飛躍の時〈9〉
僕たちの快進撃は止まらない。
〈ユキオオカミ〉の群れ相手のときほど息が合っているわけではないにしろ、確実に高レベルな戦術的連携があった。
行く手を阻む魔物をすべてなぎ倒しながら、迷宮の中心へと近づいていく。
「……シッ。他の冒険者だ」
城にたどり着いた僕たちは、入り口に張り付いて息を潜めた。
既に先客がいる。……しかも、たぶん一組ではない。
僕たちの前方にいる先客も、また息を潜めてその先を伺っているからだ。
城の中から、いくつもの叫び声と剣戟の音が聞こえてくる。
ボスと戦っている音ではない。冒険者同士の殺し合いだ。
「リル。確か君は、どちらかといえば人間より魔物を狙いたい派だったよね」
「はい。でも、こういう状況なら殺し合うのは必然なのです。わたしは大丈夫ですよ、クオウさん」
リルの顔に、無理しているような様子はない。
少女とは思えないような覚悟の決まり方だ。
「それに、本当に死ぬわけじゃないのですから」
「そう分かってても、割り切れるかどうかは別だよ?」
「戦場で割り切れない人間がいるのですか? 軟弱なのです」
ハードコアだな……。
「……君ってもしかして、戦士の一族みたいな家の生まれだったりする?」
「真逆というか……それより。このまま待機なのですか」
「いや……」
僕は周囲の様子を確かめた。
崩れかけた城壁は、まだ十分にロープをかけて上れるだけの強度がありそうだ。
「上、なのですね」
「その通り」
いくらか城壁の下を回り、人目につかない場所へ鉤爪を掛ける。
リルを先頭にして、僕らは高い場所を取った。
「おお、よく見えるな」
ボスらしき巨人の影が城の中庭に見えた。
その手前、ボスの視界に入っていない場所で二組の冒険者が殺し合っている。
激しい剣戟、飛び交う弓矢に魔法の数々。
片方は個人技に優れていて、もう片方は連携に優れている様子だ。
「おー? あいつら片方は五海公社の紋章ついた支給鎧で、もう片方はケセルヴィア帝国の兵士装備だ。サラリー冒険者と兵士冒険者じゃん。共倒れてくんねーかなー」
城壁上から見下ろしたブレーザーが言った。
なるほど。共倒れか。
「……いいこと思いついた」
僕はアイテムボックスを開き、煙玉を取り出す。
火を付けて投擲し、彼らの退路を煙で塞いだ。
戦闘に必死な彼らが気付いた様子はない。
「よし、リル。そのへんの瓦礫を拾って、全力であのボスに投げて」
「え? 攻撃するのですか? っていうか、なぜわたし?」
「僕じゃ腕力が足りない。攻撃しても、この位置関係なら大丈夫だ。僕を信じて」
リルは全力で瓦礫を投げた。距離が遠いせいで狙いが外れまくり、命中したのは十数回目だったけれど、それでも問題はない。
ボスが攻撃に反応し、歩きだした。向かう先は……戦っている二組の冒険者だ。
「おいっ!? 誰だボスに攻撃したやつ!?」
「逃げ……クソォッ、逃げ道に煙幕だ! 煙の向こうで構えてやがるぞ!」
眼下で巻き起こる大混乱を、僕たち三人は隠れて見物した。
準備出来ていない状態でボスとの戦闘が始まり、巨人に踏み潰されて冒険者が倒れていく。
「す、少し気が引けるのです。卑怯すぎませんか?」
「迷宮の中に、卑怯なんて言葉はないものだよ」
あのボス……僕たちが戦ったら厳しいだろうな。
今の装備じゃ、相当な無茶をしなきゃ倒せないだろう。
「なークオウちゃん、知ってる? ああいう大規模クランが支給してる装備って、拾って元の組織に返すと金貰えるんだって。売るより高いんだってよー」
「馴れ馴れしいなあ……。知ってるよ。十年近く冒険者やってるんだから」
潰れてない装備を回収して逃げるだけで、五十万イェンぐらいの稼ぎにはなるだろう。
……昔はああいう組織所属のサラリー冒険者を狩って装備で稼ぐ金策が流行ったそうだけれど、今はもう無理だ。
資金力のおかげで大組織のトップ層は相当に強くなっているから、意図的な狩りをやると報復で身ぐるみ剥がされ、最悪は奴隷として組織の支配下で働くことになる。
そうこうしている間に、二組のパーティーは全滅した。
「クオウさん、行きましょう!」
「まだだ。隠れて」
敵の姿が周囲に見えなくなり、ボスがのそのそと待機位置に帰っていく。
煙幕が晴れて、さっき入り口で待機していた冒険者たちが入ってきた。
「ウヒョー! 潰しあいで全滅だぜ! 俺たちのためにボス削ってくれてありがとうよ!」
「ゲヘヘ! 待ってろよ、アイリーンちゃん!」
「てめー、また稼いだ金を女でスるのかよ! そんなんじゃ借金減らねーぞ!」
「うっせーな! ギャンブルに溶かしてるおめえよりマシだよ馬鹿!」
ガラの悪そうな連中だな。
「ブレーザーさん、あの人達の所属は?」
リルが尋ねる。
「あれは多分、二束三文の借金漬け冒険者が悪い奴らに債権買われて働かされてんじゃねえ?。奴隷かもしんないけど。悪い奴らといえば……ゲインズ商会とか?」
僕たちは顔を見合わせた。聞き覚えのある名前だ。
……ゲインズ商会の悪評は知っている。
マフィアまがいの集団が集まって出来た新興の勢力だ。
リルの人身売買未遂に関わっていたのもゲインズ商会だった。
「ま、どこの勢力も皆悪いことやってるからな。悪いってだけで所属がわかれば苦労しないよって話じゃん?」
眼下でガラの悪い冒険者たちがボスに挑みはじめた。
バラバラだが個人技は確かだ。
ちょうどボスの強さと噛み合って、いい感じに一進一退の攻防を繰り広げている。
数人を犠牲にしながらも彼らは徐々に巨人を追い詰めていき、ついには足元へロープを絡めて地面に引きずり倒した。
「そろそろ行こう」
僕たちは下に降りて、こっそりと戦場に近づいていく。
大きな叫び声と共にボスが倒れて、輝くオーブが落ちる。
冒険者たちが”ボスドロップ”を拾うと、空間そのものにヒビが入ったような鋭い揺れが走った。
一日も経てば、この迷宮は消えてなくなるだろう。
「うっへへへ! こりゃ、上等な転写石版だぜ! 結構な稼ぎだ!」
「なあ、生き残ってる俺たちだけで等分しねえか? 死んだ奴らには適当にごまかしてさ……」
油断しきった彼らの背後から奇襲をかける。
抵抗する間もなく、一瞬のうちにボスを倒したパーティが全滅した。
「相手が悪人だと、後腐れがなくていいのです」
「そうだね」
僕らはドロップ品と死んだ人々の装備を回収し、〈リターン〉の魔法で迷宮から退出した。
今回の迷宮アタックは紛れもない大黒字の大成功だ。
帰還後に僕が半日かけて精算した結果、かなりの数字が出た。
使ったカネが四十万イェン、稼いだカネが合計で百四十万イェン。百万の稼ぎだ。
内訳は、状態のいい転写石版が四十万、雑魚とボスの魔石を合わせて四十万、拾った装備を売ったり返したりしたカネが六十万。
実質的に駆け出し冒険者の僕らが一回で百万イェン稼ぐなんて。
そうそうないレベルの大成功だ。先は明るい、のかも。
宿に帰った僕を、瞳を輝かせているリルと酒の入ったブレーザーが出迎えた。
僕らが泊まってる宿は冒険者が多いから、一階の酒場で騒いでも別に問題はない。
「ブレーザー。雑用費ってことでこれ、三万イェン」
「三万? そこをどうにかもう一声、ほら! めっちゃ稼いだっしょ!?」
「魔石拾い以外に何もしてないよね。雑用ポーターの稼ぎとしては妥当だと思うよ」
まだクラスが馴染んでいなくて、アイテムボックスもろくに使えないようなポーターなんだから、三万でも稼ぎ過ぎなぐらいだ。
「だいたいお前、密着取材っていう形で利益を得てるんだし。リル、残りは等分しよう」
「等分? い、いいのですか? クオウさんの取り分を多くしたほうが」
「いや、今日は僕より君のほうが良い働きをしてたよ」
五十万イェン近い大金が入った魔石をリルに渡す。
彼女は困惑しながら左右を見回し、とりあえずウェイターを呼びつけた。
「ちょ、ちょっといいケーキください!」
「安いケーキしかないです」
「じゃあ安いケーキを二切れ!」
「はーい」
……その後、僕らはちょっとした打ち上げをした。
酒に酔ったブレーザーがテーブルに飛び乗って踊りだし、他の冒険者に椅子を投げられて気絶した事件を除いては、おおむね平和的な打ち上げだった。
- - -
それからの二週間、僕らの迷宮攻略は成功につぐ成功だった。
さすがに百万の稼ぎはなかったけれど、数十万がコンスタントに積み上がる。
このまま行けば、今使っている最低グレードの武器防具を新調できる日も遠くない。
まともな装備をリルに渡せば、この少女は更に一段と強くなるだろう。
僕も何かしらの安いマジックアイテムを手に入れたいところだ。
それに……そろそろマイザの魔剣が出来る頃のはず。
「えー! またまたまたまた迷宮攻略の成功を祝して! この俺ブレーザーが乾杯の音頭を取らせて頂きたいと……」
「乾杯」
「かんぱーい」
「ちょっ! 無視して始めるのかよ!?」
今回の打ち上げに、僕は宿の酒場ではない場所を選んだ。
……別にいい店ではなく、マイザと会った店の〈大衆酒場ゴールデンバブル〉だ。
ピルスキーが今度こそ期限の切れてない割引券をくれたので使いに来た。
「そういえばブレーザー。もう記事が一本出来上がったんだって?」
「おう、その話な! ボスに何回も修正させられたけど、通ったよ!」
「修正……」
「まー、元の記事よりだいぶ中立的な見方にさせられちゃったね。ホントは褒め倒したかったんだけど。ボスにさ、お前ファンのだべりじゃねえんだぞ、って。すごい怒られたね。ま、何年も密着する気でいるからさー! そのうち評価を変えてみせるんで!」
「何年もついてくる気でいるのかよ……」
中立か。これで出来上がった記事が僕をけなしてるようだったら、こいつとの付き合いはそこで終わりだ。
まあ、別にどうだっていい。
「いやあ、気になるだろうと思ってね、〈冒険者の友〉持ってきましたよ。どっすか、クオウパイセン、読みませんか」
「誰がパイセンだよ。別にいい」
「うーん、この店のケーキは確か冷凍……。ならフルーツを……いや、果物屋で買った方が安くて美味しいのです……ならアイスの方が……」
僕らの横では、リルが主食より先に甘味を選ぼうとしている。
優先順位……。
「……あれ?」
店の隅でコソコソしている人影があった。
「マイザ?」
彼女は僕に気付き、目を逸らして体を縮こまらせた。
様子が妙だ。僕は立ち上がり、マイザのところへ向かった。
「どうかした?」
「……すまん……」
俯いた彼女が、拳を固めながら言った。
「失敗した」




