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ポーターの可能性〈7〉


 一般的に、迷宮は宝のある場所へ近づけば近づくほど敵が強くなる。

 この森林の形を取った迷宮の場合、下っていけばいくほど敵が強くなった。

 最初はありふれた動物の形を取っていた魔物も、徐々にその姿を変えていく。


 最初はただのオオカミや牡牛の形だったのが、角や刃の生えた個体が混ざる。

 知能も徐々に賢くなり、まっすぐ突っ込んでくることは少なくなった。

 この迷宮の危険度はFランクだが、危険度が低いといっても相対的な話。

 仮に〈クラス〉を刻んでいない兵士を放り込んだら確実に負けるぐらい敵は強いのだ。


 戦闘を繰り返しているうちに危ない場面が増えてきた。

 リルは必死に前衛の盾役をこなそうとしているが、経験不足は隠せない。

 進むたび彼女には生傷が増え、僕からの支援が必要な場面も増えてきた。

 ……本当なら、リルはもう二回も致命傷を受けている。

 僕がタイミングを合わせて防御力を上げるポーションを投げたので、両方とも無事で済んだけれど。


「え、うわ!」


 歩いている最中、いきなりリルの叫び声を上げた。

 横合いからまっすぐに、巨大な熊が突っ込んでくる。

 狙いはリルだ。盾を構えてるが、どう考えても止まらない。

 僕はすぐさま途中の地点へ速度低下ポーションを投げた。

 デバフで熊がバランスを殺して転ぶも、すぐに効果が切れる。


「リル、斜めに避けながら受け流せ! 当たると吹き飛ばされるぞ!」


 叫びながら、僕は防御力向上ポーションを投げる。

 四秒間だけ防御力を魔法的に向上させる効果が、リルに宿る。

 慌てて避けはじめているリルの盾に、熊の爪が振り下ろされる。

 深く爪痕が刻み込まれるが、かろうじてリルは耐えた。

 彼女がとっさに魔剣で反撃する。


「待て! まだ……」


 四秒間の防御力向上効果が切れていない。

 対象はエリア内の全てだ。この熊にも効果がある。

 僕は魔剣が弾かれ、リルが無防備に隙を晒す様を幻視した。


 だが、まったく違う事が起きた。

 勢いもない魔剣の一撃が、熱されたバターでも切っているかのように熊を通り抜ける。

 その剣身は淡く輝きを放っている。魔剣が効果を発揮したに違いない。

 このタイミングで? なぜ発動した? どういう効果だ?


「今のは……」

「何だったのですか、サリーさん!」

「え、ええと。その魔剣、そんな効果があったのね?」


 分かりやすい嘘だった。

 この女は魔剣の効果をもう知っていて隠している。

 何のために。


 ……最初から、初心者に魔剣を貸し出している時点で怪しい。

 だいたい元シスターの魔法使いみたいな雰囲気を出そうとしているが、どう見ても後衛職ではない。

 技能(スキル)に選んでいる〈魔斬〉は主に前衛が使うものだし。

 魔法の杖を使う雰囲気はない。ただの飾りだ。

 つまり、〈ウォーロック〉とか〈メイジ〉みたいな後衛のスペルキャスターでも、〈メディコ〉や〈プリースト〉みたいなヒーラーでもない。この女は前衛職だ。


 元シスターとかいうのもきっと嘘だ。そういう雰囲気ではない。

 すぐバレるような安い嘘をついているのは何のためだ?

 ……リルを拾って助ける慈善家らしい説得力を出すため?

 けれど、その目的は? 彼女はただの少女で……ああ。

 なんとなく察しがついた。 


 最初から薄々感づいてはいたが、この女はたぶん悪人だ。

 サリーというのも本名かどうか。


 リルは〈エイプリル〉に所属してるよな。

 クランに所属しているってことは、法的な形での契約も存在してるってことだ。

 契約に則っていれば大概のことは合法になる。

 弱肉強食の迷宮都市なら尚更だ。

 例えば。


”クランの装備を損失した場合、その場で評価額相当の賠償を行うものとする。もし支払いが不可能である場合、奴隷身分への降格をもって支払いに変える”


 と書いておけば、リルを合法的に売買できる。

 この迷宮都市で、そういう”罪にならない”事件は珍しくない。

 あれだけ元気で夢に溢れた少女を食い物にするなんて、許されたことじゃないけれど。

 きっと、そういう狙いがあるんだ。


 可能性、みたいな段階の話じゃない。

 冒険者をそれなりに長く続けていれば、悪行の臭いは嗅ぎ分けられるようになる。

 間違いなく事実だ。


 ……僕が何かをできる可能性は低い。

 これは多分、合法的でタチの悪い悪行だ。

 法に則ればリルが犠牲になる以上、止めるなら実力行使しかないけれど。

 サリーは前衛職で、僕より圧倒的に戦闘力がある。

 戦いになれば勝ち目は低いだろう。

 所詮僕はポーターで、自分一人で何かするのに向いてない。


 けれど僕にとって、リルはもう他人じゃない。

 彼女ひとり守れないんじゃ、僕が冒険者として過ごした十年間はなんだったんだ?

 これを見て見ぬ振りして自分の身を守るようじゃ、僕は本当に……自分も自分の可能性も信じられなくなってしまう。


 それに、自分でもリルに言ったじゃないか。

 向いてるとか向いてないとか、そんなことは関係ないんだ。

 自分がやりたいんなら、たとえ才能が皆無だったとしても、諦めずにやり続けるしかない。

 そして、僕はリルを助けたいんだ。


「その魔剣にちゃんと効果があるなら、まだ進めるわね」


 白々しい。

 この女が狙っているのは、無理な進軍でリルに魔剣を失わせることだろう。

 なら僕なんか雇うべきじゃないが、きっと魔石で稼ぐ小銭に釣られたんだろうな。

 あるいは、そのへんの素人ポーターを混ぜておけば「リルは戦闘で負けて魔剣を失った」っていう証言をしてもらえるかも、って狙いなのかもしれないけど。

 ……しかし、数千万イェンする魔剣と引き換えにしてもいいほど価値があるのか?

 まだ何かを見逃しているかもしれない……。


「そうですね」


 僕はサリーに同意した。ギリギリのところまで粘って狙いを見極めたい。

 分からないのはこの魔剣。

 何を狙ってるにしろ、やっぱりリルに持たせるには価値がありすぎる。


「……ところでクオウさん、ほいほいポーションを使ってるわね。懐は大丈夫なの?」

「いやあ、痛いかもしれません。代金をおごってもらえればありがたいですね」

「接敵したのです!」


 リルの声で僕たちは戦闘態勢に入る。


「あれは……大きな鱗つきの猫、ですか? しかも光ってるのです……?」


 来たわね、とサリーが呟いた。

 毛皮のかわりに鱗が全身を覆った奇妙なライオンが、リルを睨んでいる。

 隙間から漏れる魔力の光は、おそらく自身にかけている強力なバフの証だ。

 魔力の極めて多い個体である証拠だな。

 あれはまずい。戦闘力が一回り違ってくる。

 支援があってもリルじゃ無理だ。


「……撤退しないんですか、サリーさん」

「まだ行くわ。負けるのも経験よ」


 よく言うよ。

 彼女は魔法の杖を構えているけれど、攻撃する様子はない。

 さて。僕の取れる手は?


 今すぐリルに伝えてしまう、のは悪手だ。

 その場合、サリーは僕たち二人を殺してすぐに帰還すればいい。

 迷宮内で殺されたことによる〈幻痛〉でまともに動けないリルを抱えて逃げられたなら、僕に出来ることはなくなってしまう。

 僕も幻痛でろくに動けないし。


 じゃあ、僕の側から奇襲してサリーを先に殺す?

 駄目だ。僕がこいつと戦うなら、もっと準備時間が必要だ。

 あらかじめ手を考えておく必要がある。

 それに勝てたとして、そのあとリルが僕のことを信じてくれないだろう。


 ……彼女のプランに乗っかるほかない。

 この場でリルが負けて魔剣を失うのは容認する。

 その上で、何らかの手を打たなければ。


 僕は〈アイテムボックス〉を開き、中を確かめる。

 防御力向上と敏捷性低下ポーションが二瓶、攻撃力向上と敏捷性向上が一瓶。

 加えて、他のポーションがいくつか。


「……これだけで、やれるか?」


 呟く。

 同時に、前方でリルが鱗ライオンと衝突した。

 吹き飛ばされて地面に転がり、すぐさま立ち上がる。


「〈魔斬〉!」


 サリーの攻撃はわざと的を外している。

 僕は彼女のモーションをじっくりと観察した。

 癖を見抜いておかなければ。


「引きつけます! 攻撃はサリーさんに任せるのです!」

「……ええ! けれど、自分での攻撃を諦めてもいけないわよ!」


 必死に逃げ回って耐えるリル。

 そして攻撃を適度に外すサリー。

 〈魔斬〉の振り方からして力よりは素早さに頼る方だ。やはりローグ。

 身体の芯が多少ブレている。未熟だ。しかし基本はできている。

 強さで言えばEランクの上位ぐらい。中堅冒険者、と言えるぐらいの実力だ。


 ……それでも、僕にとっては厳しい相手だろう。

 単純に、速度や防御や攻撃に魔法的な〈ステータス〉補正があるせいで能力が違う。

 向こうの方が圧倒的に速く、硬く、強い。

 勝機がない。まだ何も見当たらない。

 

 ……少なくとも、迷宮内で戦ったらダメだ。

 死の恐怖がない状態では、力押しで負ける。

 心理戦が通じる状況があるとすれば……迷宮内ではなく現実世界。

 負ければそれで僕の人生は終わりだ。かつ、勝ち目はない。本当に、やるか?


「くっ……ま、負けないのです……!」


 リルが苦し紛れで放った魔剣の一撃が、ライオンに命中する。

 魔剣の剣身が再び輝いた。

 さっきよりも圧倒的に眩く、しかし不安定だ。

 まるで悲鳴を上げているのかのように剣が震える。

 剣身が素早く明滅し……甲高い金属音を立てて、それは物凄い勢いで弾き返された。


「え!?」

「なっ!?」

「……!」


 リルがいきなり空中へ飛んでいった魔剣の軌跡を目で追う。

 前衛に立つリルにとって、それは致命的な隙だった。

 頭へまともに噛みつかれ即死する。

 倒された魔物たちと同じように、リルは輝く粒子へと姿を変え、消えていなくなった。


「まずい! あれは勝てないわ! 帰還するわよ!」


 サリーがわざとらしく言い、すぐさま帰還用魔法の〈リターン〉を使った。

 彼女の周囲に魔法陣が現れ、魔力が渦をなして巻き上がる。

 あらかじめそうする気でいたな、と丸わかりの意思決定速度だ。


「あっ、はい!」


 僕もそれに習う。

 慌てて準備に移ったせいで、手に握っていた黄色いポーションが滑った。

 それはサリーのそばで破裂する。目に見える効果はない。

 ……ミスに見えるよう意図した行動だ。

 追跡のために〈トレーサー〉を使った。


「じゃあ……迷宮ギルドの中で待ってるわ!」


 サリーが一瞬早く〈リターン〉を終える。

 それを見届けて、僕は〈リターン〉を中止した。


「見つけたぞ……僕の勝機」


 あの魔剣の性質は分かった。僕の性質と明らかに噛み合っている。

 さあ。飛んでいった魔剣を拾いに行かなければ。

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