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飛躍の時〈10〉

(マイザ視点です)


 金床を叩くリズミカルな音が、マイザ・フレッチャーの工房に響いている。

 魔剣の材料はすべて揃った。

 彼女が叩いているこの金属はオリハルコンを混ぜ込んだ鋼だ。

 材料費四千万では、とてもではないが純粋なオリハルコンは使えない。

 安くあげるために鋼と混ぜ、二つを継ぐ素材としてわずかにラエドリルを使う。


 だが……マイザはそもそも、純粋な素材で魔剣を打ったことがない。

 魔剣鍛冶工房に弟子入りしていた時代から、魔剣の偽造をやっていたときも、マフィアに見出されて粗悪な人造魔剣を作っていたときも、すべてが混ぜものをした素材だ。

 彼女はその特性を熟知している。問題はない。


 半自動の温度調整機能が働く超高温の炉で、鍛造した金属塊を熱する。

 高速回転する地下工房の巨大な換気ファンから注がれる空気が、魔法炉の中で急激に熱され、白煙となってダクトを通り暗渠の中に消える。

 秘匿のために普通の煙突は使えないのだ。これも問題はない。

 人造魔剣を打っていた頃の工房も、似たような形で隠していた。


 熱した金属塊を取り出し、左手に握った槌で打つ。

 均質なリズムが地下工房を満たす。

 その様子と裏腹に、彼女の内心では感情が渦巻いていた。

 見出された喜びと、その期待に答えられないかもしれない恐怖。

 

 鍛造し、熱し、鍛造し、熱す。

 催眠じみた単調なリズムが、高ぶる気持ちを徐々に抑えていく。

 やがて、彼女の顔に笑顔が浮かび始めた。


(これほど晴れ晴れした気持ちで剣を打つのは初めてだ)


 ……彼女は常に、逆風に晒されながら剣を打っていた。

 妬まれて潰された弟子の時代も。酷い環境で偽物の魔剣を作っていたときも。

 マフィアに脅されながら人造魔剣を作っていたときも。

 彼女が打つ剣はすべからく恨みの籠もった反骨の剣だった。

 今は違う。


(……ありがとうよ、クオウ。お前がいなきゃ……あたしは二度と、剣が打てなかった)


 オリハルコン鋼として一体化した金属塊を見て、彼女は槌を置く。

 懐から取り出した銀色の手袋を嵌め……そして、まだ熱い金属塊を手袋越しに掴む。

 これは〈地獄蜘蛛の手袋〉だ。極めて薄く、しかし十分な断熱能力を持つ。

 そしてまた、魔力を極めて通しやすい性質を持つ。


「………………」


 深く集中した彼女が、瞳を閉じて左手を動かす。

 手中にあるのが金属でなければ楽器の演奏にも見える仕草だ。

 そして実際に、ある意味で彼女は今このオリハルコン鋼を”弾いて”いる。

 内部へと魔力を通し、形成されたパターンを探っているところだ。

 鋼の混ざっているために、内部に魔力を通す場所と通さない場所が生まれ、一種の魔力回路が作られる。これをベースに、魔法を発現させられるよう剣を調律するのだ。


「……なんだ……?」


 彼女の知らないパターンだった。

 今までの剣が返してきたような、暴れるような妖しい反応がない。

 通した魔力が、まったく音階を変えずに長く尾を引いて消えていくような。

 素直で伸びやかな音、と表現できそうな魔力の反応だった。

 彼女の気分がそのまま反映されたような。


 金属塊が冷えていく。彼女はふたたび炉で熱を入れ、鍛造の後に再びこれを弾いた。

 伸びやかないい反応だ。


 彼女の脳裏を疑問がよぎった。

 本当にこれで大丈夫なのか。自分の魔剣に特徴的なクセの強い効果は感じない。

 今ならまだやり直せる。このままでいいのか。

 大丈夫だ、と彼女は答えた。これほど晴れやかな気分で打てていれば、きっと。


 そして数日が経った。

 オリハルコン鋼を完成させた次に、彼女はミスリル鋼を打つ。

 魔力回路を刻んだ魔剣の芯材部分は極めて繊細だ。

 これを守るために芯材の周囲を魔法素材で巻くのが一般的な魔剣の製法である。


 時間が飛ぶように過ぎていく。彼女は寝食以外のすべてを鍛冶に注いだ。

 完成したミスリル鋼とオリハルコン鋼を、ラエドリルで中継しながら一体化させる。

 これを再び熱し、槌の一本で剣としての形を整えていく。


 手応えがあった。

 波打つ刃文を備えた青白い剣が、徐々に姿を表していく。

 見た目だけで判断するなら、紛れもないマイザの最高傑作だった。


 あとは仕上げだ。

 扉のついた小型の炉に剣と〈エルダーウッド炭〉を入れて密閉。

 それから焼入れと焼戻し。ここでようやく山から持ってきた良質な水の出番だ。


 魔剣を作り始めてからぴったり二週間。

 美しい刀身が出来上がった。

 作ったマイザが思わず見入ってしまうほどの出来栄えだ。

 ……しかし、魔剣としてはまだ未完成だ。

 これから効果を確認し、内部の魔力回路を調整しなければならない。


 そもそも魔剣を打つとき、「その魔剣がどういう効果を持つか」まで狙って打てる鍛冶師は存在しないも同然だ。

 今はまだ狙った魔力回路を作るためのメソッドが確立されていない。

 魔法を繰り返しぶつけ、共鳴させて任意の魔力回路を作る方法はあるが、これは回路が作られたとしても威力が極めて低くなり、魔剣の素材費に値しない製法だと考えられている。

 ゆえに、今は成り行きと鍛冶師の才能にすべてが任せられている。

 鍛冶師が何か突き抜けた物を持っていれば、それが染み出して魔剣を生む。

 そういうものなのだ。


 マイザは魔剣鍛冶の中でも成り行き任せのタイプで、最初期に少し回路を調整してからは最後まで魔力回路に触らない製法だった。

 下手に人間の手を入れてポテンシャルを下げるより、変な効果になってもポテンシャルを上げるべきだ、という考え方なのだ。

 ……しかし、普通はそんな作り方で魔剣としての効果など発現しない。

 今まで彼女が打ってきた魔剣は、全て無自覚な才能に支えられていた。


 マイザは刀身を抱き、素手でそこに魔力を通す。

 相変わらず素直な反応だった。


「さて……」


 彼女は地下工房の隅へ向かい、部屋の中央にある頑丈な机に刀身を固定した。

 その固定具の左右からは魔力伝達能力の高い聖水で満たされたケーブルが伸びる。

 ケーブルが繋がっている先は、いくつも魔石が埋め込まれた複雑な魔法陣だ。

 瞬間的に高い魔力を生み出すための装置である。


 彼女は部屋から退出し、高強度な魔法ガラス越しに刀身を睨みながら魔力を流す。

 キイィン、という耳障りな高周波音が破裂し、魔力の輝きが刀身に注がれる。

 ……にも関わらず、魔剣の効能らしきものは何も発現しなかった。


 マイザは冷や汗を流しながら、数回ばかり装置のスイッチを入れた。

 しかし、まったく何が起こる様子もない。


「まさか」


 本当にこれで大丈夫なのか、という問いの答えが、刀身の形でそこにあった。

 大丈夫ではなかった。

 この剣は……魔剣ではない。いっさいの魔法効果を持たない。

 高価な魔法素材で作られた、ただの剣だ。

 素材の価値は四千万だが、剣としての価値はそれをはるかに下回る。


 うなだれたマイザの頭を、過去に言われてきた数々の悪口が満たした。

 邪道だ。才能だけの未熟者だ。鍛冶師として二流だ。

 あの悪口は正しかったのかもしれない、とマイザは思った。

 ……それでも彼女はまた動きはじめ、剣の柄と鞘をこしらえた。


「渡さなきゃ……」


 クオウに金を出させて作った剣が完成した。

 互いにとって望ましくない結果だが、ごまかすわけにもいかない。

 今から彼らの泊まっている宿を訪れ、この剣を渡さなければ。


 ……しかし、マイザの足は自然と宿から遠のいた。

 気づけば〈大衆酒場ゴールデンバブル〉に逃げ込んでいた。


「マイザ?」


 まだ伝える覚悟が決まっていないのに、彼女はクオウと出会ってしまった。


「どうかした?」

「……すまん……」


 俯いた彼女が、拳を固めながら言った。


「失敗した」


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