飛躍の時〈4〉
リルが川のそばで先頭に立つ。僕はその左後方へ。
僕たちの右側に川を置くことで、敵が来る可能性のある方向を減らす布陣だ。
マイザに指示を出して、二人で守れる位置に移動させる。
〈ユキオオカミ〉と〈アイスゴーレム〉の群れが、山を下って迫ってくる。
「これ本当に大丈夫なのかよ!? すげえ数いるぜ!?」
「大丈夫なのです! わたしが守りきります!」
「リル、無茶は絶対にするなよ!? ここは迷宮じゃないんだ!」
「わたしが死んで誰かを守れるなら! それでよし!」
リルは言い切って、狼の群れめがけて木盾と鉄剣を構える。
マイザが大口を開けて、マジかよ、とばかりにその様子を見ていた。
「……でも、心配いらないのです! なんだか、すごく体の調子がいいので! バリスのときみたいに、わたしが力不足で即死するようなことは、たぶん、きっと、ない!」
「信じるよ! 君が前線を保てるかどうかに全てが掛かってる!」
僕は左側の狼を相手にしながら、同時にリルへ支援のポーションを飛ばすことになる。
こういう連携はずっと練習していた形だ。
……実戦で試したことは、まだないけれど……。
危険度Gの魔物ぐらいなら、そろそろ真正面から多数相手で戦えてもおかしくない。
避けれるなら避けたい戦闘だけど、絶対に無理というほどでもないはず。
なにせ、リルを鍛えてるのはこの僕なんだ。
白色の群れが近づく。
マイザの構えたフリントロックピストルが、まず戦闘の口火を切った。
弾丸は運良く命中したものの、倒れる様子はない。魔物が相手では、銃は力不足だ。
「当たったら倒れろってーの! あーもう、デカい銃持ってくりゃあ良かった!」
群れは怖がる様子を見せず、リルの元へと殺到した。
そして口を大きく開き、噛み付く……瞬間に、突然スローダウンする。
僕の投げた速度低下ポーションだ。
「ここは通さない、のです!」
リルが盾を構え、噛み付く機運を逃した狼たちへと逆に体当たりする。
鼻先にシールドバッシュをぶちかまして血路を開き、すぐさま剣を振るって数匹の〈ユキオオカミ〉を切り倒す。
狼たちが脅威に気づき、遠巻きに円を作りはじめた。
リルより容易い相手と見たか、僕のほうに狼が向かってくる。
僕はポーションと魔剣〈マギ・インバーター〉を構え……それを使うまでもなく、間に割り込んできたリルが対処した。
「相手は! このわたしなのです!」
その叫び声に、わずかな魔力が乗っている。
〈挑発〉技能の効果を受けた狼たちがふたたびリルに目標を切り替える。
川を背負ったリルを半円状に囲み、飛びかかろうとした。
「良い囮だ」
攻撃力上昇ポーションを落とし、〈マギ・インバーター〉で背後から斬りかかる。
横薙ぎの一撃が、並んだ三匹をあっさりと切り裂く。
まるでバターのように手応えがない。
狼たちが僕に反応して包囲が崩れる。その瞬間にリルが動き、端から包囲を食い破る。
僕も更に追撃を繰り出す。
瞬間的に、リルと僕が狼たちを逆に包囲しているような状況が生まれた。
混乱した狼たちを、二人で次々と切り倒す。
その白い毛皮が血に染まり、死体が積み重なっていく。
「あれ……魔物なのに、倒しても消えないのです?」
「戦闘中なのに余裕だねっ! あれは迷宮内だけだよっ!」
倒しても倒しても、後ろから続々と増援が到着する。
あっという間に五十匹近くまで数を膨らませたユキオオカミが、何重にも僕たちを囲むんで殺しにかかってくる。だが、不思議と死ぬ気がしなかった。
背後に狼の気配を感じた僕は、リルの方へと小走りで向かう。
向こうも背中を狼に追われながら僕の方に走り出した。
横をすれ違い、互いの背中を追っていた狼を同時に切り倒す。
「あ……なんか、今の一瞬すごいしっくり来たのです……!」
「ああ!」
僕とリルが同じものを見て、同じものを感じた証だ。
これは訓練の成果じゃない。まだ”無言の連携”が出来るほどの経験は積んでいない。
ただ、純粋に、相性が良い。
素人とは思えないほど、リルの動きにはハッキリとした狙いがある。
突進癖はあるものの、それが出ていないときの動きは意外なほどに戦術的だ。
川沿いに陣取ったのもそうだ。
普通、素人は自分の動けるスペースを確保するために、あるいは何も考えず、河原の真ん中に陣取るだろう。
けれどリルは川のそばへ立ち、それは僕の思う正解と近い。
……既に戦術を学んだことがあるのか、あるいは……天性の戦術眼。
命をかけた戦闘の最中にも関わらず、心地よい一時が流れた。
踊るように互いの位置取りを変え、瞬間的に攻撃と防御の役を入れ替えながら、ひたすらに圧倒的な数の狼を切る。
死体の上の死体の上に死体が積まれていく。血と臓物が僕たちだけを避けて飛ぶ。
完全に、実力以上の成果が出ていた。
絶体絶命の状況を前にしてフル回転する二つの頭が、奇跡的な偶然によってピタリと一致する解答を弾き出している。
これは僕たちの実力じゃない。
……けれど……訓練を積んでいけば、いずれは常にこの領域で……?
「こ、こっち来んなよ!」
襲われているマイザの声を聞いた瞬間、僕たちの息はズレた。
リルは即座に狼たちの間を突っ切り強引にまっすぐ救援に向かう。
僕はゆっくり救援に向かえる時間を作るためにマイザに防御向上ポーションを投げる。
わずかなズレだ。
けれど、僕たちの間に流れる一体感と高揚感を消すのには十分なズレだった。
乱れる。完璧な戦闘機械にヒビが入り、ずれて壊れていく。
ズレがさらなるズレを呼び、僕たちの体に生傷が増えていく。
本格的にマイザが狙われだしたことも状況を更に悪化させていた。
狼はいまだに増える一方だ。
……ここで……こんなところで、死ぬ?
死が脳裏にちらつきはじめた瞬間、付近で大爆発が巻き起こった。
誰もがそちらに注意を向ける。
〈ブラックマッチ〉だ。巨大な〈アイスゴーレム〉があの魔剣を踏み、そのせいで大爆発が起きた。
……どうやら、かかる力が強ければ強いほど爆発も大きくなるらしい。
その爆発はとてつもない規模だった。
衝撃波が土煙を巻き上げ、瞬間的にその場の視界を奪うほどに。
狼たちは体を硬直させ、莫大な破壊力への恐怖に足を震わせた。
……ああ、幸運の女神は僕たちをまだ見捨ててないみたいだ!
「今だ! 川を渡って逃げろ!」
三人で一斉に、雪解け水の流れる冷たい川を渡る。
本来なら追ってきたろう狼たちは、大爆発で気勢が削がれたか、それとも土煙で僕らを見失ったか、追ってくる気配はない。
狼が見えなくなってからも、僕たちは走り続けた。
迷宮都市の城壁が見えるところまで降りてきて、ようやく立ち止まる。
全員、内臓がひっくり返りそうなほど全力で走ってきたものだから、座り込む気力すらなくぶっ倒れた。
「……死ぬかと思った……」
マイザの呟きが、僕たち全員の内心を代弁していた。
「……クオウさん?」
「なに……」
倒れたまま、声のほうに顔だけ動かす。
鼻がぶつかりそうなぐらい近くにリルの顔があった。
距離を離すほどの気力もないので、この近距離から見つめ合うほかなかった。
「……楽しかったのです……」
彼女は微笑んだ。
それは人間の笑みではなく、動物じみた攻撃性の発露から来る原初の笑みだった。
……もし鏡を見たのなら、僕も同じ顔をしているに違いなかった。
「ああ、楽しかったな……!」
生死の境を前に、全力以上の力を出し切って戦う。これ以上ない状況だ。
修練を積んだ先でしか覗けないような領域を先立って覗いてしまった。
これが楽しくないなんて、絶対に嘘だ。
「お前ら、ちょっと頭おかしいんじゃねえ……?」
……マイザの言っていることも否定できないけれど。




