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飛躍の時〈7〉


 翌朝。

 ばっちり僕らの宿へやってきたブレーザーを相手に、僕はしぶしぶ取材へ応じていた。


「……へー、なるほど。全体攻撃で即死するのがネックになって五軍に落とされたあと、いきなり強引なやり方でクビにされたわけだ……」


 ブレーザーがメモを取り終えて顔を上げる。


「俺が思うにさ……」

「お前の意見なんて聞きたくない」

「これってさ、結局カネが無いのが問題なわけじゃん?」

「……」


 ブレーザーはメモを遡り、僕の話した内容を確かめた。


「でっかい組織のバックアップを受けてれば、高い防具の費用と維持費ぐらいポンと出せるし、あるいはクオウさん専属の盾役を用意することだって可能っしょ? 組織運営に問題が……」

「お前の意見は聞いてないって言ってるだろ」

「ええ? 俺、クオウさんは悪くないと思うよーって話してんのに、怒る?」

「カエイの悪口を言って良いのは僕だけだ」


 ブレーザーが身を乗り出して、メモを取る準備をした。


「あのさ。君とカエイの二人って、どういう関係なの?」


 テーブルの隅で話を聞いているリルも、ビクッと反応して近寄ってくる。


「別に」

「別に、ってことないでしょー。すっごい引きずってるよね? 恋人?」

「違う」

「ほんとー? ただの友達って感じじゃないよねえ」

「アイツは戦友だ。……カネも知識も何もない田舎のバカ二人が迷宮都市のCランクにまで成り上がるのは、簡単なことじゃない。何回も死にかけたんだ。それでも僕たちは諦めなかった。同じものを見ていたから」

「同じもの?」


 話すかどうか、僕は迷った。

 ちょっと個人的すぎる話題だ。


「ここから話すことは、メモを取らないでほしい。記事にするのもなしだ」


 話すことにした。

 もしかすると心に整理がつくかもしれない。


「おっけ。分かった」

「……昔、〈夢幻迷宮もの〉が流行ったよね。ちょっと誇張した実話の英雄物語」

「あー、俺はちょっと世代から外れてるけど……いくつか読んだよ。英雄の時代だよな」

「そう。でさ……田舎の子供って、扱いは労働力だろ。僕たちの里は土地が細くて、食べるのも一苦労だったから、すごく幼いうちから泥にまみれてたわけだ。文字なんか読めやしない。唯一の楽しみは、時々やってくる旅商人の読み聞かせだった」

「読み聞かせ……? 商人が?」

「まあ、都会の商人はやらないだろうね。カネにならないから。でも辺境に物資を売りに来るのって、半ば慈善事業みたいなものだから。で、読み聞かせの題材が〈夢幻迷宮もの〉だった」


 腹をすかせた泥だらけの子どもたちが集まって、キラキラした英雄譚に心を弾ませる。

 読み聞かせのあった翌日、決まって「冒険者ごっこ」が始まったものだ。

 たいてい主人公はカエイが真っ先に取るものだから、僕はいつも二番手だった。


「〈夢幻迷宮もの〉の冒頭って、必ず挿絵があるでしょ。霧に覆われた迷宮の地図。そういう霧が、物語の進むにつれて晴れていくわけ」


 遊ぶための自由時間などなかった。冒険者ごっこが繰り広げられるのは農地の中だ。

 目を盗んでこっそり農具を持ってきて、大人のいないタイミングで遊ぶ。

 遊ぶ、と言っても、実際に起こるのは遠慮ゼロの野蛮な殴り合いだ。

 何なら石を投げる遠距離部隊までいた。子供なりに僕たちは本気の戦いをやっていた。

 狭い世界の中に閉じ込められ行き場を失ったエネルギーが、暴力の形で噴出していた。


「あれに憧れたんだ。未知へと挑む大冒険。僕たちは狭い田舎から抜け出して、未知の世界に飛び出したかった」


 ある日、”遊び”の最中の不運で村長の息子が死んだ。

 僕とカエイは悪者として村長に名指しされ、村八分になって外れのボロ小屋に住んだ。

 ……僕たちを哀れに思った旅商人が分けてくれた物資がなければ、たぶんすぐに死んでいたろう。


「色々と苦労したけれど。僕たちがそれに耐えれたのは、夢があったからだ」


 僕たちが頼れるものは互いの存在だけだった。

 二人で力を合わせ、〈夢幻迷宮もの〉を参考に罠や弓矢で獲物を狩って食い、時にはこっそり村に戻って食料を盗んだりもしつつ、なんとか生き延びた。

 その原動力になったのが、いつか冒険者になりたい、という夢だった。


「いつか僕らも冒険者になって、英雄になってやるんだ、ってさ」


 僕たちは旅商人に頼み込み、剣や弓の使い方を教わった。

 ……今にして思うと、商人のくせに妙に強い男だった。

 もしかしたら迷宮都市から逃げてきた人間だったのかもしれない。

 だとしたら、冒険者になりたがる僕たちのことをどんな眼で見ていたのだろう?


「……それで、まあ……ある冬の日に……」


 あれはひどい冷夏の年だった。村はひどい不作で、食料の備蓄がなかった。

 狩りの上達してきた僕らのほうが、むしろ村の人々より良い物を食べていたぐらいだ。

 それが怒りを買った。冬に入ってしばらくしたころ、僕らの小屋に大人たちが押し寄せてきて、食料を根こそぎ盗んでいった。

 僕たちは腹をすかせて、荒れた小屋の下で、ただ夢を語っていた。

 そうしていなければ、今すぐにでも生きる力を失ってしまいそうだったから。


「僕たちは、そのうち冒険者になれたなら、クラン名を〈ミストチェイサー〉にしよう、って決めたんだ。迷宮の地図を覆った未知の霧を追いかけて、晴らす。夢幻迷宮ものに出てくる英雄みたいに」


 僕たちはその日を生き延びた。

 ……カエイがどこからか調達してきた、血のついた食料のおかげだった。

 見覚えのない短剣を握り震える彼女に、僕は自分の分の毛皮を掛けてやり、二人で何も言わずにその食料をむさぼった。

 そして……やがてその食料も尽きたとき、僕たちは二人で同じことをした。

 僕たちは運命共同体だった。


「だから……彼女は僕を裏切ったんだと分かっていても……簡単には割り切れない」


 迷宮都市に来てからも、まだ僕はそれが変わっていないと思っていた。

 けれど、カエイは並外れた〈ローグ〉で、僕はアイテムボックスの開閉速度っていうどうでもいいところだけ優れた〈ポーター〉だ。

 致命的なところまで、僕らの距離は開いてしまった。

 ……もう、二人が運命共同体に戻ることは絶対にない。


「あえて言うなら、僕は。あいつに裏切ったことを後悔させるぐらい強くなりたいんだ。……カエイでも届かなかったような、英雄的な冒険者の領域に足を踏み入れたい。今も昔もこれからも、僕が目指したいのはそこだから」


 言葉に出したのは、僕の頭に浮かんできたことのほんの一部だ。

 けれど、少しだけ心に整理がついた気がする。 


「へーえ、なるほどねえ……」

「……クオウさん。何か隠していませんか?」

「リルちゃん。そういうのはねえ、勘付いても言わないもんっしょ。隠してるには隠してるなりの理由があるって。いや、取材してる俺が言うことでもないけどさあ」


 ブレーザーはペンを口にくわえて、背もたれによりかかった。

 目を閉じて何事かを考えている。


「クオウさん。俺の出世をあんたに賭けたい」


 決心のついた様子で、彼が言った。


「密着取材させてくれないか。専属の記者としての独占取材権をくれ」

「何をいきなり。正気じゃないね」


 確かに、有名なクランなら専属記者を連れているのは珍しくもない。

 上り調子の冒険者に密着取材班が同行する、というのも結構よくある話だけれど。


「僕たちはまだ、冒険者として駆け出し未満だよ」

「それでもいい。俺はさ、クオウさんに可能性を感じるんだ。なんつーの、強い想いを感じるっていうかさ。俺、新人記者なりにさ、先輩に連れられてけっこう冒険者を取材したんだけど……ただの仕事なんだよ。みんな。金を稼ぐための手段ってだけで」

「そういう時代だよね。ちょっと優秀な人材がいると、月給制の大手クランが根こそぎ持っていってさ。サラリーマンやりたいなら冒険者になる意味あるかって思うけど」

「だろー? 若いやつはハナから一発当てるのを諦めて無難に生きてる。……無難に生きるしかない、行き詰まってきた時代なのは分かる。でも、寂しくないか? 冒険者って、もっと夢のあるものっしょ?」


 僕は同意を込めて頷いた。

 こいつは嫌いな人種だけれど、意外と馬が合うのかもしれない。


「あんたからは、強い想いを感じるんだ。それって重要な要素だと思うんだよね俺。冒険者学校の有望株にも何人か会ったけど、あんたほど強い想いのあるやつは居なかった」

「スノウは取材した? あの娘は有望だと思うよ。小粒にまとまりさえしなければ」

「いや。どうにも彼女は永遠の二番手で、記事にするには地味すぎるってーか」

「……確かにね」

「で、どうよ。密着取材。させてくれないかな」


 僕は少し考えた。

 もう僕の評判は地に落ちている。仮にこいつが僕を裏切って悪口を書き立てたとしても、大して問題にはならない。

 仮に良い付き合いができれば、お互いにとって利益のある話だ。

 問題があるとすればマイザの存在だな。

 モグリの魔剣鍛冶がいることを魔剣鍛冶ギルドに漏らされるとまずい。

 ……信頼できるかどうか判断するにはまだ材料が足りないけれど。

 もっと材料が集まるまで待ってから判断しても問題ない、ぐらいには信頼できそうだ。


「迷宮に来るってことは、冒険者免許とクラスは持ってるんだよね」

「当然っしょ。オレのクラスは〈ポーター〉だから戦闘力はゼロだけど」


 役には立たないだろうな。たぶんアイテムボックスの容量も育ってないはずだ。


「……分かった。付いてきてもいいよ。ただし、お試し期間ってことで」

「うしっ!」


 ブレーザーが思い切りガッツポーズした。


「ほら、悪い人じゃないって言った通りだったのです。ウェイターさーん、さっき頼んだやつ!」


 ウェイターがワインを二つ、炭酸(サイダー)ジュースを一つ持ってきた。

 リルがジュースのグラスを掲げる。


「クオウさんとブレーザーさんがお近づきになれたことを祝して、かんぱーい!」

「……お近づきになったかどうかはともかく。良い付き合いにしよう。乾杯」

「イェーッ、さあ仕事の話は終わりだ! 盛り上がってこうぜー! 乾ッ! 杯ッ!」


 どんなノリだよ。

 こいつみたいな奴らが集まると、飲み会で宴会芸とかやりだすんだろうなあ。


「いやー! よろしくね、クオウちゃーん!」

「いきなり馴れ馴れしいな!? 僕はお前の友達じゃないぞ!?」

「そんなーっ、俺はクオウちゃんのこともう友達だと思ってるよ!?」

「知るか! まだ試用期間だからな!」


 僕の周りに癖の強いやつばっか集まってきてるような……。

 これ以上アレな奴が来ないと良いんだけど。


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