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飛躍の時〈11〉


 マイザの言う「失敗」が何を指しているのかは明らかだった。

 僕は彼女の前に座り、尋ねる。


「魔剣か?」

「いや……魔剣じゃ、ない。ただの剣だ」


 言いながら、彼女が素朴な鞘に包まれた剣を机に置く。

 両手でも片手でも持てるサイズの、ゆるやかな反りを持つ剣だ。

 鞘を外し、中を見る。

 息を呑むほど美しい剣があった。


「魔剣としての効果はない。失敗だ。素材費を無駄にした。すまん、あたしは……」


 僕は机の端へ、この剣の刃を軽く触れさせた。

 すう、と吸い込まれるように木のテーブルへ切れ込みが入る。


「いい剣だよ」

「え?」

「魔剣としての効果はなくても、十分に名剣の範疇だ。名のある鍛冶師が打った数千万の剣と比較しても遜色ない」


 ……割高なのは確かだけれど。


「僕が頼んだ通り、全力を出し切ってもらった。これで十分だよ」


 ギリッ、と歯の軋む音がした。


「違う」


 彼女の握りしめた拳から、一筋の血が流れた。


「この程度の剣が……あたしの全力であるはずがない……違う。クオウ。〈マギ・インバーター〉を出せ」


 アイテムボックスから取り出して、机に置く。

 格子のように歪んだ模様の浮き出した、不揃いで切れ味の悪い粗悪な刀身だ。

 彼女の左指が刀身を撫でた。


「未熟だ。けれど魂の籠もった剣だ。そっちの外見だけ綺麗な剣より、よほどいい剣だ」

「そ、そうかな……?」

「そうだ」


 仮に市場へ出したときの値段で判断するなら、絶対に〈マギ・インバーター〉の方が価値の低い剣だ。

 けれど、彼女にとってはそうじゃないらしい。

 ……昔、一流と二流を分けるのはこだわりの有無だと聞いたことがある。

 自分の中に強く価値の基準を定めているかどうか、それが最後に表れる、と。


「打ち直させてくれ」


 美しい剣を見ながら、僕は悩んだ。

 溶かした再利用素材の魔剣は性能が落ちる。

 彼女にとってこの剣は駄作でも、僕にとっては優秀な道具だ。


 やはり、譲るわけにはいかない。


「駄目だ。これは僕が使う」

「……!」


 彼女が顔を上げる。

 その眼光は腹を空かせた野良犬のように鋭い。

 異質な迫力は、〈マギ・インバーター〉や〈ブラックマッチ〉とよく似ている。


「自分の剣に不満があるなら、次の魔剣でそれを表してほしい。魔剣の素材費ぐらいは僕が稼ぐから……」


 ガタッ、とマイザが立ち上がる。

 声を掛けるのもはばかられるような、今にも爆発しそうな張り詰め方だ。


「そうだな。もう一本打つ」

「……まだ材料が?」

「無い」


 彼女は会計分より多い魔石を放って、入り口へ向かう。


「じゃあ、どうやって?」

「〈原初の魔剣〉」


 聞き覚えのない単語だ。彼女の様子を見るに、あまりいい予感はしない。

 ……いや。僕は改めて〈マギ・インバーター〉を見た。

 この魔剣に感じたものは。

 この魔剣の作者が纏っているだろう空気は、まさに今この時のマイザのものだ。


 ……楽しく好きなように作ったものが傑作になるとは限らない。

 苦しい状況の中でこそ活きる鍛冶師もいる。彼女はきっと、そういうタイプだ。


「出来たら教える。一ヶ月ぐらい掛かるかもしれん。じゃあな」


 彼女の刺々しい背中を見送る。

 何が出るやら。失敗作でこのレベルなら、少なくとも半端な剣は出てこないだろう。


「……なあ、今の人って」


 ブレーザーが寄ってきて、ひそひそ声で言った。

 魔剣の話を聞かれたろうか? ……今ならたぶん、こいつに知られても大丈夫だ。

 これから何年も僕の記事を書く気でいる、と言っていた。たぶん本当だろう。

 モグリ魔剣鍛冶のことをバラして僕を潰せばこいつにとっても損になる。


「すごい面白いネタの予感するってーか。紹介してくんない?」

「ダメだ」


 でも、まだ本人に許可を取ってないし。


「そんなーっ、オレたち友達だろクオウちゃーんっ」

「友達じゃない」


 ブレーザーが机の上の〈マギ・インバーター〉に目を止めた。


「そういや、その魔剣って……」


 何かに気付いたらしい。

 僕は二振りの剣をアイテムボックスに戻す。


「詮索するな。言っとくけど、まだ試用期間だよ。密着取材して記事一本で蹴り出されたら、お前にとっても損でしょ」

「あ。知られたくないってことは。まさか。うっそ、マジかー……」


 ブレーザーが「信じられない」とばかりに口へ手を当てながら、マイザの消えていった方向を見る。


「やっぱその剣、〈無銘の魔剣師〉のやつじゃん……しかも直接の知り合い……」

「〈無銘の魔剣師〉?」

「知らないフリしたって今更っしょ。魔剣の偽物を作ってる贋作屋の鍛冶師に紛れて、一人だけオリジナルの魔剣を打てるやつが混ざってるって、知る人ぞ知る話じゃん。人造魔剣に銘を刻まない唯一の鍛冶師ってさ」


 彼は瞳を輝かせながらメモを取った。

 態度は好意的みたいだけど、大丈夫かな……。


「別人かもよ」

「じゃ、さっきの魔剣の銘見せてよ」

「迷宮のドロップ品だ」

「迷宮産であんな見た目ボコボコの魔剣ないっしょ」

「……」


 言い逃れできない……。


「いや、マジか。なー〈無銘の魔剣師〉に紹介してくれよ紹介! 取材したすぎる!」

「取材って、あいつがモグリの魔剣鍛冶なの分かってるよな。魔剣鍛冶ギルドに睨まれてる身だぞ」

「オレだって記者のはしくれだから! 死んでも情報源は秘匿するし!」

「辞めといたほうがいいんじゃないかな。ホントに命に関わる案件だから。あいつ昔はヤバい連中と関わってたみたいだし」

「そっか」


 ブレーザーがその情報をメモった。引く気はなさそうだ。

 ……こいつが死んでも僕の知った話じゃないけれど、マイザに迷惑かかるなら考えないとな。


「二人とも、料理が冷めるのですよーっ!」


 僕たちはリルのところに戻り、打ち上げを再開した。

 ブレーザーが宴会芸をはじめた結果、どういうわけか酒場全体を巻き込んだ喧嘩に発展したことを除いては平和な打ち上げだった。


 明日からは更に高難度の迷宮にも挑めるだろう。

 マイザは失敗作だと言っていたけれど、あの剣の切れ味は相当だ。

 ようやく悩み続けていた僕の攻撃力不足が解決する。


 僕は剣の銘を探した。けれどもちろん、銘はない。

 マイザの様子を見る限り、名前すらなさそうだ。

 ……でも、名前がないと不便だ。僕が名付けるとしよう。

 そうだな……そのまま〈無銘剣〉でいいか。


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