飛躍の時〈19〉
(ソブラン視点)
わずかに時は巻き戻り。
町へ帰還したソブランたち四人はすぐさま治療を受けた。
フェイナが手作りの強い薬をガバガバ飲ませ、傷を清潔な針と糸で縫いつけ、骨折を固定し、包帯を巻いていく。
隣で手当をしている町の医者に比べ、その手際は際立っていた。
「そ、その薬! 本当に大丈夫なんだよね!?」
「大丈夫だって! 冒険者ならもっとチャレンジしてみようよー!」
「チャレンジなの!?」
……ただし、信頼性は皆無だった。
黒くドロドロとした、見るからにヤバい薬を強引に押し付けている。
「ほーら一気一気! ソブランさんのー、ちょっといいとこ見てみたーい!」
「宴会やってんじゃ……ゲホッ、ゲホッ! こっちは怪我人むぐっ!」
薬を拒んていたソブランの口へフェイナが手を突っ込んで、強引に薬を飲ませる。
「むげぇっ! おごご! ドブ川みたいな味と臭いが! 絶対に飲んではいけない味と臭いがもごっ!」
さらにもう一瓶、彼の口元に押し付けられる。
中身を飲み干して、彼はぶっ倒れた。
「は……吐きたい……のに吐けない……」
「大丈夫! 嘔吐反応を抑える薬を混ぜてるから!」
「……吐かせて……そんなもん混ぜなくていい薬を作って……」
ソブラン以外のパーティメンバーも、フェイナの”治療”を受けて皆グロッキー状態だ。
しかし、不思議と出血は止まっている。
「フェイナーっ、頼まれた荷物は持ってきたぞー! あとオレに出来ることは!?」
鞄を抱えたブレーザーが走ってきた。
「無いよ! なにか他の人の手伝いでもしたら!?」
「て、手伝いっても、オレそんな出来ること……」
彷徨ったブレーザーの視線が、倒れたソブランのパーティメンバーたちに向かう。
「……そういや……目がいいって言われたっけな、クオウに」
「あ……そうだ、クオウたちは」
ソブランが気合で立ち上がった。
ふらふらと町の入口へ向かう。
「動くの? さすがに危ないよー?」
彼にフェイナが付き添った。
「分かってるけどさ……でも、あの二人が失敗したらおしまいだ……せめて、何かあったとき助けに入れる位置に……」
「そっか。えいっ」
ぶすり、と彼の右腕に真鍮製の巨大な注射針が突き立った。
地面に浮いた油のような気味の悪い虹色をした液体が、ソブランの体内に入っていく。
「あれ? 痛みがない……活力が湧いてくる! これなら!」
「一時間以内にあたしのとこに戻ってきてね! 切れる前に治療しないと死ぬから!」
「えっ!?」
「それと、折れた腕に力をかけるのは気をつけてね! 折れてるとこが第三の関節みたいに曲がっちゃうから! 色々な物が切れて腕が人形みたいにブラブラするから!」
言いながら、フェイナが骨折を固定している添え木を外す。
「あの……やっぱ、添え木を戻してもらっていいかな……」
「助けに行くんでしょ? 動けたほうがいいよね」
フェイナがにっこりと笑みを浮かべて、ソブランを見つめた。
「……そうだけど。なんだか、魔物と戦っていたときより命の危険を感じる……」
彼は目を逸らした。
散発的な銃声が響いてくる。町の住人たちがゴブリンを迎撃する音だ。
ゴブリンロードらしき相手は殺したはずだが、まだゴブリンの士気は高い。
防衛の要だったソブランたち四人が怪我を負った今、守り切るのは不可能だろう。
ゴブリンに町を攻め落とされる前に、おそらく迷宮の主であろう〈サイクロプス〉を倒し、町をダンジョンの次元から元の世界に戻す。
本当なのかどうかも不確かだが、これだけが唯一の勝ち筋だ。
ソブランは両手で剣を握り、軽く振った。
骨折した左手の痛みはない。
彼はフェイナを横目でちらりと見た。何もかも不気味だ、と思った。
「君は本当に人間なのか?」
「ひどっ。協力してるのに、そんなこと言う?」
「……そうだね。すまない、ありがとう。君のおかげでもう少しだけ戦えそうだよ」
彼は剣を収めて、短剣を抜く。痛みはなくとも、左手に力はあまり入らなかった。
右手一本で戦うほうが確実だと踏んだのだ。
町の入口にたどり着いたソブランが、門の上に登って戦況を見る。
町を囲んで戦闘しているゴブリンの部隊が多数。
そして、ゴブリンの軍隊の中にたった二人だけ人間がいる。
目指す先に立つのはサイクロプスだ。
「とんでもないな……」
戦いの様子を見たソブランが思わず呟いた。
ポーターと新人冒険者のコンビがゴブリンの軍隊を突っ切って進んでいる。
ありえない光景だった。
ずっと組んできた中堅パーティ四人でも苦労したというのに。
「……クオウさん、俺のこと覚えてなかったよな……。昔、何回か野良パーティで一緒に迷宮行ったのに……」
昔、ソブランが冒険者を始めて半年ばかり経った頃のことだ。
一回限りの寄せ集め野良パーティに後から入ってきた新人二人組が、まとめ役だった中堅のソロ冒険者から指揮権を奪い取り他の冒険者もボスも全て薙ぎ倒したことがある。
その二人がクオウとカエイだ。
……その時から、彼はひそかに憧れを抱いていた。
カエイだけでなく、クオウにも。冒険者をネタにした三文雑誌で彼がボコボコに叩かれているのを見ても、なおクオウの再起を信じていた。
ソブランは、そこそこ要領のいい人間だ。
彼は自分をそう評価している。仲間も同じような評価をしている。
それなりに稼ぎ、それなりに休んで遊び、それなりに貯金をして。
彼は自分の限界をよく分かっている。賢い人間だ。
だからこそ、クオウのような”バカ”にひそかな憧れを抱くのだ。
身の程知らずな迷宮バカの戦闘狂だから。
人生をかけて愛するべき何かを持った人間だから。
「あの時と全然変わってなかったな……」
すっかり目の輝きを失ってしまったソブラン自身とは違う。
クオウはまだ、かつて新人時代に見たときと同じように目を輝かせている。
応援してる、と言うべきだったろうか。
叩かれてばかりで追放された男だとしても、まだ応援している人間はいる、と。
ソブランは少しだけ後悔した。
「いや」
ソブランは頭を振った。
ああいう男は、他人がどう思ってようが勝手にわが道を行くだろう。
「応援が必要なのは、むしろ俺のほうだよな……って、あっ!?」
ゴブリンの部隊ごとサイクロプスが斬撃を放っている。
血の雨が降る惨劇だ。
二人が無事に立ち上がったのを見て、ソブランが胸をなでおろす。
「俺達と戦ってた時とは空気が違う……」
サイクロプスが剣を振るい、無理やり切り返して二撃目を放つ。
「……そんなこと出来たのか!? くそ、俺達がもっと追い詰めてれば……!」
彼は奥歯を噛み締めた。格が違うことが分かっていても、悔しさは消えない。
飛び退ったクオウが攻めかねている。
その間にも、背後を守っているリルが苦しい戦いを強いられている。
「まずい……長期戦になる! あの少女一人でずっとゴブリンを抑えきるのは無理だ!」
やるべきことは一つだ。
たとえ彼の体が重症だろうが、構わず助けに入るしかない。
フェイナの薬のおかげで動くことはできるのだから。
「あっ、チミい! 怪我は大丈夫だったのかね! 町の防御に手を貸したまえ!」
「……」
ソブランは足を止める。
この町の警備の仕事はとても金払いがいい。
ここで町長を無視すれば、間違いなくクビだ。
この町の警備で金を溜めて、物価の安い田舎で引退する。
そういう計画だ。平凡な冒険者の、平凡な終わり。
そうするべきだと分かっていても、迷宮がまだソブランの後ろ髪を引いている。
ここで踏み出したら、安定が約束された将来は消えてしまう。
それでいいのか? 彼は自問する。
かつて、彼には夢があった。冒険者はみなそうだ。
夢を抱いて街に訪れ、破れた夢の残骸だけを手に街を後にする。そういうものだ。
……あるいは欲望に溺れ、迷宮都市に食われるか。
夢と欲望は紙一重だ。同じもの、とすら言うことができる。
安定を捨ててまで夢を……欲望を追って、良いのか?
「……あっ!」
悩んでいる間に、遠くでサイクロプスと戦っているクオウがミスをした。
真っ向からサイクロプスの巨剣を受け止めざるをえない状況になっている。
死んだ……と、ソブランは思った。
クオウの剣とサイクロプスの巨剣がぶつかる。
一人の男が殺される瞬間だ。それも、ずっと前から憧れていた男が。
ソブランは思わず俯き……そして、町まで届くほど巨大な剣戟の音に顔を上げる。
ありえない事が起こっていた。
ポーターにすぎないクオウが、サイクロプスに真っ向から打ち勝っていた。
「は……はは、は」
ソブランの全身に鳥肌が立った。
バカだ。ポーションの効力があるとはいえ、あんなのはバカの所業だ。
あいつのステータスは全部Gだっていうのに。どうしてやろうと思えるんだ。
彼は笑った。他の何もかもがどうでもよくなってくるぐらい衝撃的な景色だ。
「つまんないこと気にする気分じゃないな!」
彼は町の門から飛び降りた。
そうするべきだからではなく、そうしたいから。彼は自分の心に従った。
「こ、こらチミい! 何をしているのだ! 雇い主が命令しているのだぞ!?」
「うるさい! あんたみたいなバカに従うのはもうごめんだ!」
クビになったって構わない。
ソブランは軽やかに着地し、驚いているゴブリンたちの間を駆け出した。
その瞬間、サイクロプスの足元で凄まじい大爆発が巻き起こった。
音速の衝撃波が大気を揺るがす。




