入部届は青春の香りと共に
新しいお話です。
「鏡?」
俺とイヴリアが例の鏡を見つけた教室を掃除した翌日、俺たちは事の詳細をおそらく知っているだろうフィオナ先生のもとを訪ねていた。
時間は昼休み。南棟の一階に位置する職員室は大勢の生徒と昼休みの貴重な時間をなんとか満喫しようとしている教師の姿で賑わっていた。
朝フィオナ先生に話を聞く機会を逃していた俺たちは昼食も適当に済ませそそくさと職員室に向かっていた。
そりゃ、あんなヤバそうなもの放っておけばいいじゃないかと思うだろう。俺だってそう思う。俺は親父みたいに世界を救える勇者じゃないし、母さんみたいに圧倒的な力で他者と分かり合えるようなできた息子じゃない。何を取り違えたのかどこにでもいるような地球人で魔法の一つも扱えやしない。
そんな俺が首を突っ込んで解決するような問題なんてたかが知れてる。
だけど知ってしまったからには無視を決め込むなんて選択肢が取れる男じゃなかったのが運の尽きだ。自分の性分を僅かに恨みつつ、こうして俺はあの鏡にまつわるエトセトラに首を突っ込んでいくことになるのだった。
「……そんなもの、あったかぁ?」
「いや、あの教室に明らかにヤバいものがあったんですけど」
「禍々しい雰囲気を放つあの姿見、フィオナ先生ならば仔細をご存じではと思いまして……」
その後もその鏡を見つけた時の状況や、鏡の形状を覚えている限り伝えてみるもののフィオナ先生はその鏡に一切の心当たりが無いらしい。
「布は取らなかったか?」
「ええ、なんとなくそんな気がしたので……」
「英断だな」
「褒めていただき光栄っす」
何やら神妙な面持ちのフィオナ先生。もしかして俺が思っている以上に例の鏡はヤバいものだったりするのだろうか。
「ふむ……。よし、お前ら行くぞ」
昼食のサンドイッチもそこそこにすくりと席を後にするフィオナ先生。
「え、あ、どこに……」
「決まってるだろ、実物を見に行くに決まってるじゃないか」
大きく開いたスーツの胸元から先日のように鍵を取り出すフィオナ先生。いや、どうしてそう毎回そこから出てくるんですかね。ジャケットの側面に付いたポケットが泣きながらそっちを見つめてますよ。
それから数分後、俺たち三人の姿は昨日掃除した教室の前にあった。
「お、さすがだな。そこそこきれいに片付いているじゃないか」
教室に踏み入れると、開口一番部屋全体を見回しながらフィオナ先生はそう呟く。
「そして、例の鏡ってのは……」
「……はれぇ?」
隣でなんとも気の抜けた声を上げたのはイヴリアだった。そして俺もすぐにその声の理由に気づく。彼女の視線の先、昨日まで鏡があった場所、そこには今は何もなくただぽっかりと空間が空いているのみだった。
「あ……れ……」
あるはずのものがないことに驚きを隠せない俺はイヴリアを半ば押しのけるにしてその場所まで駆け寄る。
見れば鏡があったその場所は、床が僅かに埃を被っている。昨日動かすことが躊躇われたせいでその下だけ掃き掃除をすることができなかったのだ。おそらくこれはその名残。ここに何かがあったことは違いない。
だけど今は、それがない……。
「あー、お前らのそれが演技じゃないってのはわかるが、私も実物を見ないことには何も言えん」
「いや、でも確かにあったのは間違いじゃないんですっ!な、イヴリア!」
「ええ、私も確かに聖さんとおそらく同じものを目撃しています」
俺の問いかけにイヴリアはすぐにその言葉を肯定する言葉を口にする。
「……聖……さん、か?」
何が引っ掛かりを覚えたのか、見ればフィオナ先生がくすくすと声をあげて笑っていた。
「わ、私、何か変なことを口にしたでしょうか?」
イヴリアがそういうと彼女は大げさに手を振ってイヴリアの言葉を否定した。
「いやぁ違うんだ。まさかイヴリア嬢が男をそんな風に呼ぶのを目の当たりにするとは思っていなくてな」
「……なっ!?ちちちちがいますよフィオナ先生っ!これはお世話になったゆえの親しみから来る呼び方というか感謝というかけけけ決してフィオナ先生が想像しているようなあれやこれやとかは……!」
あわあわと大げさに手を振りながらイヴリアはフィオナ先生の言葉を否定しようと取り繕っている。が、呼ばれた当人としてはなぜ彼女があそこまで否定的なのか、その辺どなたかご教授願えないだろうか。
「それで、結局鏡は見つからなかったわけなんだが」
「え、ええ……ご足労おかけして申し訳ありません」
確かに昨日の時点ではここに鏡は存在していた。俺だけが見ていたのなら俺の見間違いかなんかだと言えたものだが、今も顔を赤らめながらうつむいているイヴリアだって昨日同じものを目撃している。
「まぁ、とにかく要件はわかった。それじゃあ今度は手近なところの話をしようか」
「手近?」
そのたわわに実った胸を組み上げた腕で強調させながら、フィオナ先生は教室の中央を陣取って見せる。
「お前らには、このボランティア部の部員として活動してもらう!」
……ごめんなさい、言っている意味がよくわからないのですが。
「申し訳ございません、フィオナ先生がおっしゃっている言葉の意味がよくわからなくて」
よく言ったぞイヴリアっ!俺だったらきっと一喝されてその後なし崩し的に俺は映えあるボランティア部の部員となっていたことだろう!
「何を言ってる。言葉通りの意味だ。現在ボランティア部は前年の三年生が卒業してしまって人員不足となっている。現在の三年生三人もほぼ幽霊部員みたいなものだ。このままでは部どころか同好会の体すらなすことができん」
大きくため息を一つ。フィオナ先生は遠い目で窓の外へと視線を動かす。心なしか先ほどまで張りのあったおっぱいも元気がないように見える。
「そこまでフィオナ先生がボランティア部に拘る理由って何ですか?ぶっちゃけ帰宅部だった俺の所感としては、ボランティア部が昨年まともに活動を行っていたとは思えないのですが……」
昨年一年間この天堂学園に通っていた身としては、この部室を掃除するまでその存在すら知らなかったのだ。そんな部活にほいほいと入ってやる義理もないし、フィオナ先生がそこまで入れ込む理由もわからない。
「そんなの決まってるじゃないか。部活の顧問を受け持つと特別手当が出るんだよ」
「なんとも俗物的な理由だった!」
これがアースレインでも最古の文明と魔法科学を誇ってきたと言われているエルフ族の末裔の発言ですよ皆さん。お小遣いが貰えるからと家の手伝いに勤しむ幼子と同じレベル。
「なんだ城ケ崎。何か言いたげだが」
「いえいえっ!とっても高尚で素敵な理由だと思われますよっ!」
見れば隣のイヴリアは小さく肩を落としながらフィオナ先生を見つめていた。そうだぞ、お前の担任はこういう人なんだ。
「なんだ、ローゼンベルグのご令嬢はあまり乗り気じゃなさそうだな」
「い、いえ……そんなことはないのですが、その……」
言い淀むイヴリア。わかる、わかるぞ。きっと君も俺と同じ心境なんだろう。この俗物エルフに呆れ返ってるんだろう。
「イヴリア、ちょっと聞け」
そんなイヴリアを見かねてか、フィオナ先生がそっと彼女のもとに歩み寄る。
「……るとだな………でな、…………と言う訳だ……いいとは思わないか?」
直後、爛々と目を輝かせながらイヴリアが俺の手を固く握りしめてくる。両手でちょこんと俺の右手を胸元まで寄せ、上目遣いでこちらを見てくる様は正直なんというかグッとくるものがあるな。
というのはさておき、一体どうしたというのだろう。
「聖さん、やりましょうボランティア部!」
突然クルリと手の平を返すイヴリア。彼女の説得でなんとかこの無茶な入部を止められるのではと思っていた矢先の出来事である。頼みの綱であった彼女が突如として敵側に寝返った。あぁ、天下分け目の西軍大将もきっとこんな気持ちだったんだろう。
「い、いや待ってくれイヴリア。これはフィオナ先生が勝手に言い出したことであって……」
「いえっ!これは天のお告げなんですよっ!た、例えば私がボランティア部の部員として異交生の悩み相談に乗ったり、ちょっとしたお手伝いをすることってできると思うんです!」
「それだけ?なら普段から個人的に乗れるんじゃないか?」
「それは違います!ボランティア部員という大義名分を背負うことによって先生たちにも大手を振って行動できることが増えると思いますし、あとはそのえっと……地域の清掃とかゴミ拾いとか」
最後のは完全にとってつけたような……。っていうかさっきの言葉自体も今考えたものだろ。フィオナ先生がそんなことを吹き込む訳がないのだから。
「と、とにかく!一緒にやりましょう、ボランティア部」
そのきれいな瞳をウルウルとうるませながらこちらを見つめるイヴリア嬢。そしてそんなイヴリアを見て小さく咳払いして見せるフィオナ先生。
「違うなイヴリア。城ケ崎を丸め込むにはこうするんだ……」
そしてまた数度耳打ち。今度は一体何を吹き込まれたのやら。
「ひ、聖さんが嫌なら知りませんっ!私一人でボランティア部に入部して、危ないことにいっぱい首を突っ込んであげます。私が危険な目にあってもどうなるか知りませんからねっ!」
ぷいとそっぽを向きこちらから視線を外す。だけどちらちらとこちらを伺うようにたまに目を動かすのは気づいているからな。
しかし、そう言われてしまうと俺も弱ってしまうというかなんというか。
「わかったわかった……。それよりも、どうしてそんなにボランティア部に拘るんだよ。異交生の手助けをしたいってのが本音ってのはわかってるけど、それ以外にもあるんだろう?」
「…………それは……その……聖さんと一緒の時間が増えるじゃないですか」
こういう時、鈍感系主人公であればそのセリフが聴こえないなんてことがあるのだろう。しかしおあいにくと俺は別に聴力が弱いわけでも飛行機が絶好のタイミングで上を通り抜けるほどの運を持ち合わせている訳でもなく、彼女が発した言葉すべてが、俺には一言一句きちんと耳に届いていた。
「…………お、おう……そうか」
沈黙。俺とイヴリアの間に妙な空気が流れる。
「あー熱い熱い!」
そんな空気を打開したのが我らが担任の叫び声だった。
「なーにを青春真っ盛りな空気出してるんだお前たちは!私はもう160年も前のことだから忘れてしまったわっ!羨ましいなっ!」
「い、イヴリアにそれを言わせたのはフィオナ先生じゃないですかっ!」
「城ケ崎ぃ、お前それ本気で言ってんのか?」
再び教室内に流れる異様な沈黙。見つめた先のイヴリアは、顔を真っ赤にして静かにうつむいているのみだった。
「…………えっ、っとぉ。え、そういうこと……?」
こうして俺は二人の口車に乗せられるようにボランティア部の入部を決めるのであった。
…………あれ、それはともかく、なんか重要なことを忘れてないか。
ということでお読みいただきありがとうございました。
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それでは次回!