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飛躍の時〈15〉


 〈ゴブリンズトレイル〉の町はそれほど広くない。

 旅人が泊まるための宿泊施設を中心にして最低限の施設が建っているだけだ。

 畑の類は存在しない。荒野にぽつんと建っているため、作物の育つ土地ではない。

 ゆえにかなり小さくまとまっていて、少人数での防衛はやりやすい町だ。


 とはいえ、戦えば無傷では済まない。路上に野戦病院があった。

 簡単な天幕の下で怪我人が寝かされている。

 まだ命に関わる重傷者は居なさそうだけれど、治療に当たっている側の顔には疲労が色濃くにじんでいる。

 ……何故か一人だけ元気一杯のピンク色がいて、怪しげな薬を飲ませていたけれど。


 野戦病院を通り過ぎて、僕たちは中央にある町長の家にたどり着いた。

 無駄に敷地の広い庭つき一軒家だ。

 ……庭先には金の置物が置いてあった。趣味が悪い。

 というか、路上じゃなくてこの庭を野戦病院に使えよ……。


「なんだねチミたちは! 冒険者が助けに来たと聞いてみれば、揃いも揃って雑魚だというじゃないか! こちらの気持ちも考えたまえよ!?」


 中に入って話してみれば、庭に金の置物を置くだけはある人間だった。


「まあ、否定はしないけどさ……」


 タメ口でいいか。


「チミたちは邪魔にならない場所でおとなしくしていなさい! ボスは町の警備に雇っている冒険者たちが討伐してくるから!」

「……僕たちを入れずに部隊を作ってボス討伐する気?」

「当たり前だろう!? 下手に足を引っ張られても困る!」

「こういう警備の仕事してる冒険者って、迷宮攻略からは一線引いた人だけど。僕らは現役だよ? ここ数週間で何回もボスを討伐した実績もある」

「ふん! 下っ端冒険者ごときが町長の決定に口を出すな!」


 まったく他人の話を聞く気がなさそうだ。

 ……こんな状況じゃなきゃ今すぐ話を打ち切って帰りたい。


「あの、町長さん? 一応ちょっと冒険者を取材した経験のある記者として言わせてもらうとさ、こいつとリルは強さ的にもう中堅クラスだと……」

「うるさいわ! くだらん書き物をするのが仕事のお前ら記者が、この町を統治する重要な仕事をこなす男に指図しようというのかね!?」

「ええ? こんな時に威張り散らすほど〈ゴブリンズトレイル〉の町長って重要なんっすか? 似たような町、いくつも並んでるっしょ?」

「無礼な! もういいわ! 出ていけ!」

「町長さん。この町の人々を守るためには、わたしたちがボス討伐に向かうのが最適なのです。あなたの判断に皆の命が掛かっているのですよ」

「子供が口を出すな! これは大人の問題だ!」

「あなたの方が子供のようにわめいているのです」

「……雑魚が何を偉そうに! 帰れ!」


 僕ら三人は町長の家から蹴り出された。媚びても結果は同じだったろう。

 なんともまあ。実力主義の気風がある迷宮都市近辺でよくこんな奴が町長を。

 ……ああ、カネ持ってるからか。

 カネと実力はけっこう互換性があるからな……。


「とんでもない奴だよね、あの町長」


 家の外で待機していた冒険者たちが僕たちに話しかけて来た。

 こいつらがボス討伐に向かう警備の連中だろう。

 装備の質は低い。価格帯としては初級のレベルだ。

 ただし、年季の入った装備にはそれぞれ独自に手を入れた形跡がある。

 カネはなくとも経験はあるんだな。


「まったくだ。あんな奴の下で働くなんて、君たちの気が知れない」

「警備員も悪くないもんだよ。趣味の時間がたっぷり取れる」

「趣味ね。僕は迷宮に潜るのが趣味だよ」

「うわ……」


 話しかけてきた冒険者が顔をしかめた。


「やっぱ、お前らみたいな奴らと競争してらんないよ。警備員やって正解だ」


 彼は苦笑いしながら頭を掻いた。


「俺はソブラン。こっちの皆は昔クランを立ち上げた時からの仲間だ。けっこう強いんだよ、格付け機関からのランク認定は貰えなかったけど……一回だけ危険度Dの迷宮でボスを倒したことはあるし」

「そのあと後ろから来た奴らにドロップ品を奪われたけどな!」


 後ろから茶々が入って、ソブランたちが笑いあった。

 いい雰囲気だ。こういうパーティーは自然と連携が良くなる。


「僕はクオウ・ノールだ」


 名前だけ名乗って、ソブランに握手を求める。

 彼が一瞬固まった。


「……見たことあるとは思ってたんだ。〈ミストチェイサー〉の共同設立者だよな。こんなところで会うとは。実はさ、俺たちがクランを立ち上げたのも君たちと同時期だったんだ。成り上がっていく様子を羨ましく思ってたよ」


 彼が握手に差し出した手には、妙に熱が入っていた。

 もしかして、ファン……いや、まさかな。僕にファンが居るわけがない。


「ま、僕は落ちぶれたけど」

「でも、既に新しいスタートを切ってるんだろ?」


 ソブランがリルを見る。


「はい。わたしとパーティを組んでもらってます。〈ナイト〉のリルなのです」

「若いね。……なるほど、有望そうだ。よろしく。で、そっちの彼は」

「いやあ、オレはしがない新人記者っすよ。ちょっと場違い感が」

「記者? 再出発直後なのに? やっぱり名を上げる人は違うなあ……」


 ソブランがしみじみと言った。

 名を上げる人、ね。悪い意味なんだか良い意味なんだか。


「さて、一緒に作戦会議をしよう。酒場でいいかな」

「ああ。……町長はそっちのパーティだけに討伐させたがってたけど」

「適当にごまかせばいい」

「だよね」


 現場の知恵ってやつだ。

 仲良くやれそうだな。



- - -



 ソブランのパーティは前衛二人後衛二人のオーソドックスな編成だ。

 リーダーのソブランが〈ファイター〉クラスの剣士。

 残りが〈ファイター〉の大剣使い、〈レンジャー〉の弓士、〈スナイパー〉のクロスボウ射手。

 やや火力重視だが、リルが入ればバランスは完璧だ。


 僕らは酒場の机を囲み、戦術案を出し合った。

 町の防御と討伐隊でバランスを取らなければいけない。


「おい、あんたら何か食いたいものはあるか? 何でも言ってくれよ」


 酒場のマスターが僕らに声をかけてきた。

 若いのにちょっとハゲている。さっき僕らを案内した男か。


「酒でもいいぞ。いちばん上等なやつを出してやる」

「いえ、結構です。俺たちは酒に酔って戦う類の冒険者じゃないので。だよね、クオウさん?」

「当然だ」

「そうか。じゃ、せめて軽食を出させてくれよ。サンドイッチならどうだ?」

「消化の悪いものは避けてほしい。できれば具材は油分の少ないハムと卵だけで」


 僕がそう頼むと、なぜかマスターが意外そうな顔をした。

 僕を叩く記事でも読んで、まったく無能なお荷物だとでも思ってたんだろうか。


 サンドイッチを片手に話を続行する。

 机の上にナイフで大まかな地形を刻み、敵の本陣位置にナイフを突き立てる。

 行動を起こすべきはゴブリンたちが再び攻撃に出てきたタイミングだ。

 後衛の一人を狙撃位置に送り、もう一人に支援射撃をさせることはすぐに決まった。

 問題は残る四人の配分だ。


 僕とリルが敵陣へ突っ込みボスを狙うか、ソブランと大剣使いが突っ込みボスを狙うか。

 四人で突っ込む案は既に却下され、残るはこの二つの選択肢だ。


「僕たちが行くべきだ。悪いけれど、戦闘能力で言えばこっちの方が高いと思う。それに、リルと二人だけでボスを倒した経験が何回もある」

「それは分かってるんだ。でも、情報のないボスに突っ込むのは勝算が低い。俺らが先に戦えば、君たちが後ろから様子を観察できる」

「……犠牲に見合う価値があるとは限らないのです。無意味に死人を出すより、わたしたちが突撃すれば犠牲が減るのです」

「成功すれば犠牲は減るけど。失敗すれば俺たちが後詰めに出るしかない……君たちが討伐できなかったボスを俺たちが倒せるかどうか。それにほら、俺たちが威力偵察したって犠牲が出るとは限らないだろ? 最悪死んだって〈緊急リターン〉が効く可能性はある」

「いや、無いんだな、それが」


 メモ帳で議事録を取っていたブレーザーが口を挟んだ。


「さっき〈リターン〉使って実験したけど、帰れなかったんだわ。リターン効かないのに緊急リターンだけ効くってこたないっしょ」

「そ、そうか。……けど……俺たちが先行するのが、最終的なボス討伐の成功率が一番高くなるのは間違いないと思うんだ」

「おれは御免だ。せっかく金のためにクソ町長に従ってきたってのに、金を使う前に死んじゃあ意味がない」


 大剣使いの男が言った。


「……俺は、この町は嫌いじゃないんだけど。三対一か。仕方ない、君たち二人に任せ……」


 ドンッ、と酒場の扉が押し開かれる。

 銃剣つきマスケット銃で武装した町人たちを引き連れて、町長が現れた。


「何をしているのかねチミたちっ!?」


 チッ、余計なところに。


「お前こそ何の用だよ強欲バカ! どの面下げて俺の宿に入ってやがる!」


 マスターが言い返した。


「ふん! 元はと言えば、貴様の敷地内に出来た魔石柱が原因ではないか! お前の管理責任だぞ!」

「んだとっ、ちょっと前まで町のもんだと主張してたくせに! 滅茶苦茶言いやがる!」

「だいたいこんな話をしている場合ではない、状況が分からないのかねっ!? 今、あのゴブリン共は敗北して逃げ帰ったところなのだぞ!? さっきチミたちを呼びつけて、しっかり指示を出したろう! 今の隙に、この迷宮のボスとやらを倒してくるのだ!」

「町長! まだ俺たちは勝ってません! 整然とした撤退は、統率を取れるゴブリンロードの存在を示唆しています! 伝えたはずです!」

「だったら何だ! そのゴブリンロードでも何でも倒してこい!」


 町長が手に持ったピストルを僕らに向けた。

 マスターがカウンターの下から水平二連の散弾銃を取り出して応じる。


「貴様らに高い金を出して雇ってるのは、こういう時に戦わせるためだ! 雇い主が戦えと言ったら戦うのだ! そんなことも分からんのか、馬鹿ども!」

「……分かりました。戦えと言うなら戦いましょう。ですが、彼らを戦力に組み入れさせてもらいますよ」


 ソブランが言った。


「駄目だ。他所から助けに来た連中の力などいらん。わしの力で解決するのだ!」

「お前の力だぁ!? いい加減にしろや! こんな時に手柄もクソもあるか!」


 マスターが怒鳴っている。

 僕たちにボスを討伐させたくないのは手柄を独占するため、か。

 ……どうしようもないやつだな。大きな手柄でもないだろうに。


「おい、お前ら。これ以上あいつらが命令を無視するようなら撃って構わん」

「何を!? 俺たちは皆の命を考えて行動してるってのに、あんたは!」

「狙え!」

「んだとっ!? 撃ってみろよ、テメエの頭をぶち抜いてやるぞ!」


 マスケット銃の銃口がいくつもこちらに向く。マスターも引き金に指をかける。

 戦いになれば僕やリルに当たる可能性も高い。運悪く頭に当たれば、今の低グレード防具とステータスじゃ致命傷になるかもしれない。これ以上の対立は危険すぎる。

 ソブランはまだ折れずに説得を試みているが、焼け石に水だ。

 張り詰めた空気の酒場に、ごりごりとした音だけが響いている。

 ……ごりごり? え、何この音?

 僕はゆっくりと音の源へ首を向けた。


 ピンク髪の異常な女がいた。

 机の上にジョッキをいくつも並べ、おたまの柄で中の液体をごりごり混ぜている。


「……お前なあ……」


 何もかも諦めたような調子で、マスターが首を振った。


「こんな時に、なんで俺の食器で薬作ってんだよ……」

「必要そうだもん」


 どういうわけか、彼女の視線が僕に固定されている。ガン見してくる。

 ものすごくガン見してくる。おかしい光り方をした眼だ。

 瞳の内側に異質な混沌が広がっている。

 ずっと見ていたら、酔ってもないのに僕の視界がぐるぐる回りはじめた。


 彼女は混ぜた液体をドカドカ乱雑に大ジョッキへ注いでいった。

 何らかの魔法的反応が巻き起こり、魔力の青い光が吹き上がる。


「よし。平静になーれっ!」


 頭のおかしい女がいきなり大ジョッキの中身を僕らにぶっかけた。

 ……不思議と怒る気が起きない。

 いや、僕はものすごく怒りたい。でも無理やり感情が押さえつけられている。

 精神へ影響する魔法薬系のポーションか。

 ……え? 酒場のジョッキでポーション作ったのコイツ?


「よし! みんな冷静になったね! じゃ、続けて!」


 いや……いやいや。

 文字通り冷や水ぶっかけてきたやつが、続けて、も何も。

 ツッコミたい。けれど、あんなやつに関わってられる状況でもない。


「……分かりました」


 ピンク髪の女をちらちらと見ながらソブランが言った。

 たった今起きた何らかの現象については、コメントすることも諦めたらしい。


「この状況では言うとおりにするしかなさそうだ。俺達のパーティだけで討伐しますよ」

「分かればいいのだよ、分かれば。早速向かいたまえ」


 町長たちに連れられて、ソブランのパーティーが外へ向かう。

 ……こりゃ流石に関われないか。

 やれても撤退の援護ぐらいだな。


 町長やソブランたちが出ていったあと、残された僕たちは一息ついた。

 深呼吸して、酒場のジョッキで薬を作っているピンク女に向き直る。


「で、あんたは一体何なんだ!? どうして僕をじろじろ見てるんだよ!?」


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