その一撃に誇りを乗せて〈3〉
迷宮から帰還して二日後。
リルの訓練に付き合いながら、僕は武器になりそうなものを探していた。
……でも、普通に店を回ったところで都合よく掘り出し物が見つかるわけもない。
一応、探すための心当たりはある。借りを作りたい相手ではないけれど……。
「薬九堂に行ってくるよ」
「やっく……?」
「ピルスキーの……ほら、あの胡散臭い男のやってるポーション屋」
「ああ、あのいい人ですか。わたしも行きます」
「かまわないけど」
絶対にいい人じゃないと思う。
十分少々の道のりを経て、僕らは〈薬九堂〉の前にたどり着いた。
おまけ程度に放り出された看板がなければ潰れた店の跡地にしか見えない。
「おや、クオウ君。リルお嬢ちゃんも、よく来たね」
おい、この前リルは名乗ってなかったろ。
調べやがったなこいつ。
「お久しぶりです、おじさん! 会えて嬉しいのです!」
「……うむ。お兄さんもまた会えて嬉しいよ。さてクオウ君、すまないが頼まれた薬は未入荷だ。安い価格帯となると、新規に仕入先を開拓する必要があってね」
「分かっています。それとは別の用件で来ました」
「ほう?」
僕は〈マギ・インバーター〉を取り出した。
「この剣。打った人間に心当たりがあると言っていましたね」
「うむ」
「その人と会いたいんです。紹介してもらえませんか」
ギミック系の効果で、かつ低品質に安くあげた魔剣を作る魔剣鍛冶。
そんな人間がいるなら、是非とも僕のために剣を打ってもらいたい。
……安い、というのは魅力的だけど、それだけじゃない。
効果から伺える鍛冶師の特徴が、僕と噛み合いそうな感じがする。
「それは難しいな。前にも言ったが、知らない方がいい事情もある」
「多少の危険は承知の上です」
「ふうむ。そこまで言うなら紹介することはできるが」
ピウスキーは顎に手を当てて、小首をかしげた。うさんくさい。
「まず、それを打ったのはモグリの魔剣鍛冶だ」
「モグリの」
非常に珍しい存在だ。
魔剣鍛冶ギルドは非常に厳しい。そういう偽物は総力を上げて潰してくる。
「うむ。魔剣鍛冶ギルドに加入していない。偽物作りが専門、と言ってもいいだろう。変わった効果の魔剣ばかり打っていたよ。君の好みそうな代物をね」
「……なるほど。騙して売るためだけの偽物じゃないのか」
よほどの腕と道具と気合がなければ、こんな魔剣は作れない。
魔剣鍛冶ギルドが秘匿するクラス〈魔剣鍛冶〉を刻んでいないなら、尚更。
「もう一つ。その鍛冶師の取引相手は裏社会の人間だ。そして、足抜けに失敗した」
「……殺されたんですか」
知らないほうがいい事情もある、というのも頷ける。
あまり頭を突っ込まない方が良い界隈だ。
「鍛冶師としては。利き手を潰されたようだ」
それは……。
……手持ちの資金で特徴の尖った装備を整える、唯一の希望だったんだが。
諦めるしかないか。いや、対応が無いわけではないけれど。
「魔剣を打てるほどの鍛冶師なのに、かわいそうな話なのです」
「会ってみるか? 自分の打った魔剣を贔屓にされていると知れば、彼女も喜ぶだろう」
「はい!」
「いえ。リルはこう言ってるけど、遠慮します。まだ使い込んでるわけでもない」
「それは残念だ」
剣を打ってくれるんならともかく、そうでもないのに裏社会と関わりのあったやつと近づきたくない。
こういうところで足をすくわれるのは珍しい話じゃないんだ。
リルだって(ほとんど合法的な)犯罪に巻き込まれたばかりだし。
「ありがとうございました。では」
「おじさん、またね!」
「……待ちたまえ! 一つ渡しておくものがあるのだ」
「はい?」
ピルスキーがポケットを漁り、くしゃくしゃの紙を取り出した。
「今日で期限の切れる半額食事券がある。私は行けないのでね、君たちが使いたまえ」
「……大仰な呼び止め方なのにすごい世俗的なもの渡してきますね」
「ありがとう、なのです!」
「リル。知らないおじさんからものを貰うのは良くないぞ」
「だーれが知らないおじさんだと? 少しはこのお嬢さんを見習って感謝したまえよ」
「へいどーも。余り物あざっす」
「まったく君というやつは!」
そんなわけで、僕らは薬九堂を後にした。
「つーか、無料ならまだしも半額って、また貰っても微妙に困る物を……」
「いいじゃないですか、クオウさん。せっかくだし行ってみたいのです」
「どういう店なの? あいつ謎に金持ってるし、高級店だったら行きたくないよ僕」
くしゃくしゃの半額券を広げて確認する。
大衆酒場ゴールデンバブル。普通に行きやすい感じの大衆店だ。
「……まあ、リルが行きたいなら行ってもいいよ。子供が行く店じゃないけど」
「お酒ですか。飲ませてもらったことがないのです」
「珍しいね」
普通、親戚のおっちゃんが飲ませてきたりするもんだけど。
そうでなくとも、高濃度のアルコールは気付け薬として使われたりするし。
「……クオウさん、できれば一口……」
「いや、僕は飲まないし。一口も何も」
「むー」
「むーじゃないよ。別に君だって飲もうと思えば注文はできるけどさ」
「ほんとなのですか!」
「この前のブラックコーヒーと同じオチになるだけでしょ。やめときなよ」
痛いところをつかれて、リルは一瞬だけ黙った。
そのあと通りの店のショーウィンドウに目を留めて、また元気になる。
「見ましたか、クオウさん! 魔剣なのですよ! 値札の桁がすごいことに!」
「うん」
〈星降りの魔剣〉、お値段850,000,000イェン也。
さすがに値段が値段なので、店頭展示は転写の水晶を使った金庫内からの中継だ。
「あんなにお金があったなら……毎日ずっと山のようにスイーツが食べられるのです! わたしのお腹が砂糖の詰まった巨大山脈に!」
「……太る以前に体を壊しそうな食生活だね」
「なんで剣一本にあんな値段がつくのですか!?」
「空の上から星型の弾を降らせる魔剣だから。着弾まで遅延が長いから、派手な効果つきの魔剣にしては値段が低い方だよ」
「低い方!? いやものすごく高いのですけど!?」
「切れ味も耐久性も桁外れだし。遅延があるとはいえ、雨みたいに星が降ってくるからね。見たことはあるけど、流星群みたいで綺麗だよ」
一回、あの魔剣を持った奴らとやりあったことがある。
〈レンジャー〉や〈メイジ〉、〈ウォーロック〉あたりの遠距離攻撃クラスで固めた射撃戦パーティだった。
無数の援護射撃を背に、唯一の前衛剣士が突っ込んできて魔剣で星を降らせてくる。
空が覆い尽くされるほどの弾幕だった。カエイが後ろに回って瞬殺したけど。
「大衆酒場ゴールデンバブル……ここだね」
裏通りのやや怪しい一角に、キラキラ輝く看板がある。
看板の輝き方と反比例するように、内装には手が掛かっていない。
床や壁には喧嘩でついた傷が無数に残されている。
夜は無法地帯なのだろうが、まだ昼間だからか空気は悪くない。
酒より料理を目当てに来ている客が多く、けっこう席も埋まって盛況だ。
二人でカウンターに座ってメニューを眺める。
「……ん?」
新たな客が入ってきた。フードで頭を隠した女だ。只者ではない雰囲気がある。
マントの下から、妙にトゲトゲしたベルトや派手な赤黒の服装が覗いた。
お行儀のよろしくなさそうなやつだ。
しかも厄介なことに、並の人間ではない気配がする。
僕はそっちを見ないようにしながら、最低限の警戒だけは保った。
……他に空いている席がなかったせいで、そいつが僕の隣に座ってきた。
まだフードを取らない。
だがメタリックで派手な赤メッシュの入った前髪が見えていて、顔を隠しても意味がないぐらい特徴的だ。
「バレてんぞ。見るならせめて堂々とやるのが筋ってもんじゃねえのか」
げ。
「見てるわけじゃない。警戒してるんだ」
「そうかい」
僕のことを一瞥もせずに、そいつは静かに水を飲んでいる。
……意外なことに、すぐ食って掛かってくるようなタイプじゃなかった。
ならいいか。警戒を止めて、メニューに目線を戻す。
「パスタかな……。麺類って、どこでも安定してるしな……」
「えっと、わたしはポトフに、あとこのショートケーキを頼みたいのです」
「やめときな。ここのケーキは買い置きの冷凍品だぜ」
フード女が横から口を出してくる。
見た目のわりに案外フレンドリーなんだなおい。
「なんと。手抜き商品なのですね」
「なんなら、同じとこで作ったケーキを安く売ってる店が……」
「マイザ。営業妨害はやめてくれ」
店主がたまらず止めに入った。
「事実を言われて営業妨害になるってのは、飯を売ってる店としてどうなんだい」
「……お二人さん。パスタとポトフとショートケーキだね」
強引に注文を確定させにきた店主に、それで間違いないです、と返す。
「あの、わたしやっぱりショートケーキは……」
「はーいパスタとポトフとショートケーキですね、ありがとうございまーす」
「ま、酒場の飯なんざ味はどうでもいいわな。胃に入りゃあ石でもいいさ」
マイザ、という名の女は昼間っから酒を注文し、直後にジョッキが出てくる。
店主の方も頼まれることが分かっていたような早さだ。
常連客だな。
彼女はポケットに入れていた左手を出して、ジョッキを受け取る。
……手がズタズタだ。誰かにわざと潰されたとしか思えない傷。
こいつ……。
「なんだよ、さっきからじろじろと。あたしに一目惚れでもしたか? そういう恋だなんだ甘ったるいのは嫌いなんだよ、やめてくれ」
「傷が目に入っただけです。だいたい、嫌でも目立つ服装でしょうに」
「はっ、そりゃそうか」
彼女はフードを取り払った。
攻撃的な服装のわりに、案外優しく気立てのよさそうな顔立ちだ。
「あたしはマイザ・フレッチャー。見ての通り、昼間っから酒を喰らえるご身分だ。お前らは?」
「わたしはリル、冒険者なのです!」
「クオウ。同じく冒険者」
「へえ?」
マイザは僕たちの装備品を確かめ、魔剣に気づいて目を細めた。
ジョッキを一気に煽り、カウンターに叩きつける。
おそらく、僕がどういう目的を持っているか察したのだろう。
「悪いがね。あたしはもう打てない」
マイザは全身から強烈な感情を発していた。
これ以上ないぐらい明白に、寄ってくるな、というメッセージが伝わってくる。
彼女の派手で毒々しい装いの意味を僕は察した。
毒を持った生物と同じように、それは他人を遠ざけるためのものだ。
「……ええ。見ればわかります」
「なら、分かるだろ。思い出させないでくれよ。二度と寄ってこないでくれ」
彼女は代金を置いて席を立ち、フードを被って外に消えた。
「あの……クオウさん、今のはいったい?」
「あいつが例の魔剣鍛冶だよ」
「え?」
ピルスキーの野郎め。何が「彼女も喜ぶだろう」だ。
明らかにマイナスの感情を抱えまくってるじゃないか。
「だけど、喜んで昔話なんかされるより、かえって脈があるかも」
「はい? さっきから、話があまり」
「あれだけ強い想いを抱え込んでるなら……機会があれば絶対に、あいつはまた魔剣を打つ」
手さえ治れば、必ずあいつは剣を打つだろう。
これは単に、手持ちの資金で魔剣を調達できるかも、というだけの話だけじゃない。
大きな夢を抱えた人間がその手段を断たれるなんて、大きすぎる悲劇だ。
それを解決することで僕にも得があるというのなら、喜んで手出しをしたい。
……カネは掛かるだろう。けれど、それに値するだけの実力を持っているはずだ。
僕の勘がそう言っている。
「お二人さん。何があったか分からんけど」
店主が料理をカウンターに置き、僕たちに話しかけた。
「マイザはね、悪い人間じゃないよ。そこだけは誤解しないでほしい」
「ええ。分かっています」
数十分後。
食事を終えて会計した僕たちは、半額食事券の期限が一週間前だったと知らされた。
……ピルスキーの野郎……!




