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その一撃に誇りを乗せて〈5〉


 数日後。

 僕は一人でスラム街へと向かった。

 地上を歩いていたはずが、いつの間にか道が建物に飲み込まれて地下へ入る。

 天井から染み出した水で道が濡れ、舗装が消えて足元が泥に変わった。

 ここからは〈下水通り〉と呼ばれるスラム街だ。

 手製のボロ照明やロウソクを頼りに薄暗い地下を進み、ボロ屋の扉を叩く。


「あーい、どちらさんで……お前」


 自宅のドアを開いたマイザが、険しい表情を作る。


「どういうつもりだ。もしや元鞘に戻れってんじゃねえだろうな」

「元鞘? どんな組織と取引していたか知らないけど、僕は無関係だよ」

「知ったことかよ。言ったろうが。あたしはもう打てねえ!」


 ボロ屋の扉が音をたてて閉じられる。

 朽ちかけの家全体が震えるほどの勢いだった。


「もし打てるとしたら」


 返事はない。けれど気配が変わった。


「その左手は、治せないわけじゃない。切り落とされた手を再生させた事例だってあるんだ、いくらひどい傷でも……」

「聞きたくないね」


 そう言いながらも、彼女は耳をふさぐ気などないに違いなかった。


「マイザ・フレッチャー。聞いてくれ。僕は君の魔剣を必要としているんだ」

「聞きたくないったら聞きたくないんだよ! 帰れ!」


 彼女が家の奥へ歩いていった音がする。

 僕は無断で上がり込み、それを追いかけた。


「お前! 礼儀ってやつがねえのか!」

「礼儀なんて知ったことじゃない。それぐらいに必要なんだ」


 きしむ床板の上で、僕たちは向かい合った。


「しつこいぞ。さっさと帰れよ」

「君の魔剣は、僕に大事な勝利をくれたんだ。命をかけた一戦だった。けれどそれ以上に、僕の未来を開いた一戦だった。僕の中にあった可能性を引き出してくれた」


 彼女の表情が柔らかくなった。

 自分の作品を褒められて、嬉しくならない人間なんていない。


「……そうかい。吹き飛んで偶然相手に刺さりでもしたか」

「いや。バフ・デバフの反転効果とスプラッシュポーションを使って、相手を騙しながら戦った」

「小器用なことで」


 はあ、とマイザは大きく息を吐いた。


「しょうがねえ。話ぐらいは聞いてやる。ま、座れよ」

「どうも」


 足の長さがバラバラの、がたつく椅子に座る。


「クオウだったか? あのな。あたしの魔剣なんざ、所詮は偽物だ。質は低いし、ろくでもない効果しか付かない。本物の魔剣鍛冶が作り出す作品にゃ、遠く及ばねえんだ」

「ろくでもない効果じゃない。……剣の一本だけを使う普通の剣士なら、確かにろくでもないかもしれないけれど。僕にとっては、こういう効果が最高なんだ」

「へえ? あんたは何だ、二刀流か何かか?」

「違う」


 僕は〈アイテムボックス〉を開いてみせた。


「アイテムボックス? ……あんたポーターなのか!?」

「そうだ。僕は純粋なポーターだ。けれど、もう荷物運びをやる気はない」

「……面白いじゃねェの……」


 マイザが口元を吊り上げた。


「偽の魔剣鍛冶を頼るのは、偽の冒険者ってか。ははは、これほどちょうどいい組み合わせもないわな! そうか、そうきたか!」

「偽の冒険者って……」

「違うかよ? ちょっとでも適正があるんなら、戦闘用のクラスが刻めるはずだろうに」

「う。ま、まあ、確かに」


 マイザはいきなり立ち上がり、部屋の隅にあった木箱を開けた。


「いや、ポーターね。そうかいそうかい。なら、とびきりヘンな魔剣を打ってやろうじゃねえの。アイテムボックスから魔剣をとっかえひっかえして戦いたいってこったろ?」

「話が早いね。そういうことだよ。誰も試したことがないような戦術だけれど、挑む価値は絶対にあると思う」

「いいねェ……燃えてきたぜ!」


 木箱の中から紙と筆を取り出して、机の上に広げる。


「でよ、あたしの手を治すアテってのは?」

「ここにある」


 僕は再生薬を取り出した。

 瓶越しに濃密な魔力の気配が漂っている。


「……うっひゃあ! なんてもの持ってんだ! 安かないだろうに!」

「うん。およそ五千万イェンだ」

「おいおいおい……いや、光栄な話だね。あたしにそれだけの価値がある、と見込んでくれるのか」


 彼女は紙に何かを書き始める。


「だがね。悪いが、五千万だけで済む話じゃあない。魔剣を打てる鍛冶場と、道具一式が必要だ。なんせ、悪いやつらと付き合うのを辞めて足抜けしたとき、全部持ってかれちまったから」


 そこに書かれているのは、魔剣を打つための費用だ。


「まあ、あたしは安くあげれるがね……特別でもない鍛冶場で魔剣が打てるのは、あたしぐらいのもんだ。だが、魔剣鍛冶ギルドの許可なしで魔剣を打つとなれば、レンタルじゃなく鍛冶場を買わなきゃ隠せんだろうさ。できれば一から作りたい。もちろん機材は一級品が欲しいね。それに、魔剣の素材を大っぴらに集めりゃ魔剣鍛冶ギルドの注目を引いてバレちまうから、秘匿しながら素材を集めるとして……」


 彼女は計算を終えた。


「うん。初期費用で三億イェンは欲しいぜ。あんた、出せるのかい」

「さ、三億……」


 五千万イェンだけじゃ済まないと思ってたけど、流石に予想より高い額だ。


「……手持ちの残りが、一億五千万イェンある。残りのもう半分は……ツテをあたれば、君に金を貸す人は居なくもないと思う」

「一億五千万? ヒュゥ、やるねえ。もう成功した人間が、まだ満足できずに全てを賭けて上を目指そうってのか」


 だがよ、とマイザは続ける。


「金を借りるのはあたしだが、あんたはあたしの保証人になるわけだ。……魔剣の偽物を打ってたような人間の保証人だぜ。あんた、その覚悟はあるのかい」


 ……胃が痛くなってきた。

 まだ僕らは迷宮で黒字を出したこともない。

 魔剣があれば話は変わるとはいえ……。三億。冗談じゃない。

 中流人生の一回に加えて更に半分だ。

 六十年ぐらい汗水たらした稼ぎにまったく手をつけず全額貯金して、やっと。


 でも、分かってたことだ。

 半端な覚悟じゃ、ポーターの身で強くなることはできない。

 技を磨くだけじゃ絶対に足りないんだ。道具の力が絶対に要る。


「ある。そのプランで進めてほしい」

「本気、ってわけだな。その覚悟は受け取った」


 にやり、と彼女が笑う。


「なあに心配いらねえさ、三億ってのはオーバーな試算だ。こちとら後ろ暗い鍛冶場で魔剣を打ってたんだ、そこまでの環境はいらねえ。隠れ家を兼ねた作りでも、せいぜい一億ぐらいで収まる」

「僕を試したわけ?」

「試したってわけじゃねえよ。お前が大富豪なら三億プランにしない理由がないだろ」

「……確かに」

「ま、もともと鍛冶場ってのは炉と金床と槌さえありゃ出来る安上がりな商売なんだよ。周辺の設備投資より魔剣用の素材が高くつく。一本あたり最低で千万から、だな」


 その〈マギ・インバーター〉だって素材だけで二千万イェンだぞ、と彼女が言った。

 ……高価な素材を使ったわりに、出来上がった剣は完全に失敗作だ。

 欠陥がバレる前の評価額ですら千五百万イェンだったし。

 欠陥を含めて評価すれば、どう贔屓目に見ても百万イェン以下だ。


「なんだその顔。その剣はあたしの基準でも失敗だからな。ちゃんと素材から五倍ぐらいの値段で売れた剣だってあるさ。心配すんなよ」

「いやあ、心配ってわけじゃないけどね。失敗作だって使い所はあるから」

「……そうかい。だがな、失敗なんかする気はねえぞ。こんな誘い方をされてな、全力を尽くさねえ奴ぁ居ねえ……!」


 マイザは立ち上がり、右手で握手を求めてきた。

 ……左手と違って傷がないかわり、病気か何かで歪んでいる。

 なるほど。左手だけ潰されている理由が分かった。元から右手は使えないんだ。


「あたしを選んだこと、絶対に後悔させねえ! よろしく頼むぜ、クオウ!」

「うん。互いに利益のある、いい取引にしよう」

「ああ!」


 どうやら武器の調達は上手く行きそうだ。

 ……さあ、もう後には引けないぞ、僕。

 ここまでやったんだ。駆け上がってみせろ。


「それとな。実はあたし、まだ手元に一本だけ魔剣があるんだ」

「え?」

「危険すぎてタダでも引き取り手の居なかった代物でな。見るか?」

「……そうだね。〈アイテムボックス〉に入れておけば無害だし」


 彼女は床板を剥がして、隠された剣をそろりと拾い上げる。

 ボロボロの黒い刀身が特徴的な魔剣だ。

 それを薄氷を踏んでいるかのように注意深く持ち上げて、天井へ放り投げた。


 剣が天井に刺さった瞬間、ドンッ、と爆発した。

 腹に響くほどの爆音だ。耳鳴りがする。


「おっと、まだ終わってないぜ。耳を塞いでおくほうがいい」


 天井から落ちてきた剣が地面に触れる。

 再び爆発した。床板に丸く穴が開く。

 その爆風で吹き飛ばされた剣が近くの床に当たり、三度の爆発が起きる。

 魔剣が地面の上を滑り、止まった。


「こ、これは……?」

「強い衝撃が加わると爆発する魔剣さ。銘は〈ブラックマッチ〉」

「……! その効果を上手く扱えれば……!」


 根本的に攻撃能力が足りていない僕にとって、まさに欲しかった類の魔剣だ。

 僕はゆっくり近づいて、魔剣を拾い上げようとする。


「待て。その剣はな、触れてるものにも爆発する効果を付与しちまうんだ」

「剣の周囲の床にも?」

「そうだ。もちろん剣の持ち手にもな。その剣を持った状態で地面を踏み込めば、その衝撃で足が爆発する」

「……そりゃ、誰も引き取りたくないわけだ……」


 あまりにも危険すぎる。持ち歩くだけで一苦労だ。

 床板のきしむ音にすら肝を冷やしながら、ゆーっくり魔剣を拾い上げる。

 それを〈アイテムボックス〉に入れて、僕は一息ついた。


「使うか?」

「一応。使えれば強いことは間違いないから」

「そうか。助かる。うっかり爆死する危険がなくなってゆっくり寝れるぜ」


 僕は逆にゆっくり寝れなくなりそうだ。

 寝ぼけて〈アイテムボックス〉を開けばドカンと行くかもしれない。


「……ところでさ。さっきの爆発で家に穴が開いてるけど」

「ん? ああ。どうせ鍛冶場に住み込むさ。カネがありゃ下水通りに住みゃしねえよ」



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