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幕間:崩壊の序章

 クオウが追放された翌日の、〈ミストチェイサー〉のクランハウス。

 その朝食の場で、一人の少女が怒鳴り声を上げた。


「カエイ! あなた、何を考えているの!?」


 カエイの姿を見つけた瞬間に、スノウが詰め寄る。

 殺気を孕んだ怒気に当てられて食堂の空気が色めきだった。

 一瞬のうちに戦場じみた緊張が立ち上がる。


「下のパーティに移すのはともかく! 追放するなんて、合理的判断とは思えないわ!」

「オレの私怨だって言いたいのか」

「ええ、そうよ。最近のあなたはずっとそう。癇癪を起こしてる子供みたいに、感情に任せて後先考えずに暴れてるだけ!」

「今まさに自分がキレちらかしてるくせに、よくまあ他人を感情的だなんて言えるな」


 カエイが彼女を睨みおろす。相当な圧力があった。

 蛙を睨む蛇だってここまでの圧はないだろう。

 良くも悪くも、カエイの一挙一動には人生の重みが乗っていた。


「あんなやつを抱えるのがクランの利益になると本気で思ってるのか。クオウが居ればもっと稼げるってのかよ」

「間違いなく本物の才能だったわ! 上手く活かすことができれば……」

「活かすことが出来れば、じゃねえんだよ。誰かを活かすためには、誰かが潰れなきゃならねえんだ。クオウのためにオレが潰れ役になれと? バカバカしい」

「わ、私なら彼の才能を上手く活かせたわ! 噛み合ってたもの!」

「自分の才能も活かせねえで半端なサポートに回ってるようなやつが噛み合って何になるんだよ。お前は活かされる側だろうが。ま、若いうちから半端な脇役で満足してるようじゃ大成しないだろうがな」

「……カエイッ! あなたね!」


 スノウは細剣を抜いた。


「勝てると思うか」


 仁王立ちしたカエイが問う。


「剣でやりあって、オレを殺せると思うか。個人技でここまで上がってきたオレと、他人の力で上がってきたお前がやりあって、勝てると本当に思うのか」

「……ッ!」


 歯噛みしながら、スノウが剣を鞘へ戻す。


「ハッ。自分の強さを信じてすらいないような奴が、よくも大口を叩くもんだ」

「私は……私は、あなたみたいな人間にはついていけないわ」

「なら辞めろよ。あるいはクオウみたいに、オレから追放してやった方がいいのか」

「……そんな調子で、いつまでこのクランは保つのかしらね」

「悪くない負け惜しみだぜ」


 スノウの負け惜しみは、しかしまったく真実だった。

 〈ミストチェイサー〉は崩壊の瀬戸際にある。

 普段なら止めに入るであろう前衛のナイスガイ、〈ナイト〉のモウルダーですら、この喧嘩を止めずに静観しているのだ。

 カエイは崖際にいる。少しでも体が後ろにぐらついた瞬間に暗闇へ消える。

 彼女へ手を差し伸べる人間も、ロープを降ろす人間もいないだろう。

 自業自得だ。


「ま、辞めるんなら辞めるでいいがな。その前に一つ、大きなヤマがあるのさ」


 集まった注目を生かして、カエイはひとつ発表をした。


「〈夢幻迷宮〉の最前線に合同作戦(レイド)をかける。主催はオレたち〈ミストチェイサー〉だ」


 驚きの声があちこちで上がった。

 夢幻迷宮。それは、迷宮都市が作られた時から今にいたるまで終わりを見せない、今なお未知を多く残す最大規模の大迷宮だ。

 トップクラスの冒険者が集まってなお崩せない牙城であり、全ての冒険者がいつか攻略せんと望む最終目標である。

 しかし同時に……攻略しても金は稼げないだろうと言われている。

 ゆえに、”Sランク”のトップクランが総力を上げて夢幻迷宮に挑むことはない。


「正気なの?」


 スノウの言葉は、まったくもってクランの総意だった。

 とても正気とは思えない。


「……資金調達はどうする気なの。ただでさえ苦しいのに」

「心配するな。クランの金庫を空になるまで使った上で、足りない費用はゲインズ商会が持つ。百億規模だ。補助要員込みで千名規模のレイドになるぜ……」


 カエイの瞳には狂気が宿っていた。

 夢幻迷宮の攻略など失敗が確約されているも同然だ。成功したとしても失敗だ。

 ……そんなものを、他人から借りた金で?

 しかもゲインズ商会といえば、最近になって裏社会から現れた闇の濃い商会だ。

 失敗した後には何が起きる?


「あ、あんたねえ! 地獄に落ちたいなら、一人で落ちなさいよ! 私達まで巻き込むつもりなの!?」

「馬鹿言うなよ。お前らを巻き込むつもりなんかねえ。全責任取って一人で落ちてやるさ。だがな」


 カエイは言葉を切って、その場にいる全員の顔を確かめた。


「冒険者なんかやってる奴ならよ。人生に一度ぐらい、バカでかい額を燃やしてよ。持てる全てを賭けて不可能に挑んでみたくなるもんじゃないのか」


 彼女の狂気は伝染性を持っていた。

 熱された鉄を突きこまれた水のように、周囲の感情を激しく泡立たせた。


「今だ。挑めるのは今しかない。どうなんだ、お前ら。乗るのか。それとも怖気づいて逃げ出すのか」


 良くも悪くも、カエイの一挙一動には人生の重みが乗っていた。


「成功すればオレたちは一躍”時の人”だぜ。バカな金持ちがこぞって投資したがるだろうよ。一発逆転だ。なあお前ら、冒険者だろう! 一発逆転だぜ! 燃えないのか!」


 狂人の無茶だと一笑に付せるほど、ここにいる面々は人生を軽く見ていない。

 全員が迷宮にその人生を捧げているのだ。


「俺は乗る」


 最初に声を上げたのはバリスだった。


「……一発逆転だろ。悪かねえ。そんな無茶でもなけりゃ、俺は……」


 だいぶ思いつめた様子だ。


「最後の大勝負、というわけですな。ええ、いずれこうなると思っていましたとも。私はお供いたしましょう」


 モウルダーがそれに続く。

 流れに乗ってクランメンバーたちが次々と参加を表明した。

 最後に残ったのはスノウだった。


「……ゲインズ商会みたいな奴らを相手に、一人で全責任を取れるなんて思えないけど。私は不参加だったから関係ない、なんて理屈が通じるとも思えない」


 スノウは大きくため息をついた。


「いいわ。乗ってやるわよ。選択の余地はないみたいだから」


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