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飛躍の時〈3〉

 〈調査マーカー回収依頼〉を受けた僕たちは、迷宮都市の外壁へと向かった。

 街の外へ出るためには、南側にいくつかある門か、東側の海から船に乗る必要がある。

 調査マーカーとやらのあるタールス山は西側だから、南の陸路を通るしかない。


 正門へと続く大通りを、人を乗せた馬車が行き交う。

 沿道には陸路で迷宮都市へ向かってきた人たちのための宿屋が多い。

 このあたりは他の場所と比べて整然としている。

 有事の最前線になる可能性が高いだけに、わりと放任的な迷宮ギルドもここだけはキッチリ区画整理を行っているんだろう。


 特に呼び止められることもなく、僕たちは迷宮都市の正門をくぐった。

 門の左右で警備に当たっているのは、退屈そうな顔をした冒険者だ。

 迷宮都市には衛兵が居ない。警察も居ない。

 迷宮ギルドに雇われた冒険者がその代わりを努めている。

 ……なので、警備は緩々だ。


 正門をくぐり、水路の上にかかった橋を渡り、土塁を下って荒野に降りる。

 迷宮都市エルフィンゲートはいわゆる星形要塞と中世の城壁を組み合わせている。

 火砲には土塁で、冒険者や迷宮産装備の特殊部隊には城壁で対応する設計だ。


 ここからは、大通りを一歩外れればスラム街になる。

 城壁の中だけでは人口増に対応しきれず、城壁外にも街が広がっているのだ。

 しかし、彼らは街の中に住めないような人々であり……治安はさらに悪い。


 足早に歩いて、スラム街を抜ける。

 そこに広がっているのは荒涼とした無辺の大地。

 風の吹きすさぶ荒野をまっすぐ土の道が貫いている。

 何十もの馬車が連なった商隊が、土埃を巻き上げながら僕たちの傍を通った。

 この道を辿っていけば、〈ステッピングストーンズ〉と通称される宿場町群を経由して、古くから人間の暮らす文明圏へと向かうことができる。


「本当に、何もないとこにポツンとあるのです、この街……」

「魔石柱がなければ、絶対こんなところに街は出来なかったろうね」


 道を外れ、迷宮都市周辺を覆う〈アリル大荒野〉に一歩を踏み入れる。

 昼間は太陽に熱されて暑く、夜は凍える風が体温を奪う厳しい環境だ。

 補給は〈アイテムボックス〉内の水と食料だけが頼り。

 幸いなことに、今回は日帰りできる距離だ。


「隊商狙いの盗賊と遭うかもしれないし、警戒は切らさないようにね」

「はい」


 幸いなのは、迷宮と違って魔物が出ないことだ。

 よほど魔力のある土地でなければ魔物の類が出ることはない。

 迷宮都市の中心にある魔石柱は魔物を出現させるのに十分以上の魔力だけれど、転移門に全ての魔力を吸われているから平気だ。


 迷宮都市を右手に見ながら、アリル大荒野を北に行く。

 やがて流れの速い川に突き当たった。タールス山から流れてくる川だ。

 これを遡っていけば調査マーカーの設置地点にたどり着く。


 代わり映えしない寒々しい景色の中を歩いていると、さすがに退屈してくる。


「あ~、あ~。あ~る~日~、山の~な~か~」

「……いきなり?」


 ド下手、もとい独特な歌声でリルが歌い出した。


「クマさ~んに~、出会いたいぐらいにヒマ~!」

「縁起でもないね」

「まさか、それが彼女の最期の言葉になるとは思わなかったのです……ではここで目撃者の証言を聞いてみましょう。証人のクオウさん?」

「どんな無茶振りっ!?」

「そう、彼の証言が指し示す通り、彼女の死因は無茶振りなのでした。無茶振りは人を殺す……誰もが心に刻むべき教訓なのです……」

「いや君がまず自分の心に刻んでくれよ」

「何やってんだお前ら。間違っても芸人は目指すなよ、つまんねえから」


 声に振り返る。妙にカラフルで刺々しい奇抜な格好の女がいた。

 マイザだ。岩場に腰掛けて休憩している。

 そばには水瓶を二つ吊った棒が置かれている。


「マイザさん? どうしてここに」

「ちょいと上流まで水を採りにな。ここの雪解け水は質が良いんだよ。で、あんたらは?」

「調査マーカーの回収依頼で。水が必要なら、僕が運びましょうか」

「〈アイテムボックス〉か。そりゃありがたい」


 僕は〈アイテムボックス〉を開き、水瓶つきの棒を中に入れる。

 ……アイテムボックスの中に仕込んでいる収納棚と干渉して、なかなか入らない。

 かといって、棚を外すのは無理だ。アイテムボックス内が乱雑では、咄嗟に開いて欲しい物を取り出すことができなくなってしまうし。

 色々と工夫した末に、仕切り板を外してようやく水瓶を収納できた。


「小せえな」

「これって小さいのですか」

「ああ。フルに機能しててこのサイズは……あ、言ってて恥ずかしくなってきた」


 まだ下ネタですらないレベルの段階で、マイザが勝手に赤面する。

 彼女は変に照れながら僕から目を逸らした。


「耐性がないなら無理してそんなネタ振らなくても……リルもいるんだから」

「違うし! 振ろうとしてないし! 耐性も経験もあるし!」


 耐性も経験もなさそう。


「別に下ネタぐらい平気だっての!」

「下ネタだったのですか。なるほど」


 リルがまっすぐマイザを見つめた。


「……なんか、穴があったら今すぐ入りたい」

「マイザさんはどちらかといえば穴の側なのですけど」

「「!?」」


 こ、この少女……真顔でクソしょうもない下ネタを……!

 思春期特有の気恥ずかしさとか、そういうものをまったく持ち合わせていない……!


「……子供扱いしないのでほしいのです。最初から分かっているに決まっているのです。だいたい、子供のうちに勉強することなのですよ……房中術とか……」

「え?」

「房中術? っていうか、子供のうちにって……王族とかはそういうもんなのか……?」

「あ……あれ? もしかして、普通はそういうことを勉強したりは……?」


 今度はリルが赤面して固まった。

 こいつ、どういう出自なんだろうな。


「あ、あー! 目的地が近いのです! 無駄話は忘れて仕事をするのです!」

「房中術……」

「いいから!」


 僕たちはなんとか気持ちを切り替えて、それぞれの仕事にかかった。

 石のごろごろとしたガレ場を流れる川から、マイザが水を汲む。

 彼女いわく、ここが一番水の質が良いポイントなのだという。

 そして、そのすぐ近くに青く明滅する調査マーカーが置かれていた。

 三本生えた金属の脚が、複雑な魔法陣の刻まれたマーカーを支えている。


「マーカーと近いってことは、関係がありそうだね。このへんだけ魔力が多いとか?」

「水の魔力は間違いなく多いぜ。街で売ってる聖水よりも良い水さ」

「なるほど。汲んで売ったら小金になるかな」

「……それ冒険者の発想か?」

「冒険者ほど儲け話に敏感なやつらも居ないと思うけど」


 僕は調査マーカーに触れて、窓口で伝えられた通りボタンを押した。

 漏れていた魔力の光がさらに増幅され、ドン、と地面を揺るがすほどの爆発的な魔力が放たれる。

 山の頂上付近に残る残雪が崩れ、小さな雪崩が起きた。

 それほどの威力だ。瞬間的に生まれた圧力差のせいで、ひどく耳鳴りがする。


「い、今のは?」

「大丈夫なのか!? 魔物が寄ってきたりしないよな!?」


 リルが油断なく盾を構え、その後ろに怯えた様子のマイザが隠れている。


「大丈夫じゃないかな? 転移門が動いてるかぎり、そうそう魔物なんて出たりはしないよ。そういうものらしいから」


 役目を終えた調査マーカーが三本の足をひとりでに畳む。

 これを〈アイテムボックス〉に収めたとき、僕は気づいた。


「……あれ。今日、けっこうな数の転移門が整備で閉鎖中だっけ……」

「なにか来るのです!」


 ごつごつとした岩場を駆け下りてくる魔物がいた。

 一体や二体ではない。十……いや、二十! 数えている間にも増える一方だ!

 クソッ! 何が”おそらく危険はない”だよっ!

 このマーカーのせいで、めちゃくちゃ注意を引いてるじゃないか!

 ……いや、本当なら魔物なんか居なかったはずなのは確かだけど!


「逃げるよ!」

「に、逃げ切れるのですか!?」

「言われなくたって、もう逃げてらあ!」


 既にマイザは下りはじめている。


「……わたしが最後尾に立ちます! マイザさんを守るのです!」

「ああ! けど数が多すぎる! ひとまず引きながらの時間稼ぎに徹するよ、リル!」


 川の下流へと全力で疾走する。

 だが荒れた岩場を跳び渡る必要があり、速度が出ない。

 わずかに後方を振り返る。岩場を苦にせず全速力で追ってくる四足の魔物。

 そこからかなり遅れて、巨大だが鈍重な二足の魔物。


「〈ユキオオカミ〉と〈アイスゴーレム〉だ!」

「強さはどうなのですか!?」

「オオカミの方は迷宮の魔物より弱い! 単体ならせいぜい危険度G相当だ……けど!」

「あの数は、相手できそうにないのです!」


 岩場を下ってくる魔物の数は増える一方だ。

 まるで白波を立てながら流れる急流のように、白色の狼が無数に岩場を下る。

 距離が縮まっていく。


「とりあえず、〈ブラックマッチ〉を設置してみるよ!」

「あれ使うのか!? 気ィ付けろよー!」


 だいぶ前方からマイザが大声で呼びかけてくる。

 足を止め、リルが僕を通り過ぎるのを待って慎重に岩と岩の隙間へ黒い魔剣を差し込んだ。

 すぐさま全力疾走で離れる。


「だいぶ距離が縮まってきたのです! いざとなったら、わたしが〈挑発〉で……」

「一人で引き受けるって!? バカ言うなよ、それは無茶だ! 戦うなら三人でだ!」

「三人って、あたしも頭数に入ってんのか!?」

「一人だけで逃げようっての!? 一億以上の貸しがあるのに!?」

「んなこと言っても、フリントロックピストル一丁しか持ってねえんだけど!?」

「それで十分、無いよりマシ!」


 狼群の先頭が、ブラックマッチの設置地点に差し掛かった。

 爆発……しない!


「ど、どういうこと!?」

「あー……たぶん接地圧だ! 四足だし体重軽いし、反応しなかったのさ!」

「……なら!」


 僕は〈アイテムボックス〉を開き、速度低下ポーションの瓶を手に取る。

 そして〈ブラックマッチ〉のめがけ投擲した。

 岩の隙間に刺さった剣へ瓶が直撃し、剣が派手に爆ぜる。

 ……しかし爆発の威力は低く、刺さった岩をわずかに動かしただけで終わった。

 あの魔剣の爆発は、まともに人が踏んでも足を大怪我する程度で済む威力だ。

 とてもじゃないが集団を足止めするには威力が足りない。


「ま、まずいぞ……」


 更に距離が詰まる。振り返ると、はっきり〈ユキオオカミ〉の白目と赤い瞳が見えた。

 瞬間的な速度向上ポーションを落とし、必死に走る。

 けれど足場が悪すぎてフル活用できない。

 仮に足場が良くとも、引き剥がせるほどの速度が出るわけでもない。

 逃げ切るのは無理だ。


「クオウさん! ここで!」


 川の大きく曲がった地点、丸い石の並んだ河原に足を踏み入れたリルが反転した。


「……やるしかないか!」

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