その一撃に誇りを乗せて〈7〉
そして、翌日。
僕たちは迷宮にラエドリル鉱石を求めて転移門へと向かった。
今までの迷宮とは違い、集まっている冒険者の数が多い。稼ぎのある迷宮だからだ。
ざっと見て四十人から五十人程度。
自分の存在や得物がバレるのを嫌ったり、他の冒険者の背後を狙ったりするために少し遅れて転移する連中を入れれば、六十人ぐらいにはなるだろうか。
とはいえ……宝を狙った競争の相手になるのは、せいぜい数十人程度だろう。
拾える魔石や素材での稼ぎを狙う冒険者のほうが多いはずだ。
「冒険者がたくさん居るのです! これがほんとの迷宮探索の空気感……!」
「……そうだね。あまり初心者丸出しの発言はしないほうが……」
僕は周囲に目を配り、警戒するべき相手がいないか確かめる。
……なんだ? 人混みの中に一瞬、有象無象とは存在感の違う人影が覗いた。
しかも、この感じ。向こうも僕に注意を向けている。
「おう……こーんな所で見るたあなァ!」
男が近寄ってくる。〈ミストチェイサー〉五軍のリーダーだったバリスだ。
他のパーティメンバーは連れていない。ソロだ。
……チッ。落ちぶれた五軍パーティの男とはいえ、クラン〈ミストチェイサー〉のメンバーだ。
本来ならこんな低危険度の迷宮に潜ってくる奴じゃない。
まずいぞ。絶対にボスドロップのラエドリル鉱石は逃せない状況なんだが。
「なんだよその剣は。ポーターが〈ウォリアー〉ごっこでもしてんのかァ?」
「そういうあなたこそ、いきなり何なのですか!?」
「おおー? ごっこ遊び仲間のガキがいるじゃねえか。こりゃいいや」
「ごっこ遊びなんかじゃないのですよ! 後で後悔しても遅いのです!」
「うるせェ。てめえにゃ話してねえよ雑魚」
「なっ!?」
……だいぶ喧嘩を売ってくれるじゃないか。
リルは珍しく怒った表情になり、彼を睨みつけている。
しかし、バリスの息から酒の匂いがしないな。
シラフか。珍しい。
「何か言ったらどうなんだよ、あァ?」
言われずとも。言い返してやるさクソ野郎。
もう同じクランの所属ですらないんだから、遠慮なんかしてやるか。
僕のことを散々苛めたおしてきたことは、まだ忘れてないからな。
「どうしてこんな迷宮に潜るのさ、バリス。いよいよ愛想を尽かされてクビにでもなったわけ」
「ハッ、俺をお前と一緒にするなよ。デカいヤマに向けてソロで調整してんだ」
「雑魚を狩って何を調整しようっていうの? ああ、十五歳ぐらいでピークを迎えてから転げ落ちる一方の人生が惨めになって、神童って呼ばれてたころみたいにガキの巣窟で腕っぷしに任せて気を晴らそうって? 病院でメンタルの調整でもしてくれば」
ギリッ、とバリスの歯が軋む。
「誰が! 惨めだ! うるせえ、惨めなのはお前の方だ! 雑魚のガキとつるんで死ぬまで底辺の迷宮にでも潜ってろや!」
「ハハ。あんただって、その底辺の迷宮に潜ろうとしてるくせに。どうせさ、ずーっと酒に逃げながら戦ってたもんだから、シラフで戦うのが怖くなって安牌で試そうとしてるんでしょ」
「……ッ! 相変わらず口だけは! 覚悟しておけよォッ、迷宮の中でぶっ殺されてる最中でも同じような口が叩けるか、よーく試してやるからなッ!」
バリスは強さを誇示するように、剣の柄に手をかけながら僕を睨む。
そのとき、クオウさん、とリルが囁いてきた。
二人とも雑魚だとか底辺だとか煽るから、皆からの敵意が、と続く。
「……構わないよ。結局、自分たち以外の冒険者なんて皆が敵なんだから」
「それと。クオウさんは言い返さなかったみたいですけど」
リルは一瞬だけ僕のことを睨んでから、バリスに突っかかった。
「わたしのこと、雑魚だとかガキだとか。戦ってから言ったらどうなのです」
それは……。
……客観的に言えば、否定しようがないぐらいの実力差だ。
「ヘッ。戦うまでもなく、見りゃあ分からァ」
「戦の先に囀るは弱敵。お父様の言葉は、たぶんまた正しいのです」
「あァ?」
バリスが口を開こうとした瞬間、転移門に光が灯った。
ただの扉であった場所が、まだらに輝く異次元への通路に変わる。
……戦の先に囀るは弱敵、ね。
そうだな。僕だって本当に強ければ煽りに頼る必要はない。
でも……素直に戦ったらコイツに負けるのは目に見えている。
少しでも冷静さを失わせなければいけない。
それが”弱敵”なりの戦い方だ。
……今回もまた、リルを助け出した時と同じぐらい……いや、もっと分の悪い戦いだ。
けれど、引くわけにはいかない。
「クオウさん。行きましょう」
「……そうだね。この迷宮の宝を頂くとしよう」
「雑魚のくせして、ずいぶんな大口を叩きやがる……!」
バリスだけではない。他の冒険者たちも皆、僕たちの敵に回った気配がある。
燃える状況じゃないか。
跳ね返してやるさ。
- - -
転移先はまばらに木々の生えた森だ。
ただし太陽が直上にあり、日向に立って下を見ると影が消えてしまったかのような印象を覚える。
やや奇妙だ。が、そんなことを気にしている時間の余裕はない。
「リル、ポーションを!」
迷宮に転移した直後、僕たち二人はすぐさまポーションを飲んだ。
速度向上ポーションだ。中品質で、効果時間は十分少々。
一本で五万イェンだ。これを十本用意してある。
次いで低級魔物を遠ざけるポーションを飲む。こっちは十五万イェン。
……僕たちは今の所、カネという一点においてだけ有利だ。
これを使わない手はない。
「よし、〈マッパー〉を投げて! 右側に!」
「はいっ!」
リルに石のようなマジックアイテムを渡す。純粋な投擲力なら彼女が上だ。
森の隙間から空高く舞い上がった石が、放物線の頂点で静止して四方に光の波を放つ。
〈マッパー〉とセットになった特殊な紙へ、空から見た周辺の地形が刻み込まれた。
森だけにただの緑一色だが、一方向へ向かって森林の密度が高まっている。
この方向が最深部、ボスの居る方角だ。
「もう一つ! 左側に向けて!」
「いきます!」
二つ目の〈マッパー〉が作り出した地図と突き合わせる。
角度の差から三角測量でボスまでの距離を算出するのが狙いだ。
距離がわかれば戦略も立てやすい。
「これは……だいぶ遠いぞ。街道を歩くペースでも数時間かかる距離だ」
森の中を警戒しながら進むとなれば半日以上はかかるだろう。
道中での戦闘を含めば一日以上。野営が必要だ。
だが、そんなことをする気はない。
「走るよ、リル!」
「いきましょうっ!」
事前に決めていたプランを実行する。
速度向上ポーション、そして回復ポーションに頼り、全力疾走でボス付近まで駆け抜ける。
苦しいが単純で効果的な方法だ。
これなら二人という少人数がプラスに働く。
木の根の間を跳びこえて、深い茂みを頭から掻き分けながら一直線。
黒土の露出した登り坂を、足元の見えない下り坂を、密集した木の間を。
森の合間にあったささやかな花畑を、小川を。全てを置き去りに駆ける。
厄介なのは、太陽が真上にあることだ。
コンパスが正常に機能するとも限らない迷宮内では、方角を知る方法が少ない。
いつのまにか左右がズレていき、ぐるりと円を描いて元の場所に……。
という可能性だってある。
だが、方角のためとはいえ、あまり頻繁に〈マッパー〉を使うのは避けたい。
金銭的な面もあるが、空中で光の波を放つあれは非常に目立つ。
同じように速攻を狙っているパーティが僕たちに気づかないとも限らない。
景色や魔力の気配を頼りに、勘で方向を見定め、疾走を続ける。
リルより先に僕の息が上がってきた。
……僕だって鍛えてるし、リルはけっこう重装なのにな。
やっぱりクラスの差は大きい。
「ちょ……ちょっとだけ、止まって……」
立ち止まって、体力回復用のポーションを喉に流し込む。
失われた水分のせいで、薬臭い液体ですら美味に感じられた。
「はあっ、はあ……リル、まだまだ行くよ!」
限界だ、と訴えかけてくる体を無視して前進する。
……苦しい。立ち止まりたい。立ち止まれない。
駄目だ。走れ。それだけが活路だ。
遅れればバリスが来る。正面戦闘ではまだ絶対に勝てない。
……罠を仕掛けた上でなら、可能性はあるけれど。
先にたどり着くのは僕たちの勝利に必須の条件なんだ。
「……クオウさん! 後ろ!」
ハッ、と現実に引き戻された。
蜘蛛型の魔物が、その八本足を気味が悪い速度で動かして追いかけてくる!
「うえっ!? こ、この状態じゃ……振り切るしか!」
「だ、ダメなのです! 向こうの方が速いのです!」
「……クソッ! 戦うよ! もう少し前方の、開けた花畑の中で反転しよう!」
「了解なのです!」
荒く息を吐きながら、ちらりと後ろを振り返る。
巨大だ。危険度Fとは思えない。上にブレたやつと不運にも出会ってしまった。
どうする。あのサイズの魔物となると、僕の剣でダメージを与えられるか?
罠を仕掛けられるほどの余裕も……いや!
今の僕は、準備がいらない罠を持っているじゃないか!
花畑の手前で〈アイテムボックス〉を開き、ペースを緩める。
そろーり、と中から黒い魔剣を取り出した。
〈ブラックマッチ〉。触ってるものを含めて衝撃が加われば爆発する危険な剣。
これなら!
「ゆっくりだ……よし、置けた……リル、盾の準備を!」
「あ、あのでっかい蜘蛛相手にですか!? や……やってやるのです!」
〈ブラックマッチ〉の設置場所から後退する。
そしてもう一本の魔剣、〈マギ・インバーター〉を構えた。
肩で息をしながら巨大蜘蛛を待ち構える。
追ってきた巨大蜘蛛の前足が、前触れ無く爆発した。続いて前から二番目の足が。
バランスを崩した巨大蜘蛛が、胴体から〈ブラックマッチ〉の設置場所に突っ込む。
腹が爆発した。よし、想定以上の効果だ!
「や、やりましたか!?」
「まだだ!」
まだ死んでいない巨大蜘蛛が、胴体を引きずるように襲いかかる。
けれど動きが鈍い。糸を吐くために後ろを向くことすらできないぐらいだ。
リルがわざと盾を下げ、蜘蛛の噛みつき攻撃を誘った。
そちらへ釣られた瞬間に僕が躍り出て、超短時間の攻撃力上昇スプラッシュ・ポーションを使いながら斬りかかる。
首元を深く切り裂く一撃の下、巨大蜘蛛が倒れた。
隅から中央へと、徐々に蜘蛛の体が輝く粒子へ置き換わり消える。
後には魔石、それと魔力を帯びた蜘蛛糸が残った。
”ドロップ品”だ。たまに魔物が何かを落とすケースもある。
「ふう。リル、まだこっちには足を踏み入れないように……」
ゆーっくり〈ブラックマッチ〉を拾い上げて、〈アイテムボックス〉の中に戻す。
魔石と糸もついでに入れておいた。これで数十万イェンぐらいにはなるだろうか?
あるいはマイザに糸で何か作ってもらうのも……いや、さすがに糸は専門外だろう。
「強いな、ブラックマッチ……」
危険すぎて扱いたくない剣なのは確かだが、この効果は強力だ。
あまり使えば魔剣の魔力が枯渇するだろうし――使った魔力の再充填に、もちろんカネが掛かるわけで――どれほどアテにしていいものかは分からないけれど、切り札にできる魔剣なのは間違いない。
やっぱりマイザの助力を得る選択は間違ってなかった。
「っと、無駄にする時間はない。入ろうか……いや、待て」
押し殺された殺気の先端が、ちくりと肌に刺さっている。
居る。誰かが僕たちを狙っている。
「まずい……」
速すぎる。ほとんど全力疾走してきた僕たちに追いついてくるってことは。
まさかバリスか、と思いかけるが、違う。
やつは落ちぶれた男だが、奇襲の前に殺気を漏らすほど弱くない。
「リル、」
「居ますよね。どうするのですか」
気づいてたか。
「……僕たちはけっこう体力を消耗したけど、向こうもペース的に走ってきてるはずだ。条件は悪くない。むしろ、見失う前にこちらから仕掛けたい」
「なら、わたしが前に」
「いや。リルは逃げるフリをして引きつけてくれ。僕は隠れて機会を伺う」
彼女は不満げな顔をしながら、しぶしぶ頷いた。
「戦いが始まってから戻ればいいのですか?」
「戦いになれば、ね」




