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その一撃に誇りを乗せて〈4〉


 モグリの魔剣鍛冶マイザに、再び魔剣を打ってもらう。

 それは簡単に思えて難しい。確実な希望を見せてやれば絶対に食いついてくるだろうけど、半端な希望を持ち込んだら嫌われるだけだ。


 しかし、僕には目算があった。

 潰れた手を再生する薬ぐらいなら、たまに迷宮から見つかっている。

 値段は問題だが……手の分だけなら、おそらく五千万イェン程度。

 僕の貯金から出せる範疇だ。


 出せるって言ったって五千万だ。

 何年も遊んで暮らしてまだ余る額。


「僕は本当に、そこまでして強い冒険者になりたいのか?」


 自問してみる。

 もちろん。愚問だ。でなきゃとっくに迷宮都市から立ち去っている。

 全財産を投げ売って強くなれるんなら、今すぐにだって二億だろうが投げてやる。

 魔剣〈マギ・インバーター〉を振るいアザリアと戦っているとき、僕は自分の可能性に気づいたんだ。そこに可能性があるなら、僕は賭ける。

 ついでに言えば。僕は賭け事に強い。


 結論は出た。行動に移すのみ。

 僕は再生薬の調達を〈薬九堂〉のピルスキーに頼んだ。

 あいつは怪しい男だが、取引に関してだけは信頼できる。


 加えてマイザの居場所を知りたいと頼んだのだが、知らない、と言われてしまった。

 あの酒場によく来るのは知っていたが、それ以上のことは他を当たれ、と。

 あいつは情報屋ではないし、もっともな話だ。


 なら、他を当たるとしよう。ピルスキーより更に怪しい相手に。

 なにせ、ここは世界に冠たる迷宮都市だ。ああいう奴らが掃いて捨てるほどいる。


「リル。今日行く場所には、流石に君を連れていけない。できれば一人で訓練するか、迷宮に潜っていてくれないか」

「どこへ行くのですか」

「〈落花通り〉。……いわゆる、夜の街ってやつ」

「そのぐらい今更な話なのです。わたし、もう人間が死ぬところを目前で見たのですよ」

「確かにそうかもしれないけど」

「迷宮都市がそういう街なことぐらい知っているのです。冒険者をやるなら、いずれ間接的に関わることになるのでは」


 言い返しにくい。そうなんだよ。

 付き合いたくないけど付き合っておいたほうがいい人間って居るんだよな。

 コネがあれば、最悪が重なった後でも助かれる蜘蛛の糸が垂れてきたりするし。

 ……まあ、そういう糸はたいてい地獄に繋がっているものだけれど。


「う、うーん……まあ、昼間の落花通りなら大丈夫かな……」


 押し負けてしまった。

 仕方がないので、リルを連れて宿を出る。僕は北東側へ向かった。


「あれ? 街のこっち側なのです?」

「いや、落花通りは西側だけど。お土産の一つぐらい持ってかないと」


 高級住宅街の一角に向かい、看板すら出ていない家のドアを叩く。

 中は喫茶店風の内装だ。しかし窓がなく、外側から様子が見えないようになっている。


「ここって?」

「まあ……知る人ぞ知る、っていう場所だよ。高級料亭じゃなくて喫茶店で密談したいとか、場所を変えたいとか、そういう需要もあるんだろうね」


 隙のない立ち振舞いの店員へ、持ち帰りで”不溶氷”を七つ、という注文を出す。

 ……一つあたり三万五千イェン也。いつもクッソ高い土産ばっか要求しやがって。


「なんか……クオウさんも、中々うさんくさいコネ持ってる人なのですね……」

「僕だって高ランク冒険者の端くれだよ、コネぐらいある。ポーターだけど」


 執事じみて完璧な一礼を背後に、包まれた袋を下げて街の西側へ。


「それはいったい……? まさか、危ない薬とか……」

「そんなわけないでしょ」


 西側を貫く大通りは、迷宮都市の中でも最も栄える場所だ。

 街の労働者や冒険者に、外から来た観光客や行商人まで。

 誰もが引き寄せられる活発で魅力的な場所であり、表の目玉といってもいい。


 だが西の果てへと進んでいけば、騒々しい大通りが徐々にその姿を変えていく。

 成金趣味な店や質屋、ぼったくり店。

 如何わしい雰囲気と同時にカネの臭いも漂い始める。

 高級住宅街のそれとはまた違う、黒いカネの臭いだ。


 果てにあるのは迷宮都市が誇るもう一つの目玉、世界最大の繁華街たる落花通り。

 女と博打と薬の聖地、一晩で莫大なカネの動く迷宮都市第二の心臓である。

 通りの入り口から見える巨大なカジノ〈ドリームズ〉を横目に、奥へ。


「ここが……。思ってたより活気がないのです……?」

「昼間のこういう街なんて、夜の住宅街と同じだよ。みんな寝てて活動は止まってる」

「なるほどなのです」


 微妙に緊張したリルを伴って、複雑な街路を奥へ奥へと潜る。

 進むにつれて空気がよどむ。

 角を曲がった先で、おかしな目をした男が壁に頭を打ち付けていた。

 見なかったことにしてそっと別の道を選ぶ。

 そして、花街の奥地とは思えないぐらい平凡な小屋を、僕は尋ねた。


「お久しぶりです、先生。おかわりないようで」

「変わりも何もあるかね。わしゃ変われるほど若くないよ」


 悠々自適、といった言葉の似合う老人が、僕たちを迎えた。


「新しい仲間を連れとるのかい。結構なことで。顔もだいぶ良くなった」

「分かりますか」

「分かるとも。戦友の絆というやつはね、見るところを見ればすぐわかる」


 年に似合わずしゃきっとした歩き方で、僕たちを質素だが綺麗な居間に案内する。


「人間、所作に気持ちが出るものさ。眼球の動き一つを取っても、友を見る目つきと恋人を見る目つきではまるで違ってくる。小さなことに普段から意識を傾けているかどうか。これが肝要、というものでの」

「そうですね」

「……老人の長話を聞いてやりにきた、というわけでもなかろ。近頃はだーれも、頼み事がなきゃわしに近づいてこんでな」


 心苦しいことに、まったくその通りだ。頼み事がなければ会いたくない。

 ……けれど、自分を一瞬で殺せるような相手に近づきたがる人間はそういない。

 たとえどれほど人に慣れていたとしても、猛獣は猛獣なのだ。

 まして花街の人間すら名を知らず、”先生”とだけ呼ばれている男ときた。

 僕の知っている限り、明らかにヤバい奴だ。


「ま、頂くとするか」


 渡した土産物の袋を開き、やや特殊な容器の蓋を開く。

 中から姿を表すのは、スライムを模した青い饅頭だ。

 しかし、それは溶けない氷で作られている。不溶氷のスライム饅頭。

 高級なんだか俗なんだか正体不明の菓子は、老人と同じぐらい掴み所がない。


「……これは……」


 お菓子、だと勘付いたリルが、まるで餌の時間を訴えかける犬か猫のような調子で、じぃっと物欲しげな目をする。

 ぷっ、と老人が吹き出した。


「欲が強くて悪い稼業じゃあないが。わしの前でそんな顔をする娘は初めて見た。いいよ、ひとつ食べてみなさい」


 パッと目を輝かせたリルが、不溶氷のスライム饅頭を指でつまむ。

 その瞬間、この饅頭は粉々に砕けて皿の上に広がった。

 ……綿菓子を洗おうとして水に溶かしたアライグマが、今のリルみたいな顔をしているところを見たことがある。


「ああ、もったいない」


 老人が他の一つを取り出して、パッと口の中に放り込んだ。

 不思議なことに、形は崩れない。


「これはね、風のひとつで崩れてしまうほど繊細な口溶けを楽しむお菓子だよ。余計な力を入れてしまってはよくない。そう、乳房を撫でるように、と申しての……」

「先生」

「こんな街に来ておいて、避ける表現でもあるまいよ」


 更にもう一つ、土産物の袋を開ける。

 高級品をポンポンと駄菓子みたいに食うんだから。まったく。

 つーか繊細な代物を口に投げるなよ。それで崩れないんだから不思議だけど。


「そうそう乳房を撫でるようにといえば、剣の柄よな。女を喜ばせるのも剣を持つのも、これ小指が肝要という……」

「なるほど、小指が……」


 素直にリルがうなずいた。いやいや。


「先生!」

「こういうね、表面にとらわれて本質を見失う大人に育ってはいけないよ。人生これ全き教訓、男女の遊びも剣に通じ、剣は哲学に通ず。全ては一如なり。思うにね、きみは男を知ることで強くなれるだろう」

「なるほどぉ……」

「リル、真に受けない! ごまかしながら子供にセクハラするのはやめてください」

「うむ。ここのクオウくんは本質を見抜いたようじゃの。ふふっ」

「ふふっじゃないですよ。やってること最悪な変質者ですよ」


 食えないジジイだ。不溶氷のスライム饅頭より掴めなくて食えないジジイだ。

 本当に、こういう奴らと関わらなくていい冒険者ライフが送りたかった。


「まあ、面白い土産も貰ったことだ。頼み事があるなら言ってみなさい」

「ただの人探しです。モグリの魔剣鍛冶マイザ・フレッチャーについて教えて下さい」

「ほう。ほほう。面白いところに目をつけるのう」


 老人は手の中でスライム饅頭を転がした。

 ……僕が触ったら一瞬で砕けるんだけど、あれ。どうやってるんだ。


「ま、君は未熟なりに小回りが効く。次第によっては、その組み合わせで互いに花開く可能性もあるだろう。さて、マイザ・フレッチャーか。わしの知る限りのことを話そう」


 老人は語りだした。



- - -



 マイザ・フレッチャーは鍛冶屋の娘だった。

 優しく、大人しく、他人の気持ちの分かる娘だ。

 物覚えもよく、父親の鍛冶を手伝っているうちに、若くして並の鍛冶などは逃げ出すほどの腕前になったという。


 そんな彼女には夢があった。

 この世で最高の腕を持つ鍛冶師に、つまり魔剣鍛冶になることだ。

 彼女は若くして親元を離れ、迷宮都市の魔剣鍛冶に弟子入りした。


 魔剣鍛冶の世界は狭い。一人の鍛冶に大勢の弟子がつく。

 その全員が、いずれ自分こそが次の魔剣鍛冶に、と思っている。

 だが、それを実現できるのは数年に一人がいいところ。

 世界中から集まる腕自慢の鍛冶たちがみな心を折られて去っていく厳しい世界だ。


 そんな世界に入ったマイザ・フレッチャーは、なんと更に頭角を表す。

 既に長いこと鍛冶をやっていた弟子たちよりも明確に才能があったのだ。

 彼女は師匠に贔屓された。


 面白くないのは他の弟子たちだ。

 しっかり鍛冶師として経験を積んだ上で弟子入りした自分たちが、なぜこんな小娘に負けなければいけないのか。

 まして彼女は右手に問題があり、機械でその弱点を補いながら左手一本で剣を打つ変則的なスタイルだった。良くも悪くも、彼女は目立っていた。

 そして嫌がらせが始まった。最初は小さな悪口程度のものだった。

 しかし従順で大人しいマイザは格好の標的だった。

 嫉妬と羨望、そして競争相手を蹴落とす実利も合わさり、嫌がらせは加速する。


 やがて彼女は罠にかけられた。

 「魔剣の偽物を作っては詐欺師に売っている」という偽情報を、師は信じた。

 マイザは失格の烙印を押されて放り出された。

 魔剣鍛冶にとって弟子など一山いくらの消耗品なのだ。

 嫌がらせはそこで止まらずに、偽情報は一般の鍛冶師の元まで広まった。

 もはや彼女が魔剣鍛冶になる道はない。鍛冶師になることも難しい。


 マイザ・フレッチャーは耐えていた。

 我慢はきっと報われると信じていた。

 だが……いくら耐えてもまったく報われる様子はない。

 限界の一歩手前まで追い詰められたとき、彼女に誘いがあった。


「魔剣の偽物を打ってみないか」


 皮肉なことに、偽情報と同じ誘いだ。

 彼女はそれを聞いて、狂ったように笑い通した。

 耐えて耐えて耐え抜いた先にあった報いは、そんなものでしかなかった。


 彼女は装いを改めた。

 髪を染めて、刺繍を入れて、棘のついた派手な衣装を纏った。

 それは反逆の意思表示だ。

 いい子をやめて、偽物でもなんでも打ってやる。

 もう耐えない。



- - -



「む。饅頭が切れてしまったわい。いやあ、残念だがここで終わりかのう」


 気合の入った語り口で話を編んでいた老人が、ちらっ、と僕を見た。

 ……彼女の人となりについての情報はもう十分だ。


「買ってこいって言うんですか。今から」

「わしは別にそうとは言っておらんがのう、いや老いた脳味噌というのは甘味がないと錆びついて回らんからの、さて思い出せるかどうか」

「人探しの依頼ですよ。せめて現在の居場所ぐらい」

「んんー……思い出せるかのう……」

「……仕方ない。次のときに追加で持ってきますよ。それでどうです」

「まあ……居場所ぐらいなら、それでよかろう」


 老人は紙に住所を書いてよこした。

 街の各所に点在するスラムの一角だ。


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