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飛躍の時〈1〉


 ガガガガゴゴゴ、と工事みたいなものすごい騒音がした。

 僕の部屋の扉が破城槌でぶっ壊されてるのか、なんて考えが寝起きの頭によぎる。

 ……そんな訳はない。単にリルが素手でボコボコ叩いてるだけだ。


「リル……やめろ、それ、自分で思ってる以上の力が出てるぞ……」


 寝起きの体に鞭打って、なんとかドアのもとまでたどり着く。


「多分、〈クラス〉の効果が体に馴染んできてるんだよ……ボスも倒したし……」

「言われてみれば! 何だか力が湧いてくるような感じが!」

「じゃあ、僕は二度寝するから……」

「駄目です! 朝食の時間が終わってしまうのです!」

「僕は別に……」

「ダメなのです! 行きますよーっ!」


 リルに手を引かれて、階段を降りる。


「別に、絶対食わなきゃってほどの飯でも……一泊三千イェンだし、この宿……」

「いいから朝食を食べて元気になるのです!」

「勘弁してよ……リルが寝込んでる間に、僕は色々やってたんだから……」


 ラエドリル鉱石の動きを、上手いこと魔剣鍛冶ギルドの目から隠す方法とか。

 消耗品の補充とか、戦利品の売却とか。

 こういう裏方的な仕事は地味だけど、一人でこなすのは大変だ。

 大規模クランが事務担当の裏方を雇っている理由がよくわかる。


「にしたって、幻痛開けのわたしより元気が無いわけないのです!」

「僕はどっちかっていうと夜の生き物なんだよ……」

「人間はみんなお昼の生き物です! しゃっきりするのです!」


 朝食の席について、運ばれてきた飯にしぶしぶ手をつける。

 パンと野菜スープにベーコン。あと、牛乳かオレンジジュースか炭酸水。

 質素な食事だ。この街にしては。


「はー……毎日お肉つきの豪華なご飯が食べれる幸せ……!」


 たぶんリルの反応が正しい。

 迷宮関連産業のおかげで、この街だけ他の場所とはだいぶ時代が違う。


「迷宮都市に来て……良かった……!」

「それはいいんだけど。まずは稼げるようにならなきゃ、この生活も続けられない」


 パンを炭酸水で流し込みながら、僕は言った。

 リルが騒がしいせいで、ちょっと頭が起きてきた感じがする。


「でも、稼げましたよね?」

「赤字だよ」

「えっ!?」

「考えてみてよ。僕たちは採算度外視で、高いアイテムを湯水のように使いながら迷宮を攻略したんだ。本来、あの程度の迷宮にかけるべきコストじゃなかった」


 主にバリスが悪い。あいつがいなきゃのんびり行けた。

 マジでもうやり合いたくないから、二度と僕の前に面を見せるなよ。頼むから。

 アイツの装備を回収して売っぱらっても大した金にならなかったし。

 ……短槍を売ってれば大きな稼ぎだったけど。

 どうしてあれだけ返してやったんだろうな。持ち主はあんなヤツだってのに。

 もしかして人が良すぎるんじゃないか、僕は?


「な、なるほど……」

「〈マッパー〉とか、本来は高難易度の迷宮で敵の配置を確かめるために使うような代物だし。結局、僕たちはカネの力で迷宮を踏破しただけだ。勘違いしないこと」

「で、でも、ボス戦は上手くやれましたよね?」

「そうだね。ま、僕の仲間なんだから、あれぐらいはやってもらわないと」


 リルが”仲間”という単語を聞き、とろけて幸せそうな顔になった。


「仲間、なのですね……!」

「うん」

「対等なのですねっ!?」

「それはどうだろう……」

「でも、仲間は対等なものなのです! これはつまり!」

「……まあ人間に貴賤なしってことで」


 僕はそこまで強権的にリーダーシップを取るタイプじゃない。

 まだ決定権は僕が持つべきだけど、それを上下関係で徹底したくはないし。

 とはいえ、彼女を一人にするのは不安だ。


「あー、おいしかったのです! それで、今日は何を?」

「マイザの工房に行こう」

「工房? もう出来たのですか」

「みたいだよ。かなり手際よく準備したみたいだ。素材さえあればいつでも打てる状態だって」

「おお……!」


 食事を終えた僕たちは、宿から近くの川へと向かった。

 西側にある高山から東の海へ流れる川がいくつも街を横切っていて、下る方向へ行くなら小舟へ乗るのが圧倒的に速い。

 流れがけっこう速いので、上り方向は徒歩と変わらないけど。


 適当な船場から小舟に乗り込む。

 船頭が突き出してきた充電式の魔石へ、僕は手持ちの魔石をぶつけた。

 その様子をリルが見つめている。


「どうかした?」

「いやあ……その、いつも魔石で支払ってるけれど、仕組みがよく……」

「ええ?」


 相変わらず世間知らずだな。どこのお嬢様なんだか。


「……リル、”イェン”って何の単位だか分かる?」

「お金ですよね?」

「そうだけど、違う」

「えっ」

「イェンは魔力の単位だよ。この迷宮都市を作ったエルフにお供した人間の学者集団の一人イェンが決めた魔力の単位だから、イェン。知らなかった?」

「いえ……あ、イェンって魔術師ジャック・D・イェンなのですか! それなら知っているのです、人類最初の魔術師、ですよね!」

「そうそう。でまあ、この街は魔力を通貨として使ってるわけだ」


 金本位制から魔力本位制への移行が、〈エルフィンゲート・レーティングス〉みたいな冒険者集団の格付け機関の出現と関わってて……という話を始めたら、リルが興味なさそうにそっぽを向いた。

 ……まあ、いいけど。


「とにかくまあそういうわけで、魔石が財布の代わりになるんだ。例えば迷宮で五千イェンの魔石を拾ったら、そのまま五千イェンの支払いに使える。ある意味、迷宮で魔物を倒すのって現金つかみ取り大会みたいな感じなんだよね」

「なんか、迷宮の冒険がすごい俗に思えてきたのです」

「間違いなく俗だね」


 そんな話をしているうちに、目的地へとたどり着いた。

 街の南東、川沿いに工房や工場の立つ産業区画だ。

 煤けた色合いの街並みを進む。角を曲がるたびに人気が少なくなっていった。


「本当に合っているのですか……?」

「間違いないはずだけど……」


 大きな魔法養液栽培の農業工場ふたつに挟まれた、猫の額のように狭い道を行く。

 コンクリートで固められた地面の下からわずかに水音がした。

 暗渠だ。……そして、近くに小さなハッチが一つ。

 何も知らなければ、暗渠の整備用ハッチにしか見えないだろう。

 さすがに建築の許可は取ってるはずだよな。……取ってるよな?


 立入禁止の場所に入っていくような後ろめたさを覚えながら、ハッチを開く。

 コンクリートに金属の埋め込まれた無骨なはしごを下ると、鋼鉄の扉があった。

 金庫ばりに強固な扉だ。渡されていた合鍵を差し込むと、内部でカチカチ複雑なメカニズムの連鎖する音がして、ロックが解除された。


「んっ……!?」


 扉の先には、予想外なほど巨大な空間があった。

 全周が耐熱の石壁で囲われ、所狭しと道具や工具が壁に掛けられている。

 部屋の隅にはなんと川が流れていて、いくつもの水車を回している。

 その水車は複雑に組み合わさった歯車を経て、天井を伝う無数のシャフトへと伝達されていた。


 そのシャフトが繋がっている先。

 扉一枚で隔てられた鍛冶場から、カァン、というハンマーの音がいきなり響いた。

 マイザの仕業かと思いきや、中を覗いてみれば予想外の景色があった。

 外部動力により自動化されたハンマーが、誰も居ない金床の上で金属を叩いている。

 置かれているそれはどう見ても屑鉄だから、ただの動作確認だろう。

 にしても……。


「これが魔剣工房……?」

「思ってたのと違うのです……?」


 さらに奥へ繋がる扉の奥から、何かが猛烈に金属を削る音がする。

 困惑しながら進んだ僕たちは、その奥にマイザの姿を見つけた。

 彼女の持った工具の先についた円盤が猛烈な勢いで回転し、火花を散らしながら金属を加工している。

 見たことのない工具だ。

 ……理屈で言えば、〈ケゼルヴィア帝国〉製の蒸気旋盤と似ている。

 しかし、そのサイズは蒸気機関と比較にならないぐらい小さい。

 おそらくケゼルヴィア帝国の工作機械を参考に、動力を魔力に変えたのだろう。


「確か……魔力から運動エネルギーへの変換方法も、いろいろ研究されてたよな……」


 サイズからして、蒸気機関ではない。

 最近話題の”純粋魔力機関”や”爆発機関”でもない。


「うーん、モーターかな……?」

「お?」


 僕たちに気づいたマイザが、掛けていたサングラスを跳ね上げて振り向く。


「そう、その通り。モーターだ。電気を経由した魔力から運動エネルギーへの変換。よく知ってるな、クオウ?」

「新しい発明品って、消耗アイテムの形で冒険者に流れることも多いから。最低限の勉強はするようにしてる」

「もおたあ……?」

「おっと、聞いたこともないって顔してるね、リル。よし、あたしが説明してやるよ」


 まったく興味のなさそうなリルを相手に、マイザが講義を打ちはじめた。

 すげー早口で関係なさそうなところから話を始めている。


「……でな、迷宮都市が出来て魔法が普及すると同時に、物理法則の研究も進んだんだよ。特に、魔法のおかげで確立した分野こと電磁気学ってのが……」

「ありがとうございました」


 リルが強引に話を打ち切った。


「おう、聞きたくないってか! あたしゃ好きだぜ、飾んない奴!」


 ちゃきっとした気風のマイザは、特に文句も言わずにそれで済ませた。

 ……二人ともだいぶ変人だけど、問題児なのはリルの方だな、これ?


「それで……魔剣工房、なんだよね?」

「おうよ。ここは紛れもなく魔剣工房さ。ま、あたしを妬んでた連中は”お前のやってることは魔剣鍛冶じゃない”だなんだと文句を付けてきてたがね。師匠は新しいもん好きだったから、あたしの打ち方は贔屓にしてくれてたんだが……」


 昔の話なんざどうでもいいわな、と彼女は首を振り、話題を変える。


「素材さえ買い揃えれば、魔剣はいつでも打てる。準備は終わった。今はコレで家具作ってるんだよ。鉄の棚が欲しくてな」


 彼女が両手で、加工台に固定された金属部品を示す。

 なんとなく雰囲気に違和感があった。

 その源はマイザの右手だ。

 ……手がまとめてひとかたまりに癒着し、曲がったまま固定されている。


「その右手。治ってないように見えるけど……」

「ん? こいつは生まれつきだ。再生薬でも治らんし、だいたいあたしは左利きだぜ」

「ええ? それって、実質的に片手で魔剣を打ってるってこと?」

「いや、そいつぁ違うな」


 マイザが両手を開き、工房を抱きしめるようにくるりと回る。


「あたしの右手はここにある。この工房が右手さ。けど勘違いするなよ、こいつはあくまで片手でしかない。自動化しちゃいるがな、最終的に頼るのはこっちだ」


 彼女は傷ひとつない左手をひらひらと振った。


「五千万の左手さ。右手と合わせて一億五千万の女ってな。投資に見合うだけのリターンは出してやるよ」


 マイザが加工台に両腕を乗せて、強気に笑う。

 しかし、どことなく無理をしているような雰囲気があった。

 ……手が、わずかに震えている。

 彼女の自信は装っているだけで、本心は不安でいっぱいなのだろう。

 それはそうだ。僕だって、見ず知らずの相手に見込まれてポンと大金を積まれたら、その期待に見合う働きができるかどうか不安になる。

 不安になって当然。それを乗り越えられないようなら、見込みを間違えた僕が悪い。


「いちおくごせんまん……えっと、クオウさん……?」

「別に、冒険者の出費としては珍しくもない額だよ」

「と、とんでもない世界なのですね……」

「さて、聞かせてくれ、クオウ。どんな魔剣をお望みだい?」

「細かいことは言わない。まずは全力を出し切って欲しい」

「全力ね。予算面は?」

「四千万出す。出来る限りの力で最高の一本を打って欲しい」

「よんせん……」

「お前……それ、ほとんど残金全部じゃねえか……」


 目に見えて震えが大きくなった。


「……いや。魔剣の素材費用としちゃ、四千万なんざ大バーゲンも大バーゲンだ。大丈夫、大したことはない……よし」


 マイザが呼吸を整えて、彼女の胸を左手で叩く。


「任された。とびきりの魔剣を作ってやろうじゃないか」


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