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その一撃に誇りを乗せて〈1〉

 三月三十日。リルと訓練。筋は悪くないけど弱い。

 けれどやる気はある。僕とリルでやった模擬戦は二十三戦二十三勝だった。

 あれだけボコボコにされても萎えないのはすごい。

 僕があんな負けたら絶対セコい手に頼りだす。


 四月一日。日記は一日で飽きた。一行メモにしよう。リルの装備を注文。

 四月二日。リルに訓練メニューを伝えて一人で迷宮へ。危険度E。途中で撤退。

 支出がだいたい270000イェン、収入50000イェン。大赤字。

 四月三日。リベンジ。支出310000、収入76000。戦うたびに赤字が増える。

 四月四日。危険度F。支出220000。収入250000。迷宮最奥のボスと戦ってるところに乱入して漁夫の利を頂いた。装備品は拾って返してあげた。

 ドロップ品の”まじない人形”は二十万イェンで売れた。

 四月五日。危険度D。支出500000。収入450000。戦わなくても稼げるタイプの迷宮が出たので無理して潜ったが、他の冒険者に狙われて死んだ。

 魔剣は〈アイテムボックス〉内なので無事だ。

 四月六日。めっちゃ全身が痛いし昔の悪夢を見る。休養日。リルの装備がもう完成した。


「どうですか!」

「どうって言われても」


 翌日、僕たちは装備を取りに行った。

 ……ちっこいリルが全身を革鎧で固めても、なんだか微笑ましい空気しかない。


「これでわたしも迷宮に潜れますよ! さあ!」

「いや、今は僕の方が装備ないんだけど……」


 どうせ量産品だし、すぐに揃うから問題はないんだけれども。


「心配いらないのです、敵はみんなわたしが受け止めるのです!」

「……ああ、技能は〈挑発〉にしたんだっけ?」


 僕が迷宮に行っている間、迷宮ギルドの施設で技能を刻んでもらったらしい。

 技能の刻印なんて簡単なものなら数十秒で書き換えられる。

 とりあえず取ってみても無問題だ。


「まあ、そうだね。行ってみようか」


 どうせ僕は身体能力がまったく強化されない〈ポーター〉なんだ。

 平服でも軽装でも大して変わらない。


「ところでリル、転移門のスケジュールは見に行ってみた?」

「……いえ、ずっと訓練していたのです」

「なら、ついでに説明しようか。迷宮周りのシステム」


 僕たちはリルの装備を受け取ったあと、迷宮ギルドの南支部に向かう。

 道すがらに、僕は軽く説明をした。


「〈迷宮〉ってのは、まあ半分現実で半分はマジックアイテムが生み出した変な空間なわけで。そこへ行くためには転移門を使う必要がある、ってのはいいよね」

「はい」

「この転移門、開けるのが結構手間でさ。細かく開け閉めすることが出来ないから、迷宮ギルドの側で行き先をあらかじめ選んで、スケジュールを張り出すんだ」

「あの光ってる掲示板ですよね?」

「そう、転写石版の掲示板。転移門ごとで、何時にどんな迷宮行きか、って情報が出る」


 迷宮に関する情報は一言コメント程度のものだ。

 ランク分けされた危険度とか、どんな魔物が出るとか地形はどうとか。

 あと、推定される(ボスドロップ)貴重度(レアリティ)もランクで記載される。

 たまにもう少し詳細な情報が出ることもあるけれど、基本そのぐらいだ。


「で、転移門が開くタイミングで冒険者たちが集まって、一斉に転移する」

「それって……迷宮内のおんなじ場所に出ちゃって気まずくならないのですか?」

「ならないんだ。”門”だけど一方通行の転移装置みたいなやつでさ。飛ばされる場所はまちまちなんだよ。どこも最奥部への距離は同じぐらいになるけど」

「パーティはバラバラにならないのですか?」

「予め手続きしておけば、一緒の場所に飛ばすよう調整してくれるよ」


 たまーに数人はぐれたりするけど。


「だからさ、迷宮最奥の宝を狙う場合、基本的に他の冒険者との競争になるんだ」

「魔物を倒す能力と同じぐらい、人間を倒す能力も大事だと聞きましたが」

「その通り。この迷宮都市が未だ独立を保ってるのは、そうやって戦闘能力を高めてるせいでもあるからね。迷宮ギルドとしても殺し合ってほしいんだ」

「物騒な話なのです……」


 迷宮内だから死なないとはいえ、やってることは殺し合いだ。

 トラウマを抱えて駄目になる冒険者も大勢いる。


「だから、冒険者のスタイルは大きく二つに分けられる。魔物を狙うか、人間を狙うか」

「わたしは、出来れば魔物狙いでいきたいのですが……クオウさんは?」

「僕も異論はないよ。魔物を倒せなきゃ、人間と会うこともないしね」


 そもそも〈ナイト〉みたいな盾役は魔物相手に向いたクラスだ。

 〈挑発〉みたいな技能があるとはいえ、人間なら盾は可能な限り無視してくる。

 盾役は前衛のラインを作るのも仕事だけど、無視されるときは相手の後衛めがけて突入し相手陣形を荒らす必要もあったりして、そのへんの駆け引きには経験が必要だ。


「ところで、冒険者のランクって何で決まっているのですか?」

「あれは色々と専門の格付け機関があって……無駄に複雑だから気にしなくていいよ」


 一番有名な格付け機関の〈エルフィンゲート・レーティングス〉はミストチェイサーをCランクにしてるけど、戦闘能力重視のとこはBランクにしてたり、財政重視のところはDランクにしてたり……。

 クランじゃなくパーティや個人を対象にしたランキングもあったりして。

 一応、迷宮ギルドの”公式ランク”も存在している。

 これは有名な格付け機関が付けたスコアを平均して算出してるだけだけれど。

 まあ妥当な方法だよな。


 説明しているうちに、僕たちは迷宮ギルドに着いた。

 転移門のスケジュールを載せている掲示板を囲み、人だかりが出来ている。

 僕たちもそれに混ざった。


「さて、初心者でも潜りやすいやつは……」


 僕は南門のスケジュールへ近づき、ざっと眺める。

 危険度Gの迷宮が多い。安全そうに思えるが、魔物が少なく最奥部のボスに直行できるような迷宮は対人戦闘の危険が高い。

 僕はともかく、リルはまだ人間と殺し合う経験を積むような段階ではない。

 Fでも魔物が弱すぎだ。危険度E前後に絞る。


「あの、クオウさん。この迷宮ってどうなのですか?」


 リルの指差した場所を確かめる。南門6の14:00、危険度F。

 宝のランクはE。推定される宝は〈設備類〉らしい。

 転写石版(タブレット)だとか魔法の印刷機だとか、そういうやつだ。備考欄は……。


「”低現実性”か。辞めておいたほうがいいね。物理法則が崩れてたりする特殊な迷宮だ」

「……そ、そんなものが」

「うん。迷宮って異世界みたいなものだし。異世界らしい異世界だって当然あるよ」

「じゃあ、これなら」


 危険度G。宝は……種類は書かれていないが、推定レアリティはC。

 かなり珍しいな。運が良ければ低質な魔剣が出る可能性すらある。


「ここ、最奥の宝を確保すれば稼ぎは最低数百万、運次第では数千万から億まで見えてくるね。難易度に比して稼ぎがありすぎる。何百人も集まるよ。逆に危険すぎるね」

「……やっぱりクオウさんに選んでもらったほうがよさそうなのです……」

「迷宮選びで失敗を繰り返すのもいい経験だけど。じゃ、これで」


 僕は危険度Eの迷宮を指した。南門3、16:15。

 魔法生物の出てくる海岸。宝は不明だけど、記載されている。


「危険度E? 前に行ったところもEだったのです。敵が強すぎないのですか」

「無理せずに帰還すればいいからね。宝も旨くなさそうだし、人も少ない。経験を積むには丁度いいよ」

「なるほどなのです」


 さて、転移門が開くまではまだ時間があるな。


「手続きをしてくるよ。その後でまた模擬戦でもやろうか?」

「……はい。今度は負けないのです」


 というわけで、迷宮ギルドで官僚的な手続きを行った後、僕らは広い公園に移動した。

 遊んでいる子供よりも訓練に励む冒険者のほうが多い。そういう土地柄だ。


「前と同じく、先にまともな一撃を当てたら勝ちでいいよね」

「構わないのです」


 木剣を借りて向かい合う。

 リルは右手に木剣、左手には買ったばかりの木盾を持っている。

 平服に剣一本の僕が機動力で有利だ。

 彼女はまだ体に〈クラス〉が馴染みきってないし。

 〈ステータス〉がどれくらいか聞いていないけれど、そこまで補正はないはずだ。


「いきますっ!」


 盾を掲げてまっすぐに突っ込んでくる。

 僕は木剣を下段に構え、力を抜いて待ち構えた。


「たあっ!」

「甘い」


 シールドバッシュを横にかわし、すれ違いざまに木剣を振るう。

 彼女の背中にバシッと命中した。革鎧のおかげで痛くはないはずだ。


「……前と同じ負け方してないか、リル?」

「まだまだなのです!」


 まずは一勝。続けてもう一戦。

 まったく同じように盾を構えて突撃したリルを、同じようにかわす。

 が、カウンターの木剣は空振った。

 まったく勢いを緩めずに、リルは反対側に走り抜けていく。


「どこ行くのさ」

「一撃離脱なのです! これなら負けはしないのですよ!」

「……ありといえば、ありだけど……」


 未熟だけど、戦い方の傾向は見える。

 けっこう頭を使って戦うタイプで、かつ突撃好きのガンガン前に出るタイプだ。

 これなら〈ナイト〉のクラスとは相性がいい。

 成長すれば、敵に圧力をかけ、隙あらば飛び込むような攻撃的タンクになるだろう。


 折り返して突っ込んでくるリルを、また横へとかわす。

 わざと剣を振らずに見送った。

 ……そんな調子であしらっているうちに、リルがバテた。


「ぜーっ、はーっ! ま、まだ負けはしてないのです!」

「確かに」


 こっちから距離を詰めて、バテた彼女に正面から斬撃を当てる。

 避けようとして足のもつれたリルが地面にすっ転んだ。


「こうなるけどね。負けない方法も大事だけど、勝つ方法がなきゃ」

「はー、はー……まだまだ!」


 起き上がったリルが、また突っ込んでくる。


「迷宮に行く体力は残しといてよ?」

「ちょっと待てば復活するのです! 心配ご無用!」


 ほんとかよ。


「たあーっ!」


 シールドバッシュをかわそうとする。


「逃げるなーっ! なのですーっ!」


 不思議と目線が彼女の方に吸い寄せられる感じがした。

 これは……スキルの効果だな。〈挑発〉だろう。盾役の定番スキルだ。

 振り切って逃げてもいいけど、せっかくだし乗ってみるとしよう。

 盾をめがけて、真っ向から突きを繰り出す。

 ゴンッと重い音がして切っ先が弾かれた。


「そこっ!」


 隙を狙ってリルが剣を振ろうとする。

 僕は姿勢を低くして、逆に一歩踏み込んだ。

 下から上へ手を伸ばし、リルを掴む。


「よっと」


 彼女の突っ込んできた勢いを利用して、思いっきり投げ飛ばした。

 うーん。強さを評価するなら、まだ最低のGランクってところかな。


「い……いつのまにか、天地がさかさまなのです……」

「まだまだ訓練の成果は出てなさそうだね。僕でも正面からやれる」


 これが数ヶ月もすれば、〈クラス〉の効果で人外じみた強さになってるだろうけど。

 今のリルはまだ人間の範囲内だ。


「クオウさん、めちゃくちゃ強いのです……」

「そんな事はないよ。たぶん、迷宮で実戦を見れば僕の弱さにすぐ気付くと思う」


 というか、この訓練の時点で分かることなんだけど。

 僕、木剣で何回もリルを殴ってるのにダメージ入ってないよな。




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