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飛躍の時〈8〉


 危険度F、(ボスドロップ)レアリティF。廃墟。人型モンスター。

 そのありふれた迷宮を選び、僕たち三人は迷宮に挑んだ。

 まだ整備中の転移門が多いせいで、こんな迷宮でも五十人近く挑戦者がいる。


「リル。今回はまっとうに黒字を出しにいく。素の実力だけで挑むよ」

「はい」

「……ただ……仮に他の冒険者と争いになったとして、負ける気はしないんだよね」


 稼働直前になって光を放ちはじめた転移門を見上げながら、僕は言った。


「マーカー回収依頼で〈ユキオオカミ〉の群れとやりあったときの感覚、覚えてる?」

「忘れるわけがないのです。最高の感覚でした」


 命の危機を指して「最高の感覚」か。

 中々にイカれた返事だ。

 ま、それぐらいでなきゃ。


「あれが僕たちのポテンシャルだ。……まだ、僕たちはろくに実績もない駆け出し未満だけれど……力を出し切れば、必ず上に登っていける。自分たちの力を信じて、真っ向から行こう」

「はい!」

「それとブレーザー。僕たちの邪魔だけはしないでね。自分の身は自分で守ること」

「ういうい。パイセンの足手まといにはならないんで。雑用は任せてくださいよ」

「わたしは助けますよ! 弱者を守れないのでは、〈ナイト〉のクラスが廃るのです!」

「……リルに助けられるような事態にならないよう、頑張って逃げてね」

「おーう、そりゃ任せといてよ。足には自信あるからさー」


 転移門の輝きが強くなる。門の中が白一色で安定した。

 次々と飛び込んでいく冒険者たちに続いて、僕たち三人も迷宮へと転移する。


 転移の光が収まったとき、そこは黒い雨が降り注ぐ死の世界だった。

 崩れた建物が一面に広がり、所々から火事の黒煙が立ち上っている。

 はるか遠くの山の上に、燃え落ちる城の姿があった。


「あの城がボスの居場所かな。転移直後から見えるってことはかなり近い。他の冒険者たちも気付いたはず……」

「クオウさん、走るのですか?」

「……いや。これは、下手に一番乗りすると危険だ」


 ボスと戦っている最中に他の冒険者がやってくる危険性が高すぎる。

 後から漁夫の利を狙うほうが有利だ。他の冒険者も同じように思っているだろうけど。


「安全を確保しながら進む。索敵に集中して」

「お、早速来てるのですよ!」


 炎に照らされた廃墟の陰から、曖昧な輪郭の黒い人型の魔物が次々と生まれてくる。

 ……迷宮化現象のことを知った今だと、少し嫌な想像もできる光景だ。

 まあ、流石にこの迷宮は迷宮化現象と関係はないだろう。

 このあたり一面が廃墟になった光景が現実のものとは思えない。


「行くのです!」


 リルが突進した。少し前までなら返り討ちにあっていそうな突っ込み方だ。

 しかし、彼女は魔物たちが伸ばす触手のような腕をすべて叩き切り、盾を構えて中央を突破した。……〈クラス〉の伸び盛りとはいえ……怖いぐらい実力が伸びてるな。

 リルへ向いた注目の陰に隠れて、僕は魔剣〈マギ・インバーター〉を振るう。

 クリーンな一撃が命中し、胴体の半分を切ったところで止まった。

 威力は足りないけれど、十分に致命的だ。

 魔物はその場に魔石だけを残して消える。


 中央を突破して反対側に回ったリルと僕は、魔物を囲むような形になった。

 僕は時計回りに回転しながら隙を伺う。わずかに遅れて、リルも僕に習った。

 突出した一匹を、全身全霊の突きで倒す。同時にリルが数匹を斬り倒す。

 魔物たちが浮足立った。瞬間、僕が一気に距離を詰めてもう一匹を斬り倒す。

 十分に数を減らしたところで、僕たちはそれぞれ自由に動きはじめた。

 あっという間に魔物が全滅する。


「うっわあ」


 後ろで見ていたブレーザーがドン引きしたような声を漏らした。


「ポーターなのに、ホントに戦ってる……しかもバチバチ前衛で……ヤッバイ……」

「ま、ここは危険度Fだしね」

「いや、にしてもあの数、普通は苦戦するだろ……おかしいって……」


 引きつった笑顔を浮かべた彼が、メモ帳に何か書いたあと魔石を集めはじめた。


「っつーか、アンタ後ろからポーション投げてるだけの金食いお荷物みたいな記事読んだ気がするんだけど……どこがだよ……」

「危険度の高い迷宮だと、僕が戦ってる余裕はないからね。ポーション屋だったよ」

「にしても……クオウちゃんの実際に戦ってるとこ見たら、絶対ああいう下げ記事書けないっしょ……やっぱ皆、噂で書いてんのなあ……」

「まあ、さ。憎まれ役を作って叩くのは、お手軽で人気の出やすい娯楽だから」

「ああ。そうだよなあ、そうなんだよなあ、マジメに取材した記事よりでっち上げで叩いてる記事のほうが人気出るんだよな……」


 思う所があるらしく、ブレーザーは表情を陰らせた。


「大丈夫ですよ。長い目で見れば、ちゃんとやってる人間はいずれ評価されるものなのです。お父様も、目前しか見ない愚か者はいずれ沈むと言っていたのです」

「だといいけどねえ、って、お父様? なに、どういう家庭?」

「……ごく一般的な家庭なのです」

「どこが?」

「ブレーザー。いいから魔石を拾いなよ。ちゃんと雑用してくれ」

「お、おう、すまね」


 彼が魔石を拾い終わるのを待って、僕たちは遠くの城へと進んだ。

 道中で何回か黒い影たちに遭遇して、そのたび危なげなく撃退する。

 戦利品の魔石がどんどん溜まっていった。


「これならファーミングで稼げるかも」

「ファーミング?」

「ボスを狙わず、意図的に外周の魔物だけを倒して魔石とか素材を稼ぐやり方だよ。そういうことやれるほど戦闘力が付くのは、まだ先だと思ってたけど」


 つい数週間前、練習で迷宮に潜っていたころはズタボロだったのに、もう連携が上手くいくようになってきている。

 はっきり言って、これほど急に強くなるのは異常だ。

 結成一年後ぐらいの駆け出し冒険者より、僕たちの方が上かもしれない。


「おっと、敵だ」


 黒い影が地面から立ち上っている。

 ただの人影ではなく、槍と鎧を持った兵士のような影だ。

 彼らは十人ばかりで横一列の綺麗な陣形を組み、槍をまっすぐ突き出している。

 陣取っているのは、左右を壁に塞がれた狭い道だ。


「リル。ときには陣形を組んで戦う魔物が出ることもある。さて、ああいう相手にはどう対処すればいいと思う?」

「えっと……まず、陣形を崩すことから」

「その通り。そして、ああいう緊密な陣形には弱点がある」

「……足が遅い?」

「正解。あんな横隊を組んでたら、陣形の向きを変えるのも一苦労だ」

「でも、狭い道に陣取ってるから……機動力を生かして崩すのも難しい、のですよね」


 打てば響くような生徒だ。

 こうもサクサク言いたいことを分かってくれると、教える側としても気持ちが良い。

 ……これだけ吸収してくれるなら、強くなるのも当然だよな。


「さて、そうかな。迂回に使える方向っていうのは、左右だけじゃないんだ」

「え?」

「冒険者なら、地形への先入観を消さないとね」


 リルは左右を見回して、困惑したように首を傾げた。

 僕はアイテムボックスを開き、中から鉤爪のついたロープを取り出す。


「……あ! 壁の上!」

「そう。下の道に敵がいるんなら、崖や壁は上から迂回するのが定番だ。少人数で動く冒険者は、ロープで上がってもそれほど時間を食わないから」


 僕は鉤爪つきロープをぐるぐる振り回し、壁の上に引っ掛けた。

 廃墟だけに、引っ掛けられる場所は大量にある。

 ……これを見た魔物たちが、陣形を組んだまま道を前進してきた。


「さあ。ロープで上を取られたら不利とみて前に来た。僕たちのやる事は?」

「引きつけて、二方向から攻撃する!」

「その通り」


 僕はロープで壁へ上がるフリをした。魔物が陣形をやや崩しながら突撃してくる。

 登りきらずに壁を蹴り、槍の穂先を避けて遠くへ着地。

 ここからは殴り合いだ。

 繰り出される槍を〈マギ・インバーター〉で弾きながら後退する。

 軽く反撃を入れたが、僕の攻撃の威力では鎧を貫くことができなかった。

 それで構わない。適度に距離を変えて誘いながら、僕を深追いさせる。

 魔物たちの位置取りが縦に長くなった瞬間、リルが真横から突進してきた。


「完璧だ」


 僕は思わず呟いた。

 こういう戦術的な連携は、駆け出し冒険者どころか中堅でも難しいものだ。


「とうっ!」


 リルは突進で一匹を仕留め、即座に離脱した。近くの角を曲がって廃墟の影に消える。

 僕を狙う魔物とリルと追う魔物が二つの群に分かれる。

 もう魔物たちの陣形は完全に崩れている。これが戦術の力だ。


「……それから、こう!」


 リルが廃墟の壁を越えて、僕を狙っている魔物たちへ背後から飛びかかった。

 それも一種の上からの迂回だ。

 意表を突けるし、リルを追ってるやつらは今まだ壁を登ってる最中。

 ……教えたばっかりなのに。普通、そこまで完璧に応用する?


「えへっ! なんだか……楽しい!」


 背後から飛びかかってきたリルが、魔物の背を貫いてもう一匹も斬り倒す。

 さらに、リルを追ってきた魔物が着地した直後で隙だらけと見るや、瞬時にターゲットを変えてそっちの首を斬り飛ばした。


「クオウさんに何か教わると……そのたびに、強くなれる……!」


 リルはそこで離脱した。その大立ち回りに気を取られている魔物たちを、僕の方からも顔面への全力突きで一匹倒す。


「末恐ろしいな」


 僕たちはそうして、魔物たちを翻弄しつづけ一方的に倒した。

 手傷の一つもない圧勝だった。


「うっへえ……こいつら、魔石デカいじゃん……これ危険度Eランクの上の方ぐらいに相当する奴っしょ……」


 魔石を拾っているブレーザーが、そんな呟きを漏らしている。

 本当に? 体感だと、それほど強い感じはしなかったのに。

 魔石を拾い上げて確かめてみる。

 一個数万イェン相当ぐらい。……確かに、Fランクの魔物より魔力が多い。

 鎧を纏った重装兵の戦列と真正面から戦えば、間違いなくEランク相当の冒険者でも苦戦するだろう。


「もしかして……」


 毎日リルと打ち合って練習しているおかげで、僕まで強くなってるのか?

 他人に教える行為は教える側にとっても勉強になる、って言うし……。


「あの、クオウさん! 勉強になったのです! ありがとうございます!」

「僕のほうこそ。君のおかげで、どうやら僕も強くなれてるみたいだ」


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