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その一撃に誇りを乗せて〈8〉

(三人称視点あります)

 リルとクオウの二人が遠くへ逃げていく。

 その様を木陰から眺める冒険者たちがいた。合わせて五人。

 彼らは一度も格付け機関にランクを認定されたことのない、いわゆる”ランク外”の木っ端冒険者だ。

 だからといって特別に弱いわけではない。

 パーティの実力はEランク相当の中堅。認定されるほどの知名度がないだけだ。


 迷宮都市にたむろする冒険者の大半は、彼らのような名もなき冒険者たちである。

 ほどほどに稼ぎ、パッと銭を使い込むその日暮らしの愚連隊だ。

 特に努力はしていないが、プライドが無いわけではない。


 クオウ・ノールがバリスと口論している最中、彼が「底辺の迷宮」だとか侮辱的な言葉を使ったのを、彼らは聞き逃していなかった。

 聞き流すこともしなかった。彼らは激高している。

 ……〈ミストチェイサー〉のおんぶに抱っこで名を売ったお荷物ポーター風情が、何の権利があって俺たちのことを底辺呼ばわりできるんだ! という具合に。


 ゆえに彼らは、二人が逃げていくのを見て舌なめずりした。

 彼らが狩る側で、あの二人は狩られる側だ。

 それを思い知らせてやらなければいけない。


 そして……迷宮内では基本的に何をしようが犯罪にならない、という不文律がある。

 小さくて弱そうな少女という”戦利品”の存在は、彼らに功を逸らせた。


 冒険者たちが二人を追いかける。いや、その気配は既に一つだ。

 しかし気付く様子はない。森の中をじぐざぐに駆け回るリルを冒険者たちが追う。


「待て! トラップだ!」


 木と木の間にピンと張り詰めた糸を見つけ、冒険者たちが止まる。

 弓を構えた〈レンジャー〉の男が一歩前に出た。


「いいや。これは見つけさせるための罠だ。罠があるぞ、と思わせて時間を稼ぐための」

「無視していいのか」

「無視しろ。手の込んだ罠を設置できるほど時間に余裕はなかった」


 先頭の冒険者が糸を飛び越える。

 ……勢いよく着地した彼の足元で爆発が起きた。


「お、おい!?」

「そ、そんな馬鹿な! 火薬を埋める時間など……!」


 動揺している彼らの元へと煙玉が投げ込まれた。

 その煙をまともに吸い込んだ一人が悶え苦しみ倒れ込む。

 彼が粒子となって消える。その光が霧に吸われて消えた。


「毒……! 口を塞げ!」


 冒険者たちは引き返し、ほうほうの体で煙幕から這い出す。

 じゃきり、という金属音がして、トラバサミが一人の足を捉えた。


「……づうっ! くそっ、俺は帰るぞ! あとは任せる!」


 機動力を奪われた状態で戦っても死ぬだけだ。

 捕まった男はすぐさま〈リターン〉で現実に帰還した。

 残る冒険者は二人。


 パリン、と彼らの足元で瓶の割れる音がした。

 投擲元は頭上だ。

 見上げた男の顔面を、クオウ・ノールの構えた魔剣がするりと突き刺した。


「あと一人」


 最後の一人を冷たく見つめて、クオウが呟く。

 冒険者は肝を冷やしながら逃げ道を探した。背後には毒の煙幕がある。

 だが立ち位置の関係で、右側になら逃げれそうだった。


「ひっ……!」


 情けない声を出しながら逃げた冒険者の行く先で待ち構えていたリルが、盾を構えて躍り出る。

 不意打ちで顔を強打され、その男は気絶した。



- - -



「一方的だったのです……」

「勝負ってのはそういうものだよ」


 基礎は出来ている連中だった。単に木と木の間を結んだだけの糸を見て、一瞬で時間稼ぎの小細工だと断じられるぐらいには。

 木陰の〈ブラックマッチ〉には気づかなかったみたいだけど。

 正面から戦えば苦戦したはず。


「相手をナメてかかるとこうなるんだ。正面から戦う状況を作るのも簡単じゃない」

「なんか……カッコいいような、卑怯なような……」


 僕は冒険者たちの持ち物を漁った。

 とりたてて価値ある品物はない。

 あえて言うならカンテラの油は使えるけど、罠のためにもう油は用意してあるし。

 落ちている装備品をすべて回収して売れば百万イェンぐらいにはなるだろうけど……今はそれより優先することがある。

 せいぜい木箱数個分ぐらいの容積しかない僕の〈アイテムボックス〉だから、あまり余計なものを拾う余裕はない。


「僕は英雄じゃないから」

「でも、わたしにとっては英雄なのです」

「……そんなこと言われてもな。失望するだけだよ。僕は僕のことしか考えてないし」

「どこがなのですか? 色々と気を回してもらえてるのに」

「まあ、ね……」


 はっきり言ってその理由は、僕がリルのことを”仲間”として見ていないからだ。

 今は成り行きで協力してるけど、いつ道が別れるとも限らない。

 ずっと一緒にいる親友相手には気を使わないけど、他人には気を使うものだし。

 まして、まだ子供だ。

 例えばカエイがしくじったらボロクソ言うけど、リルが失敗しても別に……。


 ……なんか、たびたびカエイのことを考えてる気がするな。

 あいつはもう、僕の敵だろ。僕らの絆を裏切って追放してきたんだ。

 未練は振り切らなきゃいけない。


「でも、クオウさん。わたしは守られる立場になりたくはないのです。必要なら、わたしは厳しい仕事もやるのですよ」

「囮になって逃げ回るのも、十分に厳しい仕事だったと思うけどね」

「そうではなくて……もっとこう……うーん?」


 何かを感じてはいるようだが、言葉にはならなかったようだ。


「これ以上は時間を無駄にしたくない。出発しよう」


 僕たちは再び駆け出した。

 森がその密度をいっそう増してゆき、揺らめく梢には太陽光の差し込む隙間すら無い。

 木々は互いに絡み合いながら結びつき、まるで森そのものが生物であるかのように異様な成長を見せている。

 肌にぴりりと来るような、独特な緊張感が張り詰めた。

 迷宮の最深部は最も魔力が濃くなる場所だ。

 たとえ本来は魔法の使えない人間であっても、本能的に危険を感じる。


「……近い。そろそろ息を整えよう」


 回復ポーションの力を借りて、鼓動が静まるまで木陰で休む。

 行く手に大木の折れ曲がって作られたアーチがあった。

 ここの迷宮の主は歩き回らずに自らの領域で待ち構えるタイプなのだろう。


「リル、迷宮の(ボス)の攻略法についての話。覚えてるよね」

「はい。観察、分析、決断、実行。まず相手の性質を掴むことに集中するのです」

「その通り。そして、迷宮の主はたいていその迷宮と密接に関連した性質を持つ」

「なので、道中の景色や魔物から得られた情報を参考に……情報、無いのです?」

「急いだからね。けれど、ここは森林だし、出会った魔物は蜘蛛だ。人工的な存在が出てくることはないだろうし、実体のない純粋な魔法生物が出る可能性や、知性を持った生物の集団が陣取ってる可能性も低い」


 そういう読みを入れた上で、あらかじめ最適な装備に持ち替えたり、ポーション・支援魔法を使っておくのが常道だ。


「あと……前にも言ったけど、このぐらいのランクのボスなら魔石の核を潰せばたいてい即死させられる。稼ぎは減るけど、今は稼ぐのが目的じゃないからさ」

「はい」

「リル、剣を鞘に収めて松明を掲げておいて。それと、この油の瓶を腰に」


 僕は彼女に松明と油を渡す。もし植物系の魔物が出れば特効だ。

 そうでなかったら戦闘開始直後に捨てればいい。


「残ってる敏捷性向上のポーションは飲んでおこう」


 あらかじめバフを用意する。戦闘中にやるより確実だ。


「あとは……出入りが出来るのはアーチ部分だけみたいだから、あそこに罠を置く」

「ええ? 逃げる時に不便ではないのですか?」

「ボス戦の最中や直後に襲われるほど嫌なことはないから。対策して損はないよ」


 いくつか持ってきたトラバサミを取り出し、アーチ部分に仕掛けて草をかぶせる。

 専門外だから、あまり自然な出来上がりにはならなかった。

 たぶん役に立たないだろうが、やっておいて損はない。


「よし。最後に……」


 僕は〈マッパー〉を取り出し、放った。

 アーチのぎりぎりを掠めて飛んだ石が光の波を放つ。

 手元の空地図にアリーナじみた円形の地形が刻まれた。

 その中央に、四方八方へと太い触手を伸ばしている緑の怪物が見えている。

 巨大だ。宿屋がまるごと入るほどの巨体と、建物の柱より太く長い触手。


「……よし! 〈テンタクルプラント〉だ!」


 こういうタイプの植物ボスは、弱点を知ってさえいれば対処は難しくない。

 危険度Fの迷宮なら、主といえど油と炎の組み合わせを防ぐほど強くはないはず。

 とはいえ、似たような見た目でも迷宮ごとに性質は違う。油断はできない。


「キシャアアッ!」


 動物のそれとは違う、耳をつんざく歪んだ奇声が響き渡った。

 マッパーに反応したか。戦闘開始だ。

 僕たちはアーチの中へと飛び込んだ。

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