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飛躍の時〈13〉


 地平線が曲がっているほど平らな〈アリル大荒野〉を、馬車が全速力で駆け抜ける。

 それほどの速度でもなお、風が僕らの背中側から強く吹いている。

 これがウルヴィーク教授の用意した内装つきの高価な馬車でなければ、揺れと風とでひどい乗り心地になっていたろう。


「風が強いのです……」

「おそらく迷宮化現象の影響だ。町の転移によって魔力濃度が低下したことで、圧力差によって周囲から魔力が流れ込んでいるのだろう。それが風となって吹いている」

「迷宮化?」

「ああ……君は寝ていたな、そういえば。人の話を聞かないとだね、こういうときに困るんだよ……とはいえ、冒険者だからな。疲れていればしょうがないか」

「は、はい……なのです」

「ところで。その見知らぬ男は、これを聞いても大丈夫な男なんだろうね」


 ブレーザーは苦笑いを浮かべて、何も言わずに馬車に揺られている。

 記者だと自己紹介すればウルヴィーク教授に蹴り出されてもおかしくない。


「こいつは新人の記者です」


 僕は正直に言った。


「ちょっ」

「……君が一緒に連れてきたということは、信頼できると思っていいのかね」

「分かりません」

「おい」

「なるほど。口ではそう言うが、君は信頼しているのだね、クオウくん。ならいい」

「別に信頼なんてしてませんけど。まあ、書くべきじゃないことは書かないでしょう」

「そうかね」


 ちょっと持ち上げられた程度で信頼するほどちょろくないし。

 色々言ってたのは口だけじゃなかったな、とは思ってるけど。


「具体的な話に入ろう。君たち三人には、迷宮化現象によって迷宮化した町〈ゴブリンズトレイル〉を攻略してもらいたい。わたしの研究が正しければ、攻略することで迷宮化した場所を現実に戻すことが可能なはずだ」

「戻ってくるんですか」

「おそらくは。……分からない。わたしの願望が理論を歪めた可能性もある」


 竜人の顔に影が差す。

 そういえば、この人の故郷も迷宮化現象で失われたんだったな。


「攻略できるっていうことは、普通の迷宮に近い作りなんですか?」

「不明だ。おそらくだが、迷宮化現象が起きた直後であるために、中は半端な状況になっているだろう。死亡時の自動的な帰還はできないと思ったほうがいい。〈リターン〉そのものが使えない可能性もある。おそらく迷宮より現実世界に近いだろう」

「危険ですね」


 並外れて危険だ。

 〈リターン〉が使えない上に死亡時に帰還できないとなれば、それは現実世界での命をかけた殺し合いとまったく変わらない。

 ……ここは引くべきか?

 いや……けれど、迷宮の謎にまつわる最前線に関われるのは大きい。

 

「迷宮の危険度で言えばどのぐらいのランクになるか、推定できますか?」

「おそらくEランクの前後だ。低ければF、高ければDランク相当だろう」


 なるほど。危険だけど、こなせなくもない程度の危険だ。

 僕ひとりなら、この依頼はどちらかと言えば受けたい。

 悪くない賭けだ。とはいえ、危険に晒されるのは僕一人じゃない。


「リル、どうする?」

「わたしは問題ないのです。やりましょう」


 彼女は言い切った。聞くまでもなかった。そういう性格だ。


「少なくとも、迷宮の核となるボスを倒せば攻略できることに違いはない。やることは変わらない。奥へと進みボスを倒すのだ。君たちはそれが専門だろう」

「ええ」

「その通りなのです」

「あの、オレただの新人ライターなんすけど……」

「良かったねブレーザー。貴重な体験ができるよ。記事にできるかは不明だけど」

「勘弁してくださいよー! まったく未調査の危険な迷宮に行かされて、記事の一つも書けないとか! 骨折り損にもほどがあるっしょ!」

「書いて構わない。ここまで大事になれば、迷宮ギルドも迷宮化現象を隠そうとは思わないだろう……ところで報酬は二百万イェン程度で考えているのだが」

「うひょー! やりますやります、オレで良ければ! まっかせてくださいよ!」


 調子のいいヤツだな……。


「一人頭ですか」

「三人合わせてに決まっているだろう。そんな金があれば研究費にする」

「じゃ、配分はこっちで決めて良いんですね。リル、いつも通り僕たちで等分しよう」

「いや! それはさすがにひどい! オレだって命が危険なのにー!」

「だってそこまで役に立ってないだろ……」


 三倍ちょっとぐらいは出してあげようかな。

 ついてくるだけで十万なら命の危険があったって良い稼ぎだ。

 ……そもそも迷宮都市じゃ、命の値段なんて二束三文だし。


 コンコン、と扉が外からノックされ、静かに馬車の扉が開く。

 とたんに砂を含んだ強風が吹き込んできた。


「あのミニ魔石柱を中心にして、真円形に地面がえぐられてるな……」


 平らなりに少し起伏のある〈アリル大荒野〉と違い、えぐられた跡地は完璧に平坦だ。

 まるで鏡面のよう。現実の光景とは思えない異常な地形だ。

 ウルヴィーク教授がそこに足を踏み入れた。

 この前の調査マーカーに似た機材を小脇に抱えている。

 

「ところで教授。迷宮化現象が起きたとき、その場に居た人たちは?」

「それが分かればいいのだがね。まだ生きている、と思いたい……待て」


 教授は手を突き出し、僕を静止した。

 中央にあるミニ魔石柱の前に機材を設置し、パネルを操作し始める。


「ふむ……道はまだ残っている。ほんの少し魔法で干渉すれば……」


 強風にローブをはためかせながら、教授が両手を前に突き出す。

 空間に裂け目が現れた。それは転移門と同じく、真っ白に輝いている。


「よし! 門は開いた!」


 盾と剣を構えたリルが前に出た。

 僕もアイテムボックスを開き、マイザの打った美しい剣を抜き放つ。

 荒野のぎらつく太陽の下にあって、なお月光のように優雅な輝きだ。


「行こう!」

「気をつけなさい!」


 僕たち三人は空間の裂け目に飛び込んだ。

 ……転移が終わった直後、すばやく周囲を確認する。

 そこには荒れ果てた山があった。

 木は枯れ、地面は黒ずみ、流れる黒い川はひどい臭いを放ち泡立っている。


「ヘッタ、ハラ……ギギギッ」

「モラウ……」

「マダ……ギー」


 緑肌の魔物が数匹、僕らの目前を横切った。ゴブリンだ。

 ……現実にも様々な亜種がいる種族だが、この迷宮内にいるゴブリンは見たところ昔からいるタイプだ。

 ああいう緑のゴブリンは乱暴で欲深く、奪い殺すことしか能がない。

 他のゴブリンからも殺して問題のない魔物として扱われているぐらいだ。


 彼らは地面に敷かれた鉄レールの上を歩き、トロッコに積載した資源を運んでいる。

 石炭と魔石を混ぜてドロドロにしたような団子状の物体だ。

 ひどい臭いが漂ってくる。川と似たような臭いだ。あれが汚染源なのか。


「なあ……ここ、迷宮だろ? にしてはなんか、世界が現実的すぎねーか?」


 鉄のレールを観察しながら、ブレーザーが言った。


「これ、ケセルヴィア帝国の鉱山とかにあるっていう鉱山用トロッコじゃん?」

「うーん、前にトロッコのレールが通ってる迷宮も見たことあるけど……」

「なんだか……今までの迷宮って、一個の環境だけが続いてる感じだったのです。でも、ここは違う感じが」


 僕は改めて周囲を見回す。

 この山が禿げたのも、土や川が汚染されているのも、さっきの臭う物が原因だろう。

 この世界には現実的な理屈があるように感じられる。


「〈ゴブリンズトレイル〉だっけ。町の名前。……関連はありそうだけど、考えててもしょうがないな」

「どっちへ進むのですか? この迷宮は、明確にボスのいそうな方角がないのです」

「レールを追ってみよう」


 僕らは唯一の手がかりをたどり、禿山の斜面を歩いた。

 レールは山にそのままポンと置かれている。ものすごく雑な引き方だ。

 ところどころ崩れて修復した跡がある。


 いきなりブレーザーがしゃがみ込み、レールに耳を当てた。


「音がする。……近づいてきてるじゃん、これ!」


 なるほど、トロッコの振動が伝わってくるのか……。

 珍しくブレーザーが役に立ったな。


「隠れて迎撃してみよう。できればゴブリンを一匹捕まえて話を聞きたい」


 僕たちは死角に潜み、ゴブリンが通るのを待った。

 ……レールをガタガタ走っていく音が近づいてくる。

 そして、すごい速度で僕らの目前を通り過ぎていった。

 荷物を乗せて押さずに、ゴブリンが乗って走っていたようだ。


「い、今のは……攻撃しようがなかったのです」


 高速のまま次の曲がり角に突っ込んだトロッコが脱線し、山を転がっていく。


「おっと。攻撃するまでもなかったじゃん?」

「えーっと……行ってみようか」

「ちょい待ち」


 斜面を下ろうとした僕たちを、ブレーザーが呼び止めた。


「まだ来てる」


 またレールに耳を当てている。


「……これ、音が一つじゃないじゃんよ! たくさん来てるっしょこりゃ!」


 ひとまず隠れて様子を見た。

 たくさんのトロッコに乗ったゴブリンの集団がレールを下っていく。

 見えただけでも数十匹だ。


「普通の迷宮みたく、敵が湧いてる……ってだけなのかな」

「そういう感じはしなかったのです」

「トロッコ上のゴブリンさ、見てたらそれぞれ汚れ方が違ったんだわ。ありゃ働いてた証拠だね」


 よく見えるな……。


「いやでも、ちょーっと妙じゃねえ? 鉱山で働いててトロッコで一斉に降りてくるって状況、なくね? 普通」

「っていうと?」

「あれ、重量物を運ぶための物じゃん? でさ、普通こういうトロッコって鉱山内部まで線路伸ばしてんのよ。掘ったやつを中で積んで、そのまま押して外に持ってく感じの使い方するはずじゃんか。トロッコ何も乗せず下にやったら採掘作業止まっちゃうじゃん」

「なるほど。通勤とか退勤に使ってる可能性は……ないか。動力がついてなかった。押して登るのは相当な手間だ。にも関わらず一気に降りたってことは、何かがあった証拠」

「さっき事故ってたのも、急ぐ必要があったから、なのです?」


 慌てて下山して事故るほどの”何か”……。


「〈ゴブリンズトレイル〉だ。あの町で迷宮化現象に巻き込まれた人間が生きてるんだ。人間はゴブリンの天敵。知らない連中がいきなり現れれば、慌てて殺しに行くはず」


 情報不足で穴だらけの推測だけれど、大きく外してはいないはず。


「……つまり、一般人がゴブリンに命を狙われてる状況だ! 急いで助けに行こう!」


 冒険者以外の一般人はクラスを刻んでないから、〈リターン〉の魔法で帰還することはできない。そもそも〈リターン〉が機能するかどうかも不明だ。

 僕たちだって死んだら本当に死ぬと思っておいたほうがいい。


「町の人を守れるのはわたしたちだけ、という状況ですか」


 リルが剣を見つめて言った。


「……他人を守るために。色々な人から守られた恩を返すために、わたしは迷宮都市へ来たのです。今こそ……! クオウさん、行きましょう!」

「ああ!」


 僕たちはトロッコのレールを追って、山を下っていった。

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