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ポーターの可能性〈エピローグ〉


 一日後。

 すっかり元通りの体調に戻った僕たちは、リルの希望で散歩に出た。

 ただし行き先だけは僕が決めさせてもらった。

 慌ただしい大通りではなく、やや離れたところの小さな商店街へ。


「あの! あのですね!」


 ひとまず休憩しようと入った喫茶店の席に着くなり、リルが身を乗り出した。


「あれが! アザリアさんの決め技を足さばきで返したやつが! プロっぽくて!」

「いやさ、後で話を聞くとは言ったけどさ」

「初めて握ったはずの魔剣も、わたしよりずっと使いこなしてて!」

「さすがに恥ずかしくなってくるんだけど……」

「でもすごかったのです! かっこよかったのです! ヒーローなのです!」


 すっかり懐かれてしまった。

 ええい、こうなったら逆襲だ。


「君だって、ちょっと浮世離れしたぐらい気高いとこが見えてたけど」

「や! やめるのです! 大したものじゃーないのです! ……えへへ」


 僕の勘だと、大した出自してそうなんだけどなあ。

 何かしら哲学を叩き込まれて育った上流階級の気配がするっていうか。

 ま、下賤な勘ぐりはよしておこう。


「あ、そうだ! あと、リターンの魔法を使ったフェイクとかも、冷静で……」

「この店、けっこうケーキが種類豊富みたいだよ。北国風のスノーフレーク・ケーキもあるし、わざわざカカオを輸入して本物のチョコケーキ作ってるし」

「む!」


 甘味につられて、彼女は真剣にメニューを眺めだした。

 ちょっとは静かになってくれたか。

 おしゃれな喫茶店なのに、あんまり騒いでも悪いしな。


「む……むむむむ……むむむむむ」

「せっかくだし、チョコ系で頼んだらいいんじゃないの。本場から輸入してるぐらいこだわってるみたいだし」


 あんまり悩んでいるので、横から口を出した。


「じゃ、じゃあ、それで」


 店員を呼び、それぞれにケーキを一つ。

 それから、僕はミルクコーヒーを一杯注文した。


「……! あの、わたしはブラックコーヒーを、ひとつ」


 妙に勝ち誇った顔だ。


「飲めるの?」

「……たぶん」

「無茶するなあ……」


 特に混んでいるわけでもないのに、待ち時間が長い。

 先に飲み物が来ることもない。接客より味、みたいな店だろうか。


「それで、あの。わたし、クオウさんにすごく助けてもらってて、これ以上何かお願いをするなんてワガママだって分かってはいるのですが」

「うん」

「よければ……一緒にパーティを組んでほしいのです」

「良いよ」


 僕は即答した。

 戦力としてアテになるかは怪しい。

 でも、リルは信頼に値する。僕はそう思っている。

 少なくともこの娘なら、パーティから蹴り出したりはしないだろう。

 あと、こいつを一人にしておくのは気が引けるし……。


「や! やった!」

「ただ、アザリアと迷宮行ったときみたいに〈ポーター〉はやらないからね。戦うから」

「それがいいのです! クオウさんが居れば百人力なのです!」

「どうかな……」


 自分の可能性は見えた。

 でも、まだ足りないものは沢山ある。

 ……少なくとも、武器が魔剣〈マギ・インバーター〉だけでは足りない。

 ああいうギミック系の特殊効果を持った品が他にも欲しい。

 ……でも、〈マギ・インバーター〉みたいに明確な欠陥品が出てくることってそうないし……ギミックついてるやつ、基本的に値段が吊り上がるんだよなあ。


「貯金を全額はたいても、一本手に入るかどうかじゃなあ……」


 二億イェンって、魔剣や魔法アイテムの類だと安いほうだ。

 例えば軍隊が持ってる騎兵とか、運用したら一騎だけでも諸々合わせて二億イェンぐらいすぐ飛んでくわけで。

 替えの馬を用意したり、馬にひっついて世話する人員を雇ったりする手間もある。

 それが魔剣なら、これ一本と使い手が一人いれば済むし。

 しかも使い手の腕が良ければ騎兵の十人でも百人でも斬れる。

 圧倒的に兵器としてのコスパが高い。

 ……それは分かるんだけど、個人の冒険者としては国家を相手にオークションで競争なんかしたくないし、もう少し値段が落ち着いてくれればなあ。


「お待たせいたしました。スノーフレーク・ケーキとタルトショコラ、ミルクコーヒーとブラックコーヒーになります」

「あ! 人にはチョコ系を勧めておいて、自分は違うものを!」

「まあね」


 僕はもう、自分の好みぐらい知ってるし。

 まるで雪のようにふわふわと白いケーキを、一口。

 ざくりと未踏の新雪に足を踏み入れたような心地よい食感が広がる。


 スノーフレーク・ケーキは氷菓だ。

 もともとは雪国で、細かく砕いた氷を暖炉の効いた屋内で食べる風習だったらしい。

 今ではだいぶ発展して、魔法で生成した新雪みたいな氷の上にケーキ風の生クリームを塗ったものになっている。


「うん。ミルクコーヒーで正解だ。よく合う」


 元は単なる氷だったからなのか、甘さ控えめなのが伝統だ。

 さて、リルの様子は。


「の……飲め……飲めるのです……」


 ものすごい渋い顔で、ちろちろコーヒーを舐めている。


「それ飲んでるって言えないと思うけど」

「味わってるのです……!」

「交換しようか」


 入れ替えて、ブラックコーヒーを一杯。

 だいぶ苦味の強い挽き方だ。目が覚めるような思いがする。

 朝に一杯飲みたいようなやつだ。

 ああ、そうだ……コーヒーポット、買わないとな……でも、宿に泊ってる身で家具を持つのも……。


「その。パーティを組むって、具体的にどういう感じになるのですか」


 ブラックコーヒーが飲めなくて恥ずかしかったのか、リルが話を戻した。


「そうだなあ……ある程度稼げるようになると、正式にクランを作って法人化したりするんだけど……僕たちぐらい小規模なら、別に登録したりする意味もないし」


 単に二人で一緒に潜るだけ、かな。

 どうせ大規模な作戦をやるわけでもないし、これぐらいが丁度いい。


「そうなのですか。名前を決めたりとかはしないのですか……」

「登録してなくてもパーティ名を決めてる人は多いけどね」


 ミストチェイサー、とか。

 子供の時からずっと決めてた名前だ。


「なら、付けたいのです! 名前!」

「例えば?」

「………………」

「……まあ、そのうちね。いいのが思いついたら」


 パーティ名を付けたいのに決まらない。冒険者あるある。

 その後、とりあえず仮で付けた名前が定着してしまうのが定番だ。


「ポーションズ、とか」

「いや僕、自己紹介でポーションズのクオウですって名乗りたくないよ。お笑い芸人のコンビ名じゃないんだから」

「……わたしも嫌なのです」

「だよね」


 溶ける前にさっさとケーキを食べきって、コーヒーを一杯。

 うん。今日はいい日だ。


「クオウさん。あとで訓練に付き合ってもらいたいのです」

「もちろん。出来る限りでノウハウを教えてあげるよ」

「はい!」


 ……こんな調子で、ずっとリルを連れてのんびり冒険者ライフを送るのも悪くない。

 でも、僕は下で留まっている気はないぞ。

 カエイを倒す。それが目標だ。


「リル。君はさ。どれぐらい強くなりたい?」


 そのためにリルが足手まといになったなら、僕は彼女を置いていく。

 ……強さっていうのは……生半可な覚悟じゃ手に入らないんだ。

 何かをやるっていうことは、他の何かを捨てるっていうことだ。


「次に何かあったとき、逆にわたしがクオウさんを守れるぐらい強くなりたいです」

「なかなか大変かもしれないよ?」

「そうかもしれません」


 リルが真剣な顔つきになった。


「分かっているのです。大変なことをするために、わたしはこの街に来たのです」


 ……何でだろうな。

 僕の足手まといどころか、気を抜けば僕の方が置いていかれそうな気すらする。



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