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その一撃に誇りを乗せて〈11〉


 剣と槍とが繰り返しぶつかり合い、甲高い金属音を響かせる。

 そのたび火花が散り、薄暗い森を赤く染めては消える。

 剣戟の赤光が明滅する様はさながら心臓の鼓動だ。

 僕らの獲物がぶつかりあうたび、その速度はさらに増した。


 互いに力の乗った一撃が、中空で激しく衝突した。

 ひときわ激しい火花が散って、一連の流れに終止符を打つ。


「……なんだァ? 素人じゃねえな……それに、この動き方……」

「僕は元々、剣士の見習いだ。故郷に剣の師匠が居た」


 良い剣さえあれば、低ランクの魔物なら剣で対応できる腕だと自負している。

 たぶん、ポーション抜きでもリルより僕の方が接近戦でも上だ。


「カエイと同門、ってか? それでポーターにしかなれないんじゃあ、よほど才能が無かったんだろうがなァ……」


 痛めた足を庇いながら、バリスが手中で短槍を回す。

 足さばきどころか、槍の一撃に体重を乗せることすら出来ていない。

 立っているのがやっと、の状態だ。上半身だけで振り回している槍は、しかしポーターの僕が放つ全力の一撃と同等の威力を持っている。

 彼は〈ウォリアー〉だ。正面戦闘に特化した、飾りのない前衛職。

 まして技能に〈封印(ジャミング)〉を選んでいるのだ。

 小細工なく戦えば勝つ、という自信がなければ、そんな技能は選ばない。


「……にしても。お前、ここ十年間はポーターだったんだろ」


 僕は間合いのわずかに外を維持したまま、バリスの周囲を回る。

 純粋な力でも技でも勝てないけれど、足を潰しているから機動性だけは優位だ。

 こちらに都合のいいタイミングで仕掛けられる。


「にしちゃ錆びついてるって感じがねえ。まさか……ずっと訓練してたのか」

「そうだよ。僕は諦めてなかったから」


 互いの呼吸を見切る。

 バリスが息を吐いたタイミングで斬りかかり、足さばきで反撃を避けてもう一撃。

 息を吸わせないような連撃を狙う。

 だが攻撃の隙間を狙った的確な足払いが僕を遠ざけた。


「……チッ。本っ当に、イライラさせやがる……雑魚のくせに」


 僕は狙いを変えて、再び攻撃する。

 今度は下段へ。痛めた足の側を執拗に狙う。

 だが、短槍を巧みに操っての受け流しで勢いが逸らされた。

 ……ポーションが使えれば、強引に崩すことは出来そうだけれど……バリスの〈封印〉のせいで、技能である〈アイテムボックス〉は開けない。

 純粋な剣技で決着を付けるほかない。


 いや。正確に言えば、距離を取って待てば封印は解けて使えるようになる。

 けれど、これはそういう戦いじゃない。

 怒りと意地を全てぶつけるために、僕は真正面から切りかかる。


 互いに一歩も引かず、ひたすらに連撃を重ねる。

 火花が散るたびに、魔剣〈マギ・インバーター〉の鈍い刃がこぼれて行く。

 お互い決定的な攻撃を繰り出せないまま、一進一退の駆け引きが続く。

 こぼれて弾けた刃の一部が僕の頬を掠めた。構わずに攻撃を続ける。


「チイッ……ここまでやるかァ……予想外もいいとこだ」

「……僕も予想外だ。お前みたいなやつはもっと早く崩れると思ってた」

「ヘヘッ、こちとら腐っても元は神童なんでなァ」


 バリスの顔には苦痛と脂汗が浮かんでいる。

 骨の露出するほどひどい怪我の足で戦っていれば、そうもなる。

 このまま行けば限界が来るはずだ。


 ひたすらに剣と槍を交える。

 お互いに隙はない。危うくなった瞬間に片方が必ず仕切り直す。

 状況が変わらないまま、体力だけが減っていく。

 僕の額にも大粒の汗が流れた。こうなったら根性比べだ。


 いよいよ限界が近いのか、バリスの膝が折れかけた。

 そこへ踏み込んで繰り出した一撃は、しかし腕力の差で強引に吹き飛ばされた。

 転びかけて、なんとか地面を滑る程度に留める。

 今のバリスにはその隙をついてくる余裕もない。

 槍を頼りに気合だけで立つ彼の様は、とてもじゃないが普段の行動からは想像できない。

 上辺は完全に腐りきった男だが、芯までは腐っていないようだった。


「……諦めちまえば楽なのにな……」

「そうしてもらえると、僕としても楽なんだけど」

「馬っ鹿言うんじゃねえ」


 彼の様子を見ているうちに、僕のほうも苛立ちで泡立ってきた。

 本当にどうしようもない男なら気にもならない。

 けれど、こういう芯があってなお彼は腐ってクズみたいな行動を取っていたんだ。

 ……なんだよ。こんなやつが才能を腐らせてる一方で、どうして僕は……。


「何なんだよ。才能も芯もある男のくせに、どうしてあんなに腐ってたんだよ! クソッ、僕にお前ぐらいの才能が……せめて〈ポーター〉以外のクラスを刻める程度のステータスがあれば!」

「ハハッ……俺に才能があるって? 冗談だろ……俺よりずっと才能があって努力してるやつなんか、珍しくもなんともねえんだよ……!」

「だからって、酒に酔って迷宮に潜りながらポーターをいじめるほど腐らないんだよ、まともな人間は!」

「うるせェ! 才能の差を実感できねえレベルの雑魚は黙ってろや! ……普通の人間ってえのは……お前みたいに心が鉄で出来てねえんだよ! 折れるんだ!」


 俺は折れちまったんだよ、と彼は叫んだ。


「なら、何でまだ迷宮に居るのさ。本当にぽっきり折れたなら引退しなよ。未練があるくせに、言い訳しながら半端にしがみついて。お前みたいな奴が一番格好悪いよ」


 例えば……追放される直前の僕みたいな。

 半端なやつが一番格好悪いんだ。


「……ああ、畜生……てめえには分かんねえだろうよ……てめえにはなァ!」

「いいや。僕だって、リルを助ける前は半端だったんだ。分かる」

「うるせえ! カエイの尻にくっついて、たんまり貯金を蓄えてたくせに!」

「……くっついてたわけじゃない!」

「全員が全員、趣味で迷宮に潜ってるわけじゃねえんだぞ! 生活のために潜らなきゃいけねえんだよ! 養わなきゃいけねえ相手がいるんだ! どれだけ嫌でも!」

「だったら、こんな戦いをしてないで帰って稼いだらいい」


 バリスはまったく退く様子がない。当然か。


「うじうじ言ってるけど。お前、別に折れてなんかないだろ。その姿を鏡で見れば、一瞬で分かる。まだ縋りつくプライドが残ってるんだ」


 ……半端なクズが。

 いっそのことこいつが完全なクズなら、こんな戦いをする必要はないのに。

 ポーターの僕に当たり散らしてたクソ野郎なんかと話したくないのに。

 ただのクソ野郎だと切って捨てることができない。最悪だ。


「まだやるんだろ、バリス」

「……当たり前だろうがよォ」


 バリスは体重を槍から外し、重傷の足へと移していく。


「……お前みたいな雑魚がよ……好き勝手に鬱憤をぶつけてた相手がよ、本職ですらない剣を振り回してたらしいってのに……そんなやつの生き様を見せつけられてんのに、俺はすぐ諦めます、ってやれるかよ……それじゃ本当に、俺は惨めなやつじゃねえか……!」


 バリスが足を踏み出す。重みを受けきれずかくっと膝を曲げながらも、なお鋭い槍の一撃が飛んできた。

 目前で受ける。こぼれてギザギザになった魔剣の刃が、目の前で大写しになった。

 鍔迫り合いの形だ。バリスを睨む。

 すぐ前まで暗く淀んでいた彼の瞳に、わずかな光が差していた。

 僕がクランを追放される前に、こういう面を見せてくれれば違う可能性もあったろう。

 今更だ。遅すぎる。……あるいは、それでも、遅くないのか?


「ああ畜生、ダサすぎるだろうが! 俺は今まで何を……!」

「今更だね」

「ああ。今更だ。……今更だよ、畜生! 悪かったなクソが!」


 バリスの短槍と触れ合わせたまま刃を滑らせ、彼の手を斬り落としにいく。

 入った、と思った瞬間、なぜか僕の姿勢が崩れた。

 刃こぼれで生まれたギザギザが槍と変に噛み合って、半端なところで止まる。


「……げ!」


 生まれた一瞬の隙を狙い、バリスが僕の足を蹴り飛ばした。


「畜生、痛ってェ!」


 使ってきたのは怪我している方の足だ。

 予想外の攻撃に、思わず姿勢が崩れる。

 追撃の一撃が迫る。


「まだ……!」


 諦めの悪さなら、僕は絶対に負けない。

 剣を手放し、倒れ込みながら逆に一歩踏み込む。

 下から上へ手を伸ばし、突っ込んできた勢いを利用して投げる。

 だが、訓練でリルを投げた時のようには決まらない。

 ものすごい腕力で道連れに倒れ込まされた。

 僕たちは寝技を狙わず同時に距離を取って立ち上がる。

 一瞬の静止。


 バリスの短槍と僕の魔剣は、どちらも地面に落ちている。

 状況は明らかだ。僕らは同時に自らの獲物を拾い上げに向かった。

 ……だが、足を怪我しているバリスが遅い。

 一瞬早く魔剣を握った僕が、彼の首を斬り飛ばした。


 光に変わって消える寸前、彼の口が動く。

 肺からの空気が喉元を通っていれば、それは「やるじゃねえか」という言葉になっていたはずだ。

 ……僕への評価が変わったか。この上なくどうでもいいことだ。

 けれど、ほんの少しだけ……何か、僕の人生が前に進んだような気はする。


 何を得られるわけでもない、無益な戦いが終わった。

 一気に息苦しさが襲ってくる。僕は激しく肩で呼吸をしながら地面に座り込んだ。

 〈封印〉の効果が切れるのを待ち、〈アイテムボックス〉から回復薬を取る。


「居ない方がマシ、か……」


 その言葉は、この戦いで振り切れただろうか。

 いや。分からない。こんな戦いでは否定できない。

 その真偽を戦いで証明できるとするなら……その相手は、カエイだ。


 足をひどく怪我したバリスで、戦闘力はどの程度だろうか。

 普段ならCランク相当だが、怪我を考慮すればDランクの下位相当といったところか?

 アザリアとの比較で考えても、そのぐらいが妥当に思える。


 カエイの個人戦闘力は……たぶんBからAの近辺だ。

 名だたる英雄たちと比べれば格落ちするが、間違いなくトップクラス。

 ただ、装備の質は低い。魔剣〈ミストチェイサー〉を入れて全部で十億にもならない程度だ。

 有力な国家や商会のバックアップを受け、百億単位の代物を扱う連中と比べれば、まだ刃の立つ可能性はある。


「……成長を待って挑めるほど、猶予はない」


 無理に〈夢幻迷宮〉の攻略へ挑んでいるのがその証拠だ。

 万に一つもない目を狙って賭け金を積むぐらい追い詰められている。


「……もしも……いや。まず間違いなく、カエイは失敗する」


 そして大損害を出すだろう。

 今の〈ミストチェイサー〉がどこから資金提供を受けているのかは分からないけれど、彼女の身柄は間違いなく資金提供者が抑える。

 生きたまま奴隷化、で済むとは限らない。殺される可能性だってある。

 そうなってしまってからでは駄目だ。


「……絶対に、決着を付けてやるからな……!」


 今の力で、カエイに挑む。

 それは無謀だ。僕のステータスは最弱クラスなんだから。

 しかし他の手はない。

 ……僕を裏切っておいて、決着を付けないまま勝手に死ぬなんて許さない。

 あいつを倒すのは、この僕だ。



- - -



 荷物をまとめ、布だけ羽織ってぶっ倒れていたリルを帰還部屋から回収する。

 泊まっている宿のベッドにリルを寝かせてやると、彼女の様子が変わった。

 刺激に何の反応もしなくなり、眼球だけがすばやく動いている。

 〈幻痛〉は魂の苦痛だ。肉体的な苦痛と同時に精神的な苦痛をもたらすことがある。

 リルは今、何らかの悪夢を見ているんだろう。


 僕に出来ることはない。

 感覚に異常をきたし、現実を認識できなくなるのは幻痛の典型的な症状だ。

 彼女がどんな悪夢を見ているのか、僕は想像することしかできない。


「……クオウさん……」


 リルが呟いた。僕を認識している様子はない。

 彼女の指がぴくりと動く。

 ……気休めと分かっているけれど、僕はその手をしっかり握った。


「大丈夫だ。君は強いんだから」


 しばらくそうしているうちに、疲れがドッと出てきた。

 体を洗うのも面倒なぐらいに全身がダルい。

 隣に借りてる僕の部屋まで戻る気も出ない。どこでもいいから今すぐ倒れ込みたい。

 ……リルの手を離そうとしたけれど、しっかり絡まっていて離れなかった。

 まあ、いいか。このまま寝てしまえば。

 冒険者仲間なら、一緒の場所で寝ることぐらい珍しくない。

 迷宮に潜ってる最中に広い睡眠場所が確保できるとも限らないんだから。


「おやすみ」

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