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決戦の時〈7〉


 その日の朝も、ソブランは迷宮に潜るつもりだった。

 クオウに影響を受けて引退を先延ばしにしてから、パーティは上手く行っている。

 危険度Dランクの迷宮にも安定して潜れるようになり、稼ぎにも余裕が出た。


 彼の視線は、迷宮ギルド本部のスケジュール表で上下にさまよっている。

 Cランクに挑んでみようか。いや、まだDランクで稼いで装備を良くするべきか。

 ……その瞬間、スケジュール表がぶつりと暗転する。


 迷宮ギルドのスケジュール表には、〈転写石版(タブレット)〉が使われている。

 質のいい転写石版なら、任意の写真や映像を投影することができる。これを使えば、毎日スケジュールを張り直す手間が省けるというわけだ。

 遠距離から魔力で通信し、転写石版に映すものを更新することもできる。

 それはつまり、転写石版への”ハッキング”が可能であることを意味していた。


 そして高級な転写石版(タブレット)には、実は音声の出力機能がある。

 学者たちいわく、古代の転写石版(タブレット)はまだまだ隠れた機能があるはずなのだとか。


「驚かせてすまない。僕はクオウ・ノール。冒険者だ」


 ソブランが驚愕しながら転写石版を見つめる。

 スケジュール表を見ていたはずが、何故かそこにはクオウが映っていた。


「悪いけれど、一時的に迷宮都市の転写石版をハッキングさせてもらったよ」


 それは真実ではない。ハッキング技術は五海商会の技術部門が持っているものだ。

 だが、この物語を売り込む上でそれは関係がない。


「みんなに聞いてもらわなければいけないことがある。ゲインズ商会の悪行についてだ。口で説明するよりも映像で見たほうが速いだろうから、まずはこれを見て欲しい」


 そして、編集された映像が流れる。

 アルギロス・ゲインズが部下の頭を爆発させている場面。

 〈レッド〉や各種薬物の取引に臨んでいるシーン。

 檻に入った人間を見て笑顔を浮かべているところ。

 その映像には説得力があった。なぜなら、事実だからだ。


「それに。……僕の幼馴染もゲインズ商会に無理やり借金を負わされて、洗脳されて自我を奪われた上で無理やりゲインズの配下として働かされている」


 椅子に座ったクオウの隣に、小さな写真が現れる。カエイだ。

 迷宮ギルドにいた人々が映像を見ながら騒ぎ始める。

 迷宮都市の人々にとって、こういう映像はまだ目新しいものだ。

 映画はぽつぽつと作られはじめたが、未だに慣れていない方が多数派である。

 そこに映っているものを嘘だと笑い飛ばすような人間は、まだ少ないのだ。


 転写石版のスイッチを切ろうとした職員が、偉そうなローブの女に制止された。

 迷宮ギルドの紋章が入ったそのローブは迷宮ギルドの長のみが着用できるものだ。

 その場面を見ていたソブランや目ざとい冒険者たちが、なんとなく状況を理解した。

 この無法なハッキングは冒険者ギルドに公認されているのだ、と。


「……迷宮都市は、欲望の街だ。強ければ何だって許される。まだ奴隷制が残ってるし、法だってろくに機能してない。残酷な事件だって多発してる。それでも」


 映像のクオウは真剣な顔だ。

 彼がこのために用意したセリフは作り物だが、同時に彼の本音でもある。


「僕は迷宮都市を信じてる。ここは夢の街だと。皆に夢を追う権利があるはずだと。……法が機能してないんなら、僕たち冒険者が立ち上がらなきゃいけない!」


 クオウは力強く演説した。その振る舞い方は、カエイの演説を真似たものだ。


「無数の夢を食い物にしてきたゲインズ商会を見逃すのは、もう終わりだ! 僕はこれから、ゲインズ商会の本拠地へ。カジノ〈リゾーティア〉へ向かう。もしも、これを聞いている皆に良心が残っているのなら」


 彼は間を置いた。

 聞いている人々が唾を飲んだ。


「心からのお願いだ。ゲインズ商会を倒すために、手を貸して欲しい」


 そして、映像は消えた。迷宮ギルドの壁には再びスケジュールが映る。

 冒険者たちがざわついた。反応は……微妙だ。

 そもそも迷宮で殺し合いをするような冒険者が善良である可能性は低い。

 加えて、ゲインズ商会に楯突くのは明らかに無謀だった。

 反感を覚えている冒険者は多いが、自ら殺しに行くほど怒ってはいない。


 それでも動き始める冒険者たちはいた。

 純粋な者や怒りを共有する者、クオウに好感を抱いている者だ。

 ソブランもその一人だった。

 煽られてカジノへ向かおうとしている彼らの足が、止まる。


「失敬」


 転写石版が再びハッキングされた。

 オフィスを背景にして、派手な白いスーツを着こなした男が映っている。

 その一挙一動には、クオウと比べ物にならないカリスマが宿っていた。


「あまりに事実とかけ離れた言い分だ。ゲインズ商会の会長、この僕アルギロス・ゲインズは、天にかけて証言する。彼の信じているものは妄想だ」

「き、切れ!」


 迷宮ギルドの長が胃を押さえながら叫び、映像が暗転する。

 その数秒後、「外の看板だ!」と誰かが叫んだ。

 質のいい転写石版が使われているのは、迷宮ギルドのスケジュール表だけではない。

 最近ぽつぽつと増えはじめた広告看板にも使われている。


 冒険者たちは一斉に迷宮ギルドを後にした。

 迷宮都市の各所にゲインズの姿が映っている。


「この事件には黒幕がいる。大掛かりな映像をでっち上げるほどの動機を持った黒幕がね。むしろクオウくんは被害者だ。彼のことを責めないであげてほしい。……まず、クオウくんの過去について説明させてもらおう」


 彼は語った。お荷物と呼ばれたポーターが、〈ミストチェイサー〉というクランの中で足を引っ張って孤立し、追放された様を。

 彼はカエイという女にこだわっていて、自分が追放されたのは彼女がゲインズ商会に洗脳されたせいだと思いこんでいるのだ、と彼は結んだ。


 ゲインズの語り口には、人を惹き込む魅力があった。

 演説の手腕はクオウを遥かに上回っている。

 内容ではない。抑揚のつけかたや、表情の作り方だ。

 そうした本能に訴えかける部分で、圧倒的に差がある。


「そもそも僕たちゲインズ商会は”人のため、世間のため、夢のため”がモットーだ。炊き出しを始めとした慈善事業も行っている」


 冒険者たちは、むしろゲインズの言葉を信じ始めていた。


「つい先日に迷宮ギルドが行っていた薬物反対キャンペーンを覚えてるかな? あれは僕たちゲインズ商会が私財を投げ売って行ったものだよ」


 それは真っ赤な嘘だ。

 資金源は100%迷宮ギルドで、ゲインズ商会はむしろ妨害する側だった。

 しかし、そこに映っているものを嘘だと笑い飛ばすような人間はまだ少ないのだ。


「僕たちが薬物の取引に手を出しているはずがない。しかし、君たちの思ってることは分かるよ。映像が残っているじゃないか、って? けど、映像をでっち上げることは可能なんだ。〈シェイプシフター〉という種族がいる」


 彼はちらりと横を見た。

 そこには時計と台本かが置かれているに違いなかった。

 このハッキングは時間が経てば間違いなく五海商会により妨害される。

 その妨害までの時間を最大限に活用するための準備を、ゲインズは行っていた。


「哀れなクオウくんは、でっちあげの映像を見せられたんだ。妄想を抱いたかわいそうな人へさらなる妄想を吹き込んで、手駒として操るためにね」


 彼はこの上なく真摯な態度で言った。


「僕たちがカエイを操ってるだって? とんでもない。むしろ、操られているのはクオウくんの方だ。現に、カエイは無事なんだからね」


 ゲインズが水晶を動かした。ブレる画面の中で、カエイが手を振った。

 はっきりと長回しで映っていたならば、その死んだ瞳やぎこちない動作に気付く冒険者もいただろう。だが、一瞬のことだ。よほどの手練でなければ判断できない。


「これで分かってくれたよね? 僕たちを貶めるために、策謀を練ってる黒幕がいるんだ。その黒幕は……」


 アルギロス・ゲインズは微笑んだ。


「五海商会だ。彼らは僕のカジノを奪うために、手段を選ばず陰謀を巡らせている。他人の金に目がくらんだ、欲望の亡者さ。……ああはなりたくないものだよ」


 それは盤外での戦いに勝利したことを確信した笑みだった。


「僕も、クオウくんの言っていることには共感できるよ。夢があるんだ。この商会を育てて、迷宮都市に貢献するっていう夢がね。そのために僕は」


 ぶつりと映像が切れた。五海商会の妨害だ、と誰かが叫んだ。

 そして実際に、映像が切れたのは五海商会の妨害だった。

 妨害されるギリギリのタイミングで”黒幕”を名指したことで、説得力が更に上がる。

 ……アルギロス・ゲインズという男は、無能ではない。

 彼は確かに、手段を選ばず迷宮都市の裏社会をのし上がってきた大悪党なのだ。


 ソブランは左右を見回した。誰一人としてクオウのことを信じている者はいない。

 悪党ゲインズへの無謀な挑戦に挑む冒険者クオウと、そこに偶然居合わせて力を貸す善良な五海商会……という筋書きは、一瞬のうちに反転した。

 もはや五海商会が黒幕として悪役の立場に収まっている。

 計画開始から数分も経たないうちに、五海商会の描いた計画は瓦解した。


 それでも、ソブランはカジノに向かった。

 一瞬とはいえ肩を並べて戦った者にとって、クオウとゲインズのどちらが真実を話しているのかは明白だったからだ。

 ……だが。絶望的な戦いになるだろうことは明らかだった。


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