飛躍の時〈16〉
ピンク髪の女が調合の手を止める。
かき回すのに使っていたおたまの柄をかつかつと叩いて水切りしている最中も、彼女の目線はこちらに固定されていた。
「あなたクオウ・ノールだよね!? この記事の!」
いきなり活き活きとした調子になって、机を軽く飛び越えて僕のそばに来る。
彼女が握っているのはブレーザーが書いた僕の記事だ。
「あっ、それオレの書いた記事なんだよ! 読んでくれてありがとな!」
「あたしフェイナ! 魔法学園の自称魔法薬師見習いで……あ、魔法学園から蹴り出されたからもう見習いじゃないや。うへへ。とにかく魔法薬師なの」
「おーい、オレはこっちだぞー? ありがとなー? 無視?」
フェイナはブレーザーの方を見もしない。
超ぐいぐい来る。なにこいつ怖い。
助けを求めるべく、こいつと知り合いっぽい空気だったマスターを探す。
……もうどっかに逃げた後だった。
「魔法薬師って、蹴り出されたんなら無資格だろ!? 作っていいのか!?」
自分で言っておいて何だけど、たぶん作っても大丈夫だろう。
無資格で売っても少し怒られる程度で済むだろうな。
インチキな売り文句の怪しい自称魔法薬とか露天に沢山あるし。惚れ薬とか。
「売ってないから! ほら、さっきだって無料配布だったし!」
「顔に薬ぶちまけるのを無料配布とは言わないよ!?」
「お金取ったほうがいいかな?」
「何でそうなるの!? むしろクリーニング代とか払う側だよね!?」
フェイナは僕のすぐそばで黙ったまま、にへらっとした笑顔を浮かべてこっちを見つめている。こうしていればただの美少女……でもない。
「……やっぱり、思った通り! あたしたち相性ピッタリだよ!」
「いったいどういう思考プロセスを辿ったわけ!? 本だったら落丁を疑うレベルのすっ飛び方なんだけど!?」
「ねえダーリン、ダーリンって呼んでもいい?」
「更に百ページぐらい飛ばしやがった!? 許可取る前からもう呼んでるし!」
「だ……」
「待て!」
機先を制して、フェイナの口を手で塞ぐ。
こいつが生み出す混沌とした空気が薄れてきたところで、僕は手を離してやった。
「これは……言葉はいらねえのさ、っていう意思表示……! やだ大胆!」
さっき僕らにぶちまけてきた大ジョッキを手に取り、中に残った魔法薬をフェイナの頭から注ぐ。
「ちべたい」
「これで冷静になるかな。さてフェイナ、僕の質問に答えてほしい」
「えーと。スリーサイズは」
「ふざけなくていい。今は大勢の命が掛かった真剣な状況なんだ。君はたぶん、僕の記事を読んで、君の薬と相性がいいと睨んだんだよね」
「……えっ! ふざけるモードに入ったあたしの本心を見抜くなんて……」
「ふざけるモードって何」
「ふっ……人間はときに、自らの魂に隷属せざるを得ないのだ……」
「……そういう呪いなの?」
「いや別に。あたしはずっと、自分の楽しいようにやってるだけだから」
「それで魔法学園を蹴り出されたわけだ」
僕がこいつと話している間に、ブレーザーとリルがひそひそ話をしている。
”おかしい奴の扱いが手慣れてるよな”、”熟練の手綱さばきなのです”。
ああその通りだ。慣れさせてくれてありがとうな。
「あんたら二人も他人のこと言えないぐらいには大概だよ……あと、迷宮都市の強い連中って大概どっか変なんだよ。突き抜けるのは人間として歪んでるやつらでさ」
普通の人間は、迷宮で殺したり殺されたりすることに一生を捧げないから。
「で、フェイナ。僕と君の相性がいいって判断する理由は?」
「あたしの魔法薬はすっごい効き目が強くて。ぎりぎりのところを攻めれば、迷宮産の魔法薬にも勝てる。種類も豊富だし。でも生薬っていうか、すぐダメになるし効果時間もすごい短いんだよね。性格が出ちゃってるのか、昔っからそういう感じで……」
「なるほど」
売り物としての魔法薬を作るにはまったく向いていない特質だ。
けれど使うのが僕ならマイナス部分の影響がない。確かに僕との相性が良いな。
彼女と組めば、今の戦闘スタイルの軸になっている魔剣とポーションをどちらも僕専用のカスタム品にできるわけだ。
迷宮からは算出しないレアポーションを戦闘ルーティンに組み込むこともできる。
例えば精神に影響を及ぼすタイプのポーションとか。あれは滅多に出ない。
「確かに相性は良さそうだけど。僕と組みたがる理由は?」
「え? いやあ、相性ピッタリだし面白いかなーって」
「言っておくけど、僕は遊んでるわけじゃない。かなり上を目指してるし……あと、近いうちにかなり強いやつへと戦いを挑まなきゃいけないから、余裕もない」
合同作戦が失敗してミストチェイサーが解散するまで、あと何週間ぐらいだろうか。
たぶん一ヶ月もないだろう。そこを逃すと、僕がカエイと直接対決する機会はない。
……そもそも僕が追放後に冒険者をやっているのは、あいつに勝つためだ。
戦いを挑めるうちに戦わなければ。
そして勝たなければ。それができなければ、僕はずっと人生に後悔を抱えてしまう。
僕を裏切った元親友に勝ち逃げされてそれっきり? 冗談じゃない。
僕は戦術家だ。戦士だ。冒険者だ。欲しい結果は何をしてでも掴んでみせる。
けれど、あくまで正々堂々の範疇で。この戦いの賭け金は互いのプライドだから。
僕らにとって何より重い賭け金だ。
「絶対なんだ。これからの人生を賭けた戦いがある。相手ははるかに格上で、個人戦闘力ならトップクラスだ。その戦いに勝たなきゃいけない」
「……へえ……」
フェイナは戸惑いながらも、口元を歪ませて笑みを浮かべた。
僕を観察している、ようにも感じられる。
「僕の人生で最大の勝負が、君のポーションの出来で決まるかもしれない。そうと分かっていてポーションを作るだけの覚悟はあるかな」
「作れるよ。あたし天才だからさ。うへへ」
彼女はさらりと、心底どうでもよさそうに自分を天才だと言ってのけた。
まるで天気の話でもしてるみたいに。そこに何の意味もない、ただの事実として。
……不気味だ。不気味だけれど……。
「作れるならそれでいい。フェイナ、僕と手を組もう」
覚悟を決めて努力した人間が常に結果を出すとは限らない。
全力で遊び回ってるやつらがトップに立つこともある。
人間の気質なんて人それぞれだし、成功のための道筋も人それぞれだ。
「クオウさん。わたしは反対です」
リルが冷たい表情でフェイナを睨んでいる。
全力で突撃するタイプの変人とふざけまわってる変人じゃ明らかに相性が悪そうだ。
まあ、ポーション作ってもらうだけならリルと絡む場面は別にないし……。
「ふざけてるだけの人間なんて、邪魔になるだけなのです」
「ありゃありゃー、遊び盛りのうら若き乙女がそんなこと言っちゃう? シンプルな生き方を楽しめるうちに楽しもうよー、子供の特権なのにー」
お前だって子供だろ……。
「大人には責任があるのです。責任を持てば、もう人は大人なのです」
「うへへ、そっか。あたしよりちっちゃいけど」
「笑い事じゃないのです!」
ほっといたら無限に喧嘩してそうだな、こいつら。
「まあまあリルちゃんさ。自分と同じような考え方の相手としか組めないんじゃ、そのうち困るじゃん? 大人なら、馬の合わない相手と付き合うぐらいできなきゃね」
「……むー……」
ブレーザーに諭されて、じとーっ、とフェイナを見つめるリル。
「我慢してやるのです。わたしは大人なので」
「よし。じゃあ、フェイナ。まず頼みたいことがある」
「はいはーい?」
「瀕死の怪我人をしばらく持たせるような回復薬は作れるか?」
「それだけでいいの? すぐ作れるよ?」
それだけ、って。だいぶ強い効果だと思うんだけど。
フェイナは酒場のカウンター奥に入っていって、小皿を何枚か持ってきた。
その上で薬草をすりつぶし始める。
「ねー、せっかくだしアイテムボックスの中身見せてよっ! 材料あるかも!」
「無いと思うけど」
右手を突き出し、アイテムボックスを開く。
空間に人間大の裂け目が現れ、中に仕込んだ棚が見えた。
一番手の届きやすい中央あたりに、種類別でポーションの並んだ棚が数段。
その右側には剣を収めるための大きなラックがある。
今ここに入っているのは〈マギ・インバーター〉と〈ブラックマッチ〉の二振りだ。
あといくつか魔剣が増えても問題なく収納できるだろう。
「なんかすごい剣入ってるー!」
「材料にはしないでよ」
「……ちぇっ」
半ば冗談で言ったのに、反応が本気だ。おい……。
「うーん、何もないねえ」
彼女が棚の上部を見た。煙幕弾や鉤爪付きロープなどの雑多な小道具が並ぶ。
次に見た底部には水筒や保存食が入っている。
「よし、決めたっ」
彼女は並んだポーションの瓶を一本づつ取っていった。
「ちょっと!? ポーションでポーション作るわけ!?」
「まあねっ! 前に手当り次第ぶちこんで遊んでたとき、何か出来そうな感じがあったの! これだけあれば、たぶんなにか面白い薬が出来ると思う!」
……ポーション製造って、そういうやり方するもんだったっけ……。
「……期待しないでおくよ」
「おっけ! それとは別に、医療用のやつはちゃんと作っとくからさ!」
フェイナとの話が落ち着いたのと同時に、外から銃声が鳴りはじめた。
散発的にゴブリンの叫び声が聞こえてくる。ソブランたちが行ったか。
「リル、戦況を見に行こう」
ソブランたちが成功すればそれでよし、失敗した時はあの町長も僕らの出番だと認めざるをえないだろう。
僕らは酒場を後にして、近くの建物の屋根に登った。
ゴブリンたちの軍勢めがけ、たった三人だけのパーティが突撃している。
町の中からマスケット銃がぱらぱらと放たれている。遠すぎて効果はない。
着弾の煙はどれも的はずれな場所だ。ソブランたちの背中に当たる可能性すらある。
……せめて、近づいて支援射撃する部隊でも編成するべきだったな。
あの町長に言っても無駄か。
飛来する矢を弾き、避け、撃ち返しながら、たった三人の軍勢が行く。
ついにソブランたちが先頭の部隊と接敵した。
大剣の男がゴブリンの戦列を何列もぶち抜く。
吹き飛ばされたゴブリンたちが宙に舞う。そうして開けた風穴をソブランが広げる。
二人の後ろについた弓士が、反撃する気概のあるゴブリンから的確に撃ち抜いていく。
「すげえな」
その模様をメモに記しながら、ブレーザーが呟いた。
「ああ。強い」
危険度Dランクの迷宮ボスを一回だけ討伐したことがある、と言っていたけれど。
そういうレベルじゃない。間違いなくDランク以上の実力がある。
……強いのに上を目指さないパーティか。いるよな、けっこう。
大剣の男が力まかせの体当たりでゴブリンの戦列を突破し、次の部隊へ突っ込んだ。
ああやって力任せに正面から突っ込むのは、ポーターの僕には無理だろうな。
分かっていても憧れる。
しかしゴブリンたちが遠巻きに囲みはじめ、突撃の勢いが止まった。
それに、戦場にいるゴブリンの部隊は数多い。
手の空いている他の部隊が救援に向かい、分厚い包囲網が作られていく。
……指揮官らしきゴブリンの姿は、まだ見えない。
しかし、パーティの向かう先にはボロ布で囲われた陣地がある。
そして、ゴブリンたちの後詰め部隊が陣地へと向かう道を塞いでいる。
あの陣地の中に指揮官が居るのは明らかだ。突破さえ出来れば戦える。
「完全に囲まれてますよ……助けに行かなくていいのですか!?」
「まだだ」
うずうずしているリルを静止する。
町長とは関係なく、まだ僕らは行くべきじゃない。まだ状況は動くはずだ。
パーティを囲んでいるゴブリンたちはみな震え上がって自分から攻撃に行かない。
動いたゴブリンから死んでいくのだから、それも当然だ。
見かねた隊長がゴブリンの海を割って前に出てくる。
そして剣を振り上げ、攻撃の命令をかける……直前、隊長に矢が突き立った。
三人と離れて潜伏していた四人目のパーティメンバーのクロスボウ狙撃だ。
ゴブリンたちが一気に浮足立った。その瞬間を狙い、三人が突撃を再開する。
後詰めにいる部隊が動かない。
そこの隊長格には既にクロスボウのボルトが刺さっている。
動かない部隊と部隊の隙間を抜けて、三人が陣地の中へと飛び込んだ。やるな。
戦場の後ろ側にある小さな丘から直線的な弾道で火矢が飛んでくる。
その狙いは陣地を囲んでいるボロ布だ。
……火矢を撃っては自らの位置をバラすことになる。
現に、ゴブリンの部隊がひとつクロスボウ狙撃手の方へ向かっていった。
「あれは……」
今にも飛び出しそうなリルの肩を掴む。
「囮も兼ねた作戦だと思う。逃げ道ぐらいは確保してると思うよ」
陣地を囲う覆いが燃え尽き、僕らのいる場所からも中が見えるようになった。
”この戦いで得た情報を生かし、僕が討伐しろ”というメッセージを感じる。
「あ……」
思わず声が漏れた。
後方要員らしきゴブリンたちを倒しつつ前進する三人の先。
ゴブリンに守られ中央に鎮座するのは〈ゴブリンロード〉。
そして、その後方には……。
「〈サイクロプス〉だ」
巨大な体躯を持つ一つ目の巨人。
その質量と、巨躯を俊敏に動かせるだけの魔力だけでも十分な脅威だ。
しかし……サイクロプスという魔物の脅威は、それだけに収まらない。
装備が良いのだ。魔物にも関わらず、まっとうな鎧と剣を使う。
魔力を宿した魔法の鎧や魔剣でこそないが、巨大な化け物が扱う巨大な武具だ。
脅威でないはずがない。
危険度で言えばDランクの上位に相当する。
その鎧は、平板を組み合わせて作ったような特徴的な形状をしていた。
……確か、東方の島にいる”鎧武者”がああいう鎧を使うはずだ。
ご丁寧に兜まで着けている。口や目を除けばほとんど全身防御だ。
ただでさえタフな巨人に、ああも防御を固められては……。
〈ゴブリンロード〉は脅威度で言えばDランクだ。
しかし、これは率いる軍勢を含めた脅威の算定であり、単体ではそこまで強くない。
突撃したのもそういう判断があってのことだろう。
だが……軍勢の支援を受けた〈サイクロプス〉となると。
危険度で言えばCランク相当になってもおかしくない。
……たぶん〈ミストチェイサー〉の五軍では倒せないぐらいの強さだ。
「この迷宮のボスは……〈ゴブリンロード〉じゃなく、〈サイクロプス〉なのか?」
絶望的な状況だった。




