ポーターの可能性〈9〉
剣を握ったことも、戦ったこともある。
けれど、僕一人だけで現実世界で命をかけて戦うなんて……いつ以来だ?
……まして〈クラス〉を刻んだ冒険者と一対一なんて。
「君ごときに殺されるようじゃ、カエイを倒すなんて夢物語だからね」
虚勢を維持したまま、ポーションを投擲する。
軸足を蹴り出し前方へ。
アザリアは横へ跳びながら、空中で両手の短剣を振り抜く。
赤く輝く半円の軌跡が留まり、急加速して飛来する。〈魔斬〉だ。
魔法の杖を使っていた時よりも圧倒的に鋭い。あれが本来の獲物だ。
半身になって〈魔斬〉をかわし、前に駆け出す。
ポーションがリルのそばに着弾。
魔法陣が現れ、魔力が渦をなして巻き上がる。
〈リターナー〉だ。効果は〈リターン〉の魔法と変わらない。
横っ飛びしてリルと距離を離していたアザリアが、焦りながらそれを見る。
彼女は一瞬のうちに移動方向を切り返しリルのもとへ向かった。
まるでボールが壁に跳ね返ったような機動だ。
人間の身体能力ではない。
「そこだ……!」
空いた左手で〈アイテムボックス〉を開く。
敏捷性低下と防御力向上のポーションをまとめて掴み投擲。
僕とリルとアザリアの三人がちょうど効果範囲に入る一点で破裂する。
強烈な速度低下効果を受けて、アザリアの動きが鈍る。
人外から人間らしい身体能力にまで引き戻せた。
……転んでくれないかと期待していたのだけど、彼女は辛うじて態勢を保った。
僕は勢いのまま前進し、斜めに魔剣〈マギ・インバーター〉を振り下ろす。
だが、速度低下の効果はわずかコンマ七秒間。
元の速度を取り戻したアザリアは、無茶な軌道で強引に魔剣と打ち合ってきた。
……それなりに長い剣を両手で握っているにも関わらず、アザリアの短剣に力で押し負ける。
僕はすぐさま距離を取ったが、アザリアはそれ以上の速度で距離を詰めた。
猛烈な速度から繰り出される短剣の一撃が手首を掠める。
わずかに浅い。防御力向上ポーションのおかげだ。
こちらの効果は四秒間、まだ効果が残っている。
保険をかけて正解だった。
しかし、短剣の攻勢が一撃だけで止まるはずがない。
両手の短剣が目まぐるしく振るわれる。
普通なら目で追うこともできないような速度のラッシュだ。
「くっ……!」
いくつもの斬撃が僕の身体をえぐった。
なんとか急所だけを魔剣で守る。
「……クオウさん……!」
〈幻痛〉で酷い状態のリルが、それでも身を起こそうと体をよじった。
しかし痛みに耐えかねて体を丸める。
「……こっちに構うのはいいけど、リルのこと忘れてないかなっ……!」
ハッとしたアザリアが、〈リターナー〉の効果を受けたリルを気にする。
〈リターン〉の魔法が発動した。だが、何も起きない。
迷宮外で帰還魔法を使っても意味がないのは当然だ。
「なによ! 何も起きないじゃないの!」
「どうして怒るのさ。騙すのは好きだけど、騙し合いは好きじゃないって?」
騙されてくれたおかげで距離が開いた。
乱れた息を整える。その間にも体から血が垂れて、小さな血の池を足元に作った。
あのまま攻撃を続けられたら、もう微塵切りにされていたろう。
……攻防の全てが綱渡りだ。
さっきラッシュを防げたのが不思議なぐらい、圧倒的に基礎スペックで負けている。
「言ってなさいよ。今ので分かったわ。あんた、雑魚ね」
まったくだ。
斬り合って勝てる目がない。
アザリアの強さはせいぜいEランク程度。
〈ミストチェイサー〉の誰がやっても瞬殺する相手なのに。
こんなに追い詰められるなんて。
……でも、負けたわけじゃない。何かあるはずだ、まだ。
諦めるな。自分を信じろ。やれることをやれ……!
「ハハ。雑魚に全力のラッシュを防がれておいてよく言うよ」
「……はあ? 防げてなかったわよ! ……それに、全力でもないわ!」
よし。挑発に乗った。
速度に頼って真正面から攻めてくる。
読みやすい大ぶりの一撃を止めるために、僕は魔剣で防御を固めた。
カウンター……を狙う余裕もないほど、速い!
アザリアが短剣を振るった。間合いの僅かに外側。
それが空振るのに合わせて反撃を狙った。
しかし短剣の軌跡は赤く輝いている。
意図的な空振りだ。
「これが全力よッ……!」
振り抜いてから軌跡が〈魔斬〉となって飛来するまで、わずかなタイムラグがある。
僕の正面に時限攻撃が設置された。魔剣を防御から外せない。
彼女が僕の横へ回ろうとする。
魔斬と同時に別方向から攻撃すれば、両方を捌くことはできない。
……不思議な感覚があった。
僕はこの攻撃を知っている。
あれはたしか、冒険者になってから一年も経たない頃だった。
- - -
「おいクオウ、見ろよこれ!」
カエイが空き地に立てた木人へ〈魔斬〉を放ち、すぐさまステップを踏む。
魔斬の位置から九十度。木人の正面と側面から、二つの斬撃が同時に襲いかかった。
「すごくないか! 一人で違う方向から同時攻撃だぜ!」
「あのさ。毎日ころころ違う〈技能〉を選ぶの、辞めない?」
「いいだろ別に。面白いし」
「……ちょっと触っただけの浅い技能なんか通用しないよ。傍から見てるだけで、すぐに対策が分かる。僕で試してみて」
僕はカエイの前に立ち、練習用の木剣を構える。
- - -
あらゆる技には返し技がある。知っている攻撃ならば、捌ける。
〈魔斬〉が設置された瞬間、僕は相手の腰へ注目した。
向かう方向へと重心がわずかにずれる。左だ!
相手が跳ぶのと同時に、僕も左後方へと跳ぶ。
こちらも跳んでしまえば二方向からの同時攻撃は簡単に崩せる。
知ってさえいれば単純な返しだが、初見で硬直せずに跳ぶのは難しいだろう。
強力なセットプレイの代償は、やり始めたら止められないことだ。
この攻撃は相手がその場で動かないことを前提にしている。
勝負を決めれる大技だけど、放つにしても機というものがある。
まだだ。相手を動けないところまで追い込んでからでなきゃ。
甘い。僕より経験が浅い。
勝てる。
勝てるという確信が、僕の動きから迷いを取り去る。
「え……」
僕が跳んだことでパターンを崩されたアザリアが、一瞬、止まる。ここだ。
「はあっ!」
完璧なタイミングで放たれた魔剣の一撃が、袈裟懸けに血の跡を刻む。
「あぐっ!?」
けれど手応えは浅い。ここまで完璧なお膳立てをしても、まだ反射神経だけで強引に身を引かれてしまった。
……だとしても、この攻防は僕の勝ちだ。
”僕が勝った”という事実は大きい。ポーターに負けて冷静で居られる前衛職はいない。
「やれる……!」
勝ち筋を掴んだ。アザリアが立ち直るまでは僕が有利だ。
それに、このアザリアという女は〈ローグ〉だ。
あのクラスの動き方を僕は知っている。
相手に余裕がない状況なら、読みきれる自信はある。
……死ぬほど強いカエイっていうローグの動きを、他のみんなの動き方を、僕はずっと〈ポーター〉として背後から観察してきたんだ。
この街で〈ポーター〉として過ごした十年間は、たしかに僕を強くした!




