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追放〈上〉

 田舎から出てきたとき、僕たち二人はまだ十五歳の子供だった。

 知恵も知識も、身につけた達人の技もない。

 けれど夢だけは不相応に大きかった。

 身の程も知らずに、英雄になるんだ、と決め込んでいた。

 僕らは自分を特別だと思いこんだ凡人だ。

 その点まで含めて普通の若者だった。


 最初に現実を知ったのは、迷宮都市〈エルフィンゲート〉に着いてしばらく経ったころ。

 僕たちは必死にバイトで貯めた貯金をはたき、迷宮へ挑む資格を得るための試験に挑んだ。

 そして、落ちた。受験費用の十万イェンは水の泡。

 今にして思えば大したことのない金額だけれど、若い僕たちにはすごい大金だった。


 それでも諦めなかった僕たちは、翌年に〈迷宮冒険者〉としての資格を得た。

 迷宮ギルドの掲示板に掲げられた合格者一覧に僕の「クオウ・ノール」という名前を見つけた瞬間のことを、今でも鮮明に思い出せる。


「カエイ! やった! 僕たち、迷宮に潜れるんだよ!」

「騒ぐなよ。スタート地点に立っただけだろ。こっからだよ、オレたちは」


 そう言いながらも彼女の口元は緩んでいた。

 いっつも鋭い目線と攻撃的な空気を纏い、”オレが最強だ”とでもいうような威圧感をバラ撒いている彼女でも、さすがに嬉しさを隠せなかったらしい。

 その瞳は夢と希望にキラキラと輝いている。

 僕自身の目を鏡で見ても、きっと同じように輝いていたはずだ。


 僕たちはその足で迷宮ギルドの”職業斡旋所”に向かった。

 職業といっても、働き先のことではない。

 人間が魔力を扱うために必要な回路のアーキタイプ、すなわち〈クラス〉を指す。


 人間という種族はもともと魔力を扱えない。

 しかし半世紀ほど前、あるエルフの反逆者が森を抜け、エルフが隠していた秘術をいくつも大衆に授けた。

 まず明かされたのは世界の狭間に存在する無数の”迷宮”、その存在と転移法だ。

 そして次に、人間でも魔力が扱えるようになる刻印が公開された。

 これが〈クラス〉だ。


 魔力や魔法の傾向は、本人の素質に加えてどのクラスを刻むかによって決まる。

 例えば前衛タンクの〈ナイト〉なら、体を巡る魔力が攻撃に耐える頑丈さをもたらす。

 逆に後衛の魔法アタッカーの〈メイジ〉なら、人間の身で高度な魔力操作が可能になる代わり肉体は常人のままだ。


 この傾向は〈ステータス〉とも呼ばれ、いくつかの項目に分類されている。

 攻撃力・防御力・敏捷性・知覚力・魔力。この五つだ。

 これらの〈ステータス〉は簡易的な測定を行うことが可能である。

 最低のGランクからAランクまでの七段階評価だ。

 その傾向によって、クラスとの向き不向きが判定される。


「カエイは絶対〈ローグ〉だよね」

「どういう意味だよ?」

「どう考えたって適正だよ。身軽だし短剣は使うし、手癖は悪いし」

「お前だって〈ローグ〉じゃねえの。口の悪さだけで適正だろ」

「僕は善良で情に厚い〈ナイト〉の鏡みたいな人間だけど」

「どこがだ」


 しょうもない話をしながら、僕たちは職業斡旋所に着いて鑑定を受けた。

 僕より先に鑑定したカエイは前衛職全般に適正があった。

 それぞれ五項目のステータスが――


 攻撃力:E

 防御力:F

 敏捷性:F

 知覚力:E

 魔力:F


 ――という評価だ。

 初心者ならE評価でも極めて高い部類に入る。

 〈ステータス〉はクラスを刻んでから鍛えて上げるものだからだ。

 彼女はいくつかの前衛クラス適性でA判定を受け、やはり〈ローグ〉を選んだ。

 そして、僕は……。


 全ての項目が”G”だった。


 攻撃力:G。

 防御力:G。

 敏捷性も知覚力も魔力もG。全てが最低ランク。


「えっと、僕でも刻めるクラスって……」

「純粋な〈ポーター〉なら刻むことは可能です」


 迷宮ギルドの職員が、事務的に告げた。


「えっと……それってつまり……?」

「いわゆる”アイテムボックス係”です。空間収納スキルを扱い水や食料などを運搬する、迷宮探索に欠かせないクラスですね」


 僕の心は瞬時に冷え切った。

 迷宮に潜って魔物をばったばったと切り倒すような想像上の自分が、暗闇に霞んで消えていく。

 かわりに、戦士たちのずっと後方で荷物を抱えて戦闘を見守っているだけの、いくらでも代えが利く荷物運びとしての僕が見えた。

 あまりに現実的な光景だ。

 ……そして、実際にそうなるだろうことも明らかだった。


 これから幕を開けるはずだった僕の青春は、始まる前に終わってしまった。



- - -



「おい」


 不機嫌なカエイの声で目を覚ます。

 硫黄の臭いが鼻をついた。

 溶岩の川が流れる地獄のような迷宮の景色が、僕の意識を現実に引き戻す。


「お前が寝てちゃ、オレらの飯がないだろうが」

「あ、ああ。ごめん」


 僕は瞼をこすって立ち上がる。

 嫌な夢を見た。自分がポーターにしかなれないと分かった瞬間の。

 けれど、今となっては特に強い感情もない。

 人生はそういうものだ。


「〈アイテムボックス〉」


 魔力を集め、右手を虚空にかざす。

 空間に裂け目が現れて、小さな収納空間が現れる。

 本棚より少し大きいかな、ぐらいのスペースだ。

 中に入れている棚の下段から保存食を取り出して、配る。


「相変わらずちっせえよな……お前の空間は……」


 高ランクの純粋な〈ポーター〉なら、〈アイテムボックス〉の広さは小さな部屋ひとつぐらいが最低ラインだ。

 はっきり言って、僕はポーターとしても才能がない。

 開閉速度だけは優れているけれど、そんなことより広さが重要だ。

 そして、アイテムボックスを広くするためには魔力が重要になる。

 つまりステータスだ。……僕は未だに、魔力Gだ。


「文句があるなら他のポーターでも雇えば?」

「それで上手くいくんなら、是非そうしたいところなんだが」


 〈ミストチェイサー〉の法人化のとき、お前も共同設立者にしちまったしな、と彼女は続けた。

 ……僕たちが迷宮都市に足を踏み入れてから、もう十年が経つ。

 最初は僕とカエイの二人だけで組んでいたクラン〈ミストチェイサー〉は規模を拡大し、今では二桁の人数が所属する中規模クランだ。

 会計士やら弁護士やら事務員やらを雇っているぐらい組織として確立している。

 迷宮ギルドと提携している”格付け機関”が認定したクランのランクは、C。

 Cと聞けば大したことのないような響きだが、Cランク以上のクランはごくわずかだ。

 〈ミストチェイサー〉は押しも押されぬ強豪の一角である。


「喧嘩なら後でやりなさいよ。だいたい、クオウさんが欠かせないのは事実なんだから」


 細剣と杖と短弓を背負った可憐な少女が、呆れ顔で入ってくる。

 彼女はスノウ・ソーラティア。十六歳にして〈ミストチェイサー〉で万能の中衛役を務める、才気あふれる有望株だ。

 状況に応じて的確に武器を使い分ける戦術眼が持ち味。

 若くてカワイイくせに、戦い方は渋い。


「欠かせないのはバックラインが弱えせいだろうが。まともな支援役が居りゃお役御免だ」


 カエイが刺々しく吐き捨てた。


「あんだと? 誰がまともじゃないってんだ」

「お前だよ、お前。てめえがどれだけ前衛の背中に魔法当てたと思ってんだ」


 新しく入ってきたばかりの後衛魔法使いにカエイが詰め寄る。


「前で盾になってるやつがな、背中まで気にしなきゃいけないんじゃ戦えないだろうが」

「んだよ、てめえは一人でコソコソしてやがるくせに!」

「じゃ、火力役が真っ先に入って死ねば満足か? パーティには役割ってのがな……」

「まあまあ! いきなり高次元での連携を求めるのは無理筋というものです! なに、私が彼の魔法をちょっと受けるぐらい、大したことではありませんよ、はは!」


 大男が喧嘩に割って入った。

 彼はモウルダー。前衛で全てを受け止める盾役の〈ナイト〉で、最近上手く回らない〈ミストチェイサー〉一軍をなんとか繋ぎ止めているナイスガイだ。

 数年前に加入してからずっとイイ奴ぶりを発揮している。


「とりあえず、食事にしましょう! なに、連携ミスぐらいすぐに修正できますとも!」

「だといいがな」


 僕が配った保存食を、皆がモソモソ食べはじめる。

 空気が悪い。

 ……別に、それ自体は問題じゃない。

 〈ミストチェイサー〉は仲良しで集まって楽しく冒険する同好会じゃない。

 大金を動かす強豪クランだ。メンバーには高水準が求められて当然。

 上手く行かなければ空気が悪くなって当然、だ。


「クソッ。次でしくじったら赤字の桁が変わるぞ。千万イェン台に突入だ」


 カエイが吐き捨てながら、僕のことをちらりと見た。


「せめて長期間粘れれば、違う稼ぎ方もできるんだがな」

「言ったってしょうがないでしょう。クオウさんが居なきゃ、そもそも危険度Sの情報もろくにない迷宮に転移する選択はしていないのだから。あなたが無茶な高危険度へ挑む根拠はクオウの存在以外にないと思うのだけれど」

「やけにクオウの肩を持つよな、スノウ。惚れてんのか?」

「なっ……何よ、それは。考えてみなさいって。この広い迷宮都市で、クオウの戦闘スタイルを真似できる人間が一人でもいる? いないでしょ?」


 それは、僕のことを真似する必要がないからだ。

 普通、高ランクの〈ポーター〉は戦闘系のクラスを一緒に刻む。

 無理にポーターの能力だけで戦う必要はない。


「真似する必要があるか?」


 カエイも僕と同じ考えだ。

 ……すっかり仲は悪くなってしまったけれど、まだ息は合う。


「それは……まあ……必要は無いかもしれないわね……」

「例えばな。足の指でナイフを飛ばして遠くのリンゴを撃ち抜ける曲芸師がいたとして。実戦で何か意味があるか? 手で投げろよ、って話だろ」


 カエイは保存食を水で流し込む。


「クオウのやってんのは、そういう曲芸だ。意味はねえよ」


 そして、腰に吊った剣を抜いた。

 真っ白く輝きを放つ刀身には魔力が籠もり、超常の存在感を発している。

 彼女は軽く油を塗り込め、綺麗に拭いて鞘に戻した。

 あれは迷宮から発掘(ドロップ)した、あらゆる霧を切り開く魔剣。

 彼女の付けた銘は、クラン名と同じ〈ミストチェイサー〉。

 市場価格にして一振り五億イェンの、中堅以上でなければ手が出ない武器だ。

 ……しかし、これでも高ランク冒険者としては安い部類の装備ではある。


「かといって、クオウ殿の曲芸に助けられているのも事実ですからな。さ! 気を取り直して、稼ぐといたしましょう!」


 モウルダーは外していた全身鎧を纏った。

 これも迷宮から発掘された装備だ。名を〈破魔の白鎧〉。

 並外れた耐久力と自動的な破損修復能力、着用者の状態異常を防ぐ効果を持つ。

 市場価格、二十五億イェン。〈ミストチェイサー〉が迷宮ギルド主催のオークションで大商会や王侯貴族と競りあって落とした、クランの所有する最も高価な装備だ。


「そうね。次は出来る限り、前と後ろで合わせやすいように立ち回ってみるわ」


 スノウも食事を終えて、装備を点検した。

 扱う武器が多いだけに、一つ一つの価格はそれほどでもないが、武器防具に弾薬を合わせればやはり相当な価格になる。

 おそらく十億イェンは下らないだろう。


 他のパーティメンバーたちも、次々と準備をはじめた。

 その全員が、極めて高価な装備を纏っている。


 ……魔剣や各種の装備には、異常な値段が付く。

 一般市民が一生働いて稼ぐ生涯年収より高い価格の武器を個人が所有しているのは異常に思えるが、考えてみれば当然の話だ。

 人間はかつて魔力を扱えなかった。魔法の武器や防具が手に入るのは迷宮だけだ。

 それはつまり、迷宮から産出される代物が、世界のどんな国家が所有する兵器よりも高い価値を持っているということを意味する。


 〈ミストチェイサー〉のような高ランクのクランが持つ装備は、国家が所有する最高級の兵器と同格なのだ。


 ……かつて、僕たちは迷宮冒険者の資格受験費用の十万イェンを無駄にして、嘆いた。

 今では億単位の装備を平気で扱っている。

 高ランクの冒険者っていうのはそういう存在だ。

 もっとも、僕の装備は安いけれど。ポーターだから。


「さて」


 僕も準備を終えて、立ち上がる。

 身につけた装備の合計価格は数百万イェンもない。

 けれど、〈アイテムボックス〉の中にある各種ポーションを入れれば、やっぱりそれなりの値段だ。


「全員、準備が出来たみたいだけど。カエイ?」

「ああ」


 彼女は迷宮の奥を見据えた。

 その瞳は濁っている。醜い欲望に突き動かされている人間の、腐った瞳だ。

 しかしその濁りは、花街の灯りにも似て、妖しい輝きを放っている。


「稼ぎに行くぞ」


 誰もが見上げる純粋な夢であっても、やがて現実という重力に引かれて落ちる。

 その残骸こそは欲望だ。

 ……古き時代の冒険者たちが隕鉄の剣を振るったようにして、冒険者はみな夢の残骸を掲げて迷宮に征く。

 そういうものだ。

 いまだ迷宮に夢を抱いている僕は、きっと未熟なだけなんだろう。

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