幕間:残された希望
一日ごとに、〈ミストチェイサー〉内の緊張が高まっていく。
それはメンバー間の不和というよりも、むしろ迫った合同作戦が原因だ。
……そして、不仲ごときが高ランク冒険者の働きに影響するはずもない。
食事の場で一言すら会話を交わさないカエイとスノウですら、実戦の最中には互いに指示を飛ばし、密接に連携するのだ。
それが高ランク冒険者であり、プロフェッショナルであった。
〈ミストチェイサー〉に所属する五パーティで、一箇所の迷宮へと潜る。
大規模作戦を支えるために外部からのポーターを加え、更に”傭兵指揮官”の数人が彼女たちと共に戦い呼吸を合わせていた。
大規模合同作戦ともなれば数百人から数千人の人員を動かさなければならない。
そのためには組織運営のプロが必要だ。需要があれば供給もある。
幾度も合同作戦に挑んできた雇われ指揮官たちが、〈ミストチェイサー〉の腕前と癖を見定め、それぞれ脳裏にプランを描いた。
「……厳しい戦いになる。承知の上だな」
雇われ指揮官の中でも最も経験豊富なアルワーリア・ヴァルトシュタインが、改めてカエイに尋ねる。
迷宮都市に流れ着く前、彼は長く続いた戦争で傭兵隊長として数万人を率いていた。
大組織を手足のごとく動かす能力を持った本物の戦争屋であり、時代の中心が銃砲と騎馬の支配する野戦から魔法武具の支配する迷宮に変わろうと采配能力に変わりはない。
「冒険者ってやつは。花火のように死ぬものだ」
カエイが真顔で答える。アルワーリアは眉間の皺を濃くした。
勝つ気のない大将の下で行う戦など、いたずらに被害を出すだけだ。
「傭兵も同じだろう。違うのか」
「一兵卒ならば」
「……オレは一介の冒険者だ。将として兵士を率いるわけじゃない。同類を集めて、無謀な夢に挑むだけさ」
「将器なきものに率いられた軍が功績を上げたことなど、有史以来一つとしてない。承知の上だな」
「そこまで言うならお前が全体の指揮を取ってくれ」
「私に指揮を執れと言うのか」
「そうだ」
「ならば、今この時を以って合同作戦を中止する」
「……そいつはなしだ」
「進言はしたぞ。せめて、もう少し機を待つことはできないのか」
「今しかない」
カエイは深刻な顔で言った。
「今が最後のチャンスだ。あと一週間も後ろにずらせない」
「……聞けば聞くほど、成功の見込みが低くなっていくばかりだな」
元傭兵隊長のアルワーリアがため息をついて、カエイから離れていった。
その日の練習成果は”それなり”だった。
大人数での連携は出来ている。指揮系統は機能している。
だが〈夢幻迷宮〉の頂に挑めるほどの輝きはない。
「さあて、募集の方は……」
クランハウスの上階に戻ったカエイが書類に目を通す。
集まり方が悪い。……全てがあと一歩足りていない。
取り立てて高くもない報酬、飛び抜けて強くはないクラン、そこそこ止まりの名声。
それらを考えれば当然のことだ。これは無謀なのだ。
「せめてアイツが居れば」
彼女は今更な呟きを漏らした。
クランの共同設立者にして諦めの悪い切れ者、ポーターながら異常な戦闘力を持つ可能性に溢れた男。幼馴染のクオウ・ノール。
けれど、それは不可能なのだ。彼女自身の短気と短慮が悪い。
「……応募してたりしねえかなあ……」
彼女は応募者名簿をめくったが、クオウの名は勿論ない。
再びため息をついた彼女が、ドアをノックされて顔を上げる。
「入れ」
入ってきたのはバリスだった。
才能に溢れてはいたが、態度の悪さゆえに有名クランから蹴り出されることを繰り返し、ミストチェイサーの五軍パーティに落ち着いた男だ。
……だが最近、何故か彼の態度は改善していた。
訓練をサボるどころか、遅くまで自主練していることをカエイは知っている。
「頼みがあるんだ、カエイ! 俺を一軍に混ぜてくれ!」
カエイがわずかに瞳を細める。
以前のバリスなら、絶対にそんなことは言い出さなかった。
「一つ聞いていいか。何があったんだよ、お前」
「……ずっと他人の成果にぶら下がってるだけの雑魚だと思ってたやつに負けた。実際は俺よりずっと上等な努力家で、まあ……アイツに向けてた悪口が自分に返ってきた」
「!」
クオウがバリスに勝った。
それを直感した彼女は、今すぐに祝杯の一つでも挙げたい気分になった。
しかし、頑張って無表情を維持している。それなりの事情がある。
「それが自分を見直すキッカケになったってわけさァ」
「誰だが知らんが、そいつに感謝しろよ。ずっといい目つきになった。その調子で行けば、次のクランでは上手いこと行くだろうさ」
「次?」
あっ、とカエイが呟く。口を滑らした。
彼女はまったく組織の運営者として不適だった。
「……やっぱり、ミストチェイサーは潰れるのか? 俺たちはどうなる? こっちにまで借金が被せられたりしねえよな、なァ?」
「お前、そこで真っ先に自分の心配するのがよ……小さいぜ……」
カエイは書類を脇に寄せて、バリスに向き直る。
「心配するな。ちゃんと設立者が責任を取る契約になってる。オレ一人だ」
借金は全て設立者が責任を持ち、雇われた冒険者には一切の責任がない。
”今の”〈ミストチェイサー〉の設立者はカエイ一人だ。
彼女が全ての借金を負うことになる。
「……やっぱ潰れるのか。でも、何で潰れかけのクランが合同作戦の資金を借りられるんだァ? 貸してる側が潰したがってるのに、追加で金なんか」
「心配するなっての。オレの側の話だぜ、そういうのは」
「そういやアイツ、夢幻迷宮に反応してたよな……」
「妙な詮索はやめろ」
カエイが殺気含みの視線をバリスに向ける。
彼は震え上がって、謝りながら部屋の外へ後退しようとした。
「待て。それと、今からお前を一軍に混ぜるのは無理だ。やれるだろうが、パーティ単位の連携を練り直す時間がない」
「あ、ああ。そうかァ……」
「……もっと早くに態度を改めてくれれば、違う展開もあったんだがな」
バリスが扉の外に消える。カエイの瞳が過去に向かった。
優秀な前衛がもうひとり一軍にいれば、盾をクオウに張り付ける戦術も可能だった。そういう保険があれば、クオウに高価な防具を持たせるのは悪くない択になり……。
もし討伐に成功していればクランの資金繰りは……いや。
「これでいいんだ」
〈ミストチェイサー〉が崩壊したその後にも、まだ希望は残されているから。
彼女は呟いて、書類に目線を戻した。




