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その一撃に誇りを乗せて〈10〉


 テンタクルプラントが倒れたあと、歯だけが消えずに地面へ落ちた。

 砕けた魔石も落ちているが、あれではもう大した値段はつかない。

 加えて白く輝くオーブ状の球体が現れる。

 けれど、ドロップ品は後だ。僕はリルにすぐさま駆け寄って、彼女についた火を消す。


「大丈夫か!?」

「はい、なんとか……」


 鎧を脱がせて簡単な治療を施す。

 全身に火傷と打撲の跡があるものの、致命傷ではない。


「あのオーブは?」


 テンタクルプラントの居た場所に一つ、輝く球体が浮いている。


「いわゆる”ボスドロップ”だよ。あれが迷宮の生まれる原因、世界の狭間に迷い込んだ魔法の品物だ」


 僕は近づいて、その表面に手を触れる。

 輝きが収まり、中に木の実のようなものの影が浮かび上がった。

 手に力を込めて掴みだす。

 表面に装飾の刻まれた、拳大の実だ。振るとわずかに液体の音がする。


 同時に、ビシッ、とガラスの割れるような音が迷宮へ響き渡る。

 迷宮が存在するための鍵である(ボスドロップ)を失い不安定になった証拠だ。

 あと半日も経たずにこの迷宮は崩壊するだろう。


「これは……霊薬樹の実か。古い時代に生えてた魔法の木の実だ。そのままでも薬効があるし、精製すればかなり効果の高い回復薬になる」


 ”ポーション系、レアリティE”という推定通りの宝だ。

 値段は質によるけれど、五十万から二百万イェンほど。

 普通の冒険者なら成果に小躍りし、売った金で遊びに繰り出すだろう。


 けれど、僕たちの目当てはこのポーションではない。

 魔剣の鍛冶に使う鉱石のラエドリル鉱石。これをボスが落とすと書かれていた。

 消えずに残った歯がこの鉱石で作られているのだろう。

 確かラエドリルは赤色の鉱石だったはずだ。色は合っている。


 近づいて、歯を〈アイテムボックス〉に収納しようとする。

 その瞬間、風が唸った。

 刃が風を切る音だ。


「くっ!?」


 地面に頭から飛び込む。

 後ろをかすめた一撃が、髪の一束を斬り落とした。


「……思ったより速いじゃねえか。遊びすぎちまった、危ねえ危ねえ」


 距離を取って立ち上がり、声の主に向き直る。


「バリス。一足遅かったみたいだね。迷宮は僕たちが攻略させてもらったよ」

「宝はお前の〈アイテムボックス〉の中ってか?」


 リルが鎧を着け直し、バリスの視界外をそろりと動いている。

 向かっている方向は……歯だ。拾えなかったドロップ品を回収しようと狙っている。

 いい判断だ、リル。それさえ拾えば目的は果たせる。


「その通り。もし迷宮攻略に勝敗を付けるんなら、最深部の宝を回収したやつが勝ちだよね。悪いけど、僕の勝ちだ」

「何ほざいてやがる」


 バリスは手の中で獲物をぐるりと回転させた。

 それは短槍だ。魔法の武器でこそないが、柄から穂先まで一片の隙もない業物である。

 ……偽の魔剣鍛冶が打った剣で、果たして打ち合えるかどうか。


「最初からお前なんかと勝敗を競う気はねえ。本気でやったら負けるわけがねえだろうが。俺はただ単に、てめえをぶっ殺せればそれで満足なのさァ」


 短槍が風を切る。その軌道上に僕の体があったとしても、まったく風と同じように切り裂かれるだろう。

 戦うのは得策じゃない。とにかくラエドリル鉱石を……歯を回収して逃げるべきだ。


 僕は魔剣〈マギ・インバーター〉を構え、横に歩く。

 バリスは完全に間合いを維持したまま、僕に習った。

 背後でリルが歯に近づき、地面に手を伸ばす。

 盾が地にこすれて、物音を立てた。


 その瞬間、短槍が奔った。

 銀色の軌跡がリルの盾を真っ二つに割っている。

 それも、金属の補強が入った中心部分だ。あの槍はたやすく鉄を割った。


「チッ」


 音を立てたのが足ではなく盾だったせいで、狙いはわずかに外れている。

 リルは飛び退り、剣を抜いて僕の横に下がった。


「……ありがとよ。分かったぜェ」

「何がだ」

「お前ら、そこのボスドロップ素材が目当てだろ。でなきゃ、奇襲より回収を優先するわけがねえよなァ……」


 ねっとりとした笑みを浮かべた彼が、歯を背にして短槍の柄を地に立てる。

 くそっ。この状況じゃ、隙を狙って回収するのも難しい。


「どうするんだよ、お荷物野郎。雑魚らしく泣きべそかいて逃げ帰るかァ?」


 勝機は有るか?

 アザリアと違い、バリスは僕のできることを知っている。

 しかも、あいつの技能は〈封印(ジャミング)〉。攻撃相手の技能を一時的に封じる対人用技能だ。

 〈アイテムボックス〉が開けなくなれば僕は何もできない。相性が悪い。


「クオウさん。もう一度、わたしを信頼してもらえますか」


 リルが剣から右手を外し、僕に何かを要求するかのように手を伸ばした。


「〈ブラックマッチ〉を」


 なるほど。


「良いんだな」

「はい」


 彼女に黒い魔剣を渡し、元の鉄剣を仕舞っておく。


「その剣……ハッ、雑魚が何を持っても雑魚なんだよ、変わりゃしねェ」


 ……バリスが見ているのは僕だけだ。

 もし勝機があるとすれば、無視されているリルが初見殺しのハメ技を繰り出すこと。

 けれど爆発だけでは決め手にならないだろう。

 あの男は性格の悪い小物だが、実力と才能のある性格の悪い小物だ。


「毒も」


 口元を読まれないよう手で隠しながら、リルにささやく。

 強力な毒液を染み込ませた煙玉がまだ残っている。

 作戦を了解して、彼女が頷いた。見えない場所で煙玉を受け渡す。


「さっさと来いよ。結果は変わらねえんだから」

「言われずとも」


 僕はリルと挟み込むような陣形を作り、じわじわと距離を詰めた。

 ……僕は右手を魔剣〈マギ・インバーター〉から外し、いつでもポーションが投擲できる状態を整えた。


「〈リターナー〉か」

「……ご名答」


 バリスがもし突っ込んできたら、その瞬間に僕はボスドロップの歯をめがけて〈リターナー〉を投げる気でいた。一瓶だけアイテムボックスに残っている。

 無生物が対象でも〈リターナー〉は有効だ。回収さえできれば、戦う意味はない。


「させねえよ」


 歯をむき出しにして、バリスが攻撃的な笑みを浮かべる。

 これはこれでよし。リターナーを意識すれば、バリスは歯の上から動きにくくなる。


 間合いの遠くから、僕は反対の手で残った油瓶を投擲した。

 バリスの短槍が滑らかに回り、瓶を割らないほどの柔らかなタッチで軌道を変える。

 高ランク冒険者に相応しい、熟達した武芸の技だ。

 ……おそらく、ポーションの投擲も同じ結果に終わるだろう。

 間合いの外の地面にしか落とせない。なら。


「これならどうだ」


 高い角度で、ありとあらゆるデバフポーションをバリスに投げる。

 ほとんど同時に五つの瓶が着弾する弾道だ。

 加えて、最後に〈リターナー〉を投げる。

 もしお前が避けたなら、ボスドロップは僕たちのものだ。


「……ナメんじゃねえぞ!」


 バリスが踏み出した。そう思った次の瞬間に、彼はもう僕を間合いに捉えていた。

 飛び退るかわり、僕は〈アイテムボックス〉を開く。

 彼の短槍が異次元に吸い込まれ、中の薬瓶と棚だけを斬った。

 ……ここに〈ブラックマッチ〉が入っていれば、爆発で目眩ましにはなったろうけれど、バリスに傷がつくことはなかったろう。

 そして、勝手に〈アイテムボックス〉が閉じた。

 体に不可視の蔓が巻き付いているような感覚。封印効果だ。もう使えない。


「まだまだァッ!」


 穂先が滑らかに次撃へと移行し、僕の脇腹を狙う。

 知っている。こいつがよく使うパターンだ。

 初撃を受けている瞬間から、もうこの二撃目を防ぐための行動へ移っている。

 獲物同士がぶつかり合う。力の差で強引に押し込まれるのを受け流し……たと思った瞬間、意識の外から短槍が飛んできて僕の頭を叩いた。

 視界がちかちかと明滅する。どういう軌道を描いたのかすら分からない奇襲の一撃。

 見たことのない隠し技か。

 体の重さが乗っていないおかげ……そしてバリスが割った無数の薬瓶に防御力向上ポーションが含まれていたおかげで、何とか僕は死ななかった。


「チイッ!」


 わずか数合とはいえ、時間は稼げた。

 バリスが踵を返して落ちてくる〈リターナー〉を弾きに向かう。

 だが、リルが既にテンタクルプラントの歯へ陣取り、〈ブラックマッチ〉の剣先を地面に突き刺している。


「邪魔なんだよ、雑魚がッ!」


 大きな踏み込みから繰り出される、雷のような一撃。

 リルが短槍の穂先に貫かれるかと思えた瞬間、バリスの足元で爆発が巻き起こった。

 

「あァ!?」


 〈ブラックマッチ〉による爆発で足をやられてバリスが転がる。

 リルがすぐさま煙玉に火をつけ投擲した。

 バリスのそばに毒煙が充満……するより早く、短槍で煙玉が遠くに弾き飛ばされる。

 彼が咳き込みながら薄れた煙の外に転がり出て、短槍を支えに立ち上がった。


「ま、まだっ!」


 リルがゆっくりとした動きで〈ブラックマッチ〉を構え、歩いて突進する。

 バリスはまともに取り合わず、地面に突き立てた槍と上半身の力で空中に跳び上がる。


「二回も同じ手を食うかってんだ……タネは割れてらァ!」


 空中で回転しながら、彼は短槍でリルの足をすくい上げた。

 衝撃は少ない。ポーションを受け流したときと同じ、熟練の技だ。

 ゆえに爆発は起きない。だが、バランスを崩したリルの方は違う。

 彼女は魔剣ごと頭から地面に当たって、爆発した。

 ……リルは光になって消えた。

 ブラックマッチを持った時点で、そういう死に方は覚悟の上だろう。

 少なくとも、本当に命を失うことはない。


 ここに至って、ようやく僕の投げたポーション群が着弾した。

 リルのおかげで、着弾地点にもうバリスは居ない。〈リターナー〉がテンタクルプラントの歯へ命中し、青い光を出しながら消えていった。

 あとは迷宮ギルドの帰還部屋へ戻るだけだ。


「……足は潰して、ボスドロップも回収した。これ以上戦う意味はない」


 〈ブラックマッチ〉を含むリルの装備も、〈リターナー〉で回収されている。 


「戦術的な目標は達成した。実質的に、僕らの勝ちだ」


 ここまで痛めつけても、戦えばおそらくバリスが有利だ。

 それだけ戦闘力に開きがある。

 正面から戦っても絶対に勝てない相手だ。

 勝負に勝ったとは言えないけれど、これで十分な成果と言える。


「……待てよ、この野郎……戦いやがれ……!」


 バリスが立ち上がる。

 異常な方向に折れ曲がり、骨が露出した足で。


「てめえな……てめえ」


 そんな無理をするような男だとは思っていなかった。

 もっと浅い男だと思っていた。いや、僕の見ていたバリスはたしかに浅い男だった。

 酒やら薬物やらで酔っ払ったまま迷宮に潜っているような。


「さんざん足を引っ張っておいてなァ、いざクランが危なくなったら安全圏ってよ、ふざけた話だろうが! クランから逃げた挙げ句に俺からも逃げて恥ずかしくねェのかこの野郎ッ、戦えェッ!」


 どこからどう見ても、彼は必死だった。追い詰められている。

 それだけ〈ミストチェイサー〉の状況が悪いんだろう。


「僕を追放したのはカエイだ。逆恨みにもほどがある」

「何が追放だよクソがッ! 得してるのはお前だろ! ふざけんなよ、俺たちは……万に一つの目もないような、一か八かの逆転に頼らざるをえない状況だってのに……てめえだけのうのうと貯金でガキと遊びやがって……!」

「逆転? 何をする気なわけ」

「〈夢幻迷宮〉」

「なんだって!?」


 僕はバリスに詰め寄った。

 夢幻迷宮。それは多くの冒険者が攻略を夢見る巨大迷宮だ。

 そして、様々な物語の舞台になった場でもある。

 魔法技術と資源を隠した夢幻迷宮の未知へと挑む英雄たち。

 そうした物語は、僕たちが暮らしていた田舎の街にも流れてきた。


 十五年近く前の全盛期には、毎月のように新エリア攻略の報が流れていた。

 紙芝居の形を取った物語が始まる前には、決まって必ず夢幻迷宮の地図が載っていて……未知のエリアを隠す地図上の霧が、英雄たちによって次々と払われていたものだ。


「……何でだ! 何で、いざ〈夢幻迷宮〉へ潜るってときに! 僕が居ないんだ!」


 心の底から湧き上がってくる感情が、喉を通って言葉になった。


「あれは、僕たち二人の夢だったんだ! ……迷宮都市に出てくるとき、誓ったんだ! 二人で〈夢幻迷宮〉を踏破するのが、僕たちの最終目標で……!」

「理由が分かんねえのか、えェ?」


 バリスが僕を嘲笑った。


「てめえは居ない方がマシだからだよ。幼馴染からも雑魚認定されるぐらい、お前はどうしようもねえってことだ」

「………………」


 急激に気持ちが冷える。

 吹き上がった怒りが冷え固まり、殺意へと転化していく。

 それは事実かもしれない。だからこそ心に刺さり、怒りが湧く。

 こんなやつに僕を貶める権利はない。


「考えてみろよ。俺なんか、何年もろくに訓練すらしてねえんだ。お前の言ってた通りだよ。俺は惨めな男だ。酒で人生から逃げてる男だ。でもよ」


 バリスが僕を見下ろす。


「そんな俺より、お前は下ってことだ。二人でハメ手を連発しても、俺一人すら殺しきれない雑魚だ。なのに、てめえだけ大金片手に逃げやがって……」

「バリス」


 僕は魔剣〈マギ・インバーター〉の握りを直す。

 〈アイテムボックス〉を開こうとしたが、まだ無理だ。

 この戦闘中はもう使えないだろう。


「少なくとも僕は、強くなろうと努力してる。お前と違って」

「努力しても雑魚は雑魚だろうが。てめえみてえな現実分かってねえ奴見てるとイラつくんだよ。努力して雑魚が強くなる間にも、強いやつはもっと強くなってんだ!」

「どうだかね。あるいは、足をやられたCランクの一人ぐらい倒せるようになったかも」


 僕は魔剣を構えて、更に距離を詰めた。

 一足一刀。戦の間合いに入る。


「それと。カエイが僕のことをどう思ってるか。勝手な想像で語るな」

「ああ語ってやるさ。お前が居なくなって清々してるだろうよ。長いことこびりついてたウンコが出たような気分かもなァ、ヘヘッ!」

「お前は本当にどうしようもないやつだな」

「だったらどうする」

「その鼻っ面を叩き折ってやる。覚悟しろ」



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