飛躍の時〈12〉
翌朝。
マイザから受け取った〈無銘剣〉を実戦で試すべく、僕とリル(とおまけのブレーザー)は迷宮ギルドに向かった。
「クオウさん、あの雑誌って」
道端のスタンドで売られている〈冒険者の友〉を見て、リルが僕の腕を引っ張った。
「ああ、昨日が発売日なんだよねー。もしかすると、オレの記事でクオウちゃんのこと見直す人が出たりすっかもしれないよ? 何なら女性ファンとかまで」
「そんなわけないでしょ」
僕は雑誌に目もくれず進み続けた。
……リルが僕のそばを外れ、雑誌を買って小走りで追いかけてくる。
「えっと、目次は……あ、この記事すごい最後のほうに乗ってるのです」
リルが末尾まで一気にページをめくり、僕に聞こえるよう音読しはじめた。
「荷物はどちらだったのか? クオウ・ノールというポーターの名前を聞いたことがある方は、読者の中にも大勢いらっしゃるだろう。彼は純ポーターにも関わらず運搬能力が低い。それでもなお戦闘に関与し、足を引っ張りながら冒険者としての給料を貰っていた、と言われている。”お荷物”や”寄生虫”の代表格とも……」
僕はブレーザーを睨む。彼は苦笑いしながら、編集長がさ、と肩をすくめた。
「だが、それは事実だったのか? 噂がいささか行き過ぎていたように感じられる。その実像を検証すべく、筆者は彼に密着取材を行った」
リルがページをめくる。
僕らがあの廃墟迷宮を交流している様が活き活きと描かれていた。
さらに別の日、ボス戦で僕が効果時間の短いポーションをフル活用している様も。
「……ときに、伝聞は事実とかけ離れた姿を取ることがある。彼の戦いを間近で見ていると、そのことを痛感せざるを得なかった。彼はただ、ポーターでありながら全力で迷宮に挑む一人の冒険者にすぎない。無謀な試みに思えるだろう。しかし、彼はそれだけの実力を有しているのだ。でなければ、純ポーターが高ランクの〈ミストチェイサー〉で戦闘に参加するなどありえるだろうか?」
ブレーザーが「どうよ?」みたいなドヤ顔で僕を見ている。
別に……。嬉しくないし……ぜんぜん……ほんとに……たぶん……。
「取材を申し込んだとき、彼はこう語った。”英雄の領域に足を踏み入れたい”と。彼の努力を目の当たりにした者は、それが身の丈に合わない宣言だとは感じないはずだ。〈アイテムボックス〉に収めたポーションと魔剣を武器にする異端の冒険者が自身の汚名を雪ぐ時は、そう遠くないのだろう」
リルが雑誌を閉じた。なるほど。
……ちょ、ちょっと褒められたくらいで僕の態度が揺らぐと思ったら大間違いだ。
「クオウ・ノールさん。オレにこのパーティへの独占取材権をくれないか。それに見合うだけの働きはするよ。もっと有名な記者になって、もっと良い媒体にアンタの記事を載せてみせる」
「いい記事だったのです。クオウさん、悪い話じゃないと思うのですけど……」
ブレーザーの発言には間違いなく野心が隠れている。
僕を利用して有名になってやろう、という魂胆が丸見えだ。
「僕のことだけ書いたって、別に有名にはなれないと思うよ」
「……そりゃそうっしょ。別にオレもずっと密着取材だけやる気はないし、他のネタも拾いにいくよ。ただ、あんたは絶対にビッグになると思うんだ。そうなったとき、あんたの記事を書くのはオレでありたい」
「どうして」
「あえて言うなら……あんたの魂に共感したっていうか」
「魂? 大げさな。というか、僕は”ビッグになると思う理由”を聞いたんだけど」
「り、理由? そんなこと言われたってなあ。勘だよ、勘」
「勘に自分の人生を賭けるつもり?」
「あんたは賭けないのか?」
口が裂けても賭けないとは言えない。
こうして冒険者を続けてること自体が大博打だ。
「賭ける」
「ほら。オレだって同じことっしょ」
「……しょうがないな。ブレーザー、君の独占取材権は保証する」
「うしっ! 最高だ! ありがとう!」
彼は達成感あふれるガッツポーズを決めた。
「そもそも取材権なんて別に大したものでもないけど。どうせ書きたいやつは取材せずに好き勝手書くんだし……」
「ま、まあ、それはしゃーないっしょ」
黙って聞いていたリルが、ニコニコとした笑顔で迷宮ギルドの中に入っていく。
……もう迷宮ギルドに着いてたのか。だいぶ歩いたな。
迷宮ギルド支部の巨大な建物へ入り、迷宮のスケジュールを確認に向かう。
なんだか空気がざわついていた。窓口の方で何かをまくしたてている冒険者がいる。
「だから、町一つがまるごと消えたんだよ! マジだって!」
「はい。他の方からもその情報は聞いております。ですから、曖昧な情報ではなく、詳細な点をお聞きしたいのです」
「曖昧も何もあるかよ! 町がなくなってんだ! ぽっかり丸ごと何もなくって、中央にちょっと魔石柱のミニチュア版みたいなのがあって!」
「はい。他に気づかれた事などは?」
周囲のざわめきに耳を傾けてみる。
皆が消えた町の噂をしていた。
ブレーザーがメモを取りはじめている。
「……空気がピリついているのです。有事なのですね」
「そりゃ、町が消えりゃー有事っしょ。迷宮ギルドが緊急依頼を出すかもしれないし、準備しといたほうがいいんじゃねえ?」
「町がなくなるような事案となると、そこらの冒険者に依頼するかな。〈迷宮偵察隊〉みたいなギルド系の精鋭部隊で対処するんじゃないの? 依頼を出すとしても高ランクのクランだろうし」
浮足立った迷宮ギルドの中に、また一人駆け込んできた男が居た。
人外のシルエットと、紫に金刺繍のローブ。
ウルヴィーク教授だ。
「そうか……!」
この人が来るっていうことは、つまり町が消えたのは迷宮化現象だ。
もっと早く気付くべきだった。
「クオウくんたち、ここに居たか! 依頼を出す手間が省けた、一緒に来たまえ!」
ガシッと肩を掴まれた。かなり急いでいる様子だ。
「ええ、行きましょう!」
運動音痴っぽい変な走り方の教授に続いて、迷宮ギルドを後にする。
「行きの馬車は手配してある! 迷宮都市の正門からだ!」
「行って何をするんですか!? ……あと、依頼の報酬は出るんですよね!」
「もちろん報酬は出すとも! 依頼内容は……」
ウルヴィーク教授が言葉に詰まった。
「これが正しいのかどうか分からないが……仮説が正しければ、迷宮化現象が起きた跡地から迷宮へと転移することが可能なはずなのだ。機材は必要だが」
「つまり、迷宮攻略の依頼ですか。……それも、まったく未調査の!」
迷宮ギルドが転移先に指定している迷宮は、僕らのような冒険者を入れる前に最低限の先行調査が行われている。
この先行調査に当たっているのが、いくつか存在するギルド直営クランの中でも最精鋭で、迷宮都市全体で見ても最強候補の一角たる迷宮偵察隊〉だ。
未調査の迷宮へ最初に足を踏み入れるのは最精鋭の仕事なのだ。
そもそも迷宮というものは、必ず人間が生存できる空間になるわけではない。
空気がなかったり毒で満ちていたりして転移直後に死ぬ可能性もある。
死んだときに自動で発動し、幻痛と引き換えに冒険者の命を救う〈緊急リターン〉の魔法だって、迷宮によっては発動しない可能性もある。
完全に未調査の迷宮へ足を踏み入れるのは極めて危険な仕事だ。
……けれど、華でもあるよな。冒険しない冒険者なんて名前負けだ。
「皆、どうする? 危険な依頼だけど」
「断る理由がないのです!」
「俺もついてくぜ! さっそく記事のネタが来た!」
「……ということなので! 僕たち三人でやれるだけやってみます!」
大通りを走り抜けて、僕たちは馬車に飛び乗った。




