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飛躍の時〈5〉

「冗談じゃない!」


 僕はギルド窓口の職員に叫んだ。


「おそらく危険はない、って書いてあったのに、とんでもない数の群れに襲われたんだ! 危険手当がたった一万イェンで収まるはずがないだろ!」

「報酬の二割です。妥当なラインですよ。冒険者に出された依頼である以上、危険は想定してしかるべきです」

「想定してたさ! けれど、元の報酬は戦闘が無いことを前提にした値段だ! 現実で命の危険に晒された以上、それがたったの一万で収まるわけがない!」


 職員がため息をついた。


「特別の配慮を要求できるほどの戦果とは思えません。あなたの主張する数が真実だとしても、所詮は〈ユキオオカミ〉。群れの戦力でもFランク相当でしょう。迷宮ギルドとしてこれ以上の交渉は出来ません」


 ……クソッ、これだからお役所ってやつは。

 お前じゃ話にならん、と言いたい所だけど、僕はしょせんポーターだ。

 無理に押しても取り合ってもらえないだろう。


「報酬の五万イェンと迷宮ギルド側からの危険手当一万イェンを渡しておきますから、そこから先は依頼者と直接交渉してください」

「……それで妥協しよう。依頼者の住所は?」

「規定により住所はお教えできません。ですが、迷宮大学の教授ですから、今日も大学の研究室にいるのでは?」

「どうも。直接向かうわけだし、僕から調査マーカーを届けてもいいかな」

「……それは規則に反していませんね。ええ、構いませんよ」


 報酬を受け取り、僕は窓口を後にした。

 僕たちに集まっていた冒険者たちの注目が薄れる。


「あんだけやって上乗せ一万イェンって、ケチすぎんだろ……」

「まったくだよ。迷宮絡みの税金でめちゃくちゃ潤ってるくせに」


 ……仮にこれが迷宮ギルド本部とか東や北の支部の窓口なら、もう少し融通は効いたろう。

 けれど僕は実質的に駆け出し冒険者だから、いちばん初心者に優しい南支部を使うしかない。


「ま、行こうか」

「はい」


 リルとマイザを連れて迷宮ギルド南支部の外に出ようとした僕たちへ、一人の男が向かってきた。


「へろー? あんたら、さっき城壁の外で寝転んでたよね?」


 メモ帳を片手に握った軽薄そうな男だ。


「なんかさ、面白い話の気配がするなーって思って? どーう、良ければ俺に話してくれないかな? お金は弾むからさ?」

「……あんた、メディア関係か?」

「よく分かるねー! そうそう、〈冒険者の友〉でライターやってんのよ!」


 立ち止まらずに迷宮ギルド支部の外に出る。

 男はまだついてきた。


「あ、雑誌の! もしかして、有名な人を取材したこともあったりするのですか!?」

「いやあ……新人なもんでね、まだ全然なんだけど……いつかは、って思ってるよ!」

「……取材か」


 マイザが険しい表情で呟いた。

 魔剣鍛冶ギルドに所属していないモグリの魔剣鍛冶である彼女は、あまり注目を集めたくない立場だ。


「じゃ、あたしはこのへんで。依頼を受けてるわけでもないのに、交渉ついてってもしょうがねえしさ」

「うん。期待してるよ」

「……あ、ああ。任せとけ……」


 アイテムボックスから水を渡し、彼女と別れる。

 なんか頼りない返事だな。本当に大丈夫なんだろうか……。


「へー? 依頼を受けてないって、冒険者仲間じゃないの? どういう関係?」


 男がメモの準備をしながら尋ねた。


「悪いけど、取材を受ける気はない。特に面白い話でもないし。他のネタを探しなよ」

「……そっか? 変わってんねー、知名度上がるぜー?」

「まだ駆け出しなんだ。取材に値するような話は持ってない」

「へーえ?」


 男が僕の顔を覗き込んだ。


「おっと申し遅れてた、俺の名前はブレーザー。さっき言った通り〈冒険者の友〉の新人ライターでさ。正式に取材を申し込みたい。絶対に面白いネタを持ってるよね?」

「いや……」

「だよね、クオウ・ノールさん?」


 ブレーザーが僕の名前を出した。

 ……直接取材に来るだけ、俗悪週刊誌ライターよりはマシな部類なんだろう。


「断る。消えろ」


 それでも、僕はああいう雑誌が嫌いだ。


「つれないなあ。別に俺、あんたの悪口書こうってわけじゃないんだよ。むしろ逆でさ、ボコボコ叩かれてる人間の側からの視点を提供したいっていうか……いたずらに噂を書き立てるんじゃなくて、真実が知りたいっていうかさ」

「前に僕を取材した男も似たようなことを言ってたよ。結局すごい悪口書かれたけどね」

「……ひどいことする奴もいるもんだなあ」

「どの口で言うんだか。どうせ同類でしょ。さっさと消えなよ」

「あの! わたしはいつでも取材歓迎なのです!」

「おっ! そりゃいいね!」

「ブレーザー」


 精一杯の低い声で、軽薄な男を睨む。


「……分かってるって。手は出さないよ。気が変わったら教えてくれ」


 名刺を差し出す彼を無視して、僕は進んだ。


「わたしは取材歓迎なのでー!」


 リルが後からついてくる。


「……クオウさん、何でなのですか?」

「言ったろ。僕は悪口書かれてばっかりだ」

「でも、悪い人には見えなかったのです」

「どこが。チャラい悪人にしか見えなかったよ」

「うーん……」


 魔石柱を囲むように作られた環状道路を歩き、南支部から迷宮学園のある北へ向かう。

 市街地の中を通る道路なのに、道端には小さな屋台や商店だらけだ。

 どこで店を開いても採算が取れるほど、この街には人間が多い。


「あっ、揚げじゃが! 揚げじゃが屋台なのです! あれはいいものなのです!」


 リルがいきなり機嫌を直した。

 買って買って、と言いたげだ。


「そうだ。報酬を山分けにしようか」


 窓口で受け取った六万イェン入りの魔石を、手元の財布――ちょっと前に買った、魔力量を指定しての支払いや受け取り機能がついていて最大五万イェンまで入る普通の財布――と合わせて、僕の財布に三万イェン分の魔力を注ぐ。

 そして、魔力の半分になった魔石をリルに渡した。


「はい、三万イェン。……そういえば、報酬を渡すのは今回が初めてだね」


 赤字ばっかだったからな……。


「おお! 初任給、なのです!」

「ちょっと意味が違うけど、まあ。君が初めて稼いだお金だ。どうせなら、後の記念になるような使い道を……」


 とか言っている間に、リルはさっさと揚げじゃが屋台に向かっていた。

 新聞紙に巻かれたアツアツのジャンクフードを二つ手にして戻ってくる。


「はい!」

「……記念とかそういうこと気にするタイプでもないか……」

「いえ、気にしてるのですよ?」


 リルが芋を頬張りながら言った。


「初依頼の帰り道、二人で食べた揚げじゃが! 記憶に残るのです!」

「なるほど」

「それにほら! あの記者の人と話してから機嫌が悪いので!」


 笑顔で揚げじゃがを食べながら、リルが言う。


「機嫌を治すにはおいしいもの食べるのが一番なのです!」

「たしかに。ありがとう、リル」


 気を使わせちゃったか。

 揚げじゃがを一本口に放り込む。

 油っぽくて塩っぽいジャンクな味合いが疲れた体に染みた。うまい。


「……あ! アイスの屋台が!」

「いや、揚げじゃがとアイスは絶対合わないでしょ……あ、行っちゃった……」



- - -



 無数の尖塔を擁した重厚な建物が、僕たちを威圧するかのようにそびえている。

 迷宮大学。その名の通り迷宮の研究が中心の、世界中から学者が集まる象牙の塔だ。

 冒険者らしい格好の僕たちは、どうしても場違いな感じがする。


 いろいろ尋ねて回ったあと、僕たちはようやく研究室の場所を突き止めた。

 ”ウルヴィーク研究室”と書かれた地味な扉を叩く。


「おや……来客の予定はなかったはずだが」


 扉が開く。

 そこに立っていたのは、竜人だった。

 青い鱗に覆われた鋭い顔立ちを、金の刺繍が入った紫のローブが引き立てている。

 見るからに貴人だ。……竜人は高慢だと聞く。

 少しでも機嫌を損ねれば、きっと交渉は失敗するだろう。


「え、リザードマン!?」


 驚いたリルが言う。

 ……お、終わった……。

 トカゲ扱いされて怒らない竜人はいない。間違いなく殺される……。


「……トカゲではないが。入りなさい」


 ……って聞いていたけれど、怒った様子はない。

 人間に混じって学者をやっているだけあって、変わり者なんだろうか?


「彼女に代わって非礼をお詫びいたします。私はクオウ。あなたのマーカー回収依頼を受けた冒険者です」

「わたしはウルヴィークだ。よく来てくれた。そう畏まらずともいい、人間に話すのと同じように接すればいいとも」

「は、はあ……」

「とりあえず、座りなさい」


 言われるがまま二人で木の椅子に座り、机越しにウルヴィーク教授と向き合う。


「えっと……失礼だったのですか? 知らなかったので……ごめんなさい、なのです」

「気にしなくていい。リザードマンと間違えられるなんて珍しいことでもないよ。まあ、わたしが竜人だと覚えてくれれば嬉しいがね」

「覚えたのです」

「うん、よろしい。さて、ご用向きは?」

「ええとですね……依頼を受けて、調査マーカーを回収したわけですが。回収時に放たれた魔力のせいで、周囲の魔物がこちらに向かってきましてね。相当な数でした」

「……ほう。マーカーを見せてもらっても?」


 アイテムボックスを開き、ウルヴィーク教授に金属製のマーカーを渡す。

 彼はそれを机の上に描かれた魔法陣の上に置き、何かのケーブルを繋ぐ。

 瓶詰めされた虹色のインクが浮かび上がって、白紙の紙に規則性のある模様を刻んだ。

 模様が完成した瞬間に紙束がめくれ、次の紙にも似た模様が刻まれている。


「ふむ。この赤色が見えるかい?」


 彼は紙の一枚を掴み、中心部にある薄い赤色を指差した。


「あの調査マーカーは、周辺の魔力濃度をマッピングするための機械でね。この色は周辺の魔力濃度を示している。これが平常時だ。全体的に魔力の少ないことを示す青色で、魔力の溜まった部分でも薄い赤。ところが」


 もう一枚の紙を取り出す。こちらは真っ赤だ。


「回収時に取ったデータでは、魔力濃度が異常に高い。原因は不明だが、おそらくこれが魔物の発生した原因だろう」

「転移門が整備のために止まっていたそうなので、それが原因では?」

「なるほど。これで君たちが魔物に追われた原因は解明されたね」

「……それを踏まえて、危険手当の話をしたいのですが」

「おや? ギルドは出さなかったのかい?」

「ええ、一万イェンですが。規則だからと、報酬の二割増しで譲らず……」


 ウルヴィーク教授がため息をつく。

 人間のそれとは違う、地響きのように低い音だ。


「わたしは相場に詳しくない。クオウくん、いくらが妥当だ?」

「そうですね。魔物の数と戦闘力に、命の危険がある迷宮外での戦闘であることを考えれば……五十万イェンほどでしょうか?」


 リルが目を丸くして僕のことを見ている。

 別に吹っかけてはいない。このぐらいが相場だ。


「分かった。君の口座に振り込んでおこう。銀行口座はあるね?」


 口座番号を紙に記して渡す。


「よし。君たちの用件はこれだけかね?」

「はい」

「もしよければ、お茶の一杯でもどうだい」

「……ええっと……はい。いただきます」


 長居する意味はないけれど、善意を無下に断るのも気が引ける。

 ……秘書でも呼ぶかと思いきや、ウルヴィーク教授は自らお茶を入れに行った。

 意外だ。エルフ並に性格が悪いらしい竜人なのに、こんな人がいるとは。

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