とりあえず半分この僕ら
新しいお話です。対戦よろしくお願いします。
「そういえばさ」
新学期早々の放課後、俺は美少女異世界交換留学生イヴリア=ローゼンベルグと、とあるコンビニの前で呑気に二人で黄昏ていた。
夕方の幹線道路は忙しなく行きかう車に埋め尽くされ、その脇をぽつりぽつりと自宅への帰路に急ぐサラリーマンや学生達が歩いていくのが目に入る。
そんな光景を何の気なしに見つめながら、俺は隣にちょこんと座るイヴリアへと声をかけていたのだった。
「どうかしたんですか?」
「あ~、いや、こういうの聞いていいのかわかんないんだけどさ、改めてどうしてこっちに来たのかなぅて」
「こっちといいますと日本に、ってことでしょうか?」
僅かに疑問の色を浮かべながら、イヴリアはそのかわいらしい顔をちょこんと斜めに倒して見せた。
「あーうん、異交生って結構その、金持ちの家から来るってイメージがあったからさ」
これはごく一般的な留学生なんかにも言えることなんだろうが、実家を出て国外で過ごすというのは案外お金がかかるらしい。ホームステイなんかするとまた別なんだろうけど、話を聞くにイヴリアは知り合いとどうやら二人暮らしのようだ。
それを踏まえて考えてみるとそこがどうにも気になってしまう。
どうしてお金持ちの家の娘がわざわざ自分の家を出てまで国外、いや、この場合は世界外と言ったほうが正しいだろうか。
そんな彼女がおそらく裕福な実家での生活を飛び出してここまでやってきた”理由”。単純な興味本位だが、俺はそれがどうしても気になってしまったのだ。
「言いづらいなら別にいいんだ。単純な話題として振っただけだからさ」
まぁ、そこはプライベートな事情があるかもしれない。答えてくれないのならそれはそれで良いことなのかもしれない。
「……ませんか?」
ぽつり、イヴリアが掠れるような声で何かを呟いた。
「え?」
その声に思わず彼女のほうを向けば、イヴリアは先ほどの僅かに頬を真っ赤に染めながら腰を下ろしている縁石の端へと目を落としていた。
「わわわ笑いませんかっ!?」
宝石のように青く澄んだ瞳をこれでもかというほど潤ませながら、彼女は何かを懇願するかのようにこちらに迫ってくる。
「ま、待ってくれっ!話が読めないんだが!」
美少女が目前に迫っている、というなんともありがたいお話はこの際置いておいて、それ以外にもう一つ今の状況はなんというか、あれだ。
どう見ても俺が彼女を泣かせているようにしか見えかねない、ということだ。
「と、とにかく落ち着いてくれっ!」
迫る彼女をぐいとわずかに押しのけて、俺は一つ小さく咳払いをした。
……掴んだ肩が柔らかかったな、とか洗剤と花の香りが混じったいい匂いがしたな、とかよこしまな考えをさっきの一瞬で抱いてしまったことは固く心の奥にしまっておくことにしよう。
「ご、ごめんなさいっ」
彼女もわずかに落ち着きを取り戻したのか、改めてちょこんと縁石に座り直す。
「あの……憧れなんです」
イヴリアは小さくそう呟いた。
「憧れ?」
「ええ」
「面白くもない身の上話になってしまうのですが……」そう前置きをして、イヴリアはぽつりぽつりと日本に来た理由を語りだした。
「私ってこう見えてローゼンベルグ家の一人娘なんですよっ!」
ふんすっ、なんて擬音が聞こえてきそうなほどに、彼女は先ほどの態度が嘘だったかのように今度は自慢げに笑って見せた。
ころころと表情が変わる忙しい子だな、なんて思ったが話に釘をさしかねないのでここは黙っておくことにしよう。
「あの……俺はそのローゼンベルグ家っていうのにイマイチぴんと来てないんだけど、もしかしてかなり偉い所の貴族だったり……?」
俺の問いかけに今度は彼女は苦笑いを浮かべる。
ほんとに感情表現が忙しい子だ。おしとやかなお嬢様だと思っていただけに、こういう一面が見えるとなんというか辺に親近感を抱いてしまう。
「半分正解で、半分不正解です」
そういうと彼女は胸の隙間から何かを取り出して見せた。
「ロケット……?」
「はいっ」
彼女が取り出したのは、小さな銀色のロケットペンダントだった。銀のチェーンの先端に、直径三センチほどの楕円形のチャームが取り付けられている。
そのロケットが俺の目を惹いたのは、そこに施されている意匠があまりにも精巧で美しかったからだろう。
「綺麗なロケットだな」
「はい……お気に入りなんです。私のおじいさまがおばあさまに送ったもの、だそうです……」
「そうなのか」
「亡くなる直前に、おばあさまが私にと託してくださったものでもあります……」
そういうと彼女はそのロケットを愛おしそうに握りしめた。
そこに込められた思いを俺は共有してやることはできないけれど、その心情を察してやることぐらいは許されるだろう。
「で、それが結局どうしたんだ?」
僅かにしんみりとなってしまった場の空気をどうにかしたくて、俺は話題を何とか引き戻そうと躍起になる。
俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は小さくこちらに笑うとそのロケットの表面をこちらに差し向けてくる。
「これはローゼンベルグ家の紋章なんです。アースレイン建国初期から王家に仕えてきた家計なのですが……。これについては聖さんは正解ですね」
「おふっ」
「ど、どうかしたんですか!?」
「い、いや……続けてくれ」
突然美少女に名前を呼ばれたから悶えそうになったとかそういうこと一切ないんだかんねっ!
「なのですが……。質素倹約を尊び、王家に仕えることを第一の主命とせよ、という初代様の教えを重んじてきた結果、ローゼンベルグ家は今ではアースレインでも下から数えたほうが早いくらいの家柄となってしまいました。なので、偉い所、というのは不正解ですね」
「なんというか、貴族は貴族で世知辛いんだな」
「ですねぇ……」
というかやっぱりいいところのお嬢様だったんじゃないか。あれ、これあれか?貴族様なら警護とか使ったほうがいいやつなのか?さっきからずっとため口だったんだが。不敬罪とかなんとかで罪に問われたりとかないですよね!?
「そ、それで結局それがどうして異交生になることに繋がるんです?」
「どうしていきなり敬語なんですか?」
「……これには海より深い理由が」
「先ほどまでのしゃべり方のほうがありがたいので、戻してもらえると嬉しいのですが」
ゾクリ、と背中に寒気が走る。あ、あれ……もしかして怒ってらっしゃる???
「そ、そうか。わかった」
俺の返事に満足したのか、イヴリア様、じゃなかった。イヴリアは先ほどの僅かに冷たい態度を戻していく。
「それで、結局貴族のご令嬢がどうして日本に?」
「……改めて聞きますけど、笑わないです?」
「それは理由を聞いてから……」
「なんですかそれ。まぁ、簡潔に言うと、日本の学生生活に憧れたんです。私、日本の少女漫画が好きで。その影響で日本の学校に通いたいっていう憧れがありまして……」
「そ、それが理由?」
なんとも気の抜けるような答えだった。実は政治的な理由とか家の教えがとか堅苦しい理由を想像していただけに、なんとも庶民的、といっていいのだろうか。予想の斜め下から掬いあげるような答えだった。
「ははっ、なんだそれ」
「あーっ!聖さん笑わないって言ったじゃないですか!」
「だ、だって、少女漫画が理由って……」
「いいじゃないですかー!貴族のご令嬢だって白馬の王子様が迎えに来てくれることに憧れてるんです!」
ぷりぷりと頬を膨らましながらイヴリアは俺の左肩を小突いてくる。
「わ、分かったっ!笑ったのは悪かったって!」
「分かればいいんです分かれば」
美少女と放課後にこうして馬鹿な会話をする。彼女がどう思っているのかは知らないが、俺にとっちゃこの光景は十分というには過言すぎるぐらいに素敵な学生生活の一幕だった。
「それじゃあさ、ちょっと待ってな」
それがどこか気恥ずかしくて、俺はそれを誤魔化すために彼女を置いてコンビニの入り口をくぐっていく。
「ほい、お待たせ」
数分後、俺の手の中にあったのは日本人なら誰もが知っているようなチューブ型のアイスだった。
二つに割ってキャップを外して吸い上げるタイプのあれです。
「えっと……青春っぽくない?二つのアイスを分け合って食べるのさ」
「でもえっと、お金とか……」
「良いんだよこれぐらい。……そだ、俺がどうしてもって頼むのじゃダメか?」
そういうと彼女はおずおずと俺が差し出したアイスを受け取った。キャップの外し方に戸惑っているイヴリアに向けてやり方を簡単に見せ、思い切り吸い口から中身を吸い上げる。
コーヒー味の濃厚な味が口の中に広がり、アイスの冷たさが春先の僅かに暖かい体を冷やしていく。
「……おいしいっ」
見れば隣のイヴリアも、アイスの口を見つめつつ驚きの声を上げていた。
「だろう?」
「はいっ!しかもかなり青春っぽいです!」
放課後男女でアイスを分け合って食べる。俺の青春像は案外お嬢様とずれてはいなかったらしい。
「…………決めましたっ!」
ふと、何やら考え込むしぐさを見せたかと思えば、勢いよくアイス片手にお嬢様は立ち上がる。
「聖さんっ!」
直後、ずいとこちらに顔を寄せながらイヴリアは俺の名前を呼ぶ。
「私に青春を教えてくださいっ!」
ああ、なるほど。少女漫画で日本に憧れた異世界美少女が俺と一緒に青春を学ぶ展開なわけですね。……いや、どうしてそうなるんだよ。
ということでお読みいただきありがとうございました。
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