〉
「さあ新聞、新聞だよー! 〈ゴブリンズトレイル消失事件〉の詳細も乗ってるよー!」
迷宮都市の雑踏で、新聞スタンドの売り子が声を張り上げている。
売り子から買うまでもなく、周辺には大量の新聞が捨てられていた。
僕は包帯だらけの体をなんとか折り曲げて、地面からそれを拾い上げる。
”アリル大荒野に鉱山現る”
という見出しだった。
冴えない宿場町の〈ゴブリンズトレイル〉がいきなり消失し、謎の迷宮らしき世界で魔物に襲われた末に、数名の冒険者がそれを撃退。
その世界の地形ごと〈ゴブリンズトレイル〉が現実に戻ってきた、という経緯が記されている。
大荒野と〈ゴブリンズトレイル〉周辺の地形の繋ぎ目で高い段差が出来ていて、地層が丸出しになっている景色を魔法で転写したものが載っていた。
「……不思議なこともあるもんだなあ」
とにかく犠牲は避けられたみたいで何よりだけど、何が起こったのか根本的なところはよく分からない。
調査が進めば、この一件の真実が解明されることもあるんだろうか?
それと、鉱山から掘り出されていた資源についていくつか情報があった。
どうやら地層が魔石に近い性質を持っているらしく、掘ればカネになりそうだとか。
加えて、魔石の製造方法の研究に役立つんじゃないか、という話もある。
魔石を人の手で生産できるようになれば、冒険者がダンジョンから魔石を取ってくる必要性は薄れるだろう。
僕たちのような冒険者としては、あまり良いニュースではない……けれど、いつかその時はやってくるはずだ。
数十年後か数百年後か、そのぐらい先の僕らが引退した後の話だと思いたい。
その下のほうで、迷宮ギルドが”詳細は調査中につきコメントは控えさせていただきますが、この事件による迷宮産業への影響はありません”という公式見解を出していた。
……おっと。ウルヴィーク教授が実名で迷宮化現象の解説をしている。
この機会に研究を公表することにしたのか。
それでも、〈ゴブリンズトレイル〉が迷宮内の地形ごと現実に戻ってきた理由は不明らしい。まだ研究が必要だ、みたいなことを言っている。
大筋の解説とは別に、いくつかの細かい記事が載っている。
一つは”ゴブリンズトレイル町長 横領容疑で逮捕”というもの。
何でも、某週刊誌が事件最中の詳細な記録を載せてバカ売れしたらしい。
これが広まって町長が世間からボロクソ言われたあげく迷宮ギルドの警察部門に目をつけられたんだとか。
ブレーザーのやつ、週刊誌に記録を売ったな。
そういうことやりたくないって言ってなかったか?
……まあ、あの町長が相手なら例外か。
で、調べてみたらぽろぽろ余罪が出てきてあっさり逮捕されたらしい。
この記事には、無駄に詳細な筆致で逮捕の模様が書かれている。
週刊誌いわく……。
「ま、待て! チミたち、カネで手を打たんか!?」
「へえ? いくら出せるんだよ?」
「わ、わたしの秘密資金が! 七百万イェンある! それでどうだ!?」
迷宮ギルドから派遣された警察部門の冒険者たちは互いに顔を見合わせ、笑った。
「何がおかしい!?」
「七百万なんざ、俺達の剣一本より安いんだよ。お山の大将って言葉、知ってるか?」
「だ、黙れ! このわたしは、町長なんだぞ! この町の中ではわたしがルールだ!」
「そうそう、それだ。それがお山の大将ってやつ。説明ありがとよ」
冒険者が町長の腕を掴み、縛りあげる。
「待て! 分かった! 貯金がもう少しある! 合わせて千五百万イェンあるから!」
「いい加減にうるせえぞ、観念しろ! 小金持ちがイキがってんじゃねえ!」
「こ、後悔するぞ! わたしは警察部門にも知り合いがいるんだぞ! メイドレード副本部長だ! 聞いたことあるだろう!?」
「てめえを逮捕する命令を出したのがメイドレードだよ、ド阿呆!」
「そ……そんなああああ……」
町長はずるずると引きずられ、留置所へ向かう馬車に乗せられた。
……みたいなシーンが雑誌にばっちり書かれている。
今は迷宮ギルド司法部門による裁判を待つ身らしい。
まあ……おそらくは”監獄迷宮”にぶちこまれるんだろう。
ま、ざまあみろ、としか言えないな。
あいつが変に口を出さなければ、サイクロプスの討伐はもう少し楽だったはずだし。
他には”事件解決の鍵はポーター”なる記事も乗っている。
僕の活躍がだいぶ物語っぽく美化されていた。
書いているのはブレーザーだ。
こうやって美化されるのも少し恥ずかしいけど……まあ、嘘じゃないから良いか。
あと、僕が気絶したあとのリルの活躍も載っていた。
ボロボロの体に鞭打って町中のゴブリンを叩き出したらしい。
根性あるな……。
「あ、クオウさん!? 迎えに行くって伝えたのに、一人で勝手に出たのですか!?」
道の前方から走ってきたリルが、大声を張り上げた。
「もう大丈夫だよ。包帯のせいで病人みたいに見えるだけで」
「みたいではなく、病人なのです!」
普通の迷宮で怪我しても〈幻痛〉を感じるだけだけれど、今回は現実に戻ってきても怪我したままだった。
言われていた通り、迷宮よりは現実に近い性質だったんだろう。
「お前も病人だろっ、あたしら置き去りにぶっ飛んでくなよ! 体を労れっての!」
リルを追ってきたマイザが息を切らしながら言った。
「……っつーかお前ら、死にかけたくせに一日二日で退院すんなよ……」
「いやあ、事件の規模が規模だけに、ギルドから良い回復薬回してもらえたからさ」
「これぐらい平気なのです」
「にしても少しゆっくりしとけよ、生命力おかしいだろ……ああ、おかしいといえば」
「フェイナか? 何やらかしたの?」
「……やらかすって分かってんなら仲間にするなよ!」
マイザが拳を震わせながら言った。
「あいつ、あたしの秘密基地を勝手に改装しやがった! 拡張予定の空き部屋がな、朝起きてみたらクッソ怪しい錬金術の工房になってんだよ! なんか夜になると変な声とか聞こえてくんだよ! 怖くて寝りゃしねーっ!」
「……あれ、やっぱり本人的にも秘密基地だったんだ」
「当たり前だろ! 地下に鍛冶場作るんだったら秘密基地にしたいだろ! 女の子のロマンだろうが!」
女の子成分ある……?
「まあ、ほら。僕としては、ポーション作れる人がいるのはありがたいから」
「ほら~ダーリンもこう言ってる~」
「うわっ!?」
いつの間にか僕の背後にフェイナが居た。
……こいつもなかなか奇抜な服装だ。
どこからどう見ても魔女じみたドレスをまとい、フードで頭を覆っている。
「あのさ、その呼び方辞めてもらってもいいかな……」
「しょうがないなあ、旦那様がそう言うなら」
「いやそれもダメ」
「ご主人さまったら……ワガママなんだからあ……」
「我儘言ってるのは君だろ!? それもダメだよ!?」
「ええー。いいでしょ? ねえー?」
彼女は楽しそうに笑いながら、僕の至近距離まで近づいてきた。
ぐっ、こいつ、よく見たら顔だけはいい……可憐な美少女そのもの……!
分かっててやってるな……! でも、顔が良かろうがダメなものはダメだ。
「クオウさん。わたしはいつでもこいつをドブに捨ててくる準備が出来ているのです」
「捨てるときにはちゃんと錘をつけて沈めるように」
「ふふふ、あたしをドブに捨てた程度で殺せると思ったら大間違いだぞお……毎晩枕元に出てASMRしてやるぞお……」
「何それ。……ってかそれ殺せてるよね。幽霊になってるじゃん」
「何を隠そう、あたしはもう幽霊の身でござんして……もう死人の身でござんす」
こいつの口は無限に妄言を吐き出す機械か何かなのか。
「つーかこいつ、あたしと一人称被ってるのがなんかイヤなんだが」
「あちき、アネキのためならいつでも一人称変えまっせ! ただし、もいっこ部屋貸してくれたら!」
「あんな禍々しい部屋を二つにしようとすんなよ。やめろ」
「ところでブレーザーのやつは?」
あの男とは一線を引こうと思っていたけれど、すっかり仲間みたいな立ち位置だ。
……昨日聞いた話だと、僕が寝込んでる間にマイザとも接触したらしい。
「ああ、あいつは用事があるんだと。後から店に合流するって言ってたぜ」
「そうか」
ゴブリンズトレイルの事件でちょっと名を上げて、いい仕事でも貰ったかな。
このグループだと唯一”冒険者”以外の定職を持ってる男だしなあ。
「ところでマイザ、昨日ブレーザーと話したんだって?」
「ん? ああ。お前の記事を書くとき、あたしについての情報は絶対に出さないって約束してもらったな。かわりに魔剣鍛冶ギルドの横暴っぷりを話してやった」
〈無銘の魔剣師〉マイザを取材したいとは言ってたけれど、流石にやらなかったか。
魔剣鍛冶ギルドの話を聞くあたり、外堀を埋めにかかっている感じはするけれど。
というわけで、僕たち四人は近くの料理屋に向かった。
祝勝会と退院祝いとメンバー間の顔合わせ、今後の予定の話し合いを兼ねた場だ。
病み上がりでも問題ないスープを中心に料理を頼み、卓を囲む。
……絶対に酒場じゃなく料理屋を選べ、と僕は言っておいた。
酒を飲むたび下手な宴会芸で騒ぎを起こすブレーザーと混沌の使者みたいなフェイナが合わさってしまったら、もう何が起きるかまったく予想がつかない。
「よし。じゃあ、僕らの無事と新メンバーの仲間入りを祝って。乾杯」
「……乾杯、なのです」
「乾杯!」
「かんぱーい」
リルはちょっとだけ不満そうだ。
メンタルが鋼鉄製のリルと何もかもふざけてるフェイナの二人は性格的に相性が悪いんだろう。……リルもふざける時ははっちゃけるタイプの気がするけど……。
まあ、リルは僕と一緒に迷宮に潜る身だけど、フェイナは一緒に潜らずポーションの製造なんかで間接的に関わってくる立場になるはずだ。
あまり顔を合わせる機会もないだろうし、なんとかなるだろう……多分。
スープに手を付けながら、軽い世間話を交わす。
ソブランたちのことが話題になった。
何でも、彼らはもう一度冒険者として迷宮に潜ることにしたらしい。
「ソブランさんから預かってるものがあるのですよ」
リルが小箱を僕に手渡した。
中には小さな手紙が入っている。
”ありがとう。君のおかげで、俺は再び冒険者として迷宮に挑む踏ん切りがついた。
実を言うと、昔、野良のパーティで一緒になってからずっと君のファンでさ。
こんなことを言うのは変な気分だけど……引退しようと思ってたのに、君の迷宮バカっぷり……っていうと失礼かな。一心不乱な姿勢に励まされたんだ。
これからも応援してる。きっと、君なら目指す場所に辿り着けるはずだ。
ソブランより”
「……ああ」
胸の中に、温かい気持ちが溢れてきた。
応援か。こんな僕でも、誰かを励ますことができたのか。
そうか……。他人のためにやっているわけじゃないけれど、でも、言葉が染みる。
冒険者を続けて、良かった。
「僕だって、迷ってないわけじゃないけど……」
きっと、ソブランは僕のことを勘違いしてる。
ずっと今も昔も迷宮に潜ることだけ考えてる迷宮バカだと思ってるんだろう。
でも違う。引退しようと思ってたんだ。
〈ミストチェイサー〉の一軍についていけなくなった頃から、ずっと。
……カエイに喧嘩を売られなければ、そのまま隠居生活に入っていたかもしれない。
もし追放されなかったら……たぶん、そのうち自分から辞めてたはずだ。
その後も。もしリルを助けてなくて一人のままだったら、気力が保ったかどうか。
僕が冒険者を続けてるのは偶然の産物と言っていい。
皮肉なことに、ステータスで最低の運を引いた代わり、それ以外では幸運に恵まれてばかりだ。




