飛躍の時〈2〉
マイザに素材代を支払ったあと僕に残された金は、三百万イェン。
常識的にはかなりの額だ。冒険者的にはお小遣いぐらいの額だ。
僕たち二人が一回迷宮に潜るだけで三十万は必要になる。
それでも最低額だ。各種消耗品を使っていけば更にコストは跳ね上がる。
……まして、一回でも迷宮で全滅して装備を失おうものなら……。
失敗できない状況に立たされて震えているのは、マイザだけではない。
僕も同じだ。
「リル。分かるだろうけど、僕は貯金をほとんど使い切ってる」
マイザの秘密基地じみた魔剣工房を後にして、迷宮ギルドへ向かう。
大工場の並ぶ川の下流から、個々人が好き勝手に増築を重ねて混沌とした中流部、転移門の近くへ。
「次からは、稼ぐために潜らなければいけないのですね」
「ああ。練習は終わりだ。今までみたいな無茶は避けて、堅実に行く。いいね」
「はい。わたしに任せるのです」
リルはプレッシャーなど欠片も感じていない様子だ。
ひたすら若いやる気に溢れている。
「いざとなったら、わたしが時間稼ぎを稼いでみせるのです。〈ナイト〉ですから」
「……堅実に、だよ。そんな厳しい状況には突っ込まない。旨い迷宮がないときは、依頼で稼ぐのもアリかなって思ってる」
「依頼?」
「そう。迷宮ギルドは依頼の仲介もやってる。指定の迷宮に潜って素材を集めてほしいとか、遠くの街まで商隊を護衛してほしいとか、そういうやつ」
「ああ、そういうやつですね」
リルは頷いた。さすがに雰囲気ぐらいは知ってるらしい。
「……ただ、最近だと自前のクランを抱えてる組織が多くて、下級冒険者に回ってくる依頼は減ってるんだけどね」
僕たちみたいに個人で冒険者をやろうとする人間は、だんだん減ってきている。
今ではどこかの組織に雇用された”雇われ冒険者”のほうが主流だ。
冒険者業に必要な投資額が年々増え続け、個人で賄うのが厳しくなったせいだ。
冒険者自らオーナーの〈ミストチェイサー〉みたいなクランは今どき珍しい。
……英雄たちの時代は終わり、ヒトとカネを抱えた大組織が力を増している。
迷宮都市が作られて五十年。もう、誰もが迷宮で成り上がれた夢と希望の迷宮黎明期ではない。
僕が冒険者になろうとしているのは二重に無謀だ。
それでもまだ可能性はある。僕はそう思っている。
もっとも、最初から僕には雇われ冒険者になる選択肢なんてない。
純粋なポーターを戦闘要員で雇うクランなんかないし、ポーターとしては僕の運搬能力が足りなさすぎる。
迷宮ギルドに着いた僕たちはさっそく転移門のスケジュール表を見に行った。
……表が半分ぐらいしか埋まっていない。
すぐそばに”転移門整備のお知らせ”が張られていた。
この状況では、残ってる門から行ける迷宮へ冒険者が殺到するだろう。
仕方がないので依頼を調べはじめた。
こちらは転写石版の類ではなく、昔ながらの手書き依頼が張られた掲示板だ。
中央のあたりにちょっとした人混みが出来ていて、何やらざわついている。
派手な依頼でも出たんだろうか。無視して隅から調べていく。
……求人の依頼が多い。
月給二十万イェン、経験不問装備支給、未取得者には冒険者資格取得サポートつき、アットホームな冒険者クランです……か。
どうせ迷宮に潜った成果は全て持っていかれる類の契約だろう。夢のない話だ。
「うーん。ネズミ退治に猫探し、下水道掃除。冒険者とは思えない雑用仕事ばかりなのです。あっちは……お?」
掲示板の中央、一番目立つ場所に大きく合同作戦の張り紙がある。
人混みはこれか。
『夢幻迷宮への合同作戦参加者募集。
最後の英雄たらんと志す者を求む。
わずかな参加報酬。莫大な成功報酬。
――〈ミストチェイサー〉クランマスター、カエイ』
「……っ!」
「たしかこの〈ミストチェイサー〉って、クオウさんの……どうしたのですか?」
「いや……ただ、悔しいだけだ。気にしないで」
なかなかにカッコつけた募集文だ。
けれどランクや戦闘力の下限がないあたり、そうでもなければ人員を集められない事情が透けて見える。
……それでもなお、集まるかどうか。冒険者たちの会話が耳に入ってくる。
「どーするよー、これ。合同作戦に参加したら履歴書にハクつくかな」
「誰でも参加できるってんだし、別に実績にはなんねーっしょ。無茶して装備ロストするぐらいなら、クラン月給で貯金して装備買った方がいいって」
「そうよ。無理したって赤字を出すだけだわ。だいたい二人とも、上位クラン移籍も個人ランカーも狙ってないのにこんなの参加する意味ある?」
「ねーなー。つーか誰が参加すんだよ、なに、ロマンってやつ? 今どき個人でクランやってんだろ、ここ? やっぱ時代遅れな連中が集まってんだろうなー」
現実的な損得勘定だ。
それはそうだ。僕みたいに、遊んで暮らせてもなお冒険者を選ぶ道楽者は多くない。
みんなカネを稼いで生きていくためにやってる。
「ほらほら、そんな依頼見てないで、ちゃんと小遣いになる依頼を探しなさいよ」
冒険者たちが散っていった。張り紙を纏っていたざわめきが消えてゆく。
しばらくすると、もう合同作戦募集の張り紙は誰にも見向きされなくなった。
ざまあみろ、と言いたかったけれど、なぜか僕まで悔しくなってくる。
依頼を探せど探せど、どれも安い雑用だ。
迷宮門の整備で旨い依頼が取られた、というのを考慮しても、なさすぎる。
「……昔は日給十万イェンぐらいの依頼もよくあったと思うんだけど……」
「あ、なんかすごい報酬が高い依頼があるのです」
リルが張り紙を指指した。
『〈暗黒航路護衛の依頼〉
危急を要する案件のため、暗黒航路を通りケゼルヴィアに向かう。
道中の危険に対処できる冒険者を募集。
前払い報酬一千万イェン、成功報酬三千万イェン。経費交渉可。
ただし、募集に際して以下の要項を最低一つは満たしていること:
・危険度C以上の迷宮踏破経験
・所属クランがCランク以上、かつクラン内のパーティ序列が上位
・何らかの個人対象ランクがC以上
・一時間以上の水中活動能力、または水中迷宮の踏破経験
・暗黒航路の専門知識
連絡は〈五海公社〉エルフィンゲート商館まで』
「流石にこれは……僕はともかく、リルが参加できないでしょ」
「いやあ、高い依頼があるなって……え、クオウさんはこれに参加できるのですか!?」
「要項ではね。たぶん、受けても依頼者から断られるけど」
まあ、こういうのが”冒険者”向けの依頼って感じだよな。
減ってるけど、まだ絶滅はしてないみたいだ。
いずれリルが成長してきたら、こういう高難度依頼を受ける機会があるかもしれない。
「もしかしてクオウさん、だいぶすごい人だったりするのですか?」
「いや全然。雑用係みたいなもんだったよ」
あるとしても未来の話だ。依頼を探し続ける。
そうしていると、迷宮ギルドの職員が新たな依頼を張り出した。
ちょうど他の冒険者がいないタイミングで、気づいたのは僕たちだけだ。
『〈調査マーカー回収依頼〉
タールス山に設置した調査マーカーを回収せよ。
おそらく危険はない。報酬五万イェン。
交渉と詳細は迷宮ギルドに委託。by迷宮大学教授ウルヴィーク』
「当たりだ」
作業量に比して報酬が高い。
怪しく思えるが、世間知らずな学者の依頼が相場とズレた報酬額になるのはよくあることだ。
僕は依頼を剥がし、迷宮ギルドの窓口へと向かった。




