ポーターの可能性〈10〉
「な、何よ……お荷物ポーターのくせに!」
一瞬の仕切り直しを経て、アザリアがまた切りかかってくる。
間合いが遠い。魔斬でお茶を濁す気だ。既に彼女の気が折れている。
それでもスペックの差でゴリ押しされてしまうだろう。そのままなら。
速度低下ポーションを彼女のわずかに背後へ落とす。
ちょうど効果範囲が彼女だけにかかり、僕には効かないような場所へ。
これで速度は同等だ。
一気に踏み込み、胸元へ突く。
かわされる。……かわすその一瞬前から、右へかわすことが分かった。
気持ちで負け、逃げることしか考えていない相手の動きほど読みやすいものもない。
突きを途中で止め、斬撃に変える。肩への深い一撃が入る。
「いっ! な、何でよ!」
速度低下の効果時間が切れる。
アザリアが逆襲に転じ、急速に距離を詰めた。
追い詰められた窮鼠が、残された牙に頼ろうとしている。
ヤケで捨て身の攻撃をする気だ。来るかもしれないと思っていた。
……全てを捌くよりは、むしろ。
僕は攻撃力向上ポーションを地面に落とす。
その液体の色を見たアザリアが戸惑った。
攻撃力向上効果は、たしかに彼女にとって有利なように見える。
僕は防御を捨てて、小さな振りで魔剣を当てに行く。
相打ちになる形だ。リーチの差で、わずかに僕が速い。
魔剣が強く光を放つ。
〈マギ・インバーター〉の持つ”バフ・デバフ反転”の効果が発動する。
アザリアの攻撃力向上が反転し、攻撃力低下へ。
僕の攻撃はアザリアの胴をまともに斬った。
しかしアザリアの攻撃は表面で止まる。
……効果時間の短いポーションは、比例して効果が上がるのだ。
〈ポーター〉が〈ローグ〉の攻撃を防げるぐらい、それは激烈に効果を上げる。
「んぐっ!」
血反吐を吐きながら、這々の体でアザリアが下がっていく。
僕は”残弾”を確認した。
防御力向上ポーションが一つ。速度向上ポーションが一つ。それだけだ。
……僕がまともに打ち合えるのは、あと数合。それで決める。
「な……何なの……そんな戦い方……ありえるわけ……」
「どうだろう。ありえるのかもしれない」
この魔剣は、たしかに安値になるのもうなずける価値の低い魔剣だ。
元々がなまくらの上に、わざわざ斬撃でバフ・デバフ反転させるぐらいなら、最初から支援魔法なり何なりで必要なバフやデバフを重ねればいいだけのこと。
まして、斬ったバフやデバフの魔力量次第では剣が吹き飛ぶ欠陥品だ。
「……まだ、僕には可能性があるのかもしれない」
それでも今、この剣は持てるポテンシャルを最大限に発揮している。
きっと他の誰にもできない形で。
いや、違う。最大限なんかじゃない。
他のアイテム……あるいは魔剣と組み合わせれば、もっとやれるはず。
道具に頼ってるとはいえ、戦える。〈ポーター〉だって。
……ああ。諦めていた夢が手の届くところに来た。
僕は強くなって、自らの手で未知を切り開きたかったんだ。
”冒険者”になりたかったんだ。
「……まだよ……まだ、こんなところで……終わらないんだから……!」
血の跡を残しながら、アザリアが短剣を振りかぶる。
僕は防御力向上ポーションを、接敵するはずの地点へ投げた。
「……まだっ……! 絶対、遊んで暮らしてやるんだから……!」
アザリアが左手のナイフを投げた。柄がポーションに掠め、軌道が逸れた。
まずい。弱ってるとはいえ、ポーション無しで真っ向から斬りあうのは不利だ。
いや……けれど、あと一撃入れれば、彼女は間違いなく死ぬ。
やろう。正面から。
「僕だって、こんなところで終わる気はない……!」
速度向上ポーションを、互いが効果範囲に入る形で落とす。
アザリアは姿勢を崩すどころか、むしろ効果を活用して更に加速した。
さっきから色でポーションを見抜いている。
少女を売り飛ばそうとするクズの小悪党のくせに、大した適応力だ。
……あるいは彼女にも、僕の知らない過去があって、熱い思いがあるのかも。
ただ遊びたいだけで、そんなもの無いのかもしれないけれど。
知ったことではない。
僕もこのクズ女にしろ、自分のために全力を尽くして戦うだけだ。
僕は脳内で効果時間をカウントする。一秒未満の刻みを。
コンマ三秒。間合いまで一歩。勢いよくアザリアが来る。
コンマ四秒。僕はわずかに半歩後ずさり、斜めに剣を振り下ろしはじめる。
コンマ五秒。アザリアが踏み切って斬撃の態勢を作る。
コンマ六秒。速度向上の効果を受けて、短剣が猛烈な速度で唸る。
コンマ七秒。効果が切れる。
速度向上の効果をアテにしていたアザリアの斬撃がわずかに遅れる。
予めこれを計算に入れていた僕の剣が、彼女の腕を斬り落とした。
そのまま胴体に深く致命傷を刻み込む。手加減する余裕はなかった。
「なんっ、なんで……」
信じられない、と言いたげに、途中から先のない腕を見つめている。
勝負はついた。彼女は後ずさり、壁に背を預けて座り込んだ。
……命を助ける気はない。助ける手段もない。そのまま死んでいけ。
僕はしばらく構えを崩さずに、”黒い服の男”とやらの気配を探す。
居ない。リルを諦めて、既に帰ったのか。
「リル。大丈夫?」
「は……はい。クオウさんも……傷、大丈夫なのですか」
「僕は心配いらないよ。君のほうこそ、最初の〈幻痛〉でしょ。感覚がおかしくなって、気持ち悪くなってこない? 視界に変な化け物が見えたりとかは?」
「……気持ち悪くなる余裕もなかったのです……」
騙されて奴隷として売り飛ばされたショックの方が上回ったか。
そりゃそうだ。っていうか、クラス刻んだばっかりで症状が軽いのかな。
「背負ってあげるから、腕を伸ばして」
リルの体は驚くほどに軽かった。
革鎧で固めて前衛で体を張ろうとしていたくせに、こんな軽いとは。
「……待ってほしいのです」
廃屋から外に出ようとした僕を、リルが止める。
「うん?」
「サリーさん。いえ、アザリアさん。あなたはなぜ、こんなことをしているのですか」
「……うるさいわね……なによ……」
壁にもたれかかったアザリアは、流血の激しい胴体の傷口を閉じようとした。
……腕のないのに、そんなことができるはずもない。
服に血の汚れを広げただけだ。
「説教でもくれようってわけ……」
「そういうわけじゃ」
「……リルゥ……あんた、とんでもない奴を連れてきたわね……私が死ぬのは、あんたのせいだから……」
「リル。もう行こう。こいつのことは忘れていい」
彼女は首を振った。
呪いの言葉をかけられてもリルはまったく動じていない。
〈幻痛〉の最中とは思えないほどに気をしっかりと保っている。
「わたしの故郷では。大勢の人々が職を失ったのです。……一家で身を投げた人もいるのですよ。冒険者が迷宮から掘り出してくる、新しいもののせいで……」
掠れながらも力強い声で、リルが言った。
「分かっているのです。人が死ぬのです。それでもわたしは自分のために、この街に来たのです」
「そうだ……お前らみんな最低だ……私は……私……」
アザリアの言葉が不明瞭になってきた。
「リル。無理しなくていい。もう行こう」
「サリーさん。わたしを拾ってくれたあと、良くしてくれたことは忘れないのです。きっと、悪いアザリアさんの中にもひとかけらの善人が居て、それがサリーさんだったのでしょう」
僕は連れ出すのを止めて、リルを壁沿いに降ろした。
彼女に覚悟があるのなら、死に向き合うのも一つの選択だ。
「なぜなのですか。何故あなたは、悪事に手を染めたのですか」
「……何故って……」
アザリアが瞳だけをふらふらと動かして、リルの姿を探す。
もう見えていない。そういう動きだ。
「仕方なかったのよ……冒険者として小銭を稼いで、遊びに溺れて……ただの成り行きよ……こんなつもりは無かったのに……」
よくあるパターンだ。
この街は人を喰う。
カネを持たせ、身の丈に合わない欲望を持たせて、破滅へと導く。
間違いなくそれは迷宮都市の一側面だ。
「わたしを売り飛ばしたのも、仕方なかったのですか」
「……分からないわよ、あんたみたいな小娘には……」
「分かりません。分かる気もないのです」
リルはふらふらと、自分の足で廃屋から出ようとした。
倒れないように彼女の背を支えてやる。
「わたし。あなたみたいな冒険者には絶対ならないのです。きっと、それがわたしからサリーさんに向けられる、一番の弔いですから」
「……出来るもんなら、やってみなさいよ」
僕たちは廃屋を後にした。
アザリアの口元へ笑みが浮かんでいた気がするのは、僕の見間違いだろうか。
「あ……安心したら、なんか……痛みがきたのです……」
すぐにリルが動けなくなったので、僕は彼女をまた背負ってやった。
僕の方も無事ではないけれど、まだ余裕はある。
「クオウさん……ありがとうございました……感謝しても、しきれないぐらい……それに、すごくかっこよかったのです……」
「リル。話なら、きみの体調が治ったあとでいくらでも聞くよ。今は休もう」
「は……はい……」
いよいよ限界を越えたか、リルは気を失った。




