ボランティア部がついに活動を開始するそうです
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朝、何気なく靴箱を覗くと小さな便箋が入れられていた。
いや、何を古風なと思うだろう。そんなの昔の創作物でしか聞いたことがないし、電子機器の発展著しいこのご時世になぜそんなまだるっこしいことをなんて考えてしまうがそんなことは今はいったん置いておく。
問題なのはこんなものが俺の靴箱に入っていたという明確な事実であり、それに対して俺は一体どんな対応をするべきなのだろうかと大して良くない頭を振り絞って必死に考えているところなのだ。
もし、こんな状況で朝食を抜いていたものなら、目の前の状況をうまく処理できずに生徒が大勢行きかう靴箱に一つ死体が出来上がっていたところだろう。寮を出る前、無理やりにでも朝食のサンドイッチを口に詰め込んできた曜子さんに感謝しながら俺は靴箱からブツを取り出す。
「と、とにかく……」
ピンク色を基調とし、ところどころに小さな花があしらわれているかわいらしい便箋を通学鞄の中に忍ばせると、俺はさしずめ危ない物の密輸人になったかのような気分で教室へ向かった。
時折廊下で見知った顔に声をかけられるがそれをなんとかあしらいつつ自分の机の椅子に座る。怪しまれていないだろうか。いや、仮に怪しまれたとしても誰がこの鞄の中におそらく女の子から送られたのであろう手紙が入っていると想像できようか。まぁ、俺の挙動が不審だったのかどこからか俺のことを見つめてくる視線は幾重にもあったのだけれども。
「よ、よし……まだ少ないな」
席に着き教室を見回すと、登校してきた2-Cの教室に生徒の姿は少ない。前の席も空席で、普段は俺よりも早く登校してきていることが多い須藤さんの姿も見えなかった。
絶好の好機である。この機を逃していつこの便箋の中身を確認できようか。
鞄を机の上に立てて仕切りを作ると俺はそっと手紙を取り出す。さも自然に鞄の中から教科書を取り出してますよー的な雰囲気を醸し出しつつ俺は改めてその便箋に目を通した。
「名前は……無しか」
裏を見返しても差出人の名前は見当たらない。仕方なしに俺はかわいらしいシールで張られた封を開く。中に入っているのはこれまた可愛らしい手紙が一枚。
若干のワクワクとそれ以上のドキドキに僅かに震える指先を何とか押さえつけながら手紙を開くと、飛び込んできたのは女の子らしい丸みを帯びた愛らしい字だった。
『この手紙を読む直前、お前は若干のワクワクとドキドキに胸を躍らせていたことだろう。しかし残念だ。この手紙はダミーで朝のお前の優雅なひと時を奪うためだけに仕掛けられた小学生のようないたずらに過ぎない。次にお前は人もまばらな教室内で、大声で「ガッデム」と叫ぶことになるだろう。内山』
「がっっつでぇぇええむっ!!!」
なんの他愛のない朝の雑談に勤しんでいたクラスメートたちの視線が一斉にこちらに集まる。そりゃそうだ。静かな教室で大声を上げたのだから。今年から同じクラスになった茶道部の小林さんなんか怯えた目でこちらを見つめているじゃないか。
いや、違うんだ。悪いのは俺じゃなくて内山なんだ。
「あんのクソ野郎。今日寮に帰ったら覚えてろよ……」
森の中で突然クマにでも出会ったらあんな顔をするんだろうな、ってほどの絶望の表情を浮かべる小林さんに対して何とか苦笑いで手を振り返しつつ俺は手紙を学生鞄の中へと投げ捨てる。
それからすぐに教室内にも人が増え始め、俺の朝の奇行はそれを知る数人のクラスメートの中に闇に葬られることになったのだった。
「と、いうのが朝の顛末だ」
時刻はお昼休み。俺は教室の隅で二人の美少女と昼食を共にしていた。
「はぁ~心配して損した。ホームルームの後に小林ちゃんが神妙な顔つきでこっちに歩いてきたと時は何事かと思ったもん」
そう言って一つ大きなため息をつく須藤さんの横では、イヴリアがかわいらしいお弁当箱を机の上に広げて昼食を口に運んでいる。
「なんといいますか、随分とまた古風ないたずらですね」
「イヴリアにも古風とか分かるのか?そりゃこっちの文化だとそういうもんだとは思うけどさ」
俺の言葉に僅かに何かを考えこむようなしぐさをすると、イヴリアは少し照れくさそうにはにかんだ。
「ま、漫画で読んだので……」
そういえば彼女の趣味は日本の少女漫画だったな。それに憧れてこっちの世界に来たのだとか。ちょっと昔の留学生かよ。いや、留学生みたいなものか。超えてきたのが海か世界かの違いだけで。
「告白とか、最近もっぱら携帯らしいしねー。それこそ放課後体育館の裏に呼び出して、とかも聞いたことないや」
「漫画で読んだことがありますっ!放課後の体育館……っ!あと鉄板なのは昼休みの屋上とかですかね。あぁ……学校に代々伝わる伝説の木の下とかも素敵ですっ!」
目をキラキラとさせながら何やらテンション猛々しい我がお嬢。というか伝説の木の下は少女漫画というよりも美少女ゲーム……。
「そ、そういえば……!」
ふと、イヴリアが何やら思い出したかのように声を上げた。
「ん~どうしたイヴ」
そんなイヴリアに向けて須藤さんがからかうように頬をつまむ。柔らかそうな肌がのっぺりと伸びて何とも言えない表情になっている。正直羨ましい。そこを代わってくれ須藤さん。
「や、やめれふらはいりはさん……」
直後、須藤さんの手から何とか逃れたイヴリアが取り出したのはスマートフォンだった。
「連絡先、まだ交換してなかったなって……」
「あーね!」
そういってすぐにイヴリアの行動に反応したのは須藤さんだった。素早く懐からスマホを取り出すと何やら二人で顔を見合わせること三〇秒ほど。
「ほい、これでおっけーね!」
「ありがとうございます!」
無事に連絡先を交換し終えたのか、イヴリアは少しほっとした表情を浮かべた。そういえば、二人仲良さそうだけどまだそういうのやってなかったのね。でもなんとなくわかるな、そういうの最初のタイミング逃すとなかなか言い出すの難しいもんな。
「え、えっと……」
そんなしょうもないことを考えていた矢先、イヴリアが何やら意を決した表情をして俺のもとへとスマートフォンを差し出してくる。
「えっ、あっ、えっと……」
咄嗟のことに逡巡している俺に向け、何やら須藤さんの冷たい視線が飛んでくる。「察せ」。彼女の視線がそう俺に告げていた。つまりこれはそういうことだよな。
「そ、そういえば俺もイヴリアと交換したいなって思ってたんだ!」
当たって砕けろの精神でそう告げると途端に目の前の彼女の顔がぱあっと明るく変わる。どうやら俺は正しい選択肢を選ぶことに成功したらしい。
「わわわ私も聖さんと交換したいと思ってたんですっ!」
慣れない手つきで互いに連絡先を好感する俺達。そんな光景を隣の須藤さんは僅かに不服そうな表情で見つめていた。
「なーんで私はこんな背中がむず痒くなるような光景を真昼間に見せられてるんですかねぇ」
そう言いながら彼女は昼食の菓子パンを口の中に乱暴に放り込むのだった。
「ん?」
俺のスマホが子気味のいい音を立てて何かの受信を告げたのはその直後。見ればホーム画面には見慣れたトークツールの画面がポップアップで表示されている。
『今日の放課後、あの教室でお待ちしています。』
見ればイヴリアがこちらを何やら期待を込めた表情で見つめていた。
『分かった』
俺の返信に満足したのか。一つ小さく頷いて見せる。
「え、なになに!?」
置いてけぼりを食らった須藤さんがイヴリアのスマホの画面を覗き込もうと彼女に迫るが「だめで~す」なんて嬉しそうに呟くイヴリアによってそれはがっちり阻止される。結局、須藤さんのその目論見が昼休みの間に叶うことはなかったのだった。
「待たせたか?」
そんなことがあった日の放課後。俺は暦先生のもとに現代文の課題を提出しに行ったその足で西棟四階の例の教室へと向かっていた。
教室の扉を開くと既にイヴリアが到着しており、開け放った窓からぼんやりと外を見つめていた。
「あ、いえ。そんなことはないですよ」
「そっか、すまん。すっかり課題の提出期限を忘れててさ」
「ふふっ、なんか聖さんらしいですね」
そんな些細なやり取りをしながら俺は最寄りの机の椅子を引く。
「それで、どうしたんだよ。わざわざメッセージなんかで呼び出して」
「いえ、それはただ使ってみたかっただけで、他意はないんです……。それよりも」
そう言ってイヴリアは俺の近くへ腰を下ろす。
「私たち、ボランティア部らしいこと、何一つしてないじゃないですか」
そういえばすっかり忘れかけていた。俺らはフィオナ先生に半ば無理やりボランティア部存続のために入部させられていたのだった。
「そうはいってもボランティア部って何するんだよ……」
「私、言ったじゃないですか!異交生のお助けがしたいって!」
思えば先日フィオナ先生と共にここを訪れた時にそんなことを口にしていたような気がする。
「そう言われたってなぁ……」
実際問題、俺たちがボランティア部としてできることなんてあるのだろうか。
「あるんですっ!」
力強く言い放つイヴリア。というかなんでまるで心の中の声を聞いたようなタイミングで返事をするんだ。
「同じクラスのアナスタシアさんが最近気になることを言っていまして……」
「アナスタシアさんは異交生じゃないぞ」
「ど、同郷のよしみという奴で!」
「生まれも育ちも地球だけどな」
「お、同じ血が流れているということで!」
「それ言ったら人間の血はみんな赤いけどな」
「うぅ~意地悪ですっ!」
ぷいとそっぽを向くイヴリア。
「わ、悪かったって。ちょっとからかっただけだから!で、その、気になることって……」
俺が尋ねたことに気をよくしたのか、イヴリアは俺に迫るようにして口を開く。
「最近校内で、誰かに見られてるような気がすることが増えたとか……」
なるほどねぇ……誰かに見られている、か。
「それはアナスタシアさんが美人だからだろ?」
「た、多分違いますよっ!これはアナスタシアさんだけじゃないです!ほかにもそんなことを言っている子は居て……」
ふむ、気にかけているのはアナスタシアさん一人じゃないのか。確かに気になる案件だ。ただ気になる女の子を見つめていた、なんてだけなら可愛らしいものだが不審者って可能性もあるし、もしかしたらそれ以上にまずいことが潜んでるって可能性もある。
誰かに危害が加わる前に何とかしたほうがいいのかもしれないな。
「……ん?」
気づけば俺を見つめていたイヴリアが笑っていた。
「どうかしたか?」
「ふふっ、いえ」
「気になるだろ」
そう言うとイヴリアは再び窓の近くまで歩を進める。
「……聖さんはやっぱり優しいんだなって思って」
まっすぐ自分に向けられるその言葉に、俺は思わず照れくさくなり頬を掻く。
まぁ、そんなことがあったりなかったりして、こうして俺たちボランティア部の初めての活動が始まったのだった。
ということで対戦ありがとうございました。