飛躍の時〈18〉
「カコメ、カコメ!」
「コロス、ニンゲン! ギィーッ!」
ボロボロの武器を掲げて叫ぶゴブリンたちめがけ、僕はまず煙玉を投擲する。
煙に隠れ、僕は風下に進路を変えた。
突っ込んでくることを予想していないゴブリンたちと、煙の中でばったり出会う。
「ギッ!?」
驚いた隙に戦列へ切り込む。
水平な横薙ぎが、ゴブリン三匹と槍の柄を二つまとめて両断する。
生まれた戦列の穴へ飛び込み、混乱に乗じて暴れまわる。
後ろから僕を狙うゴブリンたちをリルが止めている。見ずとも感じる。
ゴブリンを二匹まとめて突き刺し、その瞬間に左手でアイテムボックスを開く。
「ついてきてよ、リル!」
僕は攻撃力上昇と速度上昇のスプラッシュポーションを足元に落とした。
破裂音と共に中の液体が散布され、周囲にいるものの身体能力を引き上げる。
その力を使い、僕は突き刺したゴブリン二匹ごと前に突撃した。
瞬間的にパニックが巻き起こる。
滅茶苦茶に振るわれた武器のいくつかが僕に当たった。
構わずに弱まった抵抗を突き抜ける。
抜けた先にもまだゴブリンたちの部隊がいた。
全員が長めの槍を持ち、号令のもと槍衾を作っている。
比較的に練度が高く見える。揃った無数の矛先へ突撃するのはさすがに自殺行為だ。
「行きます!」
リルがまったく恐れずに、盾を掲げて自殺的な攻撃に挑んだ。
斜めのシールドバッシュで槍の矛先が弾かれる。
「……よし!」
僕はリルの作った間隙へと、地面を転がりながら滑り込む。
槍衾のどの矛先よりも内側に入った僕を攻撃できるものはない。
さっきよりも一方的な殺戮が始まった。
部隊がまるごと崩壊し、散り散りになって逃げていく。
あと一つゴブリンの部隊を抜ければ、いよいよサイクロプスとの交戦距離に入る。
僕はその場で鋭く剣を振り、こびりついた血を払った。
既に僕の全身は血だらけだ。
ちらりと状態を確認すると、脇腹のところから大きな出血があった。
開いた傷口から血が流れ出ている。内蔵にダメージがあってもおかしくない深さだ。
止血する時間はない。回復ポーションを一気に煽る。
「クオウさん、傷が……!」
「これぐらい大丈夫だ。まだ死なない」
このまま戦っていれば死ぬのは確かだ。
迷宮内での戦闘経験から言えば、それでもまだ一時間ぐらいは動ける。
十分だ。後のことは終わってから考えればいい。
「本当に大丈夫なのですか」
「仮に大丈夫じゃなかったとしても、戦うしかない状況だよ。行こう」
「……はい!」
リルが僕の後ろから少し前へと位置取りを変えた。
突破の負担を彼女が背負うつもりだ。
……単体での脅威度は〈ユキオオカミ〉とさほど変わらないゴブリンとはいえ、まがいなりにも軍隊を相手に突破するなど、並の新人冒険者のやることではない。
「頼むよ」
リルは並の新人冒険者ではない。僕の仲間だ。
盾を掲げて突撃する彼女の後ろにつく。
リルとゴブリンたちが、盾を挟んで正面からぶつかる。押し合いだ。
力比べはリルの勝ちだった。何匹かがまとめて倒れる。
「……強くなるのが早すぎないか……?」
ユキオオカミの大群と戦った時から更にもう一段、リルは強くなっている。
ゴブリンたちを踏み越えてリルが進む。盾を掲げて、力任せに突っ込んでいく。
その左右から攻撃を仕掛けてくるゴブリンたちを、僕が次々と仕留めていった。
わずかに視線を上にずらす。
金属鎧をまとい剣を腰の横に構えた〈サイクロプス〉の一つ目が鋭く細まっていた。
その瞬間、僕の本能と経験が何かの予感を嗅ぎ取る。
鳥肌が立った。来る。
「リル、伏せろ! 今すぐ!」
「……!」
僕らは同時に地面へと倒れ込んだ。
いきなり隙だらけになった僕たちに、ゴブリンたちが嬉々として襲いかかる。
僕は防御力向上ポーションを地面に叩きつけ、リルの体を手で抑える。
「立つな」
その瞬間、猛烈な風が吹いた。
伏せた僕らの体へと、風に乗って生暖かい雨が降り注ぐ。
〈サイクロプス〉の巨剣が、ゴブリンの部隊ごと周囲を水平に払ったのだ。
あたりはまるで台風が通った跡のようだった。
吹き飛ばされた残骸が……爆ぜたゴブリンたちの死体が転がっている。
「こ……こんなのと戦うのですか」
「僕が、だ」
「え?」
「君はあっちを抑えて欲しい」
血泥の池に手をついて立ち上がり、僕は後ろに目線をくれた。
ゴブリンの部隊がたくさん見える。
ほとんどは町の方へと向かっていたが、僕らを追ってくる部隊もいくつかあった。
「言ったよね。背中は頼む」
「……分かりました。命に変えてでも、クオウさんのところへは一匹たりとも通しません!」
「いやいや……いくらか抑えてくれれば十分。二人で生き残ろう」
サイクロプスが口元を歪め、剣を構える。
”生き残れると思っているのか”とばかりに。楽しそうな笑いだった。
それは言葉が分かるのだろうか。分からない。
僕の高揚した脳味噌が想像しているだけかもしれない。
……いや、違う。
彼と同じように、僕の口元にもまた笑みが浮かんでいるんだから。
僕ら二匹は同類だ。なら通じない理由はない。
”勝つのは僕だ”、と伝える。言葉はなくとも、異種族だとしても、伝わるものがある。
サイクロプスが笑みを深めて、巨剣を振り抜いた。
そのサイズと質量に見合わないほどの高速だ。
わずかに間合いの外へ後退し、剣が通り過ぎた瞬間に踏み込む。
その瞬間に、サイクロプスの足元の土がえぐれた。
「……!」
入ったばかりの間合いから、再び飛び退く。
サイクロプスの全身を巡る魔力と筋力が、巨大剣の慣性を殺して次撃を繰り出す。
その力が地面にかかり、土をえぐったのだ。
目前をよぎった剣の風で、飛び退った僕の着地点が変わるほどの一撃だった。
「攻撃パターンが違う……!」
ソブランたちと戦ってたときは、まだ本気じゃなかったのか……!?
くそっ、頭の中で考えてきた勝ちへの道筋がもう崩れてしまった。
……まあ、仕方ない。
戦いの前に用意したプランなんて、いざ戦いが始まれば吹き飛んでしまうものだ。
「それでも、やることは変わらない……!」
まずは距離を詰めることだ。僕から攻撃できる距離に入らなければ。
そのためには? ……速度低下ポーションだ。
一撃目をかわし、そこで速度低下ポーションを投げればいい。
十分に距離を詰める時間は稼げる。
それに、近づけば近づくほどあの巨剣には角度がつく。
水平ではなく、高いところから斜めに振り下ろされる剣ならかわしやすい。
そう狙いを定めた上で、僕は再び間合いに踏み込んだ。
……サイクロプスは僕を見つめて動かない。
そうだ。向こうの間合いには余裕がある。
間合いから退けないところまで待って一撃を出せばいい。
……またプランが崩れた。そういうものだ。
次のプランを考えればいい。どうする。
ガキン、という背後からの戦闘音が耳に入った。
目線を向ける余裕はないが、たった一人で軍隊を抑えるリルの負担は大きい。
時間をかけては駄目だ。
「無理やり行くしかない!」
僕は一気に駆け出した。
答えるように巨剣が振るわれる。
かがめば避けることはできるが、それは悪手だ。次が避けられなくなる。
上に飛んで避けるのもまた危険だ。
空中にいる間は無防備だから。
サイクロプスが剣を手放し、素手でペチンと叩くだけでも僕は死ぬ。
後ろ? それじゃ永遠にやつの元へたどり着けない。
……だから、やるしかない。あの巨剣を、正面から受け流す!
左手でアイテムボックスを開く。
空間の裂け目の向こう側にある棚のポーションを、一目もくれずに掴み取る。
速度低下、攻撃力低下。これをサイクロプスへ投げる。
それから、速度上昇、攻撃力上昇、防御力上昇。
これらのポーションを三つ、棚から落とすようにして地面で割る。
効果時間はどれも五秒前後だ。十分に長い。質も高いとっておきのポーションだ。
この五秒間だけ、僕は冒険者としての身体能力を獲得できる。
せいぜい、EやDぐらいのステータスだろうけど。Gよりは遥かにマシだ。
迫りくる巨剣。ぎりぎりのタイミングで、投げたデバフが命中した。
わずかに剣筋が乱れている。これなら、なんとか!
「……はあああああっ!」
下段から上段へとマイザの〈無銘剣〉を全身全霊で振り抜く。
その美しい刃が、無骨で巨大な剣と接触した。
すさまじい力が僕に伝わり、血雨に濡れた地面へ足がめり込む。
爆発的に火花が散る。体が軋む。
大量放出される脳内物質により時間感覚が濃密に圧縮される。
僕の腕が骨折ぎりぎりのところまでしなっているのがスローで見えた。
美しい〈無銘剣〉もまた、常識外なところまで剣身をしならせている。
あと少しでも歪んだなら、骨か剣が折れる。それは僕の死を意味する。
二つの剣が接触点に力を溜め込み、しなり、競り合い、そして……。
金属をひっかく耳障りな音を響かせながら、溜め込んだ力が開放された。
巻き上がる火花の奥に、わずかにズレた大剣の軌道。
サイクロプスの剣が頭上をかすめ、天へ向かう。
弾いた。
弾いた!
サイクロプスが姿勢を崩している!
「今!」
まだポーションの効果は持続している。
僕は一気に距離を詰めて、鎧に守られた巨人の足元に斬りかかった。
金属を斬り裂く重い手応え。しかし、剣の刃に血はついていない。
「クソっ……浅いか!」
ポーションと剣の力があってなお、いまだに力不足が隠せない。
……それは僕の宿命的な弱点だ。
だからどうした。力がないなら頭を使えばいいんだ。
「グオオオッ!」
いくらか焦りを見せたサイクロプスが、足を上げて僕を潰しにかかる。
ここでポーションの効果が切れた。
頭上に巨大な足の影が落ちる。
絶体絶命だ。……この状況を作りたかった。
僕はアイテムボックスを開いた。




