その一撃に誇りを乗せて〈2〉
街の中心にある魔石柱の南側。
いくつか並んだ転移門のうち一つが、四時十五分ちょうどに開く。
冒険者の姿はまばらだ。僕ら二人を入れて十人ほど。
「おおー! 南国なのです!」
「ほとんどリゾート地だね、これ」
水色に透き通った波ひとつない海がはるか彼方まで続いている。
内陸側にはヤシの木が並び、その先には小さな火山があった。
……春の迷宮都市そのままの服装だから、だいぶ暑い。
「まあ、ゆっくり行こうか」
僕たちは別に宝を狙ってるわけじゃない。
せっかくだから、景色のいい海岸沿いを回ることにした。
「リル、あれ見て」
「ウワーッ超巨大クラゲ!」
人間ぐらい軽く丸呑みできそうなクラゲがふわふわ漂っている。
しかも光りだした。
「夜に見たらちょっとロマンチックかもしれないのです」
「リル、盾!」
「え? は、はい!」
水中から空へ浮かび上がったクラゲが眩い光線を放った。
かろうじて盾で防いだものの、威力に押されてリルが滑り、砂浜の上に跡を作る。
「……超巨大空中浮遊光線クラゲ!?」
「この迷宮、出るのは魔法生物だからな! 何でもありだ!」
まずいな。向こうは海の上で、こっちには遠距離攻撃手段がない。
「下がるぞ、リル!」
盾の後ろに隠れながら内陸側にじりじり撤退する。
クラゲもふよふよついてきて、砂浜の上まで来る。
「あれは……わたしが防いでクオウさんが飛び出せば、倒せないのですか?」
「やれるかもしれない。やってみるか。技能で挑発してくれ」
「はい。やーい、お前の母ちゃんタコーっ!」
「どんな挑発なのそれ」
クラゲ的にタコは挑発だったらしく、赤く輝きはじめた。
リルが盾を掲げて前進する。僕はその後ろについた。
びびびび、と奇妙な音を放ちながら撃ち出される赤い光線がリルの盾を焼く。
ついには穴が空き、光線が一瞬だけ革鎧を焼いた。
「リル、必要なら」
「いりません! まだ穴の空いてないとこの方が多いのです!」
僕は握った防御力向上ポーションを〈アイテムボックス〉に戻した。
光線が途切れる。砂を蹴っ飛ばして、僕は前に出る。
「はあっ!」
魔剣〈マギ・インバーター〉は輝かない。ひとまずポーションのバフ抜きで一撃。
剣がクラゲの外皮に当たり、まったく斬れずにぼよんと包み込まれた。
僕の正面でクラゲが輝く。
「やべっ」
慌てて僕は防御力向上ポーションを砂浜に投げた。
……下が柔らかくて、瓶が割れない!
「しまっ……」
「ふがーっ!」
リルが盾を構えてクラゲに頭から飛び込んできて、潰した。
「ご、ごめん。ひどいミスだった」
さすがに斬れないのは想定外だったけど、動転しすぎだ。
……まあ、やってしまったミスはしょうがない。
二度と同じことをしなければいいだけだ。
「いいのです。それより、わたしの機転を褒めてもいいのですよ?」
「ああ。確かに反応が早かった。見事なカバーだよ、リル」
「わたしは頼れる女なのです。へへん」
この娘と迷宮に潜ってれば、ムードが悪くなることなんてなさそうだな。
〈ミストチェイサー〉もこういうタイプが居れば違ったんだろうか。
「……っと、新手だ。あれは……何だろうな。火の玉?」
「妖精、なのです?」
鳥のように列をなす光の玉が飛んでいる。
あれも遠距離から攻撃してくるタイプだろうか。
と思いきや、僕らめがけて降下してくる。
鳥とはまた違う、かくかくとした不規則な回避軌道だ。
それでもパターンを読めないことはない。
光の玉の先頭めがけ下段から頭上へ斬り上げる。
けれどぼよんと弾かれて、トドメを刺せた感じがしない。
二匹目以降をかわしたあとでリルに近寄る。
「リル。ちょっと剣を交換して」
「は、はい?」
ありふれた鉄剣に持ち替える。再び襲いかかってくる光玉を一閃。
やっぱり斬れない。悪いのは剣じゃなくて僕だ。
「あだっ!」
僕の横でリルが魔剣を空振って、肩に光玉が直撃した。
そして光玉が自爆した。爆風でリルが砂浜に投げ出される。
「づーっ! あー! 死んだかと思ったのです!」
「まだやれる?」
「はい!」
頬から血を流しながらリルが答える。
命に別状はなさそうだけど、傷は深いように見える。本当に大丈夫なのか?
「あいつら自爆する上に、物理攻撃に耐性があるのか? 単に威力が足りてないだけの可能性はあるけど……しょうがない、ポーションを使おうか」
低ランクの攻撃力向上ポーションを取り出す。効果時間は二分間。
……投げて使うタイプではない。例のポーション店へ買いに行ったら、投げて使える攻撃力向上ポーションは未入荷だった。
これはそのへんの店で50%オフの千イェンだった投げ売りポーションだ。
「薬っぽい……」
「うーん……」
二人でグイッと煽る。ちょっと力が湧いてくるかな、という気はする。
改めて、僕たち二人は剣を構えた。
……やっぱり僕は斬れない。
けれどリルは偶然に剣を直撃させ、光玉を真っ二つに斬った。
「やっ……」
直後にリルの腹へ別の光玉が直撃し、海の中までぶっ飛ばされた。
透明な海へ血が混ざり、水を赤く濁らせる。
「……大丈夫!?」
慌てて彼女を陸へ引き上げる。
「だ、大丈夫……だと思うのです……」
あと二匹に減った光玉が頭上で旋回し、向かってきた。
狙いはリルだ。手元の鉄剣を捨て、彼女が取り落した魔剣に持ち変える。
「今度こそ!」
僕はタイミングを計り、投げて使うタイプの防御力向上ポーションを空に投げる。
そして魔剣〈マギ・インバーター〉の一撃で瓶を斬り割った。
ポーションを斬ったことで効果が反転する。
防御力低下効果を持つエリアが周囲に広がった。光玉二匹も範囲内だ。
「はあっ!」
鋭い二連撃で、僕は光玉を二匹とも斬り捨てた。
「リル、怪我は」
「あ、ああっ!?」
リルの鎧を脱がせて、その下の状態を確かめる。
「ちょっ!? せめて心の準備をっ!?」
「いつ他の魔物が来るか分からないから」
見た目にはひどい傷には見えないが、出血部を抑えるとリルが痛みに喘いだ。
「んぐっ!?」
爆発の衝撃が内側に響いている。内臓にダメージが入っている可能性も高い。
この様子だと戻ってからも〈幻痛〉が出るレベルの傷だ。
今すぐに帰ったほうが浅めで済む。
「……ここまでにしておいたほうがよさそうか。リル、回復薬を」
それなりに効果のある回復薬を彼女へ飲ませた。
傷が浅い状態で帰れば、幻痛も少なくなる。
「ま、まだやれるのです! 平気なのです!」
「そういう反応じゃなかったよね。傷跡を思いっきり圧迫しても平気なわけ?」
「平気です!」
どこが平気なんだ。僕は傷へ指を押し込んだ。
初心者とはいえ冒険者だ。自分の言葉には責任を持ってもらう必要がある。
「……っ! へ、平気なのです……!」
彼女は歯を食いしばり耐えてみせた。
……マジか。単なる練習なのに。相当な意地っ張りだな、こいつ。
確かに僕だって、重要な時なら骨が折れても腕が飛んでも潜り続けるけど。
「続けましょう……!」
「気合が入ってるのは分かったけど、駄目なものは駄目だよ。練習で無茶をしてもしょうがないし。傷が浅いうちに帰れば、〈幻痛〉は数時間で収まるから」
「で、でも、本当に大したことないのです」
「駄目だ。僕は帰る。君一人で進んで死んで、またひどい〈幻痛〉に襲われたいなら好きにすればいいけど」
僕は〈リターン〉の魔法を使う。しぶしぶ彼女も僕に合わせた。
……しかし、参ったな。
本当に、僕の火力がまるで足りていない。
クラゲにしろ光玉にしろ、まっとうに一撃で斬り捨てられていればまだ無傷だった。
危険度Eの迷宮でこのザマか。
かといって、ポーターが〈アイテムボックス〉を捨てて攻撃用の技能に切り替えるようなことは不可能だ。
やっぱり、攻撃用のアイテムか……あるいは魔剣か。
迷宮に潜るより、そっちの入手を優先しよう。




